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第139話 Who are me

「気分が良いだろうね。鬱陶しい生徒が一人消えたのだから」


 元部室、カモノ校長と現と学が立ち去って数分、旧校舎には新たな客人が来ていた。

 部屋の静寂を破るのは、冷笑する花咲律歌だった。黒いシャツにクリーム色のベストを着た姿は、大学の帰りなのだと知る。


「……いつからいた」

「そうだね。三十分前かな。ぼくの妹をどこかもわからない施設に連れて行くってことらしいね。ぼくの確認は兎も角、両親の許可を取らないなんて随分と勝手なことをするじゃないか」

「……」

「こんなことなら……君を助けるんじゃなかった」


 律歌は不愉快な相手を前にしている気分で、腕を組み谷嵜先生を責め立てる。

 天理を前にしていた時、吸血鬼部は罪のない学生たちだ勿論助ける気でいたが、谷嵜先生は違う。死んでも困らない。寧ろ死んでくれとすら思えてならない。それなのにどうして助けてしまったのか。自分が信じられない。次いでだと言い訳も出来ただろう。器用に谷嵜先生だけを助けないなんて事は出来なかった。


 空想も使えない今、谷嵜先生を悪夢に突き落とすことも出来ない。もっとも恐怖の心を持っていない谷嵜先生を絶望させることなど、もうできないだろう。


「両親は思い出していたよ。そして、早朝ぼくに連絡を入れてきた。震えた声で、「零がそっちに行っていないか」ってね。その時、何と言ったか君に理解できるかい? 両親に嘘をついて、その場をやり過ごすぼくの気持ちが」


 鬱積した気持ちを晴らすように言葉を告げる。


「帰してくれるかい? ぼくの妹だ。どこともわからない所に零を連れて行かせない」

「お人形さんのまま生涯努めるつもりか? それで零が幸せになれるわけがない」

「っ……あの子を不幸にしたのは、君だろ。勝手に不幸になったような言い方をするな。あの子の気持ちを知っていながら無視し続けて、あの子を道具にしたのは、君だ。これからも君は誰かを不幸にする。誰も幸せになんて出来ないし、ぼくがさせない。吸血鬼部の子たちは、君を英雄とでもするんだろうね。そして、僕の妹を殉教者にする」


 円満解決なんて絶対にさせないと律歌は谷嵜先生に向ける。


「仕方なかったなんて言わせない」

「驚いたな。今まで多くを犠牲にして、仕方なかったの一言で片づけていたお前が、今はそれを許さないのか。なら、糸雲の通行料にも同じことを言え。今頃は糸雲を探し回っている」

「パペッティアを巻き込んだのも、君だ。吸血鬼と白状していれば、こんな大ごとは起こらなかっただろう」

「過ぎたことをいつまでも根に持つな。どうしようもなかった」

「どうしようもなかった? 選択肢はいくらでもあったはずだ! ああ、そうさ。選択肢はあったが、一番手っ取り早い方法を選んだ。それが、一人の人間を嘆きの川に落として嘆きの川を刺激する事だった。初めから嘆きの川の存在を伝えていれば、こんなことには」

「今更どうしようって? 死ねば赦されるわけでもないだろ」

「赦さない。死んでも、懺悔してたって、……妹が戻って来るまで、戻ってきても絶対に赦すわけにはいかない」


 律歌は瞳の奥に復讐の炎を燃やす。相手が嘆くことも悲しむこともしない生き物であると知っているからこそ、何もしない。手の付けようがない。手出しできないのだ。なにを人質にとっても谷嵜先生は痛みを感じない。


「嘆きの川に近づいた吸魂鬼狩りとして、モグラにも協力要請が入っていた。後輩二人にも要請が入っていたけど、二人は辞退していた。通行料が戻っても本来の生活に戻れるわけじゃない。ぼくもそれは同じだ。知り過ぎた者が普通の生活を送れるわけがない。関わる事を拒絶する者は、記憶を消されてしまうらしい。仮にぼくがこの件を降りても、君のことは決して忘れない。君への感情は絶対に消させたりしない。良かったね。感情のない君へぼくからの贈り物だ。一生消えない感情。ギフトだ」

「……」


 律歌は目を閉じて気持ちを律する。


「きみが羨ましいよ。無償に愛されている。どれだけ見た目が良くても、あの子たちはぼくの外見にしか興味がない。そう言う点では、十虎君もそうだったのかもしれない。きっと、贅沢な悩みだと揶揄されて、妬まれる。知ったことじゃない。当事者じゃなければ、誰も何も言えない」

「俺は既婚者だ。他の子とは付き合わない。特に未成年とはな」

「けどお相手には逃げられた。そこだけなら面白い話だよ。生憎今のぼくにはユーモアのセンスは期待できない」

「文句が済んだなら帰ってくれないか?」

「は?」


 好かれる好かれないの話をするのならば、もういいだろうと谷嵜先生は辟易した表情をする。

 聞き間違いだと思いたかった。もっと何か反論してくると思っていたのだ。

 そんなことないと頭ではわかっているのに、感情ではそうも言っていられなかった。少しでも反論して慟哭の限りを尽くさせたかった。


(こいつ……もうダメだ)


「お前が零を取り戻せなくて俺を恨んでいるのはよくわかった。だが延々と文句を垂れ流すくらいなら帰れ。俺も疲れてるんだ」

「……」


 律歌は谷嵜先生に近づいた。足音すら気にせずに大股で出来るだけ早く谷嵜先生に近づこうと歩いた。その距離は急ぐほどでもない。たった四歩で谷嵜先生のもとについてしまうのに酷く遠く感じていた。


 手を伸ばせば届く距離に来ると律歌は、左拳を握って躊躇なく振るった。谷嵜先生の右頬に向かって振るわれた拳。頬に激痛が走る。

 相手をソファから引きずり下ろすことには成功した。


「鍛えるべきだね。こんな小さい男の拳で簡単に引きずり下ろされるんだから」

「お前、やっぱ男だったのか。よかったよ、女の子なら手を上げられない」

「紳士気どりかい? 良かったね。ぼくが男で、今までどちらなのかも曖昧だった。今更どうだっていい。性別なんて些細なことだったんだ。妹がいればなんだってね」

「シスコンか……ぐっ!」


 律歌は、谷嵜先生が言葉を発する度に蹴り上げた。勢いよく顔、身体、腕、足。蹴って踏んで、殴った。空想がない所為で悪夢を見せられない。あの時殺しておけばよかったと何度も後悔する。助けなければ、救わなければ、慈悲なんて与えなければ良かった。


「もうなんだって構わない。ぼくは、君を殺したい。ハウスも組織も、吸魂鬼狩りだろうとぼくを裁くことは許さない」

「っ……いいのか。俺を殺せば、零は見つけられなくなるぞ」

「君は居場所を知っているって言うのかい? それはいい! なら命乞いをしてよ。妹の居場所を教えたら、殺さないでおいてあげる! ほら、言いなよ……言えよ!!」

「うぐっ」

「はぁ……はぁ……このっ!」

「がはっ……」


 口内を切り、血を流して、青痣を作ってもその手は止まらない。最悪本当に息の根を止めてもその怒りは止まらないだろう。一番近くにいた家族がたった一人の男の手で人生を狂わされた。


「あの子がずっとどんな気持ちだったのか、知っていたのに……あの子を感じた痛みなんて君のものに比べたら取るに足らない」

「人間は加虐することで鬱憤を晴らす。……満足したか? お前だって気づいていたくせに指摘しなかっただろ。同罪だ」


 新形の姿をした花咲だと気づいていた。気づいていたのに、妹を探しているなんてとんだ道化だと谷嵜先生は揺るぎない瞳を向ける。それがますます律歌の逆鱗に増える。


「~~~~っ!! ああ、そうさ! 気づいていたよ! あの子がぼくに言ってくれる日をずっと待っていた! だから、モグラに勧誘をし続けていた! それなのにあの子は君を追いかけ続けた」


 新形を何度も勧誘した。ゾーンの中で単独で行動して生きて帰ってこられる逸材と建前を口にして、糸雲もその実力を気に入って、何度もモグラへの勧誘を手伝ってくれた。それなのに一度だって了承してくれない。

 兄がいたからと考えられるが、新形としてならば、寧ろ同意するべきだった。頑なに断る所為で疑われた。花咲の特徴、仕草、癖が垣間見えてしまったのだ。一歩後ろを歩いてしまう癖がある。過度に前に進み過ぎず、その人を演じる。


「君は、どうしていつもそうなんだ。まるで興味ないのか。あんなにまっすぐだった子を変えて、あんなに好意を向けられていても、どうして無関心でいられるんだ。たった一人、心の決めた人がいると言うならまだ赦せた。それなのに、君は何も感じていない。結婚相手すら忘れてしまった君には、ぼくがただ喚き散らしているとしか思っていない。いつか終わると思って、ずっと黙って聞いている。そんなところも嫌いなんだ!」


 何度口汚く罵って貶しても谷嵜先生は何も感じていないのだ。人間ではないように言葉を放つ。

 三年以上一緒にいる花咲が動かない無機物になっても心が動かない。情を宿すなんてことは決してしないのだと律歌は怒りばかりが浮上する。

 このままならば、嘆きの川に落としてしまえばよかった。


「どちらが人形なのかわからない」

「先生は表情に出ないだけですよ。お兄さん」

「っ!?」


 谷嵜先生と律歌しかいない部室に第三者の声が響いた。驚愕した律歌は声のする方を見ると新形が部室の扉に手を添えて立っていた。


 目を伏せながらも、こちらを見ている新形に律歌は立ち上がり、谷嵜先生から離れた。


「君は、まだ病院にいるはずじゃなかったかな?」

「先生に会いたかったからね。まさか、お兄さんと面識あるなんて思わなかったですけど」

「黒美君が零にちょっかいをかけなければ、面識だって持ちたくなかったよ」


 もっとも律歌はゾーンに触れているのだから、いつかは吸魂鬼狩りとして接点が出来てたはずだろう。繋がりが違えば協力できたかもしれないが今ではあり得ない未来だ。

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