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第137話 Who are me

 五十澤と対峙したときには既に疲労で満ちていた天理は、現と学の出現という予定違いに怒りを感じる。グラータの絶対的怒り。そして、ジュードの傲慢さが今を生んだ。


 嘆きの川に通行料となった『大切』は留まっていた。死んでいないのだ。生き物は死んでいないし、無機物は死ぬ概念がない。壊れていないのだ。想いを宿して、持ち主に、帰るべき場所に帰るために嘆きの川に留まる。そして、嘆きの川に異物が投下された。

 花咲が落ちてきた。五十澤が落ちてきた。現実から魂を持つものが落ちてきた。亡者だけではない。


 花咲が落ちてきたことで通行料となっていた新形が目を覚ました。帰りたい気持ちを思い出して現実に引き上げられた。それに呼応するように、次々と通行料が現実に飛び出していく。


「怒涛結界! 粉砕!」


 結界に閉じ込めて結界ごと破壊する。天理は疲労困憊で、身体が思うように動かない。適正率が低い肉体では限界があったのだ。


(何故だ。何故思い通りにいかない。私は天理。この世の理である。そんな私を虐げる愚か者は何人たりとも赦されるわけがない)


 巡る思考。否定する空想。肯定する現実。


「滅びるのは、君たちだ……天理は覆らない」

「貴方は天理ではありませんよ。本当の天理は、ただの高校生に負けたりしないでしょう?」


 学が天理の言葉を遮り言う。この世の理がたとえ吸魂鬼崩れだとしても負けるなんてあり得ない。


「本物の天理を貴方は知らない。人間を恨むことも、羨むこともしない。彼らは眼中にないんですよ。森羅万象に興味を宿さない。重要なのは継続であり、終わりが来なければ天理は現れない」

「知った風に語るな!! 私は完成している。あと一つ、我が子が戻れば貴様らなど塵芥とすることも造作もない! ゾーンと現実、そして嘆きの川を私が支配し人間どもを滅ぼすのだ!」


 逆鱗に触れた。知ったことではないと学は冷笑を浮かべる。

 天理は全ての吸魂鬼を回帰させる。そして、もう一度放出して人間を殺して、全てをリセットする


「現兄さん。天理を殺してはダメですよ。あの状態のまま嘆きの川に落としてしまってください」

「いいのか?」

「はい。僕の考えが間違いでなければ、確実に」


 小さなピースをかき集めて出た解が間違いでなければ、この輪廻は終わりを迎える。


「永遠の暁。太陽が昇らなければ、結界が解けることはない。朝の来ない結界の中で永劫を過ごしなさい。『眠りの監獄』」


 学が空想を発動すると天理に内側も外側でも破壊なんて出来ない結界が生み出される。天理を拘束する鎖が手足を縛りつける。

 学の意思が無ければ、この世の終わりまで消えることのない監獄が築かれる。


 それは暁が見様見真似で唱えた空想。けれど、暁ではその真の力は生み出せなかった。それを考案したのは、紛れもなく暁学である。生み出した本人がその力を解き放てば、真の力を見せつけることが出来るだろう。


「狂瀾怒濤! 自壊作用!」


 その拳に結界を宿してプロテクター代わりと使い振るった。内側から弾ける衝撃を当てるが案の定結界は亀裂一つも生み出さない。けれど、その衝撃で渓谷が崩れて天理は嘆きの川に真っ逆さまに落ちる。


「何度やっても同じことだ! 私の分身が、私を再び蘇らせる!」

「忘れていませんか? もう重要な吸魂鬼たちはいない。貴方が道具として扱っていた駒たちは、貴方が吸収した。よってゾーンは消滅、吸魂鬼はもう現れない。貴方が嘆きの川で吸魂鬼を生み出しても現実の扉はもう開くことはないでしょうね」

「つまり、お前は永遠に嘆き悲しむわけだ。阿鼻叫喚の中、耳もふざけねえってな」

「亡者によろしくお伝えください。吸魂鬼の始祖、天理。もっとも結界の中で底知れない闇に沈み正気を保っていられたらの話ですが」


 三つの谷の渓谷。かつては三つの街が大きな渓谷に囲まれて存在していたが、いつの間にか渓谷は消滅していた。

 そして、次にいつ嘆きの川が出現するかもわからない。現実と繋がっても、天理が再び浮上できる保証もない。未来永劫、この世の終わりの時まで嘆きの川の底で人間を恨み続けているかもしれない。


「貴方の感情には一つだけ欠点がある。嘆きがないんですよ」

「泣かない人間はいない。俺たちの大好きな弟も、泣き虫だ」

「その涙を止めてあげるのも兄の務め。いや、家族の務めだった。なんかダチにその役目も奪われたみたいだがな」

「嫉妬ですか? 現兄さん」

「当たり前だろ。可愛い弟の晴れ舞台が見られなかったんだからな」


 嘆きの川が水位を下げて地響きと共に地面が動き出す。塞がろうとしている。嘆きの川が現実との距離が遠ざかる。


「ゾーンが消えて、僕たちの空想が使えなくなっても最後の瞬間まで貴方の結界を解きません。なので、安心して地の底で眠ってください」

「地獄を見ることになる。お前たち人間はいつか、必ず」

「はいはい。そう言う話はうんざりするほど聞いてきたぜ」


 水飛沫が上がる。水が結界の重みに耐えきれずに沈んでいく。深く深く鎖に囚われて身動き一つできない。指先一つでも動けば結界なんて破壊することも造作もない。


(またか。また私は沈むのか)


「お? これはこれは、天下の始祖様がまた戻って来た」

「パペッティア」

「……」


 糸雲とノアがいた。終わりのない戦いをしている最中、地上から降ってきた箱。

 身動き一つ取れない天理を前に糸雲は愉快そうに笑った。


「なにをしている。ノア!」

「俺は、親友の迎えを待ってるんだ。あんたじゃない。つーわけで、今取り込み中、おやじは向こう言っててくれよ」


 糸雲との戦いが楽しくて仕方ないとノアは硬質な糸を回避する。

 その行動にノアは糸雲を殺す気が無いのだと気づいた。そして、糸雲もノアを消す気はない。互いに手加減をした遊びの範疇だ。地上の吸魂鬼狩りをどれだけ虐げてもノアが死ぬことがないと分かると天理は激昂する。


「裏切るのか!」

「裏切る? もとからあんたに従っちゃいなかったよ。暇つぶし」


 飄々とした態度は、生前のようだった。全てが無に帰すこの空間で、なにもかも偽っていたのだ。


「道化が」

「仮面の吸魂鬼が道化じゃないって? 酷いこと言わないでくれよ。俺は出来損ないの失敗作なんだろ? ならさ、俺に期待するなよ。今更、手のひらを返すなよ。都合よすぎるぜ」


 慈愛の精神を持ちながらもノアは、その精神で地上の者たちに触れても嘆きの川には触れない。


「慈愛は、無慈悲になることが出来るって知らないのか? 全てを愛するからこそ、平等だからこそ俺は手を貸さないんだよ。たとえそれが生みの親だろうと」


 糸雲の硬質な糸が檻に巻き付いた。


「おっと、絡まった。すまない、悪いね。それを解いてくれ」


 白々しい言葉。がむしゃらに絡み沈む。

 檻の縁に足をかけて勢いよく踏みつけると檻は重さに従って沈む速度が上がる。


「手伝ってあげるよっと!」


 ガンっと檻を勢いよく蹴った。踵を落としたことで檻がまた沈んでいく。

 もう二人よりも下に沈んでいる。


「良いのか? 生みの親が沈んでいくけど」

「俺は失敗作の愚作らしいから、問題ないぜ」


 さて、続きをしよう。と沈む天理を無視して糸雲と向き合う。谷嵜先生も佐藤先生も現れないと知っていながら、親友の迎えを待ち続ける。それでもいいのだ。今は永遠の時を過ごす相手を見つけた。退屈しない。

 谷嵜先生の通行料として、ノアは嘆きの川に落ちた。現実に戻れる手段はあるが、そう言った素振りは見られない。糸雲はもう死んでいる。誰の通行料でもない。


「良いのか? 現実に戻らなくて、谷嵜君が待ってる」

「言ったろ? 俺は、向かう側じゃなくて待ってる側だ。いつか黒美ちゃんが来てくれる日を待つよ」

「一生来ないだろうね」

「それならそれでいいよ。ずっと此処で君と戦っていられる」

「へえ……死んでも死ねない此処で、手加減とか出来ないけど?」

「してほしいな~。一生のお願いだ」

「一生なんてもうないぜっ!」


 硬質な糸が再戦とばかりにノアに近づく。


「なら仕方ない」


 生みの親が地底に沈んでも、助けたりしない。助けるなんてしたら不平等になる。

 ノアは人間が好きだ。吸魂鬼も好きだ。戦うのも好きだ。戦わないのも好きだ。

 すべてが好きで、偏愛で博愛。


「俺は、俺を通して現実を見るぜ」

「見る暇なんて与えない。自己操殺(じこそうさい)!」

「その技、知ってるぜ!」


 五十澤を通して全て見てきた。嘆きの川に居ながら、自分は現実世界にいる。

 いつか対峙することになるだろう。本当の意味で、五十澤乃蒼を殺す日が来る。

 その日まで、嘆きの川を管理する。束の間の休息と思わせながら、こちらも糸雲と共に強くなり現実に帰還する。

 敵か味方かその時はわからない。


「『夢想喰い(イマジナリーイーター)』」


 糸雲の糸を容易に切り裂くその手にはヒトの願いを刈り取る刃が怪しく輝く。

 嘆きの川には死の概念は存在しない。諦めて嘆きに飲まれて消えるか、心を強く持つ以外にない。二人揃って諦めるなんて言葉、存在していない。


 現実の光が途絶え始めて、細い線となり二人の間で消える。

 いま、少しでも抗えば、地上へと向かって、這いあがれば亡者としてでも友人や弟子、同僚に会えるかもしれないが、二人は地上に上がる事はしなかった。そんな素振りを見せないまま殺し合いを始めた。


 諦めなかった方が、いつか浮上してくるであろう天理の相手をする。そういった暗黙の了解を抱えていた。

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