第135話 Who are me
四十分前、浅草と蛇ヶ原に合流した大楽は、吸魂鬼を倒しながら、民間人を避難誘導していた。勿論、ゾーンに関わってる三人は民間人には見えていない為、所謂怪奇現象を引き起こしながらだが、それでも吸魂鬼を退けながらの作業は集中力が必要となり、途切れてしまえば命はない。そんな終わりの見えない戦いをしていた。
「にょっ! ひょろひょろ! ベン!」
「ひょろひょろって自分なんすか?」
「擬音でウケる~」
浅草に治癒してもらい、民間人を出来る限り護っていたが、その途中で浅草は何かを見つけたようで二人を呼ぶ。そちらを視れば、護り損ねてしまった。民間人が吸魂鬼に襲われる。その瞬間、吸魂鬼が消滅した。次々と消滅していく吸魂鬼たちに浅草は二人を呼び何が起こっているのか戸惑っていた。
蛇ヶ原も大楽もその現象を知らない。まるで空想で消されたように吸魂鬼が消滅していく。自分たち以外の吸魂鬼狩りがいるなんて思えなかったのだ。
「っ! 浅草先輩! 危ない!!」
後方支援をしていた浅草に蛇ヶ原が叫ぶ。浅草の背後に吸魂鬼が現れたのだ。
反応が遅れた浅草はただ吸魂鬼を見ている。
「剛毅衝弾!」
獣のような野太い声と共に浅草を襲う吸魂鬼の頭上から何かが降ってきた。大きな影は吸魂鬼を圧し潰す勢いで地面へと落下する。
土煙を上げて激しく動く。その存在を主張するように見えたのは、赤。
赤いロングコートがふわりと地面についた。
身体を起こせば浅草よりも二回りほど大きな体躯をした男だ。
「大丈夫か? 嬢ちゃん」
「……うい」
唖然とする。突然現れたその男は、風で乱れた髪をかき上げる。堀の深い顔をつきをして、逞しい腕を伸ばしていた。
「ウォーミングアップはこのくらいでいいか! おう! 弟よ、準備はいいか!」
佐藤先生よりは控えめか、もしくは同等の声量で背後に控えていた人物に尋ねる。
「問題ありませんよ。現兄さん」
現兄さんと慕われたロングコートの男はキヒっと高圧的な笑みを浮かべる。
浅草が何も出来ないでいると「大丈夫ですか?」と肩をポンっと叩かれる。ハッとそちらを視れば、男にしては少し長い髪をなびかせた眼鏡の男が青のロングコートを着て立っていた。その人物もまた浅草より一回りほど背が高く見上げるように見る。
「ふーあーゆー」
貴方たちは何者なのか。浅草は尋ねると青のロングコートの男が「それは後程」と優しい微笑を送り、現と共に吸魂鬼が多い方に視線を向ける。蠢く感情の化身が標的を定めて襲い掛かって来る。
「ちょ! 待てや! まさかあれを二人さんだけで相手する気かいな!」
「そのまさかですよ。現兄さん、数は……ふふっ数えるのも馬鹿らしくなりますね」
「楽勝じゃねえか! 巻き込まれたくなきゃ下がってろよ! 坊主、嬢ちゃん、弟よ」
そう言われて「坊や、お嬢さん、僕たちは後ろで見ていましょう。邪魔になりますからね」と浅草の手を引いて、蛇ヶ原の背を押して、男に背を向けて大楽がいる方へと歩みを進めた。
「吸魂鬼ども! 俺が消してやる!」
ガハハハッと傲岸不遜な発言と哄笑の末に握った拳は淡く光を放つ。
「七転八倒! 修羅陥落!! 受け取れぇ!!」
地面に拳をぶつけるとそこから地面が隆起する。地響きと共に吸魂鬼たちは隆起した地面に生まれた亀裂に落ちていく。阿鼻叫喚も聞こえない。静かに蠢く影は地面の奥底に落ちていくと隆起した地面は何事もなかったように元通りになっていた。
「さすが現兄さん。その力に衰えは感じませんね」
「たりめぇよ! お前はどうなんだ? 学」
三人のもとにやって来る現に、学と呼ばれた男は「変わらずです」と何事もないと平然と答える。
「あんたら、ほんまに何者なんや? 吸魂鬼狩りやっちゅーんわ。理解できるんやけど」
「すんごーい空想使うね~。ウラヤマ~……まあ俺向きじゃないから、遠慮するけど」
「うにゅ」
「僕たちは、ハウスが一家、暁家ですよ。僕は、暁学。そしてこちらが、実兄である暁現です」
学が答えると浅草が驚愕する。それは自身の所属している部活の副部長の通行料だからだ。どれだけの悪人がその名を騙るというのか。何よりもハウスに詳しくない浅草では推し量ることは叶わない。
そして、本来ならば暁家と口にするものもほとんどいない。暁の通行料によって暁家そのものが消失している。騙るにしても情報が余りにも少ない上に、吸魂鬼が増殖している現段階で騙れば、その実力を求められる。決して利は生じない。
「モノホン?」
大楽が尋ねれば「たりめぇよ!」と断言する。
「嬉しいことに最後の兄弟が、僕たちを通行料として選んだようなのでね。戻って来るのには苦労しましたが、無事に戻ってこられたようですね」
「なが?」
「ふふっ。簡単に言えば、返還されたのですよ」
学は優しい微笑を浮かべて説明してくれるが、やはり分からないと浅草は首を傾げる。
「多分、徐々に皆さんの通行料も戻って来るかと思います」
「!? ホンマか!」
「ええ。事実、僕たちは此処にいる。霊魂不滅とはよく言ったものですよ。聞こえない、見えない。そんな中、確かにそこにいたのですからね。吸魂鬼に食べられないだけ良かったと思うべきなのか、吸魂鬼ですら通行料を目視することが出来ないのか。謎ばかりが残りますね。それもまた考察が捗り愉快ではありますが」
その笑みは余りにも不敵で関わる事を拒むほどだ。虚無の空間に居続けていたことを学は言う。その記憶もあるが、今日が何年何月何日なのか分からない。状況を整理する前に吸魂鬼が前にいるのならば、仕事をするだけだ。
「ね~。通行料になったって気づいてるなら、他の人も?」
大楽が尋ねれば「いいえ」と否定する。
「僕たちはあくまでもゾーンに触れている者たちはその適正を宿しているので、自覚することが出来ます。けれど、何も知らない民間人ならば、長い夢を見ていることになるでしょう」
「そーなんだー。良かったね~入間~」
「あほか、全部言うに決まっとるやろ」
蛇ヶ原の通行料は母親。もしも自分が仕出かしたことを知っていたら、感じていたらと思うと胸が張り裂けて、謝っても許されない覚悟だった。だが知らなければ隠し通すことが出来ると大楽が言うが、生憎と言えることは全て言うつもりでいる蛇ヶ原に「ちぇ~」とふてくされる。
「それで? 俺たちはどーすりゃあいいんだぁ?」
「え? どうするってどういうことや?」
現が退屈そうな声色で呟くと蛇ヶ原が尋ねる。
「どうもこうもねえだろ? 今は、派閥なんて関係ねえ緊急事態。つーことは文句言うまでもねえ。状況を理解してる奴に指示を仰ぐ。だな? 弟」
「ええ、僕たちでは状況を把握しきれません。情報網も今は機能しないでしょう。不本意ではありますが、時代錯誤の考えはやめて、協力します」
ハウスは外部との協力を拒む。けれど、そんな事を言っていられる状況ではないのは言わずもがな。ならば、不言実行以外にあり得ない。
関わりは極限までに避けたい相手ではあっても話の分からない頭でっかちではないことに安堵する。
「あ~、それならここら辺のんぐっ!?」
大楽が何かを頼もうとすると浅草が口を塞いで言う。
「暁隠殿がこの街の中央にいらっしゃいます。私たちは、民間人を出来る限り護衛して安全エリアに誘導しています。どうか、皆様の助力の方をお願い致します」
「ぷはっ! なに!?」
「蝶さん、空気読みや。この場で一番空想使いの熟練者がおるんよ? そんなお人らを使いっ走りにするって正気やない」
空想を使い慣れた強者に避難誘導を任せるなんて力の無駄使いだ。今重要なのはこの現象を引き起こした原因を根絶することであり、それが無くなれば避難誘導はしなくていい。
現と学に言えば、二キロ先にある出現しかけている嘆きの川へと向かおうとする。二キロ先にある場所にどうやって向かうのかと蛇ヶ原と浅草は疑問に思っていると、現が結界の壁を生み出して、勢いよく蹴ると突風を起こしてその場から姿を消した。
「わー、どこに行ったの~?」
「反射の応用ですよ。長距離を移動するのに最適です」
結界に宿る弾力性を極限まで引き上げて、高反発結界壁を蹴る事で現の身体を簡単に吹き飛ばすことが出来る。もっとも勢いを誤ればビルを貫通して、被害が増えてしまうが、それはゾーンのお陰としか言いようがない。
壁を交互に設置することで壁を蹴り何キロも移動できる。
現が出現させた壁は一度きりのようで高反発壁は消滅していた。学も追いかけるつもりのようだが、その前にと浅草たちを視る。
「よくここまで持ち堪えましたね。もぐりでありながら上出来です」
「ういうい」
「ほめてくれるんか……」
「なぁか、裏とかありそー」
「ふふっ。本心ですよ」
そう言って、学は階段状に結界を生み出して、軽い足取りで駆け上がる。一度通過した階段は消滅していき、上へ上へと学を連れていく。
「あれの人が暁先輩の兄貴ってまじー。怖すぎ~」
大楽は学がひとりその場にいるだけで息苦しく感じたようでべーっと舌を出した。
一連の流れを見ていた浅草も、自身が従う副部長もかつてはそうだったのかと思うと随分と丸くなったものだと一人思考を巡らせていた。
いつも怖い顔をしているが、あんな腹黒さをにじみ出ている人間もなかなかにいないだろう。