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第133話 Who are me

 火の鳥が地上に上がり、街を照らした。夜の暗闇に支配された街中は、人の気配を失い。吸魂鬼が蔓延っていた。阿鼻叫喚も終わりをつげ街の至る所で黒い煙が上っている。


「ナナ」

「うん」


 綿毛が五十澤を地に下ろす。五十澤の腕の中で、弱々しく光を放つ花咲の魂。現実に連れて来ることが出来たのだと安堵する。


 綿毛は言葉を放つことなく再び嘆きの川に下りていく。その光景を五十澤は止めなかった。彼女のしようとしていることを知っているからだ。


 五十澤の手の中にある魂は形を変えて、小瓶に形を変えた。ひび割れた小瓶だった。あと少しで割れて砕け散ってしまうほどに危ういソレを大切にしまって、天理に向う。



 天理の周囲には、倒れている律歌や谷嵜先生、暁がいた。誰もが血を流している。

 タンと地上に着地した五十澤は天理を視る。


「ほぉ。全てを思い出したかノア」

「天理。思い出したよ。けど、あの時のままとはいかないけどね」


 五十澤乃蒼。慈愛のノアだった事を思い出した。けれど、その精神は今の彼に依存している。言葉も稚拙で、嘆きの川に残って糸雲と交戦しているノアとは別物ともいえる。同一人物だが、同一ではない。


「教えて欲しいことがあるんだ」

「なにかな?」

「みんな、生きてるの?」


 倒れている人たちを一瞥して尋ねれば「ああ、生命活動までは破壊していないよ」とあっさり答えられる。「生きる」と言う定義は成立しているようで、一先ず安心してもいいだろう。


「ハウスの末端がまだまともな空想を手に入れたようだね。まさか、発現したばかりの空想で嘆きの川を脱するなんて、私も思わなかったよ。何よりも魂をこちら側に連れて来るなんて何を考えているんだ?」

「花咲さんは、死んでいい人じゃない。新形さんも同じだよ。二人とも、もう一度会って、仲直りして親友でいるべきだ」


 綿毛がいま、嘆きの川に戻り新形を回収するために奔走している。五十澤が嘆きの川で見た悪夢の所為で手を放してしまったのだ。魂が戻っても嘆きの川に居続けてしまえば、乖離して本末転倒になってしまう。

 それに比べて、綿毛の空想ならば、嘆きの川で不死鳥の力は真価を発揮する。不死鳥の空想が魂を護り、新形も見つけてくれる。その優れた空想のお陰で五十澤は心置きなく天理と向き合うことが出来た。


「世界は夜に支配されるだろう。人の心は不幸に満ちて我々の時代が訪れる。私のもとへ戻りなさい。ノア。君がしていることを私が赦そう」


 嘆きの川が地上に溢れて亡者で満ちれば、人間は朝日を視る事なく闇へと落ちる。


「僕の兄妹たちは、嘆きの川にはいなかった。はじめに消滅した悋気も、嘆きの川にいなかった。巡った気配も感じない。君が悋気を吸収してしまったんだ。僕を殺したあの日のようにね」


 谷嵜先生を逃がした後、ノアは天理に殺された。その際、天理はノアを吸収しようとして失敗して、自らが消滅する羽目になった。長い年月を費やしてやっとの事現実に戻って来ることが出来た。嘆きの川が地上と繋がったお陰で天理は此処に立つことが出来る。どれだけ優れた能力を持っていたとしても、現実と嘆きの川の入り口をこじ開けることは難しい。


「何度巡っても、人間につくというのか。慈愛とはつくづく愚かなものだね」

「天理、君は人間の温かさを知らない。友だちがいることで満たされる幸福を知らない。だから、君の周りにはいつも誰もいないんだよ」

「……友情。確かに慈愛と言う感情があれば、理解できたことだろうね。私には不要なものだ。力にはならない」

「人との繋がり、想いの強さ、覚悟、目的でさえ……尊いものだと僕は思う」


 尊く儚い、愛おしいもの。どれだけ長い夜が続いても、朝は必ずやって来る。


「僕はまた明日。おはようって友だちに言いたい」


 それに、と彼は切なげに笑みを浮かべた。


「この人生で、初めての親友がまだ起きてないから取り戻したい」


 羽人がまだ目を覚ましていない。他の廃人たちも待っている人がいる。家族や恋人、友人が待っている。その為に五十澤は天理を倒さなければならない。吸魂鬼でありながら吸魂鬼を敵対する。吸血鬼の姿がそこにあった。


 裏切ったつもりはない。ただ人間も気に入ったというだけなのだ。現に五十澤はバニティとは親しく話が出来ていた。


「親不孝者め」


 言葉と共に天理は手を振るう。突風が五十澤を襲う。足に力を入れて踏みとどまる。頭上の雲が激しく流れていく。天地がひっくり返るのではと錯覚してしまう。風に囚われていると天理が迫っていた。


「失望だろう。我が子に裏切られるのだからね」


 優しい声色。けれど、そこに温もりはない。人間ではないとひしひしと伝わる。そこにいるのは、人間の見た目をした怪物だ。そして五十澤もまた同じく人間の真似をした怪物だ。


「誰も、嘆きの川なんて求めていなかった。バニティは世間体を気にしただけで君の事を気にしての事じゃなかった」

「そうだとも、だからこそ君たちは私のもとに戻るしかない」


 与えられた感情のままに暴れて消滅していった兄妹たち。消えたいなんて思っていないだろう。消える恐怖も感じないままに我欲を貫いた。ならば、五十澤も同じように我儘でいようと決めたのだ。


 吹き飛ぶ身体を捻り、態勢を整える。天理が操る風で瓦礫が荒れる。崩れたビルの壁が空中に浮き五十澤に襲い掛かるのを蹴って天理に近づく。


 口角を釣り上げて、狂気的な笑みを浮かべる天理に拳を握り、五十澤は向かう。


「愚か者め」


 天理の周囲に黒い結界が生まれた。拳が砕けた。


「いぐっ……」

「親に勝てると思っているのかい? ノア」

「子は親を超えるものだよ」


 砕けた拳は再生する。気持ちを落ち着かせてもう一度拳を振り上げた。黒い結界が砕ける。天理は驚愕することもなく、拳を避ける。


「調和の力か」


 全てを愛するから、愛されることを拒絶する者はいない。五十澤に敵はいない。全てを受け入れる調和を持つ慈愛の力に天理は厄介な相手であると認識した。


「なぜ私は君を生み出してしまったんだろうね。こうなる未来を見ていなかったわけでもないだろう」


 天理は心底理解できないと不思議な声色で言う。

 慈愛なんて敵になる感情。すぐにでも消し去れば良かった。


「少しでも慈愛を離しがたいと思ったからだよ。その時はまだ感情が君には合ったんだ」


 切り離しても、消えてしまう慈愛の残滓が残っていたのだ。

 慈愛のノアは、平等に愛してくれる。大切にして、肯定して、敵対して、結局優柔不断で中途半端。一番生き物らしい感情だ。


「耳が痛くなる話だね。目障りだ」

「ぎゃっ……!」


 天理は五十澤を蹴り飛ばす。嘆きの川を背に天理は、嘆きの川のように美しい夜空の瞳を五十澤に向ける。その瞳の奥には何もなかった。喜怒哀楽なんてなく、ただ目の前の獲物を殺すために生きている怪物。


 その瞳は、空と同じ色をしている。

 色を見つめていると天理は影を生み出した。影は自我があるような動きをして片膝を立てる五十澤に近づいた。

 地面を這うように素早く動き、五十澤の身体を四方から穿つ。


「あがっ……!」


 歯を食いしばって痛みに耐える。鋭利な棘となり影は五十澤を襲った。

 まだ吸魂鬼の力を使役出来ていない。嘆きの川ですら、簡単にノアに支配されてしまった力だ。五十澤はその力の二割も使いこなせていないと実感する。


「人間がどれだけ幸を求めようと必ず不幸が訪れる。嘆き悲しみたまえ。終わりを告げよ」

「っ……」

「君一人では何もできない。運命なんだよ。理には逆らえない。死からは逃れられないのと同じだ私たち吸魂鬼でもね」

「嫌だ」

「なに?」

「嫌だよ。死んで終わりなんて絶対に嫌だ」


 影に与えられた痛みに耐えながら立ち上がる。呼吸が小刻みになり、深呼吸するだけで腹部が激痛に悩まされる。瓦礫で身体をぶつけたのか痛む。

 いたるところが痛い。治っても怪我が残っている感覚に襲われる。存在しない痛みに苦しまされる。けれど、それが生きている証拠なのだと安堵すら感じてしまう。


「慈愛だけでは、何も変えられない」

「そうかもしれない……だけど」


 他の吸魂鬼狩りをしているように、被害を減らして笑顔を視たい。たとえ「ありがとう」と言われなくとも、「ひどい」と糾弾されても、五十澤は自分のしていることを否定しない。


「僕は、怒られても良いんだ。怒られないようにまた学びがあるんだから」

「人間は完璧をまるで罪のように扱う。完璧であれば、先に進むことはない。完璧な人間などいないと否定する。この世に不完全ほど劣化したものはない。失敗した者たちは、互いに傷を舐め合うだけなのだよ。追求した先に突き当りがあるというのならそれでいいじゃないか。いったい何の問題がある?」

「違う、違うよ。成長する楽しさを君は知らないから、完璧であることは罪じゃないし、悪いことでもない。みんなで成長するのが、楽しいから終わることを惜しむだけなんだ。みんなで完璧でありたい。みんな一緒が良いから……天理、君がしていることは孤独への一途を辿ってるだけなんだ。気づいて」

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