表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/142

第132話 Who are me

 計画は無かった。谷嵜先生は、闇に落ちる。吸血鬼らしく飛ぶことはできない。

 右肩で暁を担いで、左手で綿毛を掴む。嘆きの川に沈まないように上昇するが光は遠ざかる。嘆きの川から這い上がる方法なんて考えているわけもない。

 ただ暁が苦しそうだったのだ。綿毛は谷嵜先生を攻撃することで不安を解消できていたが暁は動けていなかった。正しいことをしていると思い込まなければならなかった。天理の声に耳を傾けずにいることが出来ずに、疲れてしまう。


「先生、私は置いていってください」

「すまんが、それは聞けんな」

「どうして……このままでは三人とも嘆きの川に。暁先輩がいれば、空想で状態を改善する事が出来る。私はお荷物です」


 役に立つ空想を持てず、空想を破壊されて怪我をして、吸魂鬼狩りとして勤めも果たせていない。


「自分の生徒をお荷物だという教師がどこにいる。そんな奴はとっとと教師やめて、野垂れ死ね」

「教師なんて、関係ないじゃないですか」

「なら俺は大人で、お前は子供だ。子供を見捨てる大人は、どこに行ったって誰にも助けちゃもらえない」


 暁だけいれば結界の空想でどうにでもなる。綿毛は自分の存在が二人の生存率を下げていると考えていた。嘆きの川に落ちても未練などなく死に切る事が出来る。

 谷嵜先生の事だから、すぐに見捨てるとばかり思っていたけれど、谷嵜先生は頑なに綿毛を手放したりしなかった。暁に命じて結界を解き。嘆きの川に落ちた。

 暁を解放するためだと理解できている。


「俺は助かりたいよ。お前らを助けて、他の誰かに助けられたい」


 徳を積み続けていたら誰かが助けてくれるなんて迷信を信じている。


 その見た目にそぐわない物言いに絶句していると目の前に光が見えた。

 その光は、三人を包み込み地上に押し上げる。温かい光だった。

 光を堪能していると、綿毛の頭にある思想が浮上する。


 ハウスを信じていた頃の気持ちが不思議と湧きあがってきた。今では考え方が変わり、妄信することはないが、当時の綿毛にとっては信じられるものがそれしかなかったのだ。サブハウスの一員として生活してきた。


(どうして今になって……)


 生き甲斐だった。大切なものだった。その気持ちがあるから前を向けた。


 吸血鬼部に関わらなければ、失うことのなかった気持ちと、

 吸血鬼部に関わらなければ、得られなかったことが天秤にかけられる。


 もっとも天秤にかけるまでもないのだ。綿毛は楽しかったのだ。

 三つの谷高校に入学して、彼に文句を告げた日から、谷嵜先生を敵視した日から、宣戦布告したのもつかの間ゾーンに触れて、通行料を奪われて、目的を見失った。

 そんな中、吸血鬼部は、喧嘩を吹っ掛けた綿毛を受け入れてくれた。その温かさは光のものと似ていた。


『僕、綿毛さんとも友だちになりたい』

『僕は間違っていない。誰かを蔑ろにすることしかできないなら、やめてよ。先生や先輩たちの邪魔をしないで』


 彼が吸血鬼部との間を取り持ってくれた。お陰で肩身の狭さが緩和されていた。

 だから、綿毛は、彼を信じようと思ったのだ。彼のまっすぐな気持ちは偽物ではないと信じられた。


「先生、手を放して」

「お前、まだそんなことを」

「良いから……信じて」

「……」


 綿毛はもう自殺志願者ではないと暗に言う。嘆きの川に落ちたりしない。

 信じてもらいたい。そんな月並みなことでは谷嵜先生は譲ってはくれないだろう。それでもその瞳は、もう死を望んだりしないと物語る。


「……お願いします」


 一度信頼を見失っていた。一方的な信仰心では意味がないのだ。互いに与えて与えられる。そうして築かれる信頼。影に浸食された心では完全には無理でも、微かな可能性が生まれる。


 谷嵜先生は数秒思考を巡らせて手を離した。スッと嘆きの川に落ちていく。

 落下する。髪が乱れて服が風で揺れる。落ちる綿毛に比べて星は上に昇っていく。  


「朝焼け、夕焼け、陽は沈み月が昇る。月が沈み陽が昇る。狭間で生きる力をください」


『トワイライトゾーン』


 静寂の中で響く綿毛の声。嘆きの声が綿毛を襲う。耳鳴りが聞こえる。橙色の光がそこに広がる。亡者が綿毛の足に這う。肉体を手に入れようと躍起になるのを、夕焼け色の光が綿毛を照らした。


「なにもかも燃やし尽くしなさい!」


 綿毛の身体が炎に包まれる。炎は全てを燃やし尽くす。けれど、それは不幸を招くものではない。全てを綺麗さっぱり燃やし尽くす浄化の炎。

 ときには牙を剥くが、ときには全ての憂いを燃やし尽くすのだ。


 亡者が浄化の炎に燃やされる。ぱちぱちと音を立てて綿毛から離れていく。底へ底へと沈む。嘆きの声はなく、浄化されていく。


 絶望しても、夜明けはやって来る。ならば、その絶望の中を照らす陽の光となろう。


 明るい光が嘆きの川に満ちる。不死鳥のように炎の翼が生まれる。


 綿毛は浮上することなく、嘆きの川の底へと突き進んだ。綿毛が辺りを照らす。見つけなければならない人がいる。会わなければならない人がいる。助けなければならない人がこの先にいる。


「ナナ!」


 微かに見える光を抱えて亡者の浸食を耐えているその人。ナナもとい五十澤乃蒼はもう嘆きの川を浮上することが出来なかった。徐々に身体から力が抜けて、動けなくなったのだ。あと少しだというのに、手を伸ばしても地上には程遠い。


「……綿毛、さん?」


 五十澤は綿毛が放つ光を視る。温かい炎に顔を上げる。花咲の魂を救うために五十澤が頑張っていたのだ。


「どうして……」

「助けに来たの! ナナ、手を伸ばして!」


 赤い羽根を羽ばたかせて五十澤に近づいた。

 温かい気配が近づいてくる。その腕の中で吹き消えてしまうほど小さな光を護りながら綿毛の手を掴んだ。


(掴んだ)


 綿毛は五十澤を引き寄せた。抱き寄せると五十澤の身体はひどく冷えていた。もう死者のように冷たくなり、温もりを求めていた。


「良かった、無事で」

「……綿毛さん」


 亡者が追い払う炎。冷えた五十澤を温める。けれど、ひと際大きな亡者が二人に迫る。


『一度ここに落ちた者を容易に地上に戻すことはできない。嘆きの傷を癒すことは叶わない』

「っ! 絶対に連れて行かせない」


 亡者の親玉とばかりに巨大な亡者は二人に真っ黒の手を伸ばした。そこにどれだけの憎悪を宿しているか。考えるだけで頭痛がしてくるが、その憎悪に負けない程に綿毛は、空想を強くする。

 炎で嘆きを浄化させる。炎が煌々と燃え広がるが消えることはない。そのまま二人は黒い影に握り込まれる。


「ナナっ」

「っ……」


 亡者の嘆きが二人に浸食する。

 苦しさに呻きながら綿毛は何としても地上に戻るのだと覚悟を強くする。


『貴方たちはこちらに来てはいけないよ。まだやり直したことがあるでしょう?』


 煌々と燃える炎は勢いを増した。聞こえてきた女性の声。聞き覚えのない声は優しく綿毛の炎をより強力なものへと変える。


 綿毛は五十澤の手を強く握って炎を操る。影を振り払う光として左手を振るう。


「さっきの声は?」

「分からないけど、ここを抜けられるならなんだって良いでしょう」


 もしも気にしていたら、五十澤は助けたいとか言い出してしまう。

 それは何としても阻止しなければならない。嘆きの川に居る者たちは、例外除けば循環してるのだ。生と死を循環している。

 膨大な嘆きを抱えた亡者を現世に連れていくことこそどれだけの御法度となるか。


 それだけはいけないのだ。規定に反しているかは分からないが、きっと重罰だと尋ねなくとも理解できる。火の粉が嘆きの川に落ちていく。ばさりと温かい翼を広げる。


「綿毛さん、その羽って」

「私、火の鳥だから」


 五十澤は綿毛が天理に空想を破壊されたことを知らなかった。それ故にどうして綿毛が炎の空想が使えるのか不思議に思い尋ねれば、楽し気に答えられた。


 不死の鳥。炎の中で何度も蘇る鳥。どこまでも光を届ける不可思議な鳥。

 綿毛は、フェニックスの空想を手に入れた。なんにでも成れるが、それは空想力が物言う。綿毛はフェニックスを想像した。自分が不死鳥となることで誰かを救える。五十澤を救うことが出来るのならと想像力を膨らませた。


 はらりと炎の羽が嘆きの川に落ちていく。冷たい空気を温める美しい羽を見入ってしまう。


「地上で天理とかいう吸魂鬼の始祖が悪さをしている。貴男なら、どうにかできると思ったの」

「天理……! わかった、頑張ってみるよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ