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第130話 Who are me

 天理は楽し気に言う。


「我が子が一人戻ってきた。怒りが戻ってきた」


 仮面の吸魂鬼がまた一人消えた。憤怒の吸魂鬼グラータが誰かに消された。

 それが誰なのか、天理は分からない。だが戻ってきたことでまた本来の力を取り戻した。分離した者たちが集いつつある。あと一つ戻れば天理は吸魂鬼の始祖として復活する。その瞬間には、此処にいる者たちは完全に消し去れてしまうだろう。


「おや? なんだか、切迫しているようだね。吸血鬼部、手を貸してあげようか?」


 突如として聞こえてきた聞き覚えのある声。視線をそちらに向ければ、花咲律歌が満面の笑みで崖の上から谷嵜先生に言う。


「胡蝶」

「その前に謝罪してもらおうか。どう言うことなのか説明も加えてね」

「今か?」

「今だよ」


 この危機的状況においても通常通りの接し方だ。

 もっとも谷嵜先生が花咲零と繋がっている事実を考えれば意地悪もしたくなるというものだ。


「お前の妹が嘆きの川に落ちた。今ジョンがこちらに引き戻そうと奮闘してる」

「へえ、なら君は何をしているのかな?」

「見たらわかるだろ」


 答えがわかりきっていることを訊かれるのは不愉快だと声色を変える。この現状を生み出した一部は谷嵜先生にもあると言っても過言ではないため、完全な逆ギレである。


「まあ、いいよ。あとで殺してあげるから」


 そんな物騒な言葉をかけながら渓谷の下に暁の結界で床が築かれているのは知ってるようで抵抗なく律歌は、下りて来る。すると続いて、一緒にいた大楽も下りて来る。


「やほー、最中。元気してる? 左手ダメそうだけどー」

「貴男は、重傷そうね」


 大楽は、綿毛に近づきのんびりとした声色で話をした。


 イノセントとグラータとの戦いでかなりの怪我を負った。音波の空想である以上、怪我を治すことはできない。腕や頬、額を怪我して血を流している。

 治癒の空想を持つ浅草は蛇ヶ原と大楽を探しているはずだが、すれ違いになったのだろう。


「なぁんか。お山の大将いるんだけど、なに?」

「実際大将ですよ。吸魂鬼のね」


 大楽の疑問に暁が答えると、それを聞いていた律歌は、良いことを聞いたと天理を見る。一見はどこにでもいる男のように見えるが、明らかに違う雰囲気をだしている。


「グラータを消した後の残滓を追いかけてみたら会えるなんて、嬉しいなぁ。今日はツイてる」

「吸血鬼部とモグラの残党とは……私も甘く見られたものだ。だが、仕方ない。我が子を生み出してから幾星霜、私も衰える。甘く見られて当然か」


 芝居がかった物言いをしながらも天理は危機感を抱かない。寄せ集めた吸魂鬼狩りでは天理を殺せはしないと確信していた。


「さて、早く終わらせてしまおうか。妹を迎えに行かないといけないからね」


 律歌はそう言って動き出す。パチンと指を弾くと広がる音の輪。それは、天理に近づき触れると音に巻き込まれるように爆散する。


 律歌は、大楽の音波の空想を使っていた。

 同じ空想を持つこともないわけではない。けれど、人間の想像力は類似するだけで合致じゃない。


 天理は身を炎で包み込んだ。烈々と燃える炎の中では呻き声も聞こえない。


「一瞬……それに、その空想って」

「俺のー」


 大楽の空想を律歌が使っていた。どう言う理屈なのか、どういう空想なのか、一瞬のうちに天理を炎の中に閉じ込めて爆散させた。


「ぼくの空想は、胡蝶の夢。夢で現実、現実で夢の空想。誰かの空想はぼくの手で作り替えられる」


 見聞きした空想を、律歌は模倣した。身近にいる大楽の空想を、今は借りているようで、その音波で天理を出し抜いた。


「胡蝶の夢。そう言えば、君は特異空想を持っていたか。兄妹揃って厄介なものだ」


 消し去ったはずの天理は、肉塊が集まり形を戻す。

 その奇妙さに「うげ~」と大楽は表情を歪める。


「危うく死んでしまうところだった」

「死んでくれて構わないさ。その方がなにかと都合がいいからね。黒美君、行くよ」


 律歌は谷嵜先生の横を抜けた。その手には、谷嵜先生が持っていた刀が握られている。それすらも空想で模倣できてしまう。律歌の空想力に誰も驚愕する。


「うちの胡蝶はすごいよ~」


 大楽は、腕を組んでうんうんと我が物顔だ。

 一度見た空想を模倣して、そのまま力に変換する。自分の想像が出来ない以上、他人を見様見真似する。それが劣化だと思わせない。律歌が持つ刃は、確実に吸血鬼の力を宿していた。天理の腕が落ちる。


「ッ!? 貴様っ」

「おや、化けの皮が剥がれているようだね。本性を現して、ぼくに殺されてくれるかい?」

「器を取り戻す気もないとは、吸魂鬼でありながら同情してしまう」


 天理が宿っていてもその肉体は、ただの人間であり、被害者。

 容赦無用で刃を振るうことが出来る律歌に畏怖の念を感じざるを得ない。


「申し訳ないけど、赤の他人に情を向けるほど余裕がなくてね。どこの誰かもわからない通行人の心配よりも早く君を片付けて妹を見つけたいんだよ」


 律歌に与えられた傷を治すことが出来なかった。明らかに吸血鬼の力を持っている。それが理解できた瞬間、天理は律歌を脅威の対象として見た。

 吸血鬼の力を持つものは何としても殺さなければと目の色を変えた。


 悠々と笑みを浮かべる律歌は、指を鳴らして音波を引き起こす。そして、その次には暁の結界が展開されていた。天理は律歌を捕える為に手を伸ばす。


「ああ、そうだ。これも使ってあげよう」


 律歌の瞳は紫色へと変わり天理の行動を先読みした。伸ばされた腕を刀で斬り落とす。


「ジョン君だっけ? 彼の空想は便利だね」


 彼の空想、千里眼。遠くを見るだけではなく数秒後の未来を視る。

 律歌は、空想を自在に操る者。その体質なのか、因果関係があるのか。

 それはまるで現実を見ていないようだったのだ。現実性の高い空想は、それだけ空想力を必要とする。だというのに、持ち主よりも空想の完成度が高く使いこなしていた。


「お前、バケモンかよ」

 さすがの谷嵜先生も数人の空想を一人で捌き切る律歌を異常視する。


「いつだってぼくは夢を見る。そして、その夢はぼくにとっては現実さ。それが胡蝶の夢なんだからね」


 その空想を手にしたときから、全ては律歌の思い通りだった。その空間にいるだけで現実も夢もごちゃ混ぜとなる。どれだけ現実だと思い込んでも、それは夢で、夢だと信じていたものは、現実だった。


「夢落ちはお嫌いかな?」


 谷嵜先生と律歌から与えられる斬撃。吸血鬼の力を確かに感じる。どちらが本物かなんて一目瞭然であり、それを見破ることも造作もないと思い込んでいた。

 律歌に手を伸ばして殺そうとしたがふわりと霧のように消えた。


「残念だよ。ぼくを見つけられないなんて」


 聞こえてきたのは、横からだった。耳に囁きかける中性的な声。その声と共に腹部に違和感を感じた。谷嵜先生の刃が天理の腹に突き刺さる。横に薙ぎ払われる。


「ああ、そうそう。グラータもぼくの空想に憤慨していたよ。怒りに身を任せてがむしゃらに雷を落としてきたけど、余りにもお粗末だった。自暴自棄ほど判断を鈍らせることはないね」


 大楽を救出後、律歌はグラータと対峙した。憤怒の吸魂鬼を怒らせるなんて造作もなかった。空想に囚われて怒りに身を任せた結果の自滅と呆気ない最後だった。もっとのその残滓を追いかけたお陰で天理に導かれたのだが、感情をその名に宿す者らしく怒りしか糧にできない哀れな個体とも言えた。


「全ての感情を戻した君はいったいどんな風に喜怒哀楽を見せてくれるのかな?」


 律歌の言葉に翻弄される。言葉を聞いてはならないと直感しているというのに聞こえて来る。空想が流れ込んでくる。殺そうと仕掛けても霧となって消える。


 天理は四肢を硬質な糸で囚われていた。糸を這うのは、黒蛇。

 糸雲と蛇ヶ原の空想が天理を襲う。身近にいたからこそ、その再現度は、けた違いであり、天理は糸を払い取ろうとすると傷付けられる。


「くふふっははははっ! ならば、こうれはどうかな?」


 哄笑した後に、狡猾な笑みを浮かべて、硬質な糸で縛られた手から黒い影が生まれる。

「あれぇ~、なんかヤバ目?」と大楽がのんびりと言うが若干冷や汗を流している。嫌な気配を感じている。危機管理能力だけはずば抜けて優れている大楽が言うのだ。その黒い影が何なのか、分からなくとも危険なものであることは確定していた。


 そして、その影は分裂して飛び回り、暁、綿毛、大楽の胸の中へと入り込む。


「うぐっ」

「嫌ぁッ!」

「ちょっ」


 三人の身体に入り込む影は、精神を犯していく。

 息苦しさと感情の渦が三人を蝕む。


「赤の他人ならば、容赦無用だと言ったね? なら、仲間ではどうかな」

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