第13話 Who are me
――遡ること十五分前。
暁が谷嵜先生を見つけて一年生が道場破りの如く現れたことを告げると心底面倒くさいと顔にしながら旧校舎に向かった。戻ってきた部室には客人が来ており、暁は、客人である吉野と話をするために廊下に出て歩いていた。
「はい。どうぞ」
「いつも、ありがとうございます」
その手にある肉じゃがが入れられた保存容器を受け取る。
同級生に食べ物を受け取るというのは気恥ずかしいが、吉野の純粋な行為を無下にできずにいた。もっとも味が暁の口に合っているから、断る事も出来ない。
「新しい友だちが出来たんだね」
「友だち? 違います。あれは……監視対象です」
「そうなの? うん、でも、嬉しいよ。僕や十虎ちゃん以外にも話が出来る子がいて」
「はあ、貴方は俺の母親ですか」
「友だちだよ?」
「だから……いえ、結構です。容器、明日洗って返します」
「えっ!? そんなに量あるのに? いいよ、幾らでも待つよ」
「返却物は早々に返却するのが礼儀です。忘れてしまわないように明日、返します」
スケジュール通りにと、几帳面な暁は改めてお礼を口にすると「暁ぃ~」と疲れたような、残念がるような声が聞えた。振り返れば、新形がふてくされた顔をして歩いてくる。
「先生いなかったぁ~」
うわーんとウソ泣きをし始めそうな雰囲気に暁は面倒な人がきたと内心思う。
それを口にせずにこちらに歩て来るのを眺めているとすぐ横にいた吉野が新形に挨拶をする。
「こんにちは、十虎ちゃん」
「お? 吉野、来てたんだ。つまり、また暁に餌付けしていたと」
なるほど、と頷く新形に「餌付けじゃなく恩恵です」と言えば「似たようなものでしょう?」と言われてしまう。
暁が何を与えられようと新形には関係ないと簡単にあしらわれて「で、何作ったの?」と興味津々に保存容器を覗き込む。当然、蓋がされている為、中身など見えない。
「肉じゃがだそうですよ。さっき、後輩が食べてました。客人がまだ食べていないようなので、食べたいなら貰えるかもしれないですよ?」
「んー、良いかなぁ。この時間に食べると夜ご飯が食べられないし」
「今日はオムライスなんだって」と新形は自身のスマホが振動したことに気づき取り出すとメッセージアプリ「チェイン」を開いタプタプと操作する。
「今日は金曜日だからね~。たまごが安いって言ってた気がする」
「たまご、安いの!?」
「らしいよ。ほら、これ」
たまご料理に突っ込むわけではなく吉野は、スーパーのたまごが安いことに食いつく。
その様子を気にせず操作を終えた後、スーパーの広告を見せると案の定Lサイズ十個入りのたまご一パック、二百円と表示されていた。その事実に吉野は急がなければと「隠君! 十虎ちゃん! またね!」と暁に怒られない速さで廊下を歩いて行った。
「流石、将来は優秀な料理人。安いって言葉に目がないねぇ」
「あの人、どこのスーパーか知っているんですか?」
「多分、知らないと思うよ?」
「……はあ」
暁はチェインを開いて、スーパーの場所を教えるとその行動に「優しい~」と茶化される。
「てか、先生知らない?」
いつ尋ねられるか内心恐々していたが、今かと言葉を詰まらせた。
新形は谷嵜先生を見つける為に三つの谷高校のいたるところを駆け回っていたに違いない。谷嵜先生に会い、日課の愛を伝える。本人曰く「日課じゃなくて義務だよ。愛しているなら、意識せずに言えるものだから!」と言うことらしいが暁には全く理解の及ぶところではない。
嘘を言えば、バレた時にあとが怖いが、部室に新形が現れてその場が掻き回されてしまうのは良くないのではと頭の中で渦を巻く。少しでも時間稼ぎが出来ても、本当に「あと」が怖すぎる。
「先ほど言った客人と新入りの三人で話していますよ」
「……は? 男? 男だよね? いや、男でも谷嵜先生の魅力は計り知れないから惚れちゃうかもしれない!」
正直に言えば、新形の表情が徐々に強張る。想像通りで寧ろ面白くもなって来る。
触らぬ神に祟りなしだ。
「残念でした。新入りが話していた。部活をやめさせようとしている女子生徒、名前は確か……綿毛最中とかそんな名前ですよ」
保存容器を落とさないようにしっかりと持って言えば、今度は新形が、急ぎ始める。
「先生と十秒も一緒にいたら惚れちゃう!!」
「あり得ないと思いますが」
「責任、取れるわけ?」
「取れないし、取りませんよ。邪魔しに行きたいならどうぞ。部室にいますよ」
それを早く言えと新形は「先生、待っててね!!」と吉野と違いアスリートも吃驚するほどの速さで廊下を突っ走る。その光景に「あ、廊下は走らない!!」と注意するが当然聞く耳など持ってくれるわけもない。
「まったく。どいつもこいつも……」
暁はその手にある肉じゃがを持って、部室とは違う方向に歩いていく。
――――
そして、現在。新形は無事に部室に到着した。
沈黙を簡単に木端微塵にした新形は「先生!」と顔を上げた。
「私だけが先生を愛してますから!!」
突然の告白に彼も綿毛も放心状態で、谷嵜先生だけが「ドア、壊す気か」と的外れなことを言う。
旧校舎はそこそこに古くなっている為、簡単に壊れてしまうものもあるだろう。一応は学校のものだ。壊したら、少なからず弁償してもらう必要がある。
「そこの女子生徒! 谷嵜先生に色目使わないで!」
「使ってないですが」
新形は綿毛を指さして言うが、いったい何のことだと綿毛は怪訝な表情をする。
「じゃあ、近づかないで!」
「彼が要求を受け入れてくれれば、私もこんなところから離れることができるのですが」
「よ、要求……!」
「新形さん多分、思っているのと違うと思います」
プルプル震える新形に彼は必死にフォローする。谷嵜先生に僅かながらに救済を求めるが、本人は欠伸をして部室の奥にあるソファに横になって目を閉じてしまう。
(自由か!?)
「先生の妻になるのは私なの! 三番目も四番目もいらない!」
「なる気などないし、あんなくたびれた男、こちらから願い下げです」
「はぁ!? 谷嵜先生が嫌だとか、あんたホントセンスない! あんたなんか、暁の二番煎じでキャラ被りなんだから!」
(め、面倒くさいタイプの人だぁ……)
取る気はないと言えば、魅力がないのかと突っかかって来る害悪オタクのようなノリに彼はただ混乱するばかりだ。
「新形さん! ほら、先生に近づく人は他の人を見つけてあげるんでしょう! そうすれば安心ですよ」
「そうだね。うん、そう! あんた、暁と付き合いなさいよ」
名案とばかりに新形が言えば「それは無理だな」と寝ていたと思っていた谷嵜先生が新形の提案を却下する。
「どうして!? まさか、先生。もうこんな年下の女がッ」
ギィと歯ぎしりをさせる新形。このままいけば昔のマンガのようにハンカチを噛んでしまうのではと彼は新形と谷嵜先生を交互に見る。新形の言葉など無視して、谷嵜先生は言う。
「暁は、ハウスの一家。暁家の出だ。んで、そいつは黎明家。ありえないよ」
「別に遠い親戚なら結婚なんて余裕で出来ると思いますよー。寧ろ谷嵜先生が親戚って色濃い子供が出来ちゃう! 先生似の子供とか一度で二度おいしい!」
「お前、加減をしれ。学生でもセクハラで訴えるぞ」
「愛に加減なんてないと思うけどなぁ~。で? 結局のところ、なんで無理なの?」
「規定厳守の鬼と知られた連中が、規則をぶち抜いた奴と交際させるわけないだろ」
二人の会話に綿毛が訝し気な声を発した。
「ちょっと待ちなさい。どうしてあの暁隠がハウスだと言うの。ハウスに暁家など存在しない」
「それが、通行料によるものだって連中に言ったら発狂ものだろうな」
「通行料。まさか、彼は……、暁隠の通行料は!!」
「そいつは言えないな。守秘義務って奴だ」
「っ……!」
(い、意地悪だ)
「知りたいなら、本人に直接訊けばいいだろ? 後輩の願いだ。副部長として、しっかりと答えてくれるかもしれないな。お前の態度次第では」
谷嵜先生はニヤリと悪い笑みを浮かべる。先ほど、好き勝手にされそうになった腹癒せだろう。
忌々しい表情をする綿毛と、恋する乙女のような表情をする新形とまさに天地の差を感じる。この温度の違いに彼はもう塵となって消えてしまいそうだった。
「あ、あの……新形さん。僕未だに分からないんですが」
「ん? なぁに?」
谷嵜先生の悪人のような素敵な笑みを見ることが出来てご満悦の新形はどれだけくだらない質問も今ならば簡単に答えてくれそうな雰囲気だ。
「ハウスって、そんなにすごいんですか? 話で聞く限りだと吸魂鬼と対峙する組織ってことですよね? 互いに手を取り合って協力するのが一番の気が」
「プライド高い組織ってそう簡単にいかないものだよ。勝手にライバル視して、専門家気取って、絶対に人の上に立ちたがる。ハウス同士は仲良しなんだけど、部外者に庭を荒らされたくないって感じで文句を吹っかけて来る。だから、谷嵜先生はうんざりしてるってわけ」
仲間内だけで協力しても意味がないだろうに彼はますますわからないと首を傾げるばかりだった。綿毛もその風潮に感化された一人なのだろう。だから、こうして直談判をしている。
「ここで後輩君に問題です」
「え?」
「どうして、ハウス内に暁家があることを綿毛最中は認めようとしないのでしょうか」
人差し指を立てて尋ねる。
一瞬理解が遅れてきょとんとしてしまった。
(暁さんの家系を否定する理由。さっき新形さんの言い分的に仲間同士なら仲良し。なら、暁家がもし本当にあれば親しいはずだけどなにか悪いことをしたから? 暁さんの態度も黎明家と聞いても反応したりしなかった。じゃあ、嘘? 規定厳守の鬼だって言っていたから、暁家はなにか罪を犯したから追い出された?)
彼が一人、悶々と考えていると綿毛は痺れを切らして口を開いた。
「もういい。分かりました。もとから、そのつもりで来ているのだから直接確かめます。吸血鬼部に入ります」
「断る。入部拒否だ」
「え」
「わぉっ!」
綿毛の入部希望を拒否するなんて思わなかった彼は驚いた声を漏らす。新形は嬉々と「先生! 最高ッ!」と拍手する。
「なぜ!? 吸血鬼部なんて人が足りないのでしょう!? なら私を入部させるべき。それに先ほど私に入るよう唆したでしょう!?」
「唆しちゃいねえよ。知りたいなら訊いたらいいとは言ったがな。生半可な気持ちで入部して死なれちゃこっちが迷惑だ」
「彼は良いの! こんな何も知らなそうな、垢抜けない子!」
「ちょっと!? それはちゃんと悪口だって垢抜けない僕でもわかるよ!!」
突然彼に矛先が向けられる。綿毛の指が彼に向いてバンッと長テーブルを叩いた。
「ジョン・ドゥにはそれ相応の覚悟がある。だが、お前は違うだろ?」
「なにが違うというんですか」
「お前、ゾーンに入ったことないだろ」
「っ!?」
「え、そうなの?」
「意外でもないね~。偉そうなこと言っておいてまだ入ったことないんだ。通行料を払う気がないから? それとも規則を重んじて、まだ入るときじゃないとか? 言い訳なんて幾らでも出てくるかぁ」
彼と綿毛以外は別段、ゾーン入りしていないことに驚きを見せていなかった。
「俺も無理強いはしていない。そもそもゾーンなんてところは、自発的に向かうべき場所じゃねえからな。無駄に通行料を取り返す相手が増えるのは本意じゃない」
「そう言って私をゾーンに入れようとしているんですか」
「いや、お前を嗾けるつもりはない。ただ、威嚇するだけの子犬なら飼い主のところに送り返すって言ってんだ」
谷嵜先生は、もう話すのも面倒になったのか「新形。あとはそっちでやれ」と伝えて再び寝に入った。
「~~~~っ! ふざけないで!! 私は、黎明家からの使者、貴男たちがどれだけ自分勝手なことをしているか伝えるためにきたの! 無駄なら即座に校長に伝えます」
「はいはい。怒る暇あるなら、生徒会長に直談判でもする? 愛の力で全部論破するよ」
「に、新形さん。意地悪しないでください」