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第129話 Who are me

 巨大な亀裂。割れた地面、抵抗なく落ちていく人々。阿鼻叫喚の中、暁は奥歯に力を入れて感情を殺した。亀裂の縁に左手が掛かる。右手には、細い手が握られていた。綿毛の右手が握られていた。


「っ……俺は、運動系じゃないって何度も言っているのに」


 綿毛を咄嗟のところで掴むことに成功したが、引き上げることは暁には出来ない。

 すぐ背後で天理が見ている。落ちて嘆きの川に飲み込まれるのも時間の問題だと傍観している。


 耳に届いた阿鼻叫喚に顔をそむける。救えるはずだった人たち、救えたかもしれない人たちを救えなかった。吸血鬼部として、吸魂鬼狩りとして民間人を護る使命を担っていたはずだというのに、自分たちを護る事で手一杯になって誰も救えていない。

 大勢が嘆きの川に落ちていく。


 目に見えない渓谷に落ちる。そこでやっと自分たちが立つ場所は異常であると気づかされる。


「そのままでは結界を生み出すことも出来まい」


 暁は、両手で練る事で結界を生み出すことが出来る。けれど、両手がふさがってる所為でそれも叶わない。


(このまま無様に死んでしまうなんて……後輩一人守れないなんてあり得ない)


 暁は頭の中で想像し続ける。助ける方法、この場を打開する術。


「たすけて、おにいちゃん」

「っ!?」


 その声は、あまりにも幼くか弱いものだった。

 視線を横に動かせば、遠くには、自分たちと渓谷にぶら下がっている少年がいた。この事態を理解しているのか、その目に涙をためて何とか落ちないように堪えている。


 助けなければという使命感と自分では無理だと頭の中で渦を巻いている。少年を助けようにも助けてほしいのは自分たちだ。


(……出来ないなんてことない。空想があるんですから、俺たちにはまだ……)


 現実がゾーンに近づいているのなら、空想が限りなく本物に近づいているはずだ。


「綿毛さん、手を離しますよ」

「は!?」


 殺す気かと綿毛は驚愕して文句のひとつでも言おうとした刹那、右手は離された。

 どう言うつもりなんだと恨みの言葉でも放とうとすると足が地面に触れた。もとい、地面ではなく。空中に浮いていた。


 それは暁の結界だ。練っていないのに結界が生み出された。

 目に見えない床。けれど、そこには確かに存在しているのだと強く願えばいい。暁は固定観念を払拭した。頭の中で必死に考えた。結界を練るというきっかけを消し去ったのだ。


「夢から醒める直前の夢ほど色濃く覚えているものですよ。朝陽が昇るそれが暁です」


 夢と現実の狭間。暁はずっと固定観念に囚われていたのだ。

 きっかけがあれば、空想発動は造作もない。けれど、きっかけが無ければ空想が発動しないなんてこともない。


「俺の半径三十メートル範囲に落ちないように結界を張っています。今の俺は、ただの役立たずなので期待しないでください」

「役立たず? そんだけ出来れば部長も夢じゃないでしょう」


 先ほどの子どもが手が離れて落ちてしまうが、結界で座り込んでいた。ぺたりと何が何だか分からないと混乱している。そのまま地上へと持ち上げる想像をする。結界を動かす代わりに肉体は動けない。


「時間稼ぎは確かに上手だな」


 天理が余興を楽しむ様に言う。どれだけ時間を稼いだところで誰が来るというのか。人が来ることはないと断言する。


 日が沈み。空は満点の星々に見下ろされている。月が昇り、闇に覆われる。誰も救済など来ない。ハウスの吸魂鬼狩りも身動きが取れないのは、周知の事実であり実際、動けたとしてこの惨事で三つの谷の侵入は規制されているだろう。現実とゾーンの融合でゾーン越えも難しい。


「もう終わりだ。適正を持つ子供たち」


 そう言って天理はその手をかざした。綿毛は暁を護るように立つが、どれだけ抵抗しようと無駄だと直感している。


 闇が天理から生み出された放たれる刹那、銃声が響いた。乾いた音が轟き天理のこめかみに穴が開く。カツンっと結界の上に乗る足音。


(ほら、来てくれた。どれだけ悪態をついても貴方は、俺たちを見捨てない。見捨てるなんて選択肢なかった)


 その両手に銃を持つ。変幻自在の武器を持ち相手を完膚なきまでに虐げる。


「出来損ない。いや、なり損ないか。今更何の用だ? 君はただ見ている側のはずだろう?」

「見ているだけなのは、お前の子どもだろ」

「バニティ。確かにさきほど消失を確認した。その概念が戻ってきたよ。再び巡れると信じて疑わない哀れな子どもたちだ」


 天理が戻ってきて、天理から放たれた吸魂鬼は、本来の持ち主に戻る。天理がまだ嘆きの川にいたのならば、巡る事はできただろう。しかし、今現実に存在している。


「俺はずっとお前を探していた」


 谷嵜先生は天理を睨みながらに言う。

 吸魂鬼の始祖、天理を倒すために谷嵜先生は吸魂鬼狩りをしていた。

 友人を殺して、友人を自身の通行料にした諸悪の根源。

 天理さえいなければ、ゾーンの拡大も吸魂鬼の出現も最小限で済んでいた。もっとも吸魂鬼も存在していなかっただろう。多くを殺して、多くを失ってしまって、嘆きを増やすこともない。


「生徒を餌に私を誘きよせたのか。随分と残忍なことが出来るものだ」

「それで喚き散らしてんなら、うちには必要ない」


 少なくとも暁は吸血鬼部として鍛えてきたのだ。簡単なことで落ち込んでいるようでは通行料を取り戻すなんて夢のまた夢だ。


 銃の形状が変わり刀となる。


「暁、結界を維持。綿毛、暁を吸魂鬼から護れ」


 二人の返事を待たずに結果の床を蹴って天理に近づく。こめかみを撃ち抜かれても平然としている天理に谷嵜先生は立ち向かう。


「友を救えずに見殺しにした男が、私に向かうか」

「……」

「憎しみも悲しみも、もはや君の中にはないのだろう? 失い続けて私たちのようになろうと削り続けたが失敗に終えた。実に滑稽な話ではないか」


 花咲零を使って嘆きの川を生み出し、天理を呼び出し殺す。吸血鬼でありながら吸魂鬼になろうとした。けれど失敗した。


「君はどう足掻いても、人間なのだよ」

「そうだな。それで良かったよ。人間をやめる気だったが、吸魂鬼の大将に人間だと言われているなら、俺はまだ人間なんだろうな」


 花咲が谷嵜先生を人間として繋ぎ止めていた。雇い主の入れ知恵で花咲は終始新形の真似をしていた。けれど、二人を知るものならば、違いは容易に見つけられる。


 人間をやめる気で何度も誰かの通行料を肩代わりしてきた。感謝されることも勿論あった。助けてくれてありがとうと言われたこともあったが、何も感じなかった。

 あの日、新形と初めて会った日。初めて新形を助けた日のように戸惑いは感じなかった。


『いいんですよー! その代わり、何かあったら私たちを助けてくださいねー。あ、でも谷嵜先生は私が助けるから手出し無用の方向で!』


 嬉々として言う花咲にも何も感じていないはずだった。


『谷嵜先生は、カッコいいからすーぐ誰かを悩殺しちゃうんだから、目が離せないなぁ』


「ふっ……出来の悪い生徒を持つと苦労する」

「思い出。今の君にとっては、それが君たらしめるものだろう」

「そうだな。そうだと嬉しいな」


 刀が振り下ろされる。天理の肩から撫でるように切り裂かれる。傷口はみるみるうちに完治してしまい、平然とするが怒涛の攻撃が天理を襲う。

 常人の動きでない。刃が一撃一撃が重たい。ただの刃の傷など簡単に治癒できるはずだった。


「っ……そうか。君は、吸血鬼」


 谷嵜先生は、攻撃に違和感を感じる。半分は吸血鬼だということを失念していた。

 ノアから授かった力、吸血鬼としての力。吸魂鬼を殺すことが出来る唯一の力を持つ生き物。


「反抗的な息子を持つと苦労するな。僥倖だ。俺の力はお前に通用する」


 吸魂鬼を消す。通行料を取り戻す。それだけの事だ。

 天理を切り裂く刃。鋭い一撃、手応えが確かに感じる。

 暁の集中力が切れたら床は消える。その前に天理を殺す。


 確実な殺意を宿して、谷嵜先生は、刃を振るっていると天理は不適な笑みを浮かべた。

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