第127話 Who are me
嘆きの川の底で五十澤たちが奮闘している間、地上でも同じように暁と綿毛が溢れ出る吸魂鬼と対峙していた。
「二十七」
「まさか、数えミスが多いですね。二十八ですよ」
「わからないじゃないですか」
「結界で覆いました。確実に二十八です」
嘆きの川の穴を背に迫り来る吸魂鬼と結界で閉じ込めては、衝撃を与えて消滅させる。倒せど倒せど増え続ける吸魂鬼に辟易しながら、二人が倒していった吸魂鬼の数を数え始めるに至っていた。
頭部が人間ではない上に、身体もまた人間の形をしていない物まで現れて、てんやわんや。現実の人々は突然の地震と大通りに大きな亀裂が生まれたことで慌てふためく。
「今ので二十九体。吸魂鬼狩りをしていて、これほどまで吸魂鬼を相手にしたのは初めてですよ」
「当然ですよね。私もですけど」
吸魂鬼狩り、それこそ二人はハウスに仕えていたサブハウスの所属だったのだ。吸魂鬼とは隣人のような関係であった。学生である以上、ゾーンに触れることは本来ならば出来ない。
因果が絡み合い、今があると言えば都合が良いのだろう。こうして、いがみ合うだけの間柄も背中合わせに渡り合うことが出来る。
結界で封じた吸魂鬼を扇子の一撃で消滅。
「暁先輩。貴男が倒れると私の仕事が増えるので、絶対に倒れるなんてことしないでくださいね」
「俺を侮らないでいただきたいですね。これでも吸血鬼部の副部長ですよ。倒れるわけがない」
「活動記録じゃあ、何度も怪我をしているって記録されていたのだけど、気のせい?」
「それもこれも、全てジョン君が来てからですけどね」
流星結晶と唱えて空想を発動して吸魂鬼を傷つけていく。
今も無傷と言うには無理があるほどには怪我を負っているが、それでも一度三途の川を渡る手前だったのだから、この程度どうって事もなかった。
「交差点が渋滞してきましたね」
「交通整備でもします?」
綿毛の言葉に暁が冗談交じりに言った後、結界の中に閉じ込めた吸魂鬼を強引に動かして事故を未然に回避する。
「理想は、三つの谷駅の事故の再来させないことです」
「了解」
扇子を開きふわりと風を送る。暁の怪我が徐々に治る。
全ての始まりともいえる半年前の事件。その再来を起こしてはならない。
一体の吸魂鬼が大量虐殺をする。そんな事態を阻止するのが、吸魂鬼狩りの目的でもある。
暁は、結界で避難民を護る。瓦礫が空中で浮いていることに驚愕する避難民。警察がサイレンを響かせてやって来るが見えていない所為で何が起こっているのか分からず対応のしようが無いのは言うまでもない。
だからこそ、見えている者、知っている者が動かなければならない。
扇子を扇ぐ。避難民が吸魂鬼に与えられた怪我を小さく治していく。大きな怪我を突然消し去るなんてことをしたら、問題が余計に大きくなってしまう。
「ゾーンはどうなっているんですか?」
「ゲートを開こうとしましたが、開きませんでした」
嘆きの川が干渉しているのか、他の要因があるのかは分からないが、ゲートを開くことが出来ない以上、ゾーン越えで簡単に場所を移動することは出来ない。
「柳先輩、大丈夫かな」
「平気でしょう。吸魂鬼はこちらに集まっているようですし、蛇ヶ原君と浅草さんの方へと集まっているに見えません」
結局のところ、嘆きの川が全てなのだと暁は観察をしていた。
感情の川、亡者が潜む川に引き寄せられる吸魂鬼。約三十体の吸魂鬼を退けても増え続けている。
異常事態と判断して逃げ惑う避難民の前に吸魂鬼が迫る。吸魂鬼を目視できない人々が訳も分からないままに廃人になる。バタリと倒れて、道を塞いだ。全員を助ける事が出来ない歯痒さを二人は感じてた。
「手を貸してやろうか」
「っ!?」
「綿毛さん!」
扇子を振るって吸魂鬼を倒している綿毛の傍に黒い影が出現した。反応が遅れて綿毛はその影に捕らえられる。扇子を持つ手を掴まれて、扇子が折られる。
「動かなければ、わざわざ有象無象を救うと思考にも至るまい」
その言葉を言い終えると掴んでいた綿毛の手を握り潰した。
「あ゛ァ゛ああぁッ!!」
「綿毛さんっ!?」
暁が駆け寄り流星結晶を放ったが「脆弱な」と呆気なく破壊されてしまう。
手を負傷した綿毛は余りの痛みに立っていられなくなり膝を地に着いた。突如として現れたその者が、味方ではないのは一目瞭然である。
「子供たちが世話になっているね。私は、君たちが言っている。始祖だよ」
「ッ……!」
実体を持たない影は吸魂鬼の始祖を自称する。そんなあっさり答えられて「はいそうですか」と言える人がいるのならば、この場を変わってくれと暁は内心思う。
「肉体がなくて済まないね。器が落ちて来る予定だったんだが、邪魔が入った」
嘆きの川から這い上がってきた始祖に暁は睨みつける。綿毛を救出しなければならないのだが、どうするべきなのか暁にはわからない。
「ハウスの子か? なるほど」
「……っ」
「君が我儘を言ってくれたお陰で手こずる相手を一時的にも封じる事が出来たと思っているよ。君の兄弟は、本当に厄介だ」
「っ!? 兄さんたちを知っているのか」
「ああ、何度か会ったことがある」
暁家を知っている。暁には、兄が二人いる。二人とも優秀なハウスの吸魂鬼狩りだった。暁が通行料にしてからというものハウスの勢力は衰えた。吸魂鬼だけが暁の罪を知っている。
「楽しかったか? 優秀な結界術をものにできて。だが、いくら一番になろうと君の実力は変わらない。そして、君が落ちれば、他が一番となり、勢力は衰退の一途を辿る事だろう」
ただ空席に座っただけの暁では、兄たちや他の優秀者とはわけが違うのだ。上位の存在を消し去り、座っただけ、強さを超越したわけでも認められたわけでもない。
「だからなんだというんですか? 俺がまだ生きている以上、俺がまだ存在している以上、もう誰も失わせたりしない」
「五芒星結晶! 裂」と唱えると綿毛を掴んでいた始祖の腕がある影が切り裂かれた。
解放された綿毛に結界を張りこちらに移動させる。扇子を持っていた左手は黒く変色していた。
「っ。左手が折れただけ、心配ないです」
表情を歪めて左手を押さえる。その痛々しい色を見せないように手を下ろした。
「空想は使えそうにない」
「その様ですね。先に落ちたのは貴方ですね」
「さすが先輩、根に持っていたのね」
「はい。俺は根に持つタイプです。だから、見ていてください」
結界を張り身を護る。目の前にいる影が本当に吸魂鬼の始祖であるなら下手に戦うのは命を無駄にする。逃げる選択肢も相手は与えてくれないだろう。
暁は両手の親指と人差し指で三角を作り出し始祖に向ける。
「永遠の暁。太陽が昇らなければ、結界が解けることはない。朝の来ない結界の中で永劫を過ごしなさい」
『眠りの監獄』
結界は、鎖の形をさせて始祖を捕える。そして、監獄のような檻が囲った。
「哀れだな。その程度なら、破壊するのは容易い」
「ええ、永遠に封じる事は俺にはまだ出来そうにない。ですが時間稼ぎは出来ると思いませんか?」
「いったい何を待つ? その娘は空想を発動する事は叶わない。吸血鬼部もほぼ解体状態で、他の組織も手を出せない。モグラもほぼ存在していない」
助けなんて来ない。始祖は、逃げ惑うスーツの男に触れると吸い込まれるように肉体に入り込んだ。侵食する影に男は悲痛な叫びを上げながら魂を喰われてしまい始祖の手に落ちた。
「ふむっやはり適正率が低いと程度が知れているな」
始祖だけを閉じ込める結界の中で避難民が間違って侵入してしまえば、始祖は思い通りに出来てしまう。そして、実体を得た始祖は身体の調子を見て「まあいい」と及第点を与えた。
「人間に憑依……した」
暁はその光景に絶句する。正式な姿を持たない。実体を持たない始祖が、人間に憑依して器として使っている。内側から食い荒らしたのだろう。肉体の持ち主は既に死んでいると考えて間違いない。
「世界の理。すなわち天理。人間という生物は、自分たちを上位と勘違いしている。故に私は、君たちを一度リセットしてしまおうと考えているんだよ」