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第124話 Who are me

 雨が降っていた。黒雲が空を覆いつくす。

 雨に当たらない為に誰もが頭を低くして雨宿りの場所を探すために逃れる。

 ばしゃと跳ねた水が服に飛ぶ。鬱陶しいと不機嫌になる通行人。

 ぱたぱたと窓を打つ雨。室内も仄暗くわざとらしく明るくしなければ、どんよりと沈んだ空気になる。それが病院の一室ならばなおのことだ。


 目を覚ました。視線を横に逸らすと『五十澤乃蒼』と文字が見えた。それが自分の名前であると知っていた。

 その傍らで簡易椅子に座りベッドに突っ伏して寝ている少女がいた。それが誰なのか、五十澤は何となくわかっていた。


「茜」


 トントンっと肩を叩くと少女はむくりと上半身を起こして、寝ぼけ眼を擦る。

 ふわぁと可愛らしく欠伸をする姿はまだ幼さがある。


「あ、お兄ちゃん! 起きた、良かったぁ~!」


 起こされた原因を見つけると眠気も飛び真ん丸の目を見開いて喜びの声を上げた。


 その子は、彼の妹だ。五十澤いそざわあかね


「あの、僕どうして入院? してるのかな?」


 ここが病院であるのは雰囲気で気づく。けれど、どうして自分が入院しているのか分からず首を傾げる。茜は「あのね」と稚拙な声色で言う。


「貧血で倒れたんだって」

「貧血?」

「うん。なんかね~。もさっとした人が見つけて病院に連れてきたんだって!」

「……?」

「あ、でも怪しい人じゃないと思うよ! 学校の名刺貰った!」


 そう言って茜が見せてきたのは『三つの谷高校 普通科教諭 谷嵜黒美』の文字だった。五十澤は名刺を見つめていると突如として頭痛がした。


「うっ……」

「お兄ちゃん!? だいじょうぶ!?」


 頭がカチ割れてしまうほどの痛みと耳鳴りが五十澤を襲う。不思議な感覚。見たこともあったこともないはずなのに、知っている。懐かしい感覚が五十澤を襲う。次第に涙が溢れてきた。


「お、お兄ちゃん!? どこか痛い? 痛いよね。い、いま看護師さん来るからね」


 呼び出しコールを押して茜はあたふたと狼狽えて落ち着きがない。

 大丈夫と言えない。大丈夫じゃないのだ。五十澤は胸の苦しさを覚える。

 身体の痛みを憶えている。


(全部、憶えてるのに……)



 世界は修復された。ゾーンに奪われた通行料は返還されて、世界は辻褄合わせが行われた。五分前に作り替えられた世界は、五十澤は色褪せているように見えた。世界が綺麗に見えない。都合がよく作られている。


 彼、五十澤乃蒼は、名前を取り戻した。そして、妹がいた。一人っ子だと思っていた。けれど、妹がいた。兄妹がいたのを五十澤は思い出した。親戚の家で一緒に暮らしていた。高校に入学するために都会に上京してきたため、妹とはそれっきりだった。


 五十澤茜。たった一人の、大切な家族。

 空想も、白昼夢も五十澤には使えない。何もかも元通りの世界。



 三つの谷高校、校長が変更になった。新しい校長は普通の人間であり特に学校に変化があるわけでもない。唯一変化があったとしたら、旧校舎が取り壊されて、新しい運動場が作られるくらいだろう。

 一般生徒には近寄ることも珍しい旧校舎は、貴重な資料と共に瓦礫の下に埋まった。


『乃蒼、おはよ』

「おはよう、ロク君」


 廃人だった人たちは、あの日を境に次々と目を覚ました。怖い夢を見ていた者もいれば、楽しい夢を見ていた者もいる。人それぞれだ。それは例外なく羽人ロクもそうだった。修正を続ける世の中で、矛盾が蔓延る。


 世間は何も問題なく進んでいるのに、五十澤だけは違っていた。

 五十澤は、世界が修正される前の事を憶えている。自分が吸魂鬼と言う化け物だったこと、吸血鬼部があったこと、ゾーンと言う現実の裏側があったこと。


 全て覚えている。


「校長が変わって、運動部に精を出すようになったね」

「十虎は、帰宅部だけど運動神経良いんだからなにかやったら?」

「えー、いいや。私の放課後は先生の為にあるんだから!」

「また補習? どうして谷嵜先生の授業を補習なんて……別に成績悪くないよね?」

「それは谷嵜先生が私の事をこの上なく愛してくれて、私も谷嵜先生を愛してるからだよ!」

「自主補習なんて、あたし無理。特にあの先生の顔、めっちゃ怖いもん」

「わかってないなぁ。隠されたあのかっこよさを理解できないなんてさ」


 上級生がワイワイと話している。すれ違う人の視線を独り占めする美女。

 生徒会長の新形十虎が、友人たちと登校にして来た。一年生では関わる事もほぼない。


「乃蒼~!」

「わっ、剣道君、どうしたの?」

「水泳部にすんげー速い泳ぎする先輩がいるんだけどさ!」


 教室に行けば、部活網羅した剣道が嬉々と昨日あったことを説明してくれる。

 二年生に中学生の頃、水泳大会に出場していた女性の先輩がいて、当然、男女別の水泳部だが、どうしても剣道はその先輩と競争してみたいと無理を言い、一度だけやらせてもらった。50M水泳で競ったが、五秒差で負けたという。

 だが、その五秒も相手は「油断大敵! 日々精進!」と激励を送ってくれたという。危うく負けてしまうところだったらしく、女子だとしても、先輩としての威厳か、それとも大会に出ていた矜持か。

 どちらにしても良い先輩だっと剣道は次の水泳部の活動も楽しみだと言っていた。掛け持ちしているからこそ、剣道は様々な部活に行く。


『乃蒼は、部活入ってないんだよね?』

「うん、中学の頃もなにかに入っていたわけじゃないから、それに僕の成績だと追いつくので精一杯」


 なんて誤魔化す。吸血鬼部が消えた三つの谷高校。優秀校として人気を誇っている高校だが、彼はその学校が以前から自身が通っている学校には思えなかった。

 けれどこれが本来の姿だというのなら、受け入れるしかない。

 そこに誰かがいない。そこに誰かがいる。それだけの事だ。誰も気にしないし、誰も気づかない。


「ノア、オハヨウ」

「あ、おはよう。鬼久保君」

「おはよーちゃん」

「真嶋君」


 同級生が教室にやって来る。

 今日もまた一日が始まる。難しい授業に何とかついてこうとノートを取って、昼休みを友人と過ごす。それが普通で当たり前の日々。



「よぉ、隠。学校は終わったのか?」

「お疲れ様です。隠君」

「兄さんたち……どうして此処に?」


 校門では赤いコートの男と紺色のコートを着た男が二人が三年生の男子と話をしている。会話の内容からして兄弟であると知る。


「この付近で仕事があってな! なに、俺の手にかかれば一時間もかからねえって話よ」

「僕は付き添いです。隠君も来ますか?」

「え……いいの?」

「勿論です」

「ガハハハッ! 弟どもがいようと俺の仕事に抜かりはねえなぁ!」

「なら行きます」


(あの人は、そもそもにして特殊な家庭なんだろうな)


 彼は横目でそれを眺める。嬉々とする男子は、二人の男についていく。

 知っている人たちが何も言わずにすれ違う光景は、悲しいものだ。友人同士だった者たちが知らない人たちになる。昨日までの友だちが、他人になるなんて違和感があった。

 互いに言葉をぶつけあって喧嘩をして、笑って、受け入れた。その絆は本物だったはずなのに、なにもかも白紙になった。


「こんなの間違ってる。間違ってるだろ!! 何が元通りだ! こんなのご都合主義のまやかしじゃないか!」


 彼は叫んだ。すると頭痛が起こる。ズキリと頭に鋭い痛みを感じる。

 世界が静止する。時間が停止したように誰も動かない。


「なら、どうするつもり? 貴男じゃあどうする事も出来ないでしょう?」


 昇降口には綿毛が立っていた。教室にはいなかった。別の学校に行ったのかと思ったがそう言うわけでもないようで、五十澤の事を知っている様子で話をする。そう、それこそ全て知っているかのような言い方をする。


「花咲さんも、生きてるべきなんだ。そうじゃないと僕は納得できない」

「納得ね。みんなが納得できる方法なんてないと思うのだけど」

「断言はできないはずだよ。ゾーン内なら傷が治るのだって原理不明で理解できない。デタラメな場所なのに、誰もが受け入れてる。それくらいで良いと思ってるんだ」

「へぇ。神を欺くって言うの?」

「そんなんじゃない。なんて言うのかな……うまく言葉には出来ないんだけど、取り戻したい。僕の通行料を取り戻すよ」


 彼の通行料は名前と、もう一つわかっていない。わかっていないのではない。必要としなかったのだ。吸魂鬼だったのだから、通行料など必要ない。


「僕には妹はいない。だって、僕の兄妹は人間じゃないから」

「それは違う。あの子は巡って貴男に会いに来た。それが偶然にも妹という形だったというだけ」

「……会いに来た」

「そう。一度の救済を得て、貴男に興味を宿した。その結果、今がある。まあ、今はそんな事関係ないでしょうね。全部終えてから二人で話し合えばいいんだし」

「そう、だね。あのさ」

「ん? なに?」

「君は、誰なのかな? 綿毛さんに見えるけど、そうじゃないんでしょう?」


 綿毛ではない。彼は何となくそう思った。話し方だろうか。雰囲気だろうか。どちらにしても綿毛ではない。


「ほぉ、わしを見破るか。流石じゃのう」

「……その話し方、独弧さん?」


 綿毛の姿をしたその人は同級生の独弧だった。

 言い当てると綿毛の姿が、妖艶な笑みを浮かべる独弧へと変わる。


「わしは、九尾の妖狐。そうじゃのう、狐じゃ」

「狐!?」


 独弧燐。同級生だと思っていた女子生徒は、まさか人間ですらなかった。


「おぬしらが、面妖なことをしとることもわかっておったぞ。故にあの小僧は必死に何かを探していたようじゃが、失敗に終えた」

「小僧?」

「わしらのタンニン。谷嵜黒美じゃ」

「谷嵜先生は、なにか知ってるの?」

「なにも知らんよ。いや、たとえ知っておっても、昨日までじゃ」


 昨日までは知っていた。花咲が嘆きの川に飛び込むことまでは知っていたが、それ以上は、その先の事は分からない。


「つまり、おぬしがどう行動するかによって、未来は変わるということじゃ」

「っ!? それって花咲さんをこちら側に連れて来られるってことだよね!」

「それはおぬし次第じゃと言うとる」

「僕次第で……でも、どうやって? 嘆きの川はもうないんだよね?」

「そも、小童。此処が現実世界だと真に思っておるのか?」

「え……」

「おぬしはまだ目覚めておらぬという話じゃ」


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