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第123話 Who are me

 嘆きの川でずっと怨嗟を聞いている。長い間、絶え間ない怨嗟の海で平常心を保てる常人はいないだろう。ゾーンの中で生き甲斐を見出した変人とは違い。新形十虎は常人であり、現実でも多くを削って生きてきていた。

 すり減らした心を何とか保つために、親友だけは手放せなかった。ずっと一緒にいたい。離れたくないと縋って、憧れた。


 互いに嫉妬して、互いに欲した。


「やっと帰すことが出来る」


 身体を返す。本来の持ち主に返す。

 新形は、両手で器を作り、光を飲み込む。光は抵抗なく新形の口の中に流れ、飲み込まれる。


「うっ……」

「新形さん! ……っ!?」


 新形は苦しみだし、背中を丸める。そして、すぐに何かが弾き出されるように半透明のその人が出来た。黒い髪に黒い双眸。どこにでもいるような少女が現れた。彼はその人を見たことあった。


 光を飲み込んだ新形は意識を失って身体の支えを失っていた。そんな新形を彼に預ける少女が誰なのか、彼は気づいていた。


「……」

「花咲零さん」


 彼が言い当てるとにこりと花咲は笑みを浮かべた。

 谷嵜先生のいないこの場所では取り繕う必要が無い。装う必要が無くなり、親友との再会。


「この姿だと初めましてだね、ジョン」


 聞き慣れない声。初めて聞いた花咲の声に彼は反応が送れる。

 その人が、今まで新形十虎として接していた人である。何も違わないのに、彼は初対面と話をしている気分だった。


「花咲さんは、どうなるんですか」


 此処にあるのは、新形の魂だけだった。通行料となったというなら、花咲の身体はどこにあるのか。

 あとは花咲の身体を見つける事が出来れば、通行料は無事に取り戻すことが出来ると彼は周囲を見回す。けれど、人の身体が浮いているわけもない。


 彼の行動を察して花咲は苦笑して言う。


「どこにもないよ。此処に生身の人間が浮いてたら、亡者に食べられちゃってるでしょう?」

「じゃあどうやって地上に?」

「私は、地上には帰らない」

「え……」

「もとからコレが狙いだったからね」

「どうして……そんな……」


 肉体が拒絶を続けて数年、やっと適応した魂と出会えたのだ。そして、本来の形に戻った。拒絶されていた魂は、窮屈さから解放された。花咲は肉体の呪縛から解放されて自由になった。


「魂と肉体は、密接であり、一心同体。他者が入り込む隙などない。だから、今まで何度も魂が肉体を離れようとしていたけど、やっと自由になったよ。もう縛り付けるものがなくなった」

「そんなことをしたら花咲さんは、死んじゃう」

「死んでるんだよ。もう私は五年前には死んでるの」

「っ……!」


 事故で本来死んでいる。それなのにジュードが余計なことをして、花咲は生き延びた。


「ゼロから強くてニューゲームも苦労するよ。経験値を持つ人がそう言うことをするんであって、経験値ゼロの私が強くニューゲームなんて宝の持ち腐れだった。やっと解放されて清々する」

「ダメ、ですよ。そんなのダメだ! どうして生きようと思わないんですか! 二人で現実に戻って、過ごしてください!」

「無理だよ。私の身体はもうない。どこにもないんだよ」


 事故で損傷した身体に戻っても動けない。全部丸っと元通りにはならない。ならば、最大限の修復で残されたものは目を瞑ろう。彼はそれを納得できなかった。


「一度決めたことを止めてやるな。君の時もそうだっただろう」

「! ノア」


 幻影だったノアは、今そこに存在していた。薄ピンク色の髪をした青年が彼を見る。


「花咲零は、この日の為に今まで活動し続けてきた。その命は、この世に存在を許されない。簡単に言えば、花咲零を完全に死なせるために、新形十虎を蘇らせる。その魂が決めたことを外部から告げても止められない」

「そ、そんなの……な、なにか方法は! 二人は親友で、全部元通りなら……! もと、通りだから……」


 彼は気づいてしまった。花咲は事故で死んでいる。死んだ人は戻って来ない。それは糸雲とて同じことで、死んでしまえば、現世には戻って来られない。嘆きの川を介して現実を覗くことしかできない。


「そ、そんな……だ、ダメ、ダメだよ……なんで、なんで諦めるの」

「諦めてないよ。私は元に戻すことに全力を出した。そして、実を結んだ」

「ダメ。ダメだよ……ダメだ!」


 彼は花咲に手を伸ばした。


「貴方は生きてないと、新形さんも花咲さんも二人とも通行料を取り戻して、貴方が死ぬ前に戻りましょう! お願いですから……生きてください。僕を助けてくれたように、貴方は多くの人を助けてくれた。それなのに、貴方が生きないなんておかしい!」


 彼は花咲の身勝手な意思で暁に無理を言って現実に連れてきた。花咲が勝手なことをしなければ、今頃この世にいない。吸魂鬼に見つけられて、人間の側についていないかもしれない。バニティに拾われて吸魂鬼として人を襲っていたかもしれない。


 平和を愛して、人々を赦して、大切なものたちを護りたい。彼の心を芽生えさせたのは、他でもない花咲だ。


「私の時間は止まることなく進み続けているけど、十虎の時間は今も止まってる。確かに、何か間違いがあれば二人揃って現実に戻れるかもしれないけどね。それってずるだと思うんだ」

「ずるって……どこがですか」

「今まで多くの吸魂鬼が死んで来た。それなのに私だけがそのバツが無いまま手に入れるものだけ手に入れる。そんな都合が良い話は許されないんだよ」

「僕が赦す! 赦すから! だから! ……行かないでください」


 嘆きの川が動きを見せる。彼の嘆きを感知したのだ。亡者が集まって来る。生者の温もりに気づいて迫る。


「悪いが時間だ。小僧、地上に上がれ」


 ノアが言う。闇の支配権がノアに移る。彼から吸魂鬼としての力が抜かれていく。

 本来の概念を宿したノアに支配権が全て剥奪されてしまう。同一人物がそこにいる矛盾をノアはすかさず修正する。


「待って、そんなダメだ。花咲さん!」


 新形を抱えながらも花咲を掴もうと手を伸ばしても、スルリとすり抜けてしまった。実体を持たない花咲を引き上げる事が出来ない。幽霊のように花咲は嘆きの川を浮遊する。糸雲と同じように、目的なく嘆きを聞き続ける。


(嫌だ。嫌だよ。どうして)


 此処まで来て、一人も欠けずに明日を迎えられるようにと彼は期待していたのに、花咲はそれを拒む。明日もまた吸血鬼部として過ごせると思っていた。

 吸血鬼部が廃部になっても、休憩部がある。そうやって、当たり前じゃない日々を当たり前の日々にするために彼は頑張ってきたというのに。


 狭まる地上への出口。これ以上開き続けていたら亡者が這い上がって来てしまう。そうなる前に彼は、新形を連れて地上に引き上げる。


「谷嵜先生によろしく。吸血鬼部のみんなにも」


 嫌だと言っても彼にはもうその力は残されていない。


 優しい微笑に彼は溜まった涙が流れる。泣き虫だと笑われてしまうだろう。それでも構わない。此処で我儘を言い、花咲に「仕方ないなあ」と言わせたかった。言わせて一緒に帰りたかった。


「全て元通りだ。ゾーンは消失する。吸魂鬼は、存在を失う。生きとし生ける通行料は全て返還される。本来のあるべき場所、あるべき時間に返還されて、交わるべき時間は交わり、交わる事のない時間は、消失する」


 ノアが告げる。嘆きの川に居続けてその仕組みを理解したノアは、吸魂鬼の力を取り戻して操る。


 嘆きの川から脱出する者がいれば、嘆きの川に連れ戻される者もいる。


「花咲さん!」

「またね、ジョン」



 深い水底。星空のような景色は流星群のように流れていく。地上に近づく。身体が勝手に上を目指す。ひらひら手を振る花咲の姿が遠く離れていく。まるで花咲が水底に沈んでいくようだった。これ以上、深い闇の底に行かせたくないのに動けない。


「ほら、言っただろ? お前は、誰も救えないんだって」


 そんな声を最後に彼の意識を手放していた。瞼の裏に映るのは、この半年間の日々だった。怒涛の日々だったが、楽しいものばかりだった。苦しいことがあっても大丈夫だと思わせる日々だった。新形としての花咲とも楽しい日々を過ごしていた。本来参加する必要がない体育祭の参加も花咲が提案しなければ、誰も動かなかった。


 物事の中心にはいつも花咲がいた。もっとも八割は谷嵜先生を追いかけている日々だったが、それでもちゃんと先輩らしいところはあった。


 ゲームセンターで遊ぶ姿は、新形では決して出来ないことだろう。ずっと言いたかったことがあったはずだ。谷嵜先生にも言えない、心のうちを花咲は黙って偽っていた。兄弟にも本当の事を言えずに、家族に忘れられた。死んでいることも無かったことにされて、世界に弄ばれる。やっと自由になれる。


 多くの呪縛の中で悶え苦しんでいた花咲に、まだ苦しめと言うのか。

 これが間違いではないと誰かが言っている。これ以上間違いを続けてはいけない。これ以上過ちを繰り返してはいけない。

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