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第122話 Who are me

 彼らはビルを飛び降りて地上に降り立つ。先に地上に下ろされた綿毛は顔面蒼白で「いい加減にして」と文句を口にする。


「なにも合図もなしに落ちるなんて何を考えているの!」

「楽しかったでしょう? ジェットコースターみたいで」

「楽しい!? 安全バーのないジェットコースターなんて嫌に決まってるでしょう!?」


 新形が余りにも不安定な運び方をしていた所為で綿毛は落ちてしまいそうで気が気ではなかったと憤る。遅れてやってきた彼と暁は何があったのか分からずに互いに顔を見合わせていた。

 事の詳細を口にする綿毛は「暁先輩はどうだったんですか」と尋ねると「安定して、不安はなかったですね」とあっさり言われてしまう。

 綿毛はさらに文句を言おうとすれば、亀裂の近くであることもあり、吸魂鬼が近づいてくる。


「ほらほら、お仕事だよ。後輩ちゃん」

「ちっ……早く終わらせて、また話の続きです」

「嫌だなぁ~」


 ケラケラ笑う中「ジョン、おいで」と新形は彼を連れて亀裂に向かう。急がなければ、亀裂が解放されてしまうと彼も数秒遅れて新形を追いかけた。暁の結界が新形と彼を包む。簡単なことでは崩れたりしないだろう。


「ジョン! あんたの闇を亀裂にぶつけて」

「はい!」


 先行く新形は、道を阻む吸魂鬼を退ける。吸血鬼の力だけではなく、新形自身の空想が吸魂鬼を消し去っていく。新形の背に吸血鬼を象徴する翼が生える。彼を導くように先を駆ける。


 地面が揺れる。立っているのもやっとだが、それでも必死に足を前に突き出した。


「ジョン! 千里眼でタイミングを見て!」


 言われて彼は空想を使う。カッと目を開いてその空間を見る。

 三回、地面が揺れた後に亀裂がひと際大きくなる。その時が闇を打ち込む絶好のタイミングだ。


『もとからコレが狙いだったからね』

『どうして……そんな……』


「……え」

「ジョン! 足を止めない!」


 彼は足を止めていた。千里眼、未来予知で見たソレは新形の姿だ。

 いつもの得意げな表情をさせている新形が見えた。それが何を意味するのか、この先すぐに分かる。


 地面が一度、二度……三度と揺れた。足場が不安定になり亀裂が広がる。


(いまだ!)


 彼は亀裂の中に闇をぶつけると亀裂は広がる事も狭まる事も無くなった。

 けれど耳を劈く阿鼻叫喚が聞こえて来る。嘆きが漏れ出している。亀裂の周囲にいた吸魂鬼が集まって来る。彼は、星空の球体を周囲に生み出して、吸魂鬼を退ける。

 地面の揺れと地殻変動が安定していくとそのタイミングで新形は「そのまま維持!」と言って闇の中に飛び込んでいってしまった。


「え、新形さん!?」


 嘘だと彼は驚愕した。闇の中に飛び込んで生きて戻って来られた人はいない。それなのに一切の躊躇なく飛び込んでいってしまった。何か考えがあるに違いないと思いながらも、もしも新形が戻って来なかったらと頭の中で渦を巻く。吸血鬼だとしても、新形がひとりで嘆きの川に飛び込むなんて自殺行為だ。


 彼自身が生み出した闇なのだから、自身が触れても問題ないはずだと、暁と綿毛に向かって「ちょっと新形さんを追いかけてきます!」と叫び彼は意を決して闇の中に飛び込んだ。


「ちょっ! ジョン!?」

「ジョン君!?」


 二人の静止の声も時遅く、彼は新形を追いかけて嘆きの川に飛び込んでいた。



 ――――



 恐怖は不思議と湧いてこなかった。心配も不安もあったが、身体が動かなくなる恐怖は無かった。


 深い闇が晴れた先で、見たのは、満点の星の海だった。現実への光がはるか遠くに見える。潜ってしまえば、戻って来られないと直感する。早いところ新形を見つけて地上に戻ろうと周囲を見回す。


 そこは確かに嘆きの川の中だった。彼の闇を介して侵入する事に成功したらしく、暁の結界が無ければ今頃は嘆きの川の一員になっているところだ。美しい景色に心を奪われながらも気を引き締める。


「おっと、また誰かを探しているのか? 懲りないな、誰かを救おうとすればするほどお前は誰も救えないって言うのに」


 不意に聞こえた声に彼は弾かれるように声のする方へ振り向いた。そこには死んでると思われていた糸雲の姿があった。五体満足で平然と浮遊している糸雲は相変わらずその奇妙な瞳をこちらに向けて嘲笑している。会う度に悪態を付くのは、もはや礼儀となっている気がする。


「どうして」

「俺からしたら、俺がどうして? と訊くべきだ。俺は此処にいて当然と言えるし、お前は此処にいてはいけない。お前はまだ生きてる。生者が亡者の住処にいるのはご法度。何があっても咎められない。この俺がお前を襲っても、それもまた問題にならない」

「その様子ならここは随分と居心地が良かったみたいだね」

「そうだな。現実よりは過ごしやすい。時間の流れも感じなければ、人間の感情で満ちてる。なんともま、愉快なところ」


 糸雲は、グラータによって殺された。この世から消えた。それなのに、まさか嘆きの川にいるなんて誰も想像していなかっただろう。未練なんてないような生き方をしているのに此処にいることが不思議でならない。


「新形さんを見てない?」

「見た。勿論、目にも止まらぬ速さで奥底へと泳いで行った」

「引き留めなかったの?」

「どうして? 俺は相手に用があっても、相手は俺に用はない。それに、アレはもう俺の声も聞こえてない」

「? どう言う意味」

「そのままの意味だ。深い意味も浅い意味もない。あるのは現状証拠のみ」


 知りたいのなら、もっと奥底に沈むことだと指さした。新形が奥深くに潜った。その先になにがあるのか知っているかのように、糸雲がいる事も目もくれず……否、気づいてなかっただろう。


「ねえ、糸雲、さん」

「無理に敬称を付ける必要はない。俺たちは嫌い合う中、そうだろう?」

「でも、僕の所為だ」

「やめてくれる? 俺を憐れむな。俺の行動を自分の落ち度とするな。それは自惚れだ。俺はお前を助けたわけじゃない。俺が助けたのは、谷嵜君でありお前じゃない」

「……」

「最後まで俺はお前が嫌いだ。今もなお、入る必要のない川の中にいる。十虎を追いかけなければ、今頃は嘆きの川の消滅を見ていただろ。此処にいる理由にお前はこう言うんだろ? 『放っておけなかった』って」

「そうだよ。新形さんを放っておけなかった。だからここにいる」


 いつものお節介。余計なお世話を彼はしている。

 それを今まで行けなことだと思ったことはない。


「糸雲骨牌。貴方だって、その気になれば地上に戻れる。今ならまだ」

「やめておけよ。俺は、此処にいる。現実なんてどうしようもない」

「蛇ヶ原君たちが待ってるよ」

「待たせとけよ。俺は誰の通行料でもない。ただ無様を晒して未練を残した男だ。そんなのこの空間じゃあ億万といる。俺はその数の塵と同じ」


 現実で誰が待っていようと糸雲には関係ない。もう終わったのだ。現実との繋がりはもうない。


「それより俺なんかと話をしてると嘆きの川に閉じ込められて、二人とも戻れなくなる。良いのか?」


 そう言われてハッとする。彼の闇はいまだに嘆きの川の動きを防いでいる。

 新形を見つけなければと彼は糸雲に言われていた川底を目指した。


 目を奪われる光景が延々と続いている。


『酷い。どうして私だけ』

『帰らせてくれ』

『いかないで』


 聞こえて来るのは、嘆き。

 その名前に相応しい誰かの恨みつらみが怨嗟へと変わる。


『消えてしまえ』

『ふざけるな』

『かえしてっ』


 奥底へ近づく度、彼を痛めつける。つくづく暁の結界の偉大性が垣間見える結界が無ければ、本当に飲み込まれてしまっている。そう思うと糸雲はその怨嗟に飲まれることはなかった。図太い神経を持っているとは思ったが、この空間でも糸雲は他とは違うのだろう。もっとも糸雲の事は深くまでは知らない彼ではそれを推し量る術がない。


「新形さん!」


 星もポツポツと消えて、真っ暗な水底で新形は小さな光を抱えていた。


「ジョン」


 どうして此処にいるのか不思議な表情をする。暁の結界のお陰でも新形もまた川に飲み込まれることはなかったが、その腕の中にある光はいまにも消え去りそうだった。


「その人は」


 尋ねると「うん」と新形は切なげな表情をする。


「ジョンには、ちゃんと人の魂だってわかるんだね」

「え……それはどう言う」

「私にはね。ひび割れた物に見えるんだ」


 小さく光り輝いている。まだ消えたくないと強く願っているように感じたソレは、新形にはもう今にも崩壊してしまう寸前の儚いものに見えていた。


「ひび割れていたのは、彼女の方だった」


 その光は、花咲零の通行料となったはずの「新形十虎」だった。

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