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第121話 Who are me

「新形さん。ジュードを倒しました」


 暁の結界で安全な場所にいた新形たちのもとへ行くと、新形は驚いた表情をした後「そう」と小さく呟いた。表情は悔しさを滲ませていたが、どれだけ強気で言っても新形では倒せないと直感していた。仮面の吸魂鬼を倒すことは出来なかった。


「まあ、いいよ。私だけが倒せるって奴でもないしね。ただ私が気にしてるだけだったし。寧ろ清々するよ。ありがとう、ジョン」


 ジュードの狙いを新形は知っていたのだろうかと彼は新形を見る。言葉にする事が憚れることばかりで彼はすぐに視線を逸らした。その先には暁がいた。


「隠君」


 暁の表情は険しい。怒っているのは火を見るよりも明らかだ。

 そして、「なぜ、黙っていってしまったんですか」と案の定お咎めの声が聞こえてきた。彼は素直に謝罪が出来なかった。していることを間違っているとは思っていない。現に、ジュードとグラータとの戦いでみんな怪我や疲労で動けていなかった。


「自惚れないでください。ジョン君が世界を救うなんてこと出来るわけないんですから……俺たちは世界を救う正義のヒーローではないんです。自分たちのことで精いっぱいの子どもに過ぎない」

「でも、従うべき大人も私たちを見捨てた」


 綿毛が暁の言葉を否定するように告げた。


「ナナがどうしようと私は、ナナの行動を尊重するよ」

「綿毛さん」

「貴男がそれでいいと思うなら、そう行動するのも良いんじゃない? それで失敗したら、信じた私も咎められる。一緒に怒られてあげるし、責任も取る」

「……そんな悠長なことを言っていられる状況ではないでしょう。現実を見てください。吸魂鬼が溢れている。どれだけ仮面の吸魂鬼を退けても溢れているんですよ?」


 吸魂鬼を統括している仮面の吸魂鬼は確実に数を減らしているのに吸魂鬼は増える一方である。現実がゾーンに近づき、浸食を続けている。止める方法はもうない。新形と彼が嘆きの川を呼び出すのをやめても、もう遅いのだ。


 ならば、もう二人が嘆きの川を作り出して、二人が考えていることをするしかない。


「そう言えば、蛇ヶ原さん。貴方、佐藤先生と大楽さんはどうしたんですか」


 二組に分かれていたはずだが、気づけば新形と一緒にいて、他の二人がいないことに暁は疑問に思った。


「蝶さんは、無邪気の吸魂鬼イノセントと対峙しとるはずや。バーテンダーは……」

「デジルと二人で消えた。サト先はマイルールの空想を手放して他の空想を発現させたみたいだけど、タイミングが悪かったみたいで存在が保てなくて二人揃って消えたよ」


 新形は見ていたようで助けることは出来なかった。その場で首を突っ込んでしまえば、新形も巻き込まれる可能性があったのだ。


「劇的なんてことないんだよ。人の死なんていつどこで起こるかもわかんないしね」


 吸魂鬼狩りとして原因不明の死はよくあることである。不思議なことも不思議ではない。けれどその感覚は慣れるものではないと蛇ヶ原は目を伏せたがすぐに顔を上げる。


「ならはよー終わらせよか。その後に蝶さんを探しますわ」


 嘆きの川を作り出す。少しでも誤れば、大惨事になる事態だが、新形と彼が何か策がある様子を見せている。吸魂鬼を倒すために吸魂鬼を溢れさせる。


「ねえ、不思議なんだけど、どうしてこんな状態になってもハウスは動かないの?」


 新形が純粋な疑問を口にした。街が一つ丸々吸魂鬼の手に落ちそうになっているのに、どうして動き出さないのか疑問が尽きなかった。ゾーンを掌握することを目的にしているのなら、吸魂鬼が増える事は本意ではないはずだ。


「ハウスも吸魂鬼出現に手を焼いているようで、嘆きの川の存在は周知していたとしても、こちらに向かうことは不可能だそうです」


 スマホで吸魂鬼狩りのアプリを起動して見せると現実の異常は、三つの谷に留まらず、筥宮、浜波、荒幡と様々な地区で吸魂鬼が出現している所為で動けていない。ハウスの吸魂鬼狩りが到着する頃には、三つの谷は吸魂鬼の巣窟となっているだろう。


「ジョン、覚悟は?」

「出来てます。ずっと前から」

「よろしい。暁、綿毛。二人は私たちのサポート。柳と蛇ヶ原は民間人を襲う吸魂鬼の対処。吸魂鬼に負わされた怪我を柳が治して、その間に蛇ヶ原が対応」


 離れ離れになった大楽を見つける事を優先するように告げると浅草は敬礼をする。

 蛇ヶ原は「あ、浅草先輩さん……ちゃんと話できるんかな」と浅草との意思疎通を懸念していた。


「グッドラック!」

「あんたや!」


 浅草が親指を立てて蛇ヶ原を励ますが、浅草が普通に話をしてくれたら困る事もないというのに、ボケて来る為、突っ込んでしまう。



「行きます」


 暁が全員に結界を張り、作戦開始となった。

 嘆きの川の中央は、大通りの交差点。三つの谷の中で人通りが多く車通りも激しい場所。嘆きが密集するその場所に川を生み出して、また塞ぐ。


 彼が暁を、新形が綿毛を抱えて、超人の脚力を使い目的の場所に向かう。本当に人間ではないのかと驚愕する。


「お、落とさないで」

「落とさないよ」


 新形に抱えられている綿毛が震える。それに比べて彼に運んでもらっている暁は安定しており、不安はなかった。

 屋上や民間の屋根を飛び越えていると、高層ビルの屋上に見慣れた影を見つけて、そちらへ向かう。


「先生!」


 屋上に立っていたのは、谷嵜先生だった。身体の痺れはとっくに晴れて吸魂鬼を殺して回っていた。その所為か谷嵜先生の周囲には吸魂鬼が影も形もない。

 吸血鬼部がなにを企んでいるのか分かっている様子で赤い双眸が四人を見る。

 吸血鬼のまま、吸魂鬼になり損なった谷嵜先生はそのまま三つの谷の中央を見つめる。


 黒い影が蠢いた交差点、車の衝突に、無残な死体。阿鼻叫喚の中を逃げ惑う人々。世界が陽を隠す。規則的に点灯する街灯。救いを求める現実を見つめる。


「黄昏れてる先生もカッコいいッ!」


 綿毛を下ろして、新形は谷嵜先生へ愛を飛び交わせる。


「もうじき亀裂が生まれる」

「え?」

「吸魂鬼がこちら側で暴れ過ぎた。嘆きが溢れている。その亀裂をうまいこと利用できれば、溢れさせずに川の崩壊を成功させることが出来る。やり方は、新形が知ってる」


 あとは好きにしろと言いたげだ。


「先生、俺たちのしていることは間違ってないですよね?」

「さあね。間違いかもしれないな」


 嘆きの川に触れる事がどれだけ危険なのか彼らはまだ分かっていない。どれだけの不幸や絶望が詰まっている場所なのか知らないからだ。

 谷嵜先生は、吸血鬼部がしようとしていることを正解だとは言わない。もとから答えを言うような人ではない為、たとえ不正解でも言わないだろう。その後に待っている絶望的瞬間でも責める事もしない。


「けどな、お前らがやらなくても……どこかのバカはやっていただろうよ」

「……!」

「もう引き返せないところまで来てるんだ。今更引き返しても意味がないね」


 揺れた。ビルが揺れた。地震が起こった。立っていられなくなり四人はふらふらとバランスを崩して、綿毛と暁は尻もちをついて、彼と新形は片膝を付いた。「見ろ」と谷嵜先生は指を交差点に向けた。何とか立ってそちらを見れば、交差点の中心が眩く光を放っている。地面が割れているのだ。


「ジョン、お前は一度見てるな?」

「はい」


 夏、海の中で見た。星空のような海の底。嘆きの川の一片。

 亡者の住む世界。幻影が蔓延る引き返せない水底。


「あっ」


 綿毛が何かを見つけた。それは亀裂から吸魂鬼が、這い出ている光景だった。崖をよじ登るように吸魂鬼の影が現れる。ふらりふらりと覚束ない足取りで何かを探すように彷徨ってる。


「お前ら急げこれ以上亀裂が広がれば、谷として完成するぞ」

「それじゃあ行こうか!」

「わっ、ちょっと……!!」


 新形が綿毛を抱えてビルを飛び降りる。その後を彼は慌てて追いかけるために暁を抱えて飛び降りる。若者たちが世界崩壊を阻止するために奮闘している。

 世界を救うなんて大義ではなく、通行料を取り戻すのが本来の目的だろう。二の次二の次と後回しにしていたことが今になって押し寄せてきたにすぎない。




 あと数分で、夜が来る。


 星空と嘆きの川が共鳴する。眩い光が空に伸びる。街灯など取るに足らないほどの眩しさが三つの谷に広がる。吸魂鬼が人を襲う。吸魂鬼狩りが奮闘する。誰かが祈って、誰かが邪魔をする。ゾーンが崩れていく。


「お前、結局何がしたかったんだ」

「貴方と同じことですよ。友に会いたかった」


 光に照らされた街を俯瞰する谷嵜先生の後ろに立つ男、バニティ。

 ただ見ているだけの役を自らかって出た吸魂鬼だ。彼の前で死を演じて、誰にも気づかれないままに自由を手に入れた。


「嫉妬、無邪気、強欲、傲慢が消えました。もうじき憤怒も吸魂鬼狩りの手で消滅されるでしょう。それによって、五つの魂が解放されます。そして、慈愛もまた戻る事はないのでしょう。六つの魂が解放される。七つの罪の魂を解放すれば、ゾーンの維持は絶望的でしょう。もっとも今ですら首の皮一枚と言ったところですが」


 仮面の吸魂鬼は、守護者の役割を担っていた。

 その者たちが気づかないままに背負っていた役割。


「ハウスの連中もいい迷惑だろうな。吸魂鬼を殺しちまえば、ゾーンは消滅すると知れば」

「そうですね。生憎とハウスの方々には舞台から退場を願いました。彼らの望みを阻止するのは造作もない」


 ゾーンの維持。上位の吸魂鬼がいなければゾーンは消失する。嘆きの川が出現するうえでハウスの勢力は邪魔でしかない。その為、バニティは意図して吸魂鬼を溢れさせた。


「始祖を蘇らせるつもりじゃなかったのか?」

「ふふっ。お忘れですか? 私は、虚飾ですよ? 他者に良い顔をする都合の良い道化です。それにもう潮時でしょう。吸魂鬼は個を増やし過ぎた。間引いても増えてしまうのなら、焼き払ってしまった方が速い。ゾーンが消えてしまえば、我々も力を失い貴方たちの脅威から除外される」


 そして、嘆きの川が再び現れない限り吸魂鬼は人の目に触れることなく、影としてそこに存在する。


「お前がいる限りゾーンはあり続ける」

「そうですね。そこが問題です。生憎と死にたいわけでもないので、困っていますよ。なので、私も友人のように一度死に再び戻って来ようと思います。その方が、なにかと都合が良いですからね」


 そう言ってバニティは懐から何かを取り出した。それは、枯れて色褪せた花を押し花にした栞だった。赤茶色に汚れている栞は、彼が持っていたものだ。

 彼を殺した際に取ったもので本人は気づいていないだろう。けれど決して、栞を破壊する気はなかった。


「この方もそろそろ自由になりたいでしょうからね」

「どうして巡りを止めていた」

「すぐにでもノアに会いに行ってしまうと何かと不都合が起こってしまうからですね。ですが、やっと自由にして差し上げられる」


 ふわりと栞が宙に舞う。風に乗り栞は亀裂へと流れるように飛んでいってしまった。


「貴方も待っているのでしょう? 我が生みの親、始祖に……安心してください、すぐに会えますよ。貴方の友人を殺して、全ての者たちを不幸に通した根源はすぐに現れる」


 先に行きます。とバニティは塵となり消滅した。

 虚飾の吸魂鬼は、この世から消えてしまった。そして、またいつか巡る。

 どこかで現れて、どこかですれ違う。赤の他人としてまた会おう。


 次は、共通の友人のもと顔を合わせられるように……。

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