第12話 Who are me
綿毛によって授業の準備時間に廊下に引っ張り出された彼は、吸血鬼部を疑う綿毛に「吸血鬼部に入ったらいい」と話を持ち掛けた。
疑わしきは罰せずの精神で、谷嵜先生がどういうつもりで吸血鬼部の顧問をしているのか。調査任務を与えているのか。知る必要があると判断した。
綿毛と話をした日の放課後、二人で旧校舎に足を運ぶ。
部室には、暁が勉強をしていた。教科書を広げてノートに小難しい数式を書き綴っていた。
暁は、彼が綿毛を連れてきた事に眉間に皺をよせていた。彼は怒りの雷が落ちる前に紆余曲折と言えば、都合はいいが実際そうなのだからしかたないと彼は暁に事情を説明する。
「私は綿毛最中。ハウスが一つ黎明家の使者です。今日は、吸血鬼部の視察に来ました」
「ご親切にどうも。でも、俺が一任出来ることでもないので、部長と顧問である谷嵜先生の判断に俺は任せます。きっと入部は不可能でしょうけど」
暁は冷静に返しているが、興味をなくしたのかノートに視線を移した。
「貴男は、どうして吸血鬼部に?」
「通行料を取り戻す。それ以外に目的があると思ってます?」
暁は綿毛を嘲笑するかのように訊き返す。
吸血鬼部の目的は通行料を取り戻すことである。それ以外に目的はない。
彼は周囲を見回して、新形がいないことに気づき「新形さんは?」と尋ねる。
「さあ、今頃谷嵜先生を追いかけてるか、生徒会の仕事でもしているんじゃないですか?」
午後四時、既に生徒は帰宅したり部活見学をしている時間帯だ。
「綿毛さんが、吸魂鬼やゾーンの話を教室でしちゃうので、まともに生活できなくて困っているんです」
「普通の生活? もとから出来ていないんだから、今更気にしてもしかたないでしょう。名前が言えない以上、普通に生活なんて不可能に近いというのに」
「また、意地悪言う」
彼は下唇を突き出して不機嫌を露わにするが、暁は気にした素振りもなく「先生を探してきます。そこで待っていなさい」と言われてしまう。このまま後輩たちが二人部室にいるのが鬱陶しいようでガタリと立ち上がる。
「くれぐれも余計なことはしないでください。いじられて困るものはないですが、一応学校の備品ですから、壊すと谷嵜先生に怒られますよ」
部室を出ていく暁に「お、大人しくしてます」と彼は頷いた。
谷嵜先生が怒ると怖いのは、怒らなくともその雰囲気で理解できる。
二人、部室に残されて彼は決まづくなり「えっと」と場を繋ごうと必死に頭を回転させる。
「……谷嵜先生と話ってした?」
綿毛に尋ねると、綿毛は部室の簡易椅子に腰かけて「いいえ」と首を横に振る。
暁がどれくらいで戻って来るかわからないが帰宅が遅れたとしても問題ないと事前に伝えられている為、時間を気にしていない。高校生ともなれば、放課後遅くなるのは当たり前だ。
「一対一での対話はまだです」
「そうなんだ……」
彼も椅子に座って先輩たちを待つこと、五分。
(き、気まずい。綿毛さんって厳しい雰囲気あるし、下手なこと言ったら怒られそう。それでなくても昼間に啖呵切った風になって不機嫌だろうし……で、でもこの無言の空気、耐えられないよ!)
膝に拳を置いて、額に汗を滲ませる。嫌な面接会場のような雰囲気に彼はお願いだから誰か来てほしいと心の中で何度も願う。この際、語彙がデタラメの浅草でも構わない。彼の知らない部員でも誰もいいから、誰かこの空気を壊してと祈る。
その祈りが成就したのか。ガラリと誰かが入室してくる。
「こんにちは! 隠君いるかな? 実は、肉じゃがを作ってみたんだ! よかったら食べて欲しいんだよ、ね? ……って、あれ?」
エプロン姿の男子生徒。見るからに料理部にいるであろう。
人当たりのよさそうな生徒が現れた。
(いや、いやいや! 確かに誰か来てほしいと言ったけど、主夫は呼んでないよ!!)
彼は突然の主夫に言葉を失う。エプロン姿の男子生徒の手には、保存容器が三段に積まれていた。その中にはどれも肉じゃがが入っているのだろう。
男子生徒は彼と綿毛を見て、目的の人物ではないことに気が付く。そして、一歩後退り教室の看板を確認する。
「ごめんごめん! 君たちの邪魔をするつもりはないんだ。ごゆっくり!」
保存容器を片手で持って扉を閉めようとするのを彼は「待って待って待って! 行かないでください!!」と扉に手をかけて閉じないように阻止する。
何を勘違いしたのか、先輩と思しきその人は「いや、僕、そんな無粋なことできないよ!」と扉を閉めようとする。二人が互いに別の方向に力を入れている所為でギシギシと扉が悲鳴をあげる。
「大丈夫です! お邪魔じゃないので! いてくださいッ!? 暁さんなら谷嵜先生を探しに行ってるだけで、少ししたら戻ってきます! だから、一緒に待っていてください!! お願いします!! せ、先輩の事を教えてください!」
「え、えっ……えぇっと……わ、わかったよ?」
彼は先輩の制服を引っ張り部室に連れ込む。
綿毛の横に座る先輩は綿毛に「肉じゃが食べるかい?」と尋ねるが間髪入れずに「結構です」とあっさり断られてしまう。
「そ、それで……先輩は、暁さんの友だちなんですか?」
「うん! 僕は、吉野乱。隠君とは同じクラスなんだよ。料理部に入ってて、ちょうど見学の生徒に振る舞うために肉じゃがを作ったんだけど、余っちゃってね。そうだ! どうせなら、君たちも食べて食べて」
先ほど綿毛に断られたばかりだというのに、保存容器の一つを二人の前に出す。そして、一度立ち上がり、勝手知ったる様子で部室に置かれた棚に手を伸ばして紙皿と割り箸を取り出した。保存容器の蓋をあけて、彼と綿毛に肉じゃがを振る舞う。
「食べてみて! 今日は特に上手に作れたと思うんだ」
「い、いただきます」
彼は吉野の押しに負けて割り箸を持った。
大き目のジャガイモが目についた為、箸を伸ばして、二つに割る。少しだけ冷めているが、程よい温かさを持っていた。
ジャガイモは、味がしっかり染みている。そして、ジャガイモ特有の甘味も残されて口の中で広がる。次に食べた肉も柔らかく味がある。濃い味と言うより、少しだけ薄味だが、極端に味が消えているわけではない。一緒に白米が欲しくなる美味しさだ。
「んっ! 美味しいです!」
キラキラと目を瞬かせて月並みな感想しか言えないことが悔しいと思うほどに、彼は肉じゃがを褒める。向かいに座る吉野は目を細めて嬉しそうに「ありがとう」と素直に称賛を受け取る。
「僕、部活に入るつもりはなかったけど、こんなに美味しいものを食べられるなら入りたいかも……」
「そう言って、入ってくれたのが六人。今年は大量だよ!」
(なんだろうこの先輩。可愛い)
両手を拳にして、ふんす! と嬉しそうにする姿に彼は何とも言えない気持ちになる。料理云々より吉野を目当てに入部する生徒も少なからずいるのではないだろうか。
彼が肉じゃがに惚れ惚れしているとガラリと扉が開かれる。
「おい。ここは、ファミレスじゃない。飯食いながら話がしたいなら出ていけ。邪魔だ」
「た、谷嵜先生!?」
「そりゃあ、谷嵜先生を呼びに行ったのだから、来るのは当然でしょう」
谷嵜先生が面倒くさそうな目を向けて肉じゃがを食べる彼を見る。
平然と言う綿毛に、谷嵜先生は「またお前か」と事情を把握しているからこそ尋ねた。
「吉野。お前、暁に用があったんだろ? 行ってやれ」
谷嵜先生は報告になかった人物に言うと「うん! あのね、隠君」と保存容器を持って谷嵜先生の少し後ろに立っていた暁と話をするために教室をあとにした。
扉がガタリと閉じるのを音で確認した谷嵜先生は髪を掻いて「んで?」と要件を促した。
「今日は、私がこの目で吸血鬼部を見て、不要処分を宣言するために来ました」
「ほぉ。それで? その宣言はいつされるんだ?」
「私がこの部活動に入部し、活動内容の見直しをして、改善されなければ即座にハウスへと通達し、吸魂鬼に関する規定違反として、吸血鬼部は解体させてもらいます。そして、今後一切のゾーン内侵入と活動、他者へゾーン、吸魂鬼などの吹聴を即時禁止」
「早い話がお前のご機嫌取りしながら、お前の理想とする既定の方針通りにしろってことだろ? 冗談じゃねえな」
腕を組み何を言いだすかと思えばと嘲笑する。
つい一週間前に高校生になったばかりの少女に部活を辞めろと言われて素直に頷けるほど谷嵜先生は出来た人間ではない。
「俺が伝えているわけじゃない。うちの部員は、吸魂鬼にちょっかいかけられて巻き込まれた。そんな中、奇跡的に生還した。通行料を取り戻すために活動してる。お前らハウスが直接的に迷惑は被ってないだろ」
「被害者たちを私たちに報告する義務があると思います。通行料奪還を願っているのは何も貴男たちだけではないのですから。空想の独占は、被害者への洗脳行為とみなして、貴男を処罰することも出来ます」
「ゾーンも空想も人様が独占できるほど甘くねえよ。それに洗脳もしていない。道を示して、ガキどもが勝手にその道を歩いてる。お前らにとってそれが不都合ってなら、好きなだけ処罰しろ。知ったことじゃねえから」
温かみのない瞳が綿毛に向けられる。彼は言葉を発することが出来なかった。呼吸すらできずにその場の置物と徹していた。どうして、自分は吉野と共に部室をでなかったのだろうかと後悔する。
氷点下まで下がった温度は、取り戻すことは極めて難しいだろう。彼では不可能だと断言出来た。
ハウスが何を言い、何を思っても、吸血鬼部は存続する。そして、吸血鬼部もカモノ校長が「やめにしよう」と言わない限りは三つの谷高校に残り続けるだろう。
たった一人の生徒が何を進言したところで、そこに法的な責任、罰則は科せられない。
「それにお前らは規定を重んじているようだが、そのお偉い連中の中に、破った奴がいるだろ」
「……いったい、誰の事を言っているんですか」
「憶えていない。それが答えだろ」
言い切った直後バァン! とけたたましい音を響かせて、扉が壊さんとするほどの勢いで開かれる。彼は心臓を震えさせて驚愕する。生のバンド演奏を聴いているかのような心臓の高鳴りは、悪い意味で心臓に悪い。
音を響かせた張本人は、俯き呼吸を整えている。その顔が上がれば、どんな強面が待っているのか彼は想像するもの震え上がってしまっていた。
「私だけが先生を愛してますから!!」
しかし彼が予想していたことは何もなくバッと顔をあげると直球に向けられたのは好意の言葉だった。