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第119話 Who are me

 突風が起こる。星空の球体が真っ二つに斬られて光の粒子を放ち消滅する。

 いったい何が起こったのか分からない。ただ蛇ヶ原が無事であることだけが分かった。


「新形さん、僕が蛇ヶ原君を護ります。だから話はあとでしましょう。今はジュードと決着をつけてきてください」


 聞き覚えのある声。新形はその人に目を疑った。だが、中身は変わっていないのだ。半分の仮面をするその人。紫色の瞳をさせた。完成している。中途半端な生物ではなくなった。


「そう。なら、その言葉を信じて行かせてもらうかな」

「任せてください」


 新形は返事を聞くと地面を蹴り、ジュードと決着をつけに向かった。


 彼だった。ナナと呼んでいた少年、ジョン・ドゥと呼ばれていた少年。


「ナナさん。ほんまにナナさんなんか?」


 気配が違う。気弱な彼ではない。彼が持っていた気配ではない。今の彼は、多くの命を宿しているようだった。


「うん、僕だよ。蛇ヶ原君」


 星空の球体を切り裂いて振り返った彼の表情は穏やかだった。その表情が見慣れた彼のもので緊張が抜ける。彼は蛇ヶ原の頬に触れてその怪我を無かったことにした。けれど身体の倦怠感は抜けない。


「ごめんね。まだ力を使いこなせないんだ。でも、もう大丈夫だよ」

「……みんな、探しとったのに、どこにおったんや」

「友だちがね。助けてくれたんだ。昔の友だち……」



 彼は一度死んだ。バニティに殺された。そして、バニティは消滅した。

 虚飾の吸魂鬼、バニティは本来の目的を遂げたのだ。彼を、慈愛の吸魂鬼、ノアを復活させるという目的を遂げた。バニティが持つノアとの思い出を彼に送りつけた。目にみえない概念をずっと持ち続けた。


『貴方を抱えて生きるのも愉快でしたが、そろそろ一人旅をするのもやぶさかではないでしょう』


 家族以上の関係だった。同じ始祖から生まれた個体。

 虚飾と慈愛と言う矛盾を抱きながら二人は言いようのない絆があった。

 バニティの目的は、ノアが死んだあと、巡った後の個体にノアの記憶を返すこと。そして、その後、ノアがなにをしようと関係ない。

 半信半疑だったのが確信と変わり、バニティは彼に協力するつもりだった。嘆きの川を呼び出そうとしていたが新形たちがしようとしていることに気づいた。


 新形が吸血鬼になるのならば、彼は吸魂鬼にしよう。そんな身勝手なことだが、虚飾らしいと言えばらしい。それがバニティなりの善意の現れかもしれない。意味もなく新形が吸血鬼になってしまわないように役目を振り当てた。


「僕は、嘆きの川を呼び出すよ」

「アカン。そないなことをしたら吸魂鬼が!」

「わかってる」

「なら!」

「蛇ヶ原君、僕を信じて」

「どう言うことや」

「君たちの通行料は取り戻す。世界も護るから」


 彼は嘆きの川を制御する。その力を使いこなすのに時間は必要だが、練習して出来ないことは本番でも出来ない教えを刻み。即決行だった。何より練習している暇なんて彼にはない。吸魂鬼として虚しさを感じながら、それでもみんなを護りたい気持ちは強くなっていく。


 今もどこかで人が襲われて、今もどこかで彼を探している人たちがいる。

 その人たちに報いる為に彼は動き出すのだ。


「ノア。テメエ、随分だなぁ。兄貴として情けねえぜぇ」

「……」


 ジュードが降りてきた。瀕死の新形を担いでいた。地面に落とすと「うっ」とうめき声を上げる。まだ生きてはいるようだ。

 ジュードは邪魔してきたのが、彼であると気づく。慈愛のノアの力を継承した彼を忌々しいと声色を偽らない。


「僕たちに上下の関係はなかったはずだよ」

「ケッ。そうかよ」


 ジュードは退屈だと言う。新形はただやられたわけではないようで、ジュードは所々怪我をしている。それを治す余裕もないように見える。さすが新形だと手放しで賞賛出来てしまう。好戦的なジュードの呼吸を乱してしまうほど追い詰める事が出来たのだからだ。けれど、それだけだった。吸血鬼は吸魂鬼を殺せる力を持っているが、一朝一夕で使いこなせるわけがない。


「だが、その様子じゃあ完全じゃねえみてぇだなぁ」

「そうだね。僕はまだ僕のままだよ。本物は嘆きの川にいる。僕はまだ中途半端のままだ」


 彼の部分が強く前世であるノアは、嘆きの川にいる。なぜならそれが谷嵜先生の通行料だからだ。


「おいおい、自分でこじ開けるってかぁ? んなことをすりゃあどうなるか知ってての行動なんだろうなぁ」

「知っている。だからだ」


 蛇ヶ原が立ち上がる事が出来るようになって「ナナさん、自分はどないしたらええんや?」と尋ねる。もうなんだっていい。彼が彼ならば吸血鬼だろうが吸魂鬼だろうがどうだっていい。


「新形さんをお願い」

「大丈夫なんか?」

「うん、大丈夫だよ」


 蛇ヶ原ならば、空想で新形を護る事が出来るだろう。


 彼もまた吸魂鬼の端くれだ。ソレを生み出せる。星空の球体。慈愛のノアが一度も使うことのなかった力を使う。使ったことがなくとも使い方は分かる。

 紫色の瞳が怪しく光る。半分の仮面の奥で何かが蠢いた。


「ちっ……面倒な力だなぁ。未来が視えちまうってのはよぉ!」

「便利な力だよ。そのお陰で蛇ヶ原君を見つけられた」


 千里眼を持つ彼は、ジュードの行動を先読み出来る。どれだけ仕掛けてこようと先回り出来る。何秒先でも何分先でも、何時間先でも彼にジュードの攻撃は通用しない。彼は、千里眼で蛇ヶ原が危険なことを知り駆けつけたのだ。


 もとから彼は誰かを犠牲にするつもりはない。彼を見つけるのなら、誰かが危険な目に遭えば良かったのかと蛇ヶ原は苦笑する。皮肉なことだ。彼の性格を知っていながらみんな、抗ってしまった。



 彼は、ジュードを見る。かつては兄弟という間柄だったが、生憎とジュードはノアに興味を示さなかった。傲慢と慈愛なんて水と油のような関係だ。分かり合えるわけがない。


(新形さん、ごめん。ジュードは僕がやる)


 新形の宿敵を倒してしまうのは忍びないが、危険が続くのならば終わらせるしかない。新形も怒ったりしないだろうと、甘える。


「テメエは前から気に入らなかったぜぇ」

「残念だよ。僕はみんな好きだったのに」


 言うとジュード舌打ちをして彼に向かった。氷が彼に向かうが先を見ている彼には通用しない。身体を捻り回避して球体を生み出す。虚無へと消す。星に返す。慈愛を司る吸魂鬼が使わない。けれど彼は使うのだ。以前、ジュードが新形にしたように。今度はこちらが奪うのだ。彼が球体を生み出してもジュードが避ける。


「先輩。大丈夫かいな?」

「……大丈夫に見える?」

「見えへん」

「でしょう? ちょっと腕貸して」


 意地悪を言う余裕があるのなら大丈夫だろうと蛇ヶ原は苦笑して新形を起こす。


「ジュードを殺すのは私」

「もう無理や。これ以上動いたら身体さん粉砕してまうよ? それで嘆きの川に触れるんやったらなおの事、今は引くべきや」


 言いながら蛇ヶ原は蛇を生み出して、にじり寄って来る吸魂鬼を退ける。


「とりあえず、副部長さんらに連絡や」

「暁、きっと激昂するでしょうね」


 目に浮かぶと新形は痛む身体を耐えながら肩を震わせる。


「ほんまに吸血鬼なんか」

「そうだね。だから、こんなに近づいたら血をチュッと吸われちゃうぞ?」

「構わへんよ。それでこの世が平和になるなら」

「……ジョンに怒られそうだからやめとくよ」

「それがええ」


 丁度、暁が電話に出た。新形と彼を見つけた。そして、今彼はジュードと戦っていることを伝えると急いで向かうと言った。その直後、二人の前にゲートが出現する。そこから吸血鬼部の人たちが現れる。


「わぉ、ナイスな。ゾーン越えやな。さすが、副部長さん花丸さん」

「悠長なこと言っている場合ですか。……本当にいましたね、新形さん」


 暁がゲートから現れる。まずは結界を張ると言って空想を発動する。

 暫くは吸魂鬼の邪魔もなく話が出来るはずだ。頭上で激闘が繰り広げられているのはこの際置いておいても問題はない。


「長ぁ」

「やほー、柳元気?」

「ノン!」


 浅草は困った顔をして新形に向かった。

 パシンっと音が新形の頬に響いた。ひりひりと痛む。それでなくとも身体が痛いのにまだ痛みを感じる身体もまだまだ余裕があるか、勝手に傷を治しているのか。

 そんな的外れなことを考えられるが、新形は驚きだった。


 目を見開いて顔を上げると浅草は今にも泣きだしそうな顔をする。


「どうしてですか」

「柳?」

「どうして、教えてくださらなかったのですか。それほど悩まれていたのでしたら、私だって微力ながら協力いたしました。それなのに、どうして……」


 叩かれた新形ではなく浅草が涙を溜めて新形を責める。

 どうして言ってくれなかったのか。どうして一人でやろうとしたのか。


「全部、佐藤先生と谷嵜先生から聞いた」


 綿毛が目を逸らして言う。新形がしようとしていたこと、新形が新形ではないことを全て話をしたらしい。その事に「言わないって約束したのに」と新形は谷嵜先生が全て打ち明けたことに脱力する。


「もう無理しなくていいんですよ。新形さん」

「……情けないな」

「言わないでしくじる方が情けなくて、ださいと思うけど」


 綿毛が呟いたことに暁は苦笑いをする。


「新形さん、まだ吸血鬼部の部長をしてくださるなら、俺たちがこれからする事を決めてください」

「え……」

「本物の吸血鬼だというならそう名乗るには相応しいでしょう」


 吸血鬼部を下に見ていたわけではない。警戒心は人並み以上にあるだろう。信用するまでに時間が掛かる。暁との時間は三年ほどだが、それでも暁はいつも二番目で収まっている。


 副部長と言う縁の下の力持ちで留まっている。その理由は過去に一度だけ聞いたことがある。


『兄さんたちが、俺を引っ張ってくれていました。誰かを指揮するよりも、間違いをただす方が性に合っています』


 なんて偉そうなことを言っていたのを思い出す。

 一時こそ、裏切ったようなものだ。吸血鬼部に期待していなかった。誰もその場の空気に馴染んでしまい通行料を取り戻す気が無いのではと危ぶまれた。谷嵜先生だけはと新形は何度も二人で話をした。


「俺たちが全員で通行料を取り戻すんですよ」

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