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第118話 Who are me

「おいおい、随分じゃねぇかぁ」

「っ!?」


 蛇ヶ原を行動不能にさせた新形は彼を探そうと踵を返し振り返った先には憎き吸魂鬼の姿があった。ジュードが狡猾な笑みを浮かべていそうな声色をさせて頭上を浮いていた。


「ついに吸血鬼になっちまってよぉ」

「この前は疑ってた癖に」

「だが、違っていた。だから今度こそ殺してやろうと思ったぜ」


 ジュードが傲岸不遜な態度で立っている。蛇ヶ原に目もくれず新形を見る。

 宿敵の相手、因縁の相手。花咲零を新形十虎にした相手。弱い心を利用して弄ぶ悪逆非道な吸魂鬼。


「嘆きの川を引っ張り上げる前にあんただけは殺しておきたかったんだよ。来てくれてよかった」

「おいおいおい、俺様を殺そうだぁ? デカくでたじゃねえかぁ。全ての吸魂鬼どもよりも優れたこの俺様を、始祖よりも強者の俺様、神をも超越する俺様を殺そうってかぁ?」


 ケタケタ哄笑するジュード。その自信はいったいどこから来るのか。寧ろ羨ましい限りだ。森羅万象を凌駕するとジュードは大きく出るが、その実力があるのならば、世界征服なんて造作もないだろう。それをしないのは、どうしてなのか、どうして今の位置に留まっているのか。つまりそれらを追求すれば、ジュードもどこにでもいる吸魂鬼と同じだと新形は思考する。


「傲慢の吸魂鬼ジュード。諸悪の根源。相手にとって不足なしってやつ? それとも、私に殺されるために来てくれたのかな」


 どっちでもいいけど。と新形は地面を蹴りジュードに向かった。右拳を突き出してジュードの仮面を狙うが簡単に掴まれて持ち上げられて地面に叩き落される。


「今度は、足だけじゃ済まさねえぞぉ」

「今度は、無傷じゃあ返さない」


 今度こそと互いに殺意を向ける。二人が放つオーラに動けない蛇ヶ原は言葉を失う。一言もはさむ余地などない。そんなことをしたら肉塊となり死んでいることにも気づかないありさまになるだろう。

 ジュードが蛇ヶ原に気を向けないように新形が隙を多く相手を翻弄している。あれだけ敵対していた蛇ヶ原を護っていると理解できた。

 明確な殺し合い。先ほど蛇ヶ原との戦いがお遊びのようだった。死ぬのが怖くないと言っているようなものだ。


「凍っちまえ!」


 声と共に新形の手が硬い氷の結晶に覆われた。

 刺すような痛みに包まれる。破壊するのは難しいだろうかと見つめながら新形は言う。


「あんた、氷なんだ。イノセントみたい」

「あのガキと同じにするんじゃねぇ!」

「物を固めるって意味では同じことよ」


 イノセントはナイフで刺した相手を植物状態にする。ジュードもそれと同じだと指摘すれば、ジュードは「一つしかねえと思うな」と氷柱を展開させた。

 地面を覆う脅威の氷。殺意と傲慢に満ちた氷は新形を襲う。何もないところから出現する氷柱を新形は、紙一重で回避する。空中を泳ぐように新形は避けた後、ジュードに向かった。空想はいまだ健在らしくその手が形を変える。吸血鬼も変幻自在と言われている。新形がその空想なのはいわば宿命だったのかもしれない。


 凍った手を空想で切断して、再び生やす。動きの鈍い手だが、すぐに調子を取り戻す。


「また死んどけ!」

「っ……!」


 腕を引き裂かれる。猛獣の爪で切り裂かれたような傷を右腕に出来上がる。そこから溢れ流れる血。表情を歪めて、サッと傷に触れて下から撫で上げる。魔法のように怪我が消える。切り裂かれて開いた傷が完全に消えた。血の跡が残りその手に夥しい血を握りながら新形は視線を逸らさない。寧ろその血を利用するのだ。


 吸魂鬼は、ゾーンを自在に操る事が出来る。ならば、吸血鬼ならばどうだ。

 空想は一つ。新形は変幻自在の力を手放した。そして、完璧な吸血鬼を想像する。


 その背に蝙蝠のような翼が生える。バサリと音を立てて空を舞う。黒の悪魔。美しい悪魔、吸血鬼がそこに現れる。ジュードよりも空高く飛ぶのだ。


「てめぇ……俺様を見下ろしてんじゃねえぞぉ」


 先ほどまで新形を蹂躙していた声とは思えないほどに不機嫌な声色に新形は好機と見た。ジュードは傲慢だ。故に見下されることを何よりも嫌う。自分が頂点であるのは当然の事であると世界に知らしめるために存在していると言っても過言ではない。


 怒り狂い正常な判断なんて出来なければいい。感情が無い癖に感情があるフリをして、ドツボにハマればいい。


 三つの谷が俯瞰できる。夕暮れの茜色が空を覆う。まるで世界中が火の海に満たされているようだ。熱さなど感じない。灼熱の炎などない。歩くのは人間の魂を狙う怪物ばかりだ。


「吸血鬼は、殺す。それが決まりだぁ」


 ジュードは拳を作り何かをこちらに投げるように振るう。そして、その手から氷の礫が新形に向かって来る。飛んでくる最中に礫は鋭い刃へと形を変える。

 翼で氷の軌道を変えて、やり過ごす。


「また上空……ッ!」


 以前のように星空の球体に奪われてしまわないように警戒していると突如として新形の心臓部に激痛がはしる。ジュードが何かしたわけではない。氷は全て退けた。脅威はまだ来ていないのに何をされたのかジュードを睨みつける。


「おいおい、俺様の所為にしてんじゃねえよ。てめえの浅はかさが祟っただけだろぉ。てめえ、吸血鬼になって調子づいてんじゃねえぞぉ。肉体はまだ別物だ。吸血鬼になったからと言って、魂が固定したわけじゃねぇ」


 左手をみると震えている。自分の手なのに、自分の手ではない。

 実際自分の手ではない。身体は、新形のものであり、花咲のものではない。

 吸血鬼になったと言っても、身体を掌握できるほど簡単ではない。吸血鬼になって、さらに扱いづらくなったことだろう。


 その身体は、持ち主のもとへと帰ろうとしている。


「嘆きの川にゃあ、テメエらが返せ返せ言う通行料は、確かに存在する」

「……」

「だが、テメエがそれを手に戻した時、このクソみてぇな世界は崩壊してるだろうなぁ」

「それを聞いて、安心した」

「あ? 安心だぁ? おいおい、てめえやっぱり狂ってるぜ。世の滅びを聞いて、安心してるなんざ、そうとう頭が狂っちまったみてぇだなぁ!」


 ジュードは、その方が好意的だと哄笑を続ける。殺し甲斐があると嬉々と新形に近づいた。


「バカね。滅びないよ。私がそうさせない」


 嘆きの川に通行料がある。それが分かるだけで新形のしていることは間違いではないと安心できるのだ。もしも嘆きの川を強引に開いた結果、そこには絶望しかないというなら、新形は死んでも死にきれなかっただろう。亡者としてこの世を彷徨い。結局、その償い切れない罪に狂っていたに違いない。

 けれど、嘆きの川には通行料、奪われた大切が存在している。確かにある。

 それを吸魂鬼の口から聞けただけでも収穫だ。やっと証言された。


「だから、あんたは邪魔」


 向かって来るジュードが氷柱を放ち、その片方で星空の球体を生み出した。また身体を奪われても、身体は瞬時に治ってしまうだろう。けれど、その分、身体の負担は大きくなる。腕を引き裂かれた時も治したが、新形は飢えを感じている。渇きを感じながら、餓えに耐え忍ぶ。吸血鬼でも人間としての尊厳を失いたくない。何よりその身体は、自分のものではないのだ。


 翼をバサリと音を立てる。


「邪魔なあんたは絶対に殺すから、その中を流れる液体を全部吸い上げて、殺す」


 吸血鬼の牙がジュードを狙う。


「ケッ……出来っこねえことを言いやがる」


 星空の球体に新形を襲い続ける。全ての命が帰るような色と光。この世の終わりがぽっかりと空中に浮いている気がした。


 逃げ道はいくらでもある。此処は、空の上。

 誰の被害も被らない。茜色の空が新形を照らす。徐々に紫色に代わる世界がゾーンではないことを物語る。ゾーンへの浸食が止まらない。


「おいおい、俺様がテメエだけを認識してると思ってんのかぁ?」


 ジュードは嘲笑する。そして、星空の球体を地上に向けた。

 その先には、負傷している蛇ヶ原がいた。


「ッ!?」

「俺様が現れた時から、あのガキは狙いの対象だ。テメエが絶望に歪める姿が楽しみでならねえぜぇ」


 喧嘩をしていても、それは学校の後輩であり、吸魂鬼狩りの重要な戦力。

 消えていい者など一人としていない。新形は地上に向かう。それを好機と見てジュードはその背に氷柱を放った。新形が地上につくよりも氷柱の速度が速く容赦なく突き刺さる。翼と翼の間に突き刺さり血が滲む。それでも飛ぶことをやめたりしない。新形は蛇ヶ原を護る為に、蛇ヶ原に向かう星空の球体を追いかけた。


(……ダメっ)


 間に合わない。吸血鬼ならば、もっと誰かを助けられると思った。通行料を取り戻せる。あと少しだというのに目の前で救えないなんて吸血鬼部の部長と名乗れない。


「間に合えッ!」

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