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第117話 Who are me

 新形は、彼を探している。谷嵜先生が新形を吸血鬼にした。

 意識を失って、目を覚ました時、身体には変化はなかったが、のどの渇きを感じていた。水を飲んでも満たされない。それはまるで話に聞く吸血鬼のような衝動、新形は飢えている。

 谷嵜先生と二人で嘆きの川を蘇らせる。三つの谷に再び巨大な谷、渓谷を生み出す。そう言う話だった。


 そうすれば、幻影や亡者と共に奪われた通行料を、吸魂された魂を取り戻すことが出来る。そう確信していた。伝承が残っているわけではない。前代未聞で前例がない。誰かがやらなければ、その誰かを新形が担った。

 谷嵜先生を置いて、嘆きの川を復活させようとした。けれど、谷の切れ目に触れてもびくともしなかった。いや、微動はした。僅かな手応えは確かにあったのだが、それ以上は梃子でも動かなかった。


 嘆きの川を生み出して損をするのは、確実に人間の方だろう。嘆きが溢れて、吸魂鬼に狙われて、廃人が増える。だが同時に通行料を取り戻すことが出来る。どれだけ絶望的な世界でも僅かに救済を求めている者がいる。その人たちを放ってはおけなかった。

 たった少数を犠牲にすれば平和を維持し続けられることを新形は受け入れられなかった。たとえ世界が新形の敵になっても、奪われた人たちの味方になりたかった。


 そして、全てを受け入れて死のう。そうすれば、全て解決する。


「ふざけんな!」

「……」

「綺麗に終わった思うとるんか! 自分勝手も良いところやで! そない大罪犯してなに正義のヒーロー気取っとんのや!」


 蛇ヶ原は怒りのままに叫んだ。まるで殉教者にでもなったかのような言い方が気に入らない。

 気に入らないのだ。新形のやり方が、多くを巻き込んで救済を美しいと手拍子するその姿勢が気に入らない。


「他人さんの不幸を救済した気になって、結局不幸しか呼び出さんやないですか。先輩さん、ほんまになにがしたいんや!」

「はあ……、やっぱりただの吸魂鬼狩りには理解できないでしょうね。あんたさ、一度でも通行料を取り戻そうって努力したことある? もう無理だ、戻って来ない、誰でも良いからって他力本願になってるんじゃないの?」


 辟易したと首を横に振った新形の姿に蛇ヶ原の怒りは収まることを知らない。相手を怒らせるだけ怒らせて何がしたいのか。いや、したいことはもうわかっている。わかっているからこそ、止めなければならない。


「っ……それがなんやって」

「その時点で、誰かを助けるとか、誰かの為だとか、そんなことを嘯く資格ないんだよ。仕方なかった。しょうがない。諦めよう。もう被害が増えないように……失ったことを諦める、あんたらに諦めたくない人間の気持ちなんて理解できないでしょうね」


 吸血鬼部は過去を見続けてきた。存在が消されても、夢や希望を消えても、味覚や嗅覚が無くなっても、信頼を失っても、名前を言えなくても、親友や自分自身を奪われても、立ち上がらなければならなかった。


「過去を見ることは罪じゃない。過去を視なければ、今はないんだからね。それに比べて、パペッティアは前しか見てない。あいつだって、相応の通行料を奪われてるはずなのに、吸魂鬼狩りを生き甲斐にしていた。気味悪いよ。視ているこっちが恥ずかしいくらいにはね」

「いなくなった人までバカにするんか……」


 もう許しておけないと蛇ヶ原は空想を動かした。頭が割れるほど痛むが此処で引いたらモグラにいた先輩に顔を向けできない。


「百面獣。嘆きの川を出すのは止めさせてもらいます。んでもって、こっちは私情で動かさせてもらうわ」

「やれるかな? 後輩君」


 楽し気に笑う新形に蛇ヶ原は睨みつける。


「全部、飲み込んだって……蟒蛇うわばみ!!」


 蛇ヶ原の影が浮き上がる。蛇が無数に出るのではない。影その物が巨大な蛇。蟒蛇になる。


「殺したりせん。ただ連れて帰る。吸血鬼部の皆さんのところに連れていったる」

「それは優しいね。けど、簡単に連れて行けるって発想が出来るなんて私も舐められたものだね」


 此処はどこなのか。現実なのかゾーンなのか。もうその境すら曖昧になっている。空想を使い吸魂鬼狩りを攻撃するなんて前代未聞だが、無いわけじゃない。結局、自分たちは味方ではない。利害の一致でしかないのだ。


 楽し気に笑っている新形に蛇ヶ原は怒りに表情を歪める。


 地面を這う蟒蛇。飲み込んで眠ってもらうだけに留まれば報われるが相手は吸血鬼部の部長で、一人で吸魂鬼狩りをしていた人物だ。そして、今は人間ではなく吸血鬼。そんなステータスバグを起こしている相手を一介の吸魂鬼狩りが相手になるのか。


 それでも蛇ヶ原は動きたかった。動かなければいけなかった。

 糸雲を愚弄したことを謝罪させたかった。


「パペッティアの弟子やからって甘く見とると後悔させたりますよ」


 蟒蛇が大口を開けて新形に向かう。どれだけ多くの空想を生み出しても、最後の技だけは残しておくものだ。蛇ヶ原にとって、最大の空想。巨大な一匹。


「殺さないって心得は良いと思うよ。けどね」


 蟒蛇を前に新形は臆することなく向かう。地面を蹴り勢いをつけて大口に自ら飛び込んでいった。

「なんでや!?」と蛇ヶ原は驚愕する中、すぐに新形がしようとしていたことが判明する。蟒蛇は内側から喰い千切られているのだ。影が薄くなり消滅する。

 ふわりと降りて、微笑を浮かべる新形は蛇ヶ原に向かって来る。影を動かすことが難しい。頭が動かない。早く空想をと焦燥する。


「殺す気で来ないと、あんたは吸魂鬼の餌食になる」


 蟒蛇なんて大きな影の化身を生み出しているから隙が出来ると新形は手を伸ばした。目を閉じる間もなく見ていると新形の手は後ろに向いていた。恐る恐ると振り返れば、蛇ヶ原を狙う吸魂鬼。その頭部は信号機。新形は黄色信号を割る。


 その場は吸魂鬼が溢れている。新形と蛇ヶ原だけならば、邪魔は入らないがそう言うわけにはいかない。


「ナナさんが手伝うと思っとるんか」


 彼がいることで嘆きの川を出現させることが出来るとしても、多くの人を危険な目に遭わせることを望むわけがない。別の方法を探すはずだ。


「まあ、一筋縄じゃあいかないよね~。でもさ、たぶんあの子なら乗ってくれるよ。君より絆はあるし、何よりジョンの背後霊がそれをさせる」

「背後霊?」

「うん、慈愛のノア。かつては仮面の吸魂鬼の一人だった。裏切って吸血鬼落ちした」


 谷嵜先生の友人であり、谷嵜先生の通行料。

 意思のある通行料。生きている通行料で普通じゃない。ノアは新形に期待している。彼を見つける事が出来れば、新形の目的は成し遂げられる。

 小さな蛇が新形を捕えようとするが呆気なく消滅させられる。頭痛が蛇ヶ原を襲う。それでも止めなければならない。嘆きの川を生み出させない為に、説得する。


 蛇は新形には通用しない。新形が蛇ヶ原を殺す気なのかどうかも分からない。だが、殺気は感じる。殺意が感じない。吸魂鬼が邪魔をすると容赦なく消滅させていく。その素早さに目を奪われる。それではいけないと頭を振るが、その直後新形に蹴り飛ばされる。電柱にぶつかり背中を強打する。うめき声を上げる蛇ヶ原に新形の視線は冷たい。赤い瞳がこちらを見ている。


 赤い瞳、少しだけ尖った耳が髪の隙間から見える。人間ではないのだ。その力は人間では持てないものだ。


「がはっ」


 蛇ヶ原は吐血する。口いっぱいに広がる不快な味。

 視界が回っている。もう立ち上がる事も出来ない。


「なんで、長く生きとるならわかるやろ。誰も幸せにならへん。自分らもわかっとるのに、なんで、わからんのや」

「分かりたくないんだよ。思考する事を放棄するの。仕方なかったって後悔しながら過去を見続けて、手に入れられるって信じて疑わない」


 わかっているからこそ、分からないフリをする。間違っているからこそ、間違ったままである。


「もうこんな世界、必要ないでしょう?」


 それは世界の破滅を謳う吸血鬼の姿があった。


「まるで魔王やないか」

「……かもね」


 その気はないのだが、ありとあらゆる善行が、万物にとっての善行ではないように、新形が願う未来は、人にとっては絶望への道なのかもしれない。それでも新形は大切な人たちを護り、助けたいと思うのだ。その誓いを心に刻み続けて、数年。長くて、短い他愛無い時間を再び取り戻すために、憂いを抱かないで済む様に新形は戦うしかないのだ。


 片手で吸魂鬼を消し去る。完璧に殺す。吸魂鬼の感情が流れて来るがその程度の痛みならば、死ぬほどじゃない。


「程度の知れた嘆きなんて、消えちゃえばいい」

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