第116話 Who are me
一方、佐藤先生と蛇ヶ原は吸魂鬼に囲まれていた。
蛇で何とか凌いでいるが、運よくサイコロの出目が出ない所為で役に立てていない。
「バーテンダー。なんでその空想なん!?」
「カッコいいだろう!?」
「いやいや!? アカンやろ!? 命野放しにしとるだけやないですか!?」
実践に向いていないマイルールの空想は、おまけだ。なんで今まで生きて来られたのか不思議でならない。
「ゲームでいるだろォ? バフかけてくれる優秀キャラ。オレはそう言う感じだぜ!」
後方支援で役に立つのは初めだけだと思いながら拘束して消滅させていく。
サイコロが吸魂鬼の命を奪っていく。運が左右する空想を持ちながら生きている当たりかなりの強運なのだろう。
「アカンっ……頭が」
想像力が必要な状態では、長丁場は悪手である。蛇ヶ原は頭痛に襲われる。蛇が蠢いて消滅してしまう。まだ学生の身でまともに戦えるわけもない。佐藤先生は吸魂鬼の攻撃を回避しながら応援を求める為にスマホを開くがリアルタイムで更新されるホーム画面には吸魂鬼の大量出現で混沌を極めていた。助けは見込めない。
「気をしっかり持て。今の状態じゃあ、怪我しても治る保証はねえぞォ」
空想は使えているが、現実である。空想を使っている最中は、蛇ヶ原や佐藤先生が見えていない。
吸魂鬼の猛攻は止まらない。護れなかった民間人が吸魂されて路地に倒れる。車を運転している人たちが吸魂されて廃人となりアクセルを踏み切り建物に突っ込む。けたたましい音が聞こえる。遠くでサイレンの音が聞こえる。救急車が近づいてくるが交通渋滞を起こした道路は救急車の到着を遅らせる。
「どう、なっとるんや。……! うわっ」
「入間!」
ふらふらとしていた蛇ヶ原の足元が隆起した。
コンクリートを割って出てきた土が蛇ヶ原を上半身まで覆った。蛇ヶ原は腕までも土に埋もれて動かせない。
影蛇も生み出せずにいた。身動きが取れない蛇ヶ原を置いていくわけにも行かず佐藤先生はその場で吸魂鬼を消し去る。
サイコロがぞろ目を出す度、周囲の吸魂鬼がうめき声をあげて消滅する。賭けが勝てば勝つほど、チャンスはやって来る。
隙を見ては土を崩そうとするが硬化しており自由にするのは時間かかる。吸魂鬼を相手にしている状態では救出も難しいが、問題が生まれる。
二人が立っているところ、それは路地ではなく道路のど真ん中なのだ。人に見えてない。吸魂鬼が容赦なく襲ってくる。律儀に路地を走っても通行人を吸魂されてしまうため、車が走っていないタイミングで道路を駆けていた。今は車通りはないが、いつ車が来るかわからない。此処がゾーンならば、車の心配などする必要はないが、現実だというなら、轢き殺されてしまう。
「アカンッ……動かれへん!」
なんとか抜け出そうと努力はしてみるもびくともしない。
「そりゃあそうよ。欲しいものを手放すわけがないじゃない」
「っ!? なんで、お前がおるんや」
「……! 宮城先生はどーしたよォ」
蛇ヶ原を嵌めたのは、デジルだった。三つの谷高校の体育館で宮城先生に足止めを受けていたはずのデジルは悠々と二人の前に姿を見せた。その奇妙な恰好はところどころ裂けている。無傷で戻って来られなかったようで仮面が半分欠けている。
デジルは、辟易したように肩を竦めた。
「突然斧を振り回してくるから、少し怪我したわ。時間が経てば治ると言っても痛覚がないわけじゃないのよ。それにあたし、欲しいものは手に入れないと気が済まない性分なのよ」
「強欲の吸魂鬼、デジル」
「ふふっ正解っ。あなたの欲しいものはナァニ? 魂と引き換えよ。あの子のようにわたしに魂を差し出しなさい。そうすれば、他の子たちに手出しはしないし、仲間も引き上げさせてあげるっ」
宮城先生は、学校にすべての吸魂鬼を離脱させて近づかないことを条件にその命を差し出したのだという。それはデジルにとっても願ってもない事だった。
宮城先生の空想は斧を通して容赦無用で振り下ろされる。殺されるのは時間の問題だったのだ。簡単に死ぬわけにはいかない。デジルは蛇ヶ原の魂を欲していた。
かつて逃した魂を手に入れる為に奔走していた。吸魂鬼狩りをしていて、生き残っていれば、いつか出会えるだろうと信じてデジルは深くは追いかけることはしなかった。けれど今の状態では、蛇ヶ原が他の吸魂鬼に奪われてしまうのも時間の問題だった。
宮城先生の魂を奪い。学校中の吸魂鬼に命令して撤退した。デジルはその後、蛇ヶ原を追い求めてやってきた。
「バーテンダーちゃんだったかしら? 魂をくれるって言うなら、僕ちゃんを見逃してあげる」
「……!」
「なに言うとる。ふざけたこと抜かすな!」
動けな事を良い事に人質に取る卑怯なやり方に蛇ヶ原は怒りを見せる。自分が生き残る為に誰かを犠牲にするなんて冗談じゃない。
「サト先、聞く耳持たんでください! こないな奴、言うたところで見逃したりせん!」
「約束は守るわよ。実際、学校には近づいていないじゃない」
「近づいてないだけで下校中の生徒を襲わないって約束はしてないってかァ?」
「そこまでは言われていないわ。バーテンダーちゃん、どうするのかしら?」
「オレと賭けしようぜ。それで決める」
「自分の命をサイコロで決めんといて!」
まさか佐藤先生は自身の空想でデジルと相対するつもりかと驚愕する。
「任せとけって、これでも伊達に吸魂鬼狩り名乗ってねえよォ」
それでどうするのか尋ねると、デジルは運が良ければ、どちらも手に入れられると思いその条件を呑んだ。二つのサイコロが転がる。
互いにぶつかり合い、弾かれる。地面に跳ねる。
「奇は、優。偶は、劣に。その命を賭けようか」
条件の枷が佐藤先生とデジルに課せられる。誰の介入も許されない。
一発逆転の大勝負。勝ては、一時の平和。負ければ、永久敗北。
(やるっきゃねえってことよな!)
佐藤先生は、生徒を護るために全てを賭ける。
サイコロが地面に落ちて、落ち着きを取り戻す。サイコロの穴から光を放ち二人を包み込んだ。
「バーテンダー!?」
二人が光に包まれてすぐに蛇ヶ原の拘束していた土は崩れて自由になるが、佐藤先生は戻って来ない。賭けに負けてしまったのか。結果が分からないことが一番恐怖を与える。
「嘘やろ。サト先、どこ行ったんや」
光が消失すると佐藤先生とデジルは消えていた。その場に残るのは佐藤先生の空想で使っていたサイコロ。どんな条件を与えたのか。
「サト先! おふざけ終いや! はよ出てきてや」
佐藤先生は来なかった。現れなかった。サイコロの出目は、偶数のぞろ目『4』合計値『8』で佐藤先生の負け。しかし結果が出る前に佐藤先生が条件を強引に変えたのだ。そして、問題が生じた。
「死んだかもね」
「! ……先輩?」
トンっと空から降りてきたのは、新形だった。赤の双眸に相も変わらず美しい容姿を持つその人は、人の姿をしていながら空を飛んでいた。
「一部始終見てたよ。バーテンダーは負けた。だけど、素直に負けたらあんたが死ぬ。その瞬間、負けが確定する前に空想を瞬時に作り替えた。強制終了」
「どこに行ったんや」
「わかんない。そこまでわかれば、私は吸血鬼じゃなくて、神様にでもなってるよ」
「……っ」
「止めに来たんでしょう? 私と、ジョンをさ」
「それは知っとるんか」
「まあ、さっきまで先生のところにうちの部員が来てたからね。ある程度は耳に届くって言うか、耳につくって言うか」
「耳につく。みんな、先輩さんの心配しとるん気づいとるやろ。なんで戻って来んのや。このままじゃあ通行料を取り戻すなんて出来ひん!」
「取り戻してあげるよ。ちょうど中心が近いからね」
嘆きの川が現実に出現したら、大きな亀裂を生み出して人々が川に落ちてしまう。谷として、完成してしまえば、誰も吸魂鬼の出現は止められない。通行料を取り戻すどころの話ではない。
「先輩さんはなにを考えとるんです」
「通行料を取り戻す。それ以外にある?」
「ナナさんは?」
「さあ? どこにいるんだろうね。私も探してるんだけどさ。見つからないんだよねぇ。どこに隠してるのかな。折角、吸魂鬼だって言うんだから先生の手を煩わせずに済むと思ったのになぁ」
「どうして、ナナさんを探しとるんや」
「ジョンがいれば、吸魂鬼として片方から谷を作ってもらうんだよ」