第114話 Who are me
佐藤先生と蛇ヶ原が彼を見つける事が出来れば、すぐにでもゾーン越えでもなんでもして離脱する。死ぬ気はない。生き残る気しかない。
やる時はやると信じて、蛇ヶ原は佐藤先生を連れて彼を探すことにした。堂々巡りで何も進まないのなら少しでも前進するべきだ。
佐藤先生の空想でサイコロを煙幕代わりにして離脱を図る。サイコロが奇数を示し、爆発すると白い煙が吹き出し周囲の視界を不安定にさせる。
「絶対に生きて学校さんに帰る」
「いいよー」
通り過ぎる蛇ヶ原が言うのを短く頷いた。
大楽は、白い煙が晴れる前に弦の切れたギターを拾い上げて制服のポケットから新しい弦を出して取り換える。数回の調整を終えた後、「よーし」と抑揚のない軽い調子でイノセントを見る。
「俺のワンマンライブ!」
ジャーンっと激しく掻き鳴らした。するとその音波が煙を晴らした。視界が良好になるとイノセントが地面を蹴り大楽に一直線に飛び込んでくる。それは想定済みである。イノセントは考えることをしない。一辺倒なのだ。
脳筋で、ナイフで刺せば反応する、という典型的な子ども。ナイフは当たらなければ問題ない。
「ほらー、見てるから出てきたら~? グラータ」
大楽は風を切るイノセントのナイフを回避しながら虚空に言う。先ほどの雷は、グラータのものだろう。佐藤先生の車の中である程度の仮面の吸魂鬼の事を聞いている。今まで集められてきた仮面の吸魂鬼の情報を糧に回避方法を模索する。
「ぎゃっ!」
いくら呼びかけてもグラータは現れない。高みの見物をしているのだろう。消耗しきっているところに奇襲を仕掛けて来る。
ならば、こちらから出向くだけだと大楽はイノセントの仮面を踏みつけて高く跳ねる。
「俺、耳が良いんだぁ~。だから、聞こえる。……人間以外の音」
吸魂鬼が放つ音。仮面の奥で蠢くその音を大楽は聞こえている。
紫色の瞳が薄くなった世界を見る。
「ナナに全部を視る力があるなら、俺には全部を聴く力があるんだよね~」
音という音、聴きたいもの、聞きたくないもの。全ての音が聞こえる。騒音が聞こえる、雑音が満ちる世の中で生きづらさを感じながら受け入れる。その音を謳歌する。
自身の腕の中にある存在を証明する空想。音が邪魔ならば、かき消せばいい。
音波の力で全ての雑音を払いのける。激しく轟くギターの音がいまだに湧き上がる吸魂鬼を抹殺していく。重く苦しい感情の渦の中でひと際大きな音を奏でる。
正直、同級生が吸魂鬼であるのは気づいていた。羽人と共に教室にやってきた学生は、頭部があって、人間の姿なのに、音が無かった。人間にはある音が無かった。無音だった。違和感はすぐに感じていた。騒音ひしめく学校で彼は静かだった。
だから、吸魂鬼であると気づけたし、なおかつ半分は人間なのだと気づいた。
監視はしていない。監視をしなくても聞こえて来る。
綿毛最中が彼と話をしていたことも、彼がどういう経緯で三つの谷学校にいることも、全て知っていた。知りたくないことまで知っている。
体育祭で、何もない彼が滑稽にも応援団として切磋琢磨していた。まるで普通の人間のように。テスト期間中に汗を溢れさせて答案と睨めっこ。友だちと楽しそうにしている。夏休みに会った。剣道の家で様子を見ていた。はじめて話をした。普通だった。よくいる人間のようだった。
羽人が襲われて心を痛めるように泣いて、悔しそうで、響いた。叫び声が響いた。耳に木霊する。
彼が吸魂鬼と話をしていても、別に止める気なんて無かった。裏切ると思っていたから、でも彼はその素振りを見せなかった。だから……報告しなかった。
『大楽君って本当にギター上手だよね。羨ましいな、僕、小学校のリコーダーも吹けなくて』
『練習するー?』
『えっいやいや! 僕は良いよ。大楽君の聴いてる。あ、あの聴いてても良いかな?』
『……! いいよ~、コレ俺向きなんだよね~』
ふっと息を吐いて、音を響かせた。此処は現実世界。
それでも通行人は、民間人は気づかない。まるで自分たちが幽霊にでもなったように見えていない。見えていないのなら好きにさせてくれ。ジャンと音を立てる。
煩いと騒音扱いされている音は、誰の耳に届かない。楽園の空間。それがゾーン。
手を伸ばした。自分の意思で手を伸ばした。かつての夢を忘れてまで縋りつく先は何もない灰色の世界。
「ウルサイ!」
彼はきっと覚えていないだろう。彼にとってはきっと些細な事で問題のないことだ。
吸魂鬼がこの音を騒音扱いする。邪魔する。けれど、吸魂鬼である彼は邪魔をしなかった。隣に寄り添ってくれた。だから、一度言いたいのだ。
『ありがとう』
怠惰で人間の嫌な部分しか聴こえない。けれど無音の彼の傍は心地よくて、みんなが彼を求めるのを何となく理解できる気がした。
『蝶さん、なんか今日元気ええな? なんかええことあったんか?』
『うん、あったよ。嬉しい事』
『そら良かったな』
友だちではないし、ただの同級生。たまたま同じ教室に身を置いているだけでそれ以上の関係ではない。それでも大楽は興味がある。
「その煩い音の中に良いものを見つけなよ。その方が人生楽しいよ」
最高のライブをしよう。
彼に聞こえるように、蛇ヶ原に聞こえるように……そして、大楽に生きる道を示してくれた人に聴こえるように最高のライブをしよう。
「魂の歌」
チューニングされたギターが音波を広げる。耳に届く重圧の感じる音。
人間の感情に引き寄せられて湧いて出てきた吸魂鬼が大楽の音に掻き消される。
「ウルサイウルサイウルサイ!! 説教スルナァ!!」
イノセントの絶叫。
大楽の音がイノセントには、自身を責める音に聞こえるのだ。無邪気に遊びたいだけなのに咎められる音。鬱陶しいうんざりだ。煩い黙れ。黙らせる。
その叫びと共に音波に似た衝撃が大楽を襲う。身体が吹き飛ばされないように足に力を入れる。まともに動けない中、落雷が大楽を襲う。大楽を狙われずにわざと民間人を襲う。ナイフが飛びギターで叩き落して、弦を力強く弾いてイノセントを吹き飛ばす。
これ以上、民間人を巻き込むと至る所から文句が来そうだと場所を変える。イノセントは音波から起き上がりその場を離れる大楽を追いかけて来る。空中を浮遊するため、瞬く間に距離を縮めていく。
「逃ゲルナ!」
その声が狂気に変わる。無邪気さなどどこにもない。
ナイフ投げの的となった大楽は「怖いな」と呟きながらナイフを避けていく。
大楽はナイフを回避しながら器用にもスマホをタプタプと操作し始める。
『ミュージックメディア』のアプリを起動させて音量を最大にする。耳を劈くばかりの前奏が流れる。スマホを媒体に大楽は音波の空想を発動する。
さすがに煩かったために表情を歪めたが、すぐにスマホを地面に置いて、走り出した。音楽を響かせているとイノセントが「ウルサーイ!!」とスマホに向かった。音波を発するものを所構わず破壊する。画面を叩き割ろうとした直前にギターを弾いてイノセントを壁に叩きつけた。
「痛イ! モウヤダ! ダレモ遊ンデクレナイ! ツマンナイ!」
耳鳴りが止まないのだ。煩い止めてと呟いた。フードに覆われた頭部を押さえて蹲る。大きな音をイノセントは嫌っている。相性が悪い。
未だに音楽が鳴り響いている。イノセントは怪我の回復に時間を有していた。その間に近づいてその仮面を取った。顔はない。空洞がそこにある。泣いているふりをして涙なんて流れない。
「隙アリ!」
「ッ!?」
近づいてきた大楽に向かって好機と見たのかナイフが振るわれる。退避が遅れ頬を深く斬られた。だらりと垂れる血に大楽は舌打ちをする。
「音楽ダイキライ。ゼンブ、コワレロ! ソシテ、モットアソブ!」
「救いようのないほどの情緒不安定さ」
ギターを構えて、勢いよく奏でる。音波が広がるがイノセントは真っすぐ向かって来る。ナイフが突きつけられる。
「ならもう手加減とかしてあげなーい」