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第113話 Who are me

 暁たちが谷嵜先生たちを探している一方で佐藤先生と蛇ヶ原、大楽は彼を探していた。佐藤先生のサングラス越しに見える千切れてしまうほどに細い糸を辿るように歩みを進めていると頭上から殺気を感じて、佐藤先生は二人の首根っこを掴み後ろに下がらせた。二人がいた場所には奇妙な形をしたナイフが地面に突き刺さっている。


「こーわっ」

「なんやねん。闇討ちは卑怯やぞ!」

「そうじゃないだろォ」


 なんて言いながら佐藤先生はそのナイフに覚えがあった。仮面の吸魂鬼、イノセントが生み出しているナイフだ。


「アソンデクレルニンゲン! ミツケタ!」


 想定していた通り子ども特有の甲高い声が聞こえて来る。頭上でふわりとローブをはためかせるイノセントが降りてきた。


「アー! シッテルニンゲンイタ! バーテンダー! シッテル! マタアソンデクレルンダヨネ? ネ?」

「知り合いかいな、バーテンダー」

「羽人の件で、病院にいた。そん時に奇襲しかけられた」


 その時の傷はまだ残っている。初動で一撃を受けているため、身体の動きが鈍っている。あとは空想で回避は出来ていても、吸魂鬼狩りとしての活動は日々難しくなっていると感じていたが、ここでイノセントを倒せば呪いは消えてくれるはずだと考察していた。


 戦闘態勢を取る佐藤先生と蛇ヶ原を見て、大楽は「それじゃ」と呟いた。


「俺、戦闘向きじゃないから、あとよろしく~」

「一番戦闘向きやないのはサト先やろ。蝶さんもやるんよ」

「うげぇ~」


 心底戦うなんて向いていないと文句を言いながらギターに触れて、一度大きく弾いた。ジャーンっと音波を広げるとイノセントは耳を塞いだ。


「ウルサーイナァ!」


 イノセントはローブの内側からナイフを十数と生み出して大楽に放つが、ギターを構えて動かない大楽の前に黒い蛇が飛び出してくる。ナイフと同じ数の蛇がナイフに突き刺さり消滅する。


「何てことすんねん。自分の蛇さんないなったやろ」

「ごめーん。すぐに終わらせたかったんだぁ~。やっぱ俺弱いから無理だった」


 イノセントを音波で消し飛ばすことが出来るかと大楽は挑戦してみたが相手を挑発しただけで終えてしまい。挙句の果てには攻撃を仕掛けられても、防ぐ手段を持たない大楽を蛇ヶ原の影蛇の空想で護る羽目になる。せっかく影から顕現してきた蛇も大楽を護ることで地面に戻ってしまう。

 何度も出現出来るからと言って無限の体力と言うわけではないのだと突っ込む。


「ボーイズ、調子乗んなよ。呪いを受けるぞォ」


 いつも通りの飄々とした態度の大楽と蛇ヶ原の会話に佐藤先生は少しでもナイフで傷つけられてしまえば、呪いを受ける事を伝える。


「なにそれ、こわっ」

「ほな、手ぇ抜いてられませんな」

「ウレシイナァ。アソンデクレルヒト、タクサーン!」


 嬉々と喜びを体で表すイノセントは、ここが現実であっても仮面の吸魂鬼は存在で来ている違和感を口にすることはなかった。


「ヘイ、仮面ガール。この状況に違和感もたねえのかよォ!」

「イワカン? スゴクタノシイヨ?」

「考える事放棄してるのかよ」


 佐藤先生は吸魂鬼との対話など無駄であることを思い出した。

 何をしても、言っても相手は動じない。稚拙な知能を持っているのなら、対話を試みることは無駄の極みだ。

 ならば、もう話は早いとサイコロを手に乗せる。


「無邪気の吸魂鬼、イノセント。もう勝ち逃げはさせねえからなァ」

「サト先こわーい」


 蛇ヶ原が蛇を影から出して、イノセントを拘束する。音波で動きを鈍らせる。サイコロがイノセントの時間を左右するが、イノセントは嬉々と通行人にナイフが突き刺した。ローブの中から雨のようにナイフが飛び出してくる。


 ナイフが刺さってしまう通行人は、ドサリと倒れる。何事もなかったはずのその人が突然倒れてしまえば、周囲は騒然として野次馬が集まる。

 突然倒れたと騒動が起こる。口々に何事かと話し声が聞こえる。


 そして、蛇ヶ原は不意に通行人とぶつかりそうになり、身を護る態勢になるとぶつかることなく、すり抜けてしまった。触れられるはずなのに相手の考えていることがわかってしまう。


「なっ!?」


『んだよ、社畜の心臓発作?』

『動画動画! これ、投稿したらバズるんじゃね?』

『誰か救急車呼んであげなよ』

『人混み邪魔』


 人間の業がひしめき合っている。感情がぶつかり合い、誰もが倒れた人たちを相手にしない。イノセントは、通行人に気を向けたりしない。


「自分ら、いつの間にゾーンにおったんや」


 蛇ヶ原は戸惑う。此処は現実だ。ゲートに入っていない。それなのに、通行人に触れられない。その心を聴くことが出来てしまう。聞きたくない人の声が、濁流のごとく押し寄せて来る。


「たぶんだけどさぁ~、校長言ってたじゃん~。ゾーンに近づいてるって、それが俺たちには、先に適応されてる感じ? なんじゃね?」


 通行料を支払ったゾーンに触れた者たち。吸魂鬼が見えて、現実に存在できている。きっと意図して話をするだけならば、相手は対話してくれるだろう。気づかなければ存在しない。赤の他人。


「……難易度爆上がりじゃね?」


 吸魂鬼は現実の人間に危害を加えることが出来て、なおかつ姿が見えないのだ。問答無用で吸魂のキスが出来てしまう。嘆きの川が出現しようがしまいが、今の状態は余りにも危険を極めている。


「ボーイズ! 被害を最小限!」

「ほらー、俺向きじゃない」

「アホ言うとらんで蝶さん、頑張りや」

「なら俺、そっちの子の相手するー」


 通行人を気にして戦うくらいならば、蛇ヶ原が通行人を護ってくれと大楽は言う。ギターを抱え直して力強く音を響かせた。


 空想で生み出されたギターの音が不愉快だとイノセントは、ナイフを投げるだけではなく手で持ち振るってくる。大楽との距離を詰めてギターを破壊しようと動く。それほどまでに騒音が気に入らないようだ。大楽は地面をタンタンッと軽い調子で跳ねて、イノセントの攻撃を回避する。


「モー! ハヤクササッテヨー!」

「やーだっ」


 似た者同士である。ギターの裏面でナイフを受けた後、蹴りを入れるとローブの内側からナイフが飛んでくる。

 ナイフが四方八方へと飛んでくるのを佐藤先生と蛇ヶ原があの手この手と通行人を護っている。


「アホ! 周り気にしてや!」


 蛇ヶ原の蛇がナイフと共に消滅する。佐藤先生のサイコロがナイフの軌道を変えて地面に突き刺す。蛇ヶ原の声も聞き入れられない。寧ろ楽しそうに身を動かしている。まるで踊っているようだ。


「はぁ……飽きた~」


 暫くその攻防戦が繰り広げられたが、前触れもなく大楽が言うとギターの弦をわざと切った。不協和音を奏でる。弦はイノセントに絡める。


「俺の空想は、音波。動いたら音波が直接身体に響いて爆散するかもしれないから気を付けて~」


 物騒なことを言う大楽にイノセントは命のやり取りをしている感覚に「タノシイ!」と興奮気味に言うとどこからともなくと吸魂鬼が湧いて出て来る。


 イノセントが吸魂鬼を呼び寄せているのだ。そして、現実では人々が不安や興奮と言った感情が溢れて、余計に吸魂鬼が触発されて出現している。


「まずっ……!」


 蛇ヶ原が民間人を護る為に蛇を生み出す。イノセントを大楽に任せても蛇ヶ原は吸魂鬼の相手をするが次から次へと湧いて出て来る。佐藤先生のサイコロが運よくも連続で奇数が出て来る。ぞろ目が出ない所為で形勢を大逆転とはいかない。


「サト先! サイコロちょーだい!」


 イノセントを拘束している間に佐藤先生の空想であるサイコロを借りる。

 地面に放り出されたサイコロを横から掻っ攫う。


「何する気だよォ」

「ちょーっと面白いこと~」


 大楽はにぃと狡猾そうな笑みを浮かべてサイコロを空に抛る。


「偶は優に、奇は劣に……俺の音を賭けよう。ダイスロール!」


 それは佐藤先生の空想を使うときに掛け声を真似たものだった。

 二つのサイコロがクルクル空中で翻弄される。地面を跳ねるサイコロ。出た目は、二つとも黒い点が三つ『3』だ。単体で奇数。けれど、二つ揃ってぞろ目、偶数が出た直後、サイコロが波紋を広げた。波紋に触れた吸魂鬼が塵となり消滅していく。


 音波の空想。大楽が発する音。大楽が関係しているものが音を立てる。その音波によって吸魂鬼を追い払う。

 戦闘向きではない。陽動などで使えるかもしれないが、戦闘向きというには無理がある。本人が言うように音波では相手を痺れさせることくらいしかできないだろう。けれど、もしも大楽がその気になれば、その波紋は人体にすら影響を及ぼす脅威の力になるだろう。


「蝶さん、それ出来るんやったら初めからせえや!」

「わー、入間に怒られた~」


 吸魂鬼が塵になったその芸当は、いつもサボっている大楽がしているなんて驚愕以外の何物でもない。蛇ヶ原はそれが出来たのなら今までの任務も簡単に終えていただろうと怒りを覚えてしまうほどだ。


「誰かの空想アイテムがないと出来ないんだって~」


 誰かの空想を借りて、上乗せすることで空想力を増幅させる。佐藤先生の空想が一番やり易かったからサイコロを借りて疑似的に空想を発動した。


「ナァニソレェ。オモシロクナイ! 面白クナイヨ!!」


 イノセントが大量の吸魂鬼が消えたことに拒絶反応を起こす。目の前で呆気なく消えた同胞たちへの怒りではない。一方的に蹂躙されることが詰まらない。常に同等で、常に上位であるべきなのだと無邪気に言う。

拘束から強引に抜け出そうとするがギターの弦であるためになかなか抜け出せない。それどころか、余計きつくなりイノセントの身体が真っ二つになるのも時間の問題だ。


 刹那、大楽の頭上にバチバチと火花が散った。その事にいち早く気がついた大楽は一歩後ろに下がると落雷が起こる。快晴で雷なんて起こるわけがない。この異常気象を起こすのは、吸魂鬼以外にあり得ないだろう。

 雷に気を取られているとイノセントは弦から抜け出していた。一度自身の身体を真っ二つにした後、再生されてしまう。


「蜥蜴の尻尾みたいなことするじゃん」


 大楽は面倒な声色で呟いた。邪魔されて上に獲物は逃げられてしまった。

 この長丁場では、いくら時間をかけても彼のもとへたどり着けない。


「ねぇ~、入間ぁ~」

「なんですの?」

「此処さ、俺に任せて二人でナナを見つけに行くってどーよ?」

「出来るんか?」

「なぁんか、全部面倒になってきたからさ。ナナを見つけて、ばーっと終わらせちゃおうよ」


 吸魂鬼を前にして平然と言うが本当に面倒になってきた。彼と会うだけなのにこれほど面倒ならば、谷嵜先生たちを探す方に回ればもっと楽に終えたのではと思うが、後の祭りである。


「泣き言言わないから、ここ……俺に任せてみない?」

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