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第112話 Who are me

 今の状態を自分たちが引き起こした。正確に言えば、吸魂鬼狩りの慢心。通行料を奪われ過ぎて、多くが嘆き悲しむ。それその物が嘆きの川を触発しているのだと谷嵜先生は言う。


「嘆きの川の出現は、必須事項だ。一度出現させ、通行料を全て奪取する。干乾びさせてリセットする」

「被害を増やすだけじゃないですか!」

「それを望んだのはほかでもないお前らだろ? 一切の代償なしに取り戻せると本気で思っていたわけでもねえだろ。自分以外は構わないとどこかで感じなかったか? どうして自分だと人生を呪わなかったとは言わせない」

「っ……それは、……ですが今は! 俺たちのしていることに間違いなんて」

「間違いもなにも、意味がないことをしていた。問題なんて発生しようもない」


 調査だって意味がない吸魂鬼から避けていたのに、通行料を取り戻す術などあるわけがない。今まで気づかないフリをしていた。今の環境に甘えていた。いつか誰かがと思わずにはいられない。吸血鬼部でなくても構わないのだ。誰もでも良い。

 そうして、時間を無駄に消費していく。


「まともに通行料を取り戻すつもりだったのは、新形とジョンくらいなもんだ。だからあいつらは白昼夢が使える。暁、お前がいくら訓練しようとお前じゃあ代わりにはなれないんだよ」

「……ッ」


 暁は言葉を失った。誰かの代わりにもなれない。誰にもなれない。誰でもない。必要とされていない。頭の中で渦を巻く。消えてしまう。希薄になる。消えたくない。生きていたい。存在したい。認めて欲しい。悔しい。妬ましい。


「信仰者に随分と口ぶりね。必要がなくなれば捨てるんだ」

「信仰者なのはお前だろ。綿毛」


 動揺している暁を浅草がいる後ろに押し退けて聞いていられないと綿毛が前に出る。その扇子は戦闘態勢を取っている。


「規則を破ってまでゾーンに入り、サブハウスを家ごと追放された。両親は路頭に迷い、家庭崩壊。恩知らずなのはお前だろ?」

「そうね。私たち家族がいま普通に生活できているのは、校長のお陰よ。けど、絶対の貴男のお陰じゃない」


 床を蹴って扇子を振り上げた。強い打撃を与えて気絶でもしてもらおうと仕掛ける。……が。


「はあ、それがクラス一の優秀者の手か? 付け焼き刃が過ぎるな」


 簡単に手首を取られてしまった。微動だにできずに谷嵜先生は残念そうに言うが、その瞳は同情の余地がなく、冷ややかだ。そのまま綿毛の腹部を蹴り上げた。


「がっ!」


 ドサリと床に倒れ伏す。


「最中!」


 浅草が焦りの声を出す。


「一朝一夕で、顧問である俺を出し抜けると思ったのか? 綿毛」

「ッ……」

「ジョンの千里眼があれば、お前の戦力は変わっていただろう。だが、あいつもテレパシーの類は使えない。口頭でしか伝えられない以上、その策も相手の手の打ちだ。綿毛じゃ俺の速さには付いてこられないよ」

「随分と、自信があるみたいね。そんなに、自分を、自慢したいなら、とっとと殺せばいいじゃない。もう、何も感じていないんだから」


 吸魂鬼として完成しているのならば、谷嵜先生の言葉に意味などない。今までの記憶をもとに語っているに過ぎない、だからこそ完全に手を知られている。


「生徒に暴行した体罰教師。退職理由はそれで十分だな」


 また邪魔されるのは面倒だと谷嵜先生は三人を動けなくさせる為に動いた。その手には銃が握られていた。近くにいた綿毛に向かって躊躇なく引き金を引いた。


「綿毛さん!」

「最中っ……」

「安心しろ。実弾じゃない」


 ぐったりとする綿毛に浅草は絶句して口を押えた。呼吸すら苦しくなるほどの光景。


「確かに現実世界だって言うのに空想が使える。今ではゾーンの方が、俺にとって居心地が良いんだろうな」

「……! なんてことを」

「そうなると予想していなかったのが悪いだろ? どうして、素直に俺たちが頷くと思っていた? 俺たちがやらなくとも、気づいた誰かがしていただろ? 誰に迷惑をかけたとしても通行料を取り戻す。その意気込みで行動しているバカが一人いるはずだ」

「ジョン君は、そんなこと絶対にしない」

「そうだな。否定のしようがない。慈愛の吸魂鬼ノアは、誰もを愛する博愛者だ」

「え……慈愛の、吸魂鬼?」


 綿毛がいったい何の話をしているんだと名前を復唱する。頭を混乱で埋め尽くしている間に発砲すると綿毛は膝をついて倒れてしまう。


「それがジョン・ドゥ、ナナと呼ばれた男の本来の姿だ。暁、お前がアイツを吸魂鬼と出したその日から、決まっていたことだ」


 巡り巡って彼は吸血鬼部に来た。来る運命だったと言ってもいいだろう。親友がいる所に行きたかった。だが、その記憶はない。欠落して、ただの学生と成り下がってしまった。


「ジョンは、この世界で言うところのバグだ。本来なら前世の記憶を持って巡って来るがあいつの生い立ちは特殊だった」


 慈愛のノアは、谷嵜先生の通行料となった。吸魂鬼が人間の通行料。そのバグが世界に付着した。消える事のないバグ。消えてもまた戻って来る。何もかも滅茶苦茶になり、破損した。


「暁、お前は何も間違っていなかったよ。新形の意思を振り切ってでもジョンを始末するべきだった。放置するべきだった」

「そんなの」

「ああ、もうできないだろ? 親友を失うことになる」


 心を通わせた。心を理解してくれた。痛みを分かち合ってくれた。衝突してくれた。言葉を交わした。嫌っていた相手が一切の悪気もなく、そこにいる事が嬉しかった。

 今はもう彼を突き放すなんてことは出来ない。


「まあ、こうなると予想していなかった時点でお前の落ち度だよ」


 銃口がを暁に向けて発砲した。

 しかし、銃弾が暁の目の前で停止する。


「出来ないなら出来るまでやる。練習で出来ないことは本番でも出来ない。貴方の教えです」


 暁は撃たれる前に自身に結界を張った。谷嵜先生の空想を受けないように壁を築いた。そして、浅草にも付与して護る。暁は周囲に結晶を浮遊させる。


「谷嵜先生は、俺の空想を熟知していらっしゃる。きっと俺じゃあ貴方を倒すことは出来ないでしょう」


「でも」と暁は確信的笑みを浮かべた。ニィっと無邪気な笑み。悪戯っ子のような小憎らしい笑み。


「もしも貴方の知らない所で成長を遂げている方がいたらどうですか?」


 その言葉と同時に谷嵜先生の背後に影が迫る。影に気づき弾かれるように振り返れば、その手に水の球体を持って振り上げていた浅草がいた。


「ばしゃーん」


 やる気が抜けるような声と共に谷嵜先生に水玉が投げられる。髪が濡れる。それだけだと思うわけもなく谷嵜先生は警戒を強めると身体が重くなっていく。立っていられなくなり膝を着いた。


「筋弛緩薬でも混ぜたのか」

「びみょー」

「そうかい」


 浅草は、暁に結界を張ってもらったと同時に水鏡で自身を暁の近くにいると見せて、水の中を泳ぎ谷嵜先生の背後を取った。


「浅草、お前泳げるようになったんだな」

「ういうい」


 夏休みの旅行期間に人知れず泳ぐことをしてみたのだ。不思議なほどに身体に合っていた。燈火にはまだ言えていないが、もしかしたら本当に水泳を楽しいと感じていたのではないかと思い始めてきていた。

 もしも通行料を取り戻したらどうなるのか。それが楽しみで仕方ないのだ。心にぽっかり空いた虚無を解消できる。そして燈火の気持ちを思い出せる。


 全てが解決した後に友だちとなった新形がいないなんて考えられなかった。

 谷嵜先生を追いかけている新形を押さえるのも、生徒会室で雑務を手伝わされることも、浅草製薬会社の娘であることを知っていながら、そんな事を眼中にないとばかりに使いっ走り、何もかも新しい感覚だった。ちやほやされることは当たり前で、当然で辟易していたが、そんな事をしない吸血鬼部が好きだ。

 それが今、無くなろうとしているのなら浅草は止めたい。


「部長殿は、どこにいらっしゃられるのですか」

「ほぉ、お前。普通に話せるのか」


 指も痙攣して動けなくなる。いつの間に訓練したのか。許可なくゾーン内に侵入をするとは思えない。夏休み期間中になにかあったのは明白だが、それでも見ていたはずだった。


「谷嵜先生、俺たちは自主練をするんですよ。規定を護っていれば、学校敷地内で空想の強化に努める事が許されています」

「コソ錬! ね! 最中」


 そう言われて谷嵜先生はハッとする。先ほど空想を打ち込んだはずの綿毛の姿がどこにもない。身体が動かない谷嵜先生の首元に扇子が突き付けられていた。

 下手に動けば首が傷ついてしまう。もっとも学生である暁たちが人を傷つけることは道徳精神によって出来ないだろう。


「そうですよ。柳先輩はすごく優秀ですから、私にも懇切丁寧に空想を教えてくれました。新形先輩とナナしか見てなかったのが落ち度」


 言うと谷嵜先生はふっと自嘲気味に笑った。


「お前ら、勝ち誇ってるみたいだけど、新形を見つけなくていいのか?」

「どこにいるのですか?」

「さあな、俺の手を離れた」

「離れた?」

「あいつはあいつで、何か狙いがあったんだろ。吸血鬼のままどっかに消えた。空腹の衝動を抑える為か、何か別の目的か」

「放置しているの」

「逃げ足は俺より速いからな」


 動けないことで観念したのか。そのまま座り込んだ。


「佐藤先生に連絡をしてきます」


 そう言って暁は事務所を後にする。

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