第111話 Who are me
三つの谷の中心部に到着して、佐藤先生は、暁たちに谷嵜先生たちの居場所を告げてから、サイコロを抛って『彼を見つけ出す』瞳を付与するために空想を発動させた。サイコロは無事に奇数がでて、彼の居場所を見つける為に目を授かるはずだった。
「……なっ!」
「どーしたのぉ~?」
「ジョンが見つからねえぜ」
サングラス越しに見えるそれは、人探しの空想を条件を付与したが見つからない。
サイコロの数は間違っていない。成功しているが、どう言うわけか彼を指し示すことをしない。
「ジョン……死んでるかもしれねえよ」
「っ!? それ、どう言うことよ」
綿毛が目を見開き驚愕する。佐藤先生に向かい訴える。
彼が死んでいるかもしれないなんて冗談でも言うなと言いたげに棘のある言葉が向けられるが、佐藤先生も冗談で言っているわけではない。少ないと言え、可能性は確かにあるのだ。
「俺の空想が動かねえこともあんだよ。その一つに、対象の奴が死んでたらだ。廃人になっても見つけられる。けどな、死んでたら見つけられねえんだよォ」
生きている者を探す前提で条件を課した。彼が死んでいるのならば、空想は発動しても道を示すことはないのだ。
「……ジョン」
浅草が俯くのを一瞥して暁は提案する。
「ならば、話は早いです。部長たちを探します。どうしますか? 一緒に探しますか?」
「いや、もしも死んどるんやったら死体さんがどこかにあるかもしれへん。自分はそれを探しますわ。佐藤先生、死体を見つけるなら同じ原理で出来るはずやろ?」
止める為に探すのではなく、本当に死んでいるのか確認する。誰の目にも止まらずに死んでいるなんて悲しい。ゾーンの中では死ぬことは日常で、当たり前のことだが、その当たり前を享受したくはない。
友だちを探しに行くのだと蛇ヶ原が言うと佐藤先生は「予定は変わらねえなァ」と地面に転がるサイコロを拾い上げて、今度は死んでいることを想定して空想を発動した。そうすることがどれだけ辛い事か、死んでいるとわかっていてわざわざ探しに行くなんて本来はしない。その姿を見たくない。けれど、見なければならない。確かめなければならない。
佐藤先生は空想の付与を完了させて、二手に分かれる。
谷嵜先生たちを探しに駆け出した吸血鬼部は三つの谷の中心部から十五分ほど離れた路地裏をまずは見つけろと佐藤先生に教えられていた。
二本目、三本目のビルの前を通り、四本目と五本目のビルの間にそれはあるのだと教えられた。
室外機で狭さを強調させる路地に三人は入る。路地の突き当りに錆びれた扉があり、そこがかつて谷嵜先生が吸魂鬼狩りとして活動していた事務所への扉であると佐藤先生にあらかたの特徴を教えられている。
「そう言えば、綿毛さんはどうしてこちらに?」
「どう言う意味?」
「いえ、貴方の事ですから、ジョン君を連れ戻すのかと思いました」
「うい、同!」
暁と浅草は、吸血鬼部の顧問と部長、そして友人として連れ戻すつもりだが、綿毛にとって吸血鬼部で過ごした時間など短く思い入れもないだろうと不思議だった。
「私って根に持つの。好き勝手に言われたから、私の方からもあの人に好きかって言ってやろうと思って」
「本当に根に持っていますね」
まだハウスへの信仰心が残っていた頃は、嫌味ばかり言われていた。お陰でストレスを貯蓄していたが、その腹癒せが出来るチャンスが到来したのだと嬉々と向かう所存だ。
「それに、ナナのしてることを別に非難する気もないし……信じてるから」
「ワォ! グッド!」
浅草が親指を立てて微笑んでいた。
「まあ、向こうは佐藤先生もいます。吸魂鬼がいると言うのが些か気になるところではありますが、こちらが済んだら向かってみましょう」
「そう簡単に終わればいいのだけどね」
やる気を削ぐようで申し訳ないけど、と綿毛は路地の突き当りに行きついた。
なにもかも情報通りであり、錆びれた堅牢な鉄扉が待ち構えていた。施錠の類は見られない為、ドアノブを捻るだけで良いだろう。
「うっ……汚い」
「ただの錆びじゃないですか」
用務員の性なのか、暁が単純に潔癖症なだけなのか。扉を前にすると眉間にしわを寄せて触れる事を拒絶する。
「錆びにどれだけの雑菌があるか知らないんですか?」
「知ってるけど……はあ、私が開くんで、ちょっとそこ退けてください」
人がすれ違うには狭いが何とか立場を入れ替えて、綿毛はドアノブを捻った。案の定、施錠はされていないようでギィと軋む音が聞こえる。
中は扉に比べて小綺麗だった。マホガニーのような床に仕切りの向こうには簡易ベッドがある。奥行きがあり、左手奥には、建物の上へと上がる為の階段がある。
「おぉ~」
浅草はその小綺麗さに意外性を見出しており感心の声が漏れる。あの風貌で事務所がこれだとは違和感が尽きない。
仕切りが幾つかあり、対談するためのテーブルとソファがセットで飾られている。下手な家具や、雰囲気を良くするための観葉植物の類はなく、殺伐とはしている。だがそれが谷嵜先生が使っていた事務所と聞けば納得も行く。
各テーブルには二個三個とオブジェが置かれている。飾られているわけではなく誰かが置いて帰ったものと印象を受ける。陶器で出来たトラ型のオブジェや、丸い水晶玉のようなオブジェ。躍動感あふれる魚のオブジェとテーブルに置かれている。
かつての旧校舎も本来は、簡易長テーブルと簡易椅子しかなくソファは勿論、棚もホワイトボードもなかったのだ。殺風景で面白味もない。それらに物が増えたのも暁が加入してひと月経過したくらいだ。
基本調査と帰還、ブリーフィングの往復だけに使われる部室をもっと華やかに、鮮やかにしたいと新形が言い出したのだ。
ゾーンから帰ってきても色がほぼない部室など帰って来た気がしないと文句を垂れ、その足でカモノ校長に直談判、部費の使用を許可してもらい中古屋でソファを購入したのだ。以来そのソファは谷嵜先生の仮眠用として使われることが、ほとんどであるが、それでも物が増えたのは、後にも先にも新形の鶴の一声だろう。
暁が懐古していると「お前ら、どうして」と聴き慣れた声がした。そちらを見れば、谷嵜先生が階段から降りてきていた。
「先生! カモノ校長から伝言を、いますぐ嘆きの川の出現をやめてください」
暁はカモノ校長の推測を口にした。そして今現在、現実世界で起こっていることを告げる。
現実がゾーンに近づいていること、嘆きの川に関わる事で現実に嘆きの川が浮上している。
「佐藤はどうした?」
「佐藤先生は、ジョン君を見つけに他の班と行きました」
「そうか。お前らだけか」
「……?」
浅草が首を傾げて言葉の意味を理解しようとした直後、綿毛が動いた。
「貴男、もう何も感じていないでしょう」
浅草を護るように立ち、その手に扇子を構えて谷嵜先生を睨みつける。
「新形先輩はどこ、もう吸血鬼にでもしたの」
「準備は終わってる。お前らが来なかったら、すぐにでも中央に行くつもりだった」
「セーフ」
「違います、柳先輩」
なんとか間に合ったのだと安堵の息を吐いている浅草を否定する。
「吸魂鬼になったの……人間が」
「お前ら、校長から何も聞いてこなかったのか? 嘆きの川の発現条件を」
ただ阻止しろと言われただけで行動する。思慮が浅いことに谷嵜先生はため息を吐いた。
「現実世界に吸血鬼、ゾーンに吸魂鬼。谷の中心に双方に強力なエネルギーを流し込む」
埋め立てられた谷の奥底に蠢く亡者を刺激する。それだけで亡者は現実世界を思い出し、水位を上げて川が復活するだろう。地割れが起こり現実世界に嘆きの川が出現する。
「そんなことをして、どれだけの人が危険になると思っているんですか!?」
「他人の心配か? お前らしくないな。規則や原則を遵守して、他人のことなんてお構いなしだった奴が、誰の影響だ」
「誰の影響でもあんたのやって事が普通じゃないことくらい分かる」
暁の嘆きも虚しく消えて、谷嵜先生は嘲笑するように言う。
それが気に入らないと綿毛は「悪いけど」と続ける。
「会った時から、気に入らなかったの。絶対に信じられなかった」
「恩知らずも此処まで来ると笑えて来るな。誰のお陰でゾーンから出られたと思ってるんだ。他の奴らもそうだ。ゾーンから出る為に俺が通行料を肩代わりしなければ、他に奪われていた。感謝はされても咎められることはないだろ? つーか、そもそもお前らが引き起こしたことだって気づけよ」