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第11話 Who are me

 彼が初日を終えた日の夜。

 谷嵜先生は、新形と暁が書いた報告書を眺めていた。彼はまだ報告書を書き終えてない為、三日後まで待つつもりでいた。他の二人は、当日提出で、新しい記憶のままで報告書に書き綴られている。


『バラの吸魂鬼』という文字を集中的に目で文字を追う。


「ヤア! 谷嵜クン!」

「っ……校長。なんですか」


 仄暗い教員室。青白いパソコンの灯りだけで報告書を眺めていた谷嵜先生は茶色い物体の出現に少し肩を上げて驚く。人間ではないその生物。カモノハシは、小さな前足をひょいと持ち上げて挨拶をする。


「新入リクンノ調子ハドウダイ?」

「どうもこうも。まだ体験授業みたいなもんですよ。使えなければ、幽霊部員として旧校舎には近づかせない。知りすぎるのも問題ですし」


 パサリと報告書を置いて椅子を横に回して、座っている谷嵜先生よりも遥かに背の低いカモノ校長を見下ろす。

 カモノ校長が教員室に来た理由が、彼であることに気づき、緊張も和らぐ。やましいことは何もないが、上司というだけで緊張してしまうのは仕方ないことだった。

 もっとも上司が動物というこの不思議においては、この高校の特殊性に慣れるしかない。


「彼ハ新形クンガ拾ッテキタンダッタネ」

「はい。俺が貴方に気絶させられている間に」

「アハハハ! ナニヲ言ウノカナ! ボクハ、キミノ身ヲ案ジテイルダケサ!」

「……はあ、兎も角、通行料がまだはっきりとしていない点を除けば、他と変わらない生徒ですよ」

「トイッテモ、キミハ、釈然トシテイナインダヨネ?」

「幾つかの特殊例を除き、通常はゾーンに入る際と出る際の二度に亘る通行料が発生する。ジョン・ドゥに関しては、一つ確認済みの通行料が見当たらない。両親は既に他界して親戚のもとで暮らしていますが、親戚との仲が悪いと言うわけでもない」

「今回モ特殊ナ例ダッタ。ソレダケノコトサ」

「そう何度も特殊が続いたら、特殊って言葉をこの世から消すべきでしょう。どれだけ特殊の大安売りしてるんですか」


 谷嵜先生はくだらないと一蹴する。

 特別だとか、特殊だとか、そう言った異質を容認してしまえば、この世のほとんどを特別視する羽目になる。何か基準を定めなければ人は事あるごとに異常性を見出して混乱しようとする。


「効率化を図るなら、ジョン・ドゥの空想を確固たるものにするべきです。このまま調査を続ける上で空想未所持でいられるほど、うちは甘くない」

「空想ハソノ人ノ想イヲ形ニシテイルンダヨ。強制スルコトハデキナイ」

「出来なくてもやるしかない。自分だけ出来ないじゃあ、話にならないんですよ」


 暁からの報告書には、『新入生の空想の発生は未確認』と書かれている。

 彼は、空想に興味を持ちながら吸魂鬼から与えられた恐怖によって空想の発動が出来なかった。

 空想を発現させるように伝えていなかったため、興味を持っても彼自身が「空想を使ってみたい」と思い暁や新形に伝えていなければそこに行きつかないだろう。現段階において、暁と彼はそりが合わない。吸魂鬼を敵視している暁と平和主義な彼で、今は水と油だ。


「何ハトモアレ、無理ノナイヨウニ頼ムヨ」

「わかってます」


 話は終わったと谷嵜先生は再び二人の生徒が書いた報告書に視線を向けようとした時だった。


「トコロデ、新形クント、ソノ後、ドウダイ?」

「は?」

「入学式ニネ。キミニ手ヲ出サレナイ為ニ牽制シテイタンダヨ! ソレハモウ清々シイホドニネ」

「……はあ、あのバカは」


 髪を掻いて心底面倒くさそうな顔をする。谷嵜先生に向ける異常なまでの好意に辟易している。


「別にどうもないですが。いち生徒としては見ています。それ以上の事は何もないと言っているはずですが」

「ソウナノ? ボクトシテハ、オ似合イノ二人ダト思ウケドネ」

「カモノハシと恋愛観は同じではないと言うことですね」


「もういいですか? 仕事が残ってるので」と強引に切り上げて報告書に専念する。報告書を見終えたら、カモノ校長に提出する。


「アア、ソウダ。新入生ノ中ニ、知ル者ガイルヨ」

「わかっています。綿毛最中。彼女は暁家系の人間でしょう。サブハウスとか言うごちゃごちゃした連中の一人。他の生徒がいる前でゾーンの件を言い出してきました。空気が読めない点においては、サブハウスにしてもお粗末が過ぎます。おおかた、吸血鬼部を嫉んだ結果、あのような強硬手段に出たんでしょう。放っておいても問題はない。暁のように規則を重んじているなら、単独でゾーンに入る事もない。虚言癖があると少しクラスワークにおいて、勝手に過ごしづらくしているだけです」

「ソレヲ改善スルノモ担任デアル、キミノ務メダヨ」

「わかってますよ。それ、去年も言われました」

「女ノ子ニ現ヲ抜かして」

「抜かしてません」


 卓上時計を見ると十時を指している。谷嵜先生は報告書を通勤鞄であるショルダーバッグにまとめて押し込む。


「アレ。モウ帰ルノ?」

「何時だと思っているんですか。帰りますよ」

「タマニハ、ボクト話デモ」

「十分したでしょう。寂しければ旧校舎で話し相手になってくれる奴がいる」

「ソレモソウダネ! ソレジャア、マタ明日!」



 ――――



 三つの谷高校に入学して一週間が経過した。


『おはよう、ナナ君』

「あ、おはよう。羽人君」


 クラスに馴染んだかと言われたら、まだ手探りで彼は何度も名前で挫けそうになる。

 C組では、席が決まっていない為、生徒は思い思いの場所に座る。唯一決まっているのは剣道が前列中央と言うくらいだ。元気に「おはよ!!」と挨拶をしてくるため、教室に入るのに勇気など必要ないほどに簡単に踏み込むことが出来る。剣道の挨拶で一日が始まると言ってもいい。


「ロク! ナナ! 部活決めたか! 俺はな、野球か弓道かサッカーかバドミントンか陸上か書道かバスケかゲー部か登山か自転車か演劇か調理か吹奏楽かテニスか卓球か空手か新体操か水泳か写真か――……」

「待って待って! それってつまり、部活全部で迷ってるって事だよね?」


 剣道は嬉々と彼と羽人の前に現れるとマシンガントークを広げる。必死に手を出して言葉を止めると「いやぁ! どれも良い部活だよな! 参加する前から熱くなっちまうぜ!!」と熱血少年さながらに言う。


『部活は絶対じゃなかったはず』

「だけど、やらないよりやった方が良いだろ? くぅ! 何にしても今から楽しみでたまらないぜ!!」


 うぉお! と雄叫びを上げる熱い剣道に彼は苦笑する。


「男子熱すぎぃ。やめてよぉ。ネイル剥げちゃうじゃん」

「そ、れ、な」


 窓際を定位置にしている女子が二人、こちらを見て笑う。


 はじめに話をしたのが、出席番号五番、佐治千尋さぢ ちづる。ウェーブのかかった金髪をしており、初日にクマのぬいぐるみを爪につけていた女子生徒だ。爪に強い執着があるようで、いつも爪に何か塗っているか、爪やすりをして綺麗にしている。

 この学校が校則に厳しければ、入学拒否されるほどには、誰よりも派手だ。


 その後ろの席に座っているのは、片言とも言えない独特な話し方をする。

 出席番号十番、苗詩神楽なわし かぐら。真っ黒な髪は佐治と対照的ともいえる。


「あ、さ、か、ら、ねっ、ちゅう、しょう」

「やだー! ねえ、ちゅうしようってさー!」


 キャハキャハと笑う佐治に苗詩は不快に思うことなく「いっ、ちゃ、た」と悪ノリする。


「えー、なに? 俺とチューしたいのぉ? してあげよっか?」


 女子の会話に割って入って来る男子生徒、出席番号十三番。真嶋絢斗まじま けんと。栗色の髪に、両耳には三つのピアスが付けられており、「穴を開けるなんて一瞬っしょ? ほら」と教室にピアッサーを持ち込み、ぶちっと自分の耳に穴を開けて流血沙汰を一番初めに起こして谷嵜先生の鬼の形相と共に保健室へ強制連行された生徒だ。


「はぁ? キモッ。来ないでくれる~」

「つれないなぁ、佐治ちゃん。苗詩ちゃんは? 俺とチューしよ?」

「む、り。か、え、れ」

「そんなに誰かとちゅうしたいなら、鏡で自分としてろ」

「ど、う、か、ん」

「俺としても、可愛い反応見れないじゃんかぁ」

「キモッ」

「に、ど、め」


 佐治と苗詩はいつも二人がでいるが、真嶋はいたりいなかったりだ。

 三人の話は、既に剣道や彼の事を忘れて、興味は別に移り「これ可愛いでしょう」と爪に夢中になっている。


 剣道は「で!」と彼と羽人に話を戻す。


『もし入るなら書道に入りたい。文字を綺麗に書いてみたい。墨の匂い、結構好き。ナナは?』

「え、えーっと」


(吸血鬼部にいるから、他の部活なんて僕には両立できないから帰宅部って言いたいけど、もしも放課後に会ったら困るし)


 どうしたらいいのかと彼は言い淀むと部活に悩んでいると勘違いした剣道は腕を組みうんうんと頷いて言う。


「わかる! わかるぜ! これだけ多くの部活があると悩むよな!! いっそ一緒に見学しようぜ!」

「いやいや! 見学しても入部しなかったら拍子抜けさせちゃうし、僕は遠慮するよ」

「大丈夫、大丈夫!」

「なにが大丈夫だ。時間過ぎてんだよ。とっとと席座れ」


 剣道の言葉は全否定する声に肩をびくりと振るわせて振り返れば、教壇に立つ谷嵜先生がいた。剣道は「おはよう! 先生!」と的外れなことを言うが「はい、おはよ」と律儀に返す。剣道が席につき、静寂するのを待ち。話す事が出来るタイミングで谷嵜先生は口を開く。


「今日の連絡事項は特にねえな。んじゃ終わり」

「相変わらず短すぎて受ける!」

「そ、れ、な。ほ、か、な、い?」

「ない。ほら、授業の準備して待機してろ」


 出席を取る事もなく教室を見回すだけで終わらせる。空席がないのなら、出席を取る必要もない。彼の名前は誰も言えない為、出席を取るなんて谷嵜先生も面倒だと判断した結果だろう。もしくは、谷嵜先生の性格が出席確認をしないか。


 谷嵜先生は出席簿に何かを記入して、教室を立ち去る。担当教師が来るまでの僅か三分足らずの時間で各々の準備をする。


(えっと確か国語だったよね)


 彼は前回の授業の続きを復習する。ノートに書かれた自分の文字を見ていると明かりが遮られた。それでなくとも日当たりの悪い教室なのだから、照明が遮られてしまえば、ノートを見ることは叶わない。


「え……あっ。綿毛さん」


 彼の席の真横に綿毛が立っていた。彼は戸惑いながら彼女の名前を呼ぶと、不機嫌な表情をさせたまま綿毛は「廊下に出て」と腕を掴まれる。


「え、えっ……!」


 ガタリと椅子が音を立てる。綿毛が立っていることでクラス中の視線を独占している。


「やっぱり告白じゃんか!!」


 剣道は嬉々と茶化すように言うと真嶋がひゅーっと口笛を吹いた。この一週間でクラスの流れを理解した生徒たちは、綿毛の奇行も気にしなくなっていた。

 そして、彼がその奇行に巻き込まれていることに知っている。クラス内では何も不思議ではないが彼はそうではなかった。掴まれた腕は、引っ張られて廊下に連れ出された。


 教室の外で留まらず、引っ張られる腕は離れることなく、廊下の突き当りまで連れていかれる。


「あ、あの! 綿毛さんっ……僕に何の用なの」

「なぜ、まだ吸血鬼部を続けているの」

「えっ」

「私は以前、退部しなさいと言ったでしょう?」

「……ごめん、あのそれって今言わないといけないこと、なのかな?」

「なんですって」

「皆勤賞を狙っているわけじゃないけど、こうやって授業の合間に強引に引っ張られて、平気な人っていないと思うんだ。僕も余りいい気はしない。わ、綿毛さんと話がしたくないわけじゃなくてね。放課後とか、お昼休みじゃダメだったの?」


 教師を待っている間に教室を出て、教師が来てしまえば、欠席扱いで戻っても意味がない。綿毛のしていることは、人に迷惑をかける行為であり、自分勝手なことだ。


「吸血鬼部が気に入らないなら、顧問に言うべきだし、僕が入学したばかりで、何も知らないからって好き勝手に責め立てるのは少し違うんじゃないかな? 何も知らないって君はよく知ってるはずだよね?」

「言っても理解しないから、理解するであろう貴方に言ったのに……もう毒されているのね」

「毒されてるって……」


 何か知っているかもしれない綿毛に何も知らない彼が口出しする事は出来ないのだろう。


「谷嵜黒美。あの男を信用してはいけない」

「……! どうして、そう言い切れるの?」

「通行料を取り戻すという口約束で縛り、貴男の空想を利用しようとしている」

「そんなの証拠がない。それに僕、まだ空想を使いこなせてないし、持ってない」


 報告書を制作するのにかなり手間取ってしまい。この一週間、調査が出来ていない。常に不機嫌をまき散らす暁に耐えながら用紙と向かっていたのだ。


「証拠? なら、なぜ未だに吸血鬼部に幽霊部員がいるんですか? 少し考えればわかること。通行料などと言う目に見えないものに縛り付けて、吸魂鬼へ復讐するために使っているに過ぎない。自身の空想が役に立たないものであるなら、教え子を利用する」


 部長である新形が、暁よりもゾーンと関わって日が長いと言っていた。今日まで新形の通行料は取り返せていない。新形の通行料が何なのかはわかっていないが、谷嵜先生は、新形と暁の通行料を取り戻すために吸血鬼部を立ち上げた。カモノ校長もその協力は惜しまない。

 大人たちが互いに協力し合っているのに、未熟な自分たちが足を引っ張るようではいけない。


「そんなに疑うなら、決定的証拠を見つけてみたらどう?」

「……決定的な証拠?」

「物的証拠がないと信じない。僕は吸血鬼部の先輩たちに助けてもらった。綿毛さんがどこに所属していてもいいけど、僕にとって吸血鬼部が全てだから、僕は早く取り戻したい。その為に吸血鬼部に居続ける。綿毛さんもいけない所を僕に教えてよ。吸血鬼部の何がいけないのか」


 彼の言葉に綿毛は奥歯を噛みしめた。

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