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第108話 Who are me

 吸血鬼部が動き出す中、新形は、谷嵜先生が個人で活動していた際の事務所に来ていた。

 新形十虎が置いていった雑貨がテーブルに放置されている。棚に飾るわけでも、捨てるわけでもない。置かれたまま放置されていたが、不思議なことに埃はかぶっていなかった。

 谷嵜先生が手入れをしてくれていたのか。それとも佐藤先生が立ち寄って触れていたのか。

 新形は、目を伏せて雑貨の一つ、トラのオブジェを手に取る。


(コレみたいに、手入れをしたら元通りってわけにはいかないよね)


 全てを元通りにはいかないかもしれない。それでも限りなく近い状態になら戻せる。戻さなければならないのだ。限りなく近づけて、もう遠ざけてはいけない。


「もう少しで元通りかな」

「本当にそれがお前の願いなのか?」


 自身の事務所に戻ってきた谷嵜先生が新形十虎の姿をした花咲零に尋ねる。


 新形の肉体は花咲を拒み続けている。何年も身体は拒否反応を起こしている所為で身体は思うように動けない。いくら空想で身体の形状を変えても、本来の姿、新形十虎に戻ったら意識がどこかに飛んで行ってしまう錯覚に陥る。


 吸血鬼になる事は、当然躊躇はある。狼狽える。恐怖と焦燥。それでも、また元通りになるのなら動くしかないのだと言い聞かせる。言い聞かせた。

 儀式なんて仰々しいものではない。ただ一度死ぬだけだ。また死ぬだけだ。


「すまん」

「謝るなら全部終わってからにしてよね」


 花咲は、最後のときまで新形として演じ続けるのだ。

 切なげな笑みを浮かべる。笑うしかできなかった。


 谷嵜先生は、その手に銃の形を変えた。谷嵜先生の空想。形状変形可能の武器。

 銀色の刃を作り出す。それはまるで目の前の少女が使う空想の様だ。


「あーあ、どーせならキスとか、首噛むとかしてくれた方が、ときめいちゃうんだけどなぁ~」

「こっちの方が手っ取り早い」

「もう! ロマンも欠片もない!」

「やるぞ」

「ハァイ」


 しかたないなと新形は谷嵜先生に向かう。切っ先がこちらに向かう。


「吸血鬼になるの、もっと森の中の洋館とかドラマチックなところかと思った」


 月明りの下でダンスをしながらその最中に首筋に牙が迫るのも物語ではよくある展開だ。此処は、現代社会でそんな幻想生物は、間引かれていった。そうしてこの世界に吸血鬼はいない。

 もっとも日本に吸血鬼は存在しない。海外ならばまた変わっていただろう。


(私が殺す前に殺されるなんてね)


 銀色の刃が新形の胸を穿つ。赤い双眸が新形を見る。吸血鬼の赤い瞳。ずっと隠し持っていた色。倒れてしまわないように抱きとめる。


「ジョンから、先生の写真もらったんだ。ちゃんと映ってた」

「そうか」

「昔ちゃんと人間だったんだって安心したよ」


 心臓に容赦なく冷たい刃が触れる。

 必死に言葉を紡ぐ、死なないように、この世に意識を繋ぎ止める。けれど死ななければならないのだ。もっと死ぬとは違うのだろう。刃から伝わる冷たい気配。生きているとは思えない冷気を新形は身に受ける。


「十虎も、先生もちゃんと人間に戻すから、見ててよ」

「そんなことしなくていいよ。俺の事は気にするな」

「へへっ、気にするよ。だって、十虎の初恋の人だもん。大事にしてあげないとね」

「まずは君が自分を大切にしなさいね。俺が言う権利はないだろうけど」


「寝てても大丈夫だよ」と言えば、新形は静かに瞼を下ろした。

 胸に広がる赤の染みは、時間を巻き戻すように消えていく。



 谷嵜先生は、眠る新形を革のソファに横にさせた。目が覚めるまで時間がかかる。その間、向かいにあるソファに腰かけて時間を潰す。まるで死んでいるかのように眠る新形を見る。


 四年ほど前だろうか。谷嵜と彼女たちが出会ったのは、新形十虎が塾の帰りに吸魂鬼に襲われそうになっていたのをゾーン越しに助けたのがきっかけだ。新形は霊感が強く、そう言う類のものが視えていた。


『はじめて、助けてもらいました! ありがとう! お兄さん!』


 恨まれることはあっても感謝されることなどほぼなかった。その時はまだ感情の欠落もなかった。誰かの通行料を肩代わりすることもなかったから、彼女の真っすぐな感情がむず痒く反応に困った。

 新形が何度も面倒に巻き込まれるのと陰ながら護る日々が続いていた。正直、誰かの陰謀と思うほどに吸魂鬼を寄せ付けていた。もう金銭を目的としないなら依頼など受けずとも吸魂鬼狩りをするだけならば、彼女の傍にいるだけでいいのだ。


『お前、いい加減にしろよ』

『いい加減にって、酷いですねー。これでも本当に困ってるんですよ?』

『嘘つけ』


 知り合って一週間後、谷嵜が公園で休憩していると新形は見たことのない女子学生を連れてきた。それが花咲零だった。人見知りなのか、こちらを新形の背中から睨むように視ていた。その表情は誰にでも向けられたもので少しだけ安心した。新形だけが異常だと気づいた。彼女の周りにはまだ正常な判断が出来る子がいたのだと安堵する。


『この子が私の親友の花咲零ちゃんでーす!! 零、この人が……えーっと、お兄さん、名前、なんだっけ?』

『知らないの?』

『教えてくれないから』

『……』

『おい、待て。今、通報しようとか考えたんじゃないだろうな?』

『……!』


 花咲は表情に出やすい子だった。警戒している。安心している。その温度差は器用なもので、谷嵜にとっても友人と似た気配を感じていた。もっともその友人は、口八丁手八丁で喧しいが、花咲はそう言った面倒なところを省いた感じだと二人のやり取りを見ていた。


『あの子は、俺が護るだから、心配しないでくれ』


 そう口にしてたのは、街中で花咲と遭遇した時だった。その日は、偶然にも新形は塾で先に帰宅したらしく花咲だけが一人で下校していた。

 きっと新形から聞いているだろうと谷嵜は言った。悪い奴に狙われやすいけど、自分が護る。


『……十虎は、簡単に騙されるから、貴方みたいな人でも許しちゃう。けど、私は十虎に何かあったら絶対に許さないから』

『ああ、わかった』


 彼女たちの普通の生活、学生生活を護りたい。その先を邪魔されたくない。それは誰にでもそうだ。ゾーンを知っていながらゾーンに触れないように必死に生きていた新形をこれ以上巻き込んではいけないと吸魂鬼を退けていった。

 けれど、四六時中一緒にいられるわけもない。彼女たちの登下校の時間を少しだけ把握したくらいで、様子を見に行くだけ、そして、狙われているのを退治するが、運は味方してくれなかった。


 事件が起こった。大袈裟なことじゃない。よくあることだ。警戒する対象を見誤った。


 新形十虎へ劣等感を抱く花咲零の存在を失念していたのだ。


 感情に敏感な吸魂鬼が花咲を無視するわけがなかった。新形を狙っている吸魂鬼はわかりやすい。けれど、心の奥底に隠し持った感情は、隠すのが上手ならば、上手なほど脅威な吸魂鬼を引き寄せてしまう。


 何度も彼女たちに会い、勝手に事務所に入り浸る日もあり、日が沈んで暗くなる前に帰らせたくとも帰らなかった場合は、駅前まで送る。そんな他愛無いというのか、社会的に死ぬかもしれない危機感を抱きながらも、彼女たちの相手をした。

 新形は当然のこと、何度も顔を合わせてしまえば、花咲もこちらに慣れて敵意を向けることはなくなっていた。


 そんな日がいつまでも続くことはなかった。

 再び会ったのは、花咲零が、新形十虎の姿になった後だった。

 その場に立ち尽くすことしかできなかった。護ると言っておきながら護れなかった。助けられなかった。また谷嵜はその手から簡単に手放してしまった。


 気が動転している花咲を落ち着かせるのには時間が掛かった。花咲零の存在は希薄となり、両親から忘れ去られていた。兄弟がいるが、既に実家を出ているようで何処に住んでいるかもわかっていない。

 自暴自棄になって、命を絶とうとしていたのを何度も止めた。新形の肉体さえ残っていれば、魂を見つけ出すことで新形を助けられると希望を与えた。生きる意味が無ければ、花咲は自身を責め続ける。


 その時に、奇妙な生物と邂逅を果たした。日本にいるはずのない生き物。カモノハシだ。その生物は、すべてを知っていた。人間と同等の知能を持ちながら、ヒトの目を避けて生きている。そんな中で子どもたちを教育する教育者をしているというのだから奇妙なものだ。


『君ノ事ハアル程度知ッテイルツモリダヨ。谷嵜黒美君。ソレデドウカナ? 彼女ヲウチニ入学サセテ、勉学ニ励ミツツ、ゾーンノ調査ヲ名目トシテ通行料ヲ取リ戻ス術ヲ見ツケルト言ウノハ』


 渡りに船だったが、怪しいことこの上なかったが此処で疑ったところで意味がない。姿を見せたことがこのカモノハシにとっては一番危険なのだから、どこかの研究施設にでも売られてしまう恐れもある。


 谷嵜黒美が、谷嵜先生になった。


 花咲は、新形を装った。家がある。帰る場所がある。けれど、現実は甘くない。新形が背負っていたものを知り、また絶望する。幸せなんてどこにもなかったのだ。

 その努力を意味もなく妬んだ。賞賛される功績を全て横から奪った。


『新形十虎です! 将来は、新任である谷嵜先生の妻なので! 好きになるとか禁止だよ!』


 花咲は、新形に成りすました。カモノ校長からも、そう言う風に装うことで周囲に溶け込めるはずだと提案されたのだ。完璧なまでに似ていた。短い期間しか見ていなかったが、それでも似ていると思うほどに花咲は、新形その物だった。

 それくらい恋焦がれて、欲して憧れていたのだ。


 教師となって、まだ部活と言う概念もなく、放課後一人でゾーンの調査をしているとハウス出身の男子生徒がゾーンの中で迷子になっているところに遭遇した。それが暁隠だった。


 そして、気づいたら吸血鬼部なんて名前になって、いつの間にか人が増えていた。

 危険は多かったけれど、命に関わるほどではなかった。慢心していた。ゾーンに巻き込まれた人たちの為に通行料を出来る限り肩代わりをし続けると、感情が欠落していった。

 何の為にしているのか。何を目的でしているのか。親友を、妻を。どちらも自分にとって大切な者だったはずなのに、何も感じない。通行料の価値が薄れていくのは知っていたけれど、その進行が余りにも早かった。


「君のお陰で俺は、俺であり続けることが出来る。ありがとね」


 吸血鬼へと形を変えようとする少女へ言葉を送る。

 自分の通行料の大切さも思い出せないのに、吸魂鬼と対峙する理由がどこにあると自問自答を繰り返す度に、自分の為ではなく、彼女たちの為にと自分を戒めてきた。


 彼女たちの時間を元通りにするまでは諦めるわけにはいかない。

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