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第105話 Who are me

「オキテヨォ」


 幼い少女の声が聞こえた。ハッと我に返る。

 旧校舎前ではなかった。バニティに触れた直後彼は意識を失ったらしい。

 その場所には、仮面の吸魂鬼が勢揃いしていた。彼の上にイノセントが乗り、彼の肺を圧迫していた。イノセントを横にずらして、周囲を見ると吸魂鬼たちが集まっていた。見たことが無い人たちばかりだというのに、知っているような気がした。

 バニティが見せた景色と同じようにかつて吸魂鬼だった頃を思い出しかけているのだろうか。ノアとの接触で触発された可能性もある。知らないはずの呼び名と思しき言葉が脳内に浮上するのだ。


「こ、ここは?」

「都心部にあるビルでしょうか? 使われていないので始祖様が住むことを許してくださったんです」


 すぐ傍にバニティがいた。イノセントを彼から離して、椅子に座らせると大人しくする。

 彼はやっと周囲を見回すことが出来た。壁や天井、カーテンまでもが黒い。ゾーン内であろうその場所は色彩を限りなく削られている。都心部のビル内と言っても、カーテンの隙間から見える窓の外は夜景も見えなければ、果てしない闇が続いている。


「おいおい、ゾーンに美しい夜景があるとでも思ってんのかぁ?」

「! ……ジュード」


 仮面の吸魂鬼が勢揃いしているのだからジュードがいるのも当然なのだが、彼はつい身体が強張ってしまう。

 かつてバニティが見せたような景色ではない。これは現実なのだと実感する。肌を刺すような殺気に一歩後退りする。そして、彼は数時間前に吸血鬼部としてジュードと会っている。緊張しない方がどうかしている。


「ジュード。余り怯えさせてはいけませんよ」

「おいおいおい、俺様にビビってんのかぁ? いつから慈愛は軟な野郎になっちまったんだぁ?」

「余計に怖がっちゃうじゃない。あたしに任せて。ほぉらっ、あなたの欲しいものは何かしら? あたしに任せて、なんだって生み出してあげる」


 本物の道化師のような容姿をしている女性のような声色をする吸魂鬼がポンポンッと掌から飴玉を飛び出させる。「ワー! ホシイー!」とイノセントが飴玉を求めた。


 ピンクと白の仮面に右目が「ハート」左目が「星」のマークをする。

『無邪気の吸魂鬼、イノセント』


 青の仮面に両目が「×」のマークをする。

『虚飾の吸魂鬼、バニティ』


 黄色い仮面に「星」のマークをする。

『強欲の吸魂鬼、デジル』


 赤い仮面に口をへの字にさせて、泣いた表情をする。

『憤怒の吸魂鬼、グラータ』


 白の仮面に自信ありげな笑みを浮かべている。

『傲慢の吸魂鬼、ジュード』


 そして、『慈愛の吸魂鬼、ノア』がその場に揃っている。


「まさか、このガキがノアなんて……アイツも趣味が悪いわね」


 グラータが彼を見て不機嫌そうに呟いた。子供が嫌いなグラータにとって来世が子どもなんて冗談では済まされないのだろう。グラータもまた吸血鬼部と対峙していたのだ。彼の鬱陶しさは身に染みている。千里眼の空想を持ちながら吸魂鬼などよく言えたものだと不機嫌な声色は隠しもしない。


「スキ! カオガチカクナッタカラ!」


 イノセントがずいっとまた顔を近づけた。まるで小学生のような行動に彼は戸惑う。


「けど、アンタ。まだ吸血鬼なんでしょう? どうして此処にいるのよ」


 グラータが尋ねる。彼はまだ前世の罪を赦されていない。それなのに、吸魂鬼たちの前に現れることが、どう言うことなのか理解しているのかとその手に雷の球体を生み出して言う。バニティと違って仮面の吸魂鬼は彼と親しくする気などないのだ。

 裏切り者は排除する。当然の事である。情状酌量の余地もなく一度の裏切りは幾重にも繰り返すものだ。懐いているように見えるイノセントでさえ、そのローブの内側にはナイフを隠し持っていた。


「皆様は、嘆きの川というのをご存じでしょうか?」

「知ってるわよ? お父様がいるところよね?」

「ええ、私たちがどれだけ探しても見つけられない。同胞たちに頼んでも見つけられなかった。挙句の果てに吸魂鬼狩りの方たちがその事に気づき、我先にと捜索を開始していますが、結果は不良」

「だから?」

「慈愛の吸魂鬼、ノア。かつては確かに我々を裏切り始祖様の手を煩わせました。しかし、ノアのお陰で嘆きの川を見つける手段が出来ました」

「ドーヤッテ?」

「吸血鬼と吸魂鬼。我々が鍵だったのです」

「はっ! どんなファンタジーよ。そんな都合が良い事あるわけないじゃない。ただのデマよ。デマ」


 グラータが吸血鬼なんて存在を赦しはしないと雷の球体を彼に投げつけるとバニティが片手で握り潰した。手を開くと花びらが床に散らばる。

 その光景に舌打ちをしてグラータは黙る。


「人間からすると我々もそのファンタジーの一種ですよ。幻影、亡霊、妄想。ともあれ、彼はまだ半分は吸血鬼です。全てを片付けば、再び吸魂鬼として戻る事が出来る」

「ソウナノ? ウレシイナ! マタアソンデネ!」

「親父殿がそれを赦すのかぁ?」

「赦さなくとも功労者として讃えても問題はないと思いますが」

「あたしは、また家族になれるなら、それでも構わないわよ」


赦してくれる吸魂鬼もいれば、不機嫌なまま赦さない吸魂鬼もいる。それは、まるで本当の人間のような雰囲気だった。吸魂鬼たちは、本当に何も感じていないのか。本当に模倣しているだけなのか。彼はわからなくなってくる。

けれど、同時にこれだけの事が出来るのに人間を目の敵にするのはどうしてなのか。

 きっとそこが問題なのだろうと彼は考えることを放棄した。


「ノア! アノネアノネ!」


 イノセントは彼を「ノア」と呼ぶ。彼はまだその実感はない。亡霊、幻影に言われて、はいそうですか。と頷けるほど彼の理解力はよくない。

 都合の良いように改ざんされた記憶。今まで過ごしてきた記憶が本物ではなく偽物であると言われたら誰だって半狂乱だ。

 けれど、彼は違う。偽物で、五分前に植え付けられたものだとしても、彼は大切にしたいと思う。何より、消えた記憶の中にもノアが確かに大切にしていたものがあるはずだと彼は信じて疑わない。


「でも、私。そいつのお仲間を攻撃してるけど、これからもしちゃうけどいいのかしらぁ~?」

「それは各々お好きなように」

「……ちっ。やっぱり虚飾は詰まらないわ。決まった返事しか返ってこないもの」

「癇に障ったのなら謝罪しますよ?」

「あんた、わざと私を怒らせようとしているのかしら? それなら、あんたも痺れ殺しちゃうわよ」

「わざとなんてとんでもない。心から謝罪しようとしているのに」

「おいおい、心なんざ俺様たちにはねえだろうがぁ」


 吸魂鬼たちの会話は、心がないという割には、感情的で、情熱的で、情緒的だった。それなのに二言目には「心がない」と言うのだ。

 心がないことを義務としているようだった。まるで忘れてしまわないように言い聞かせているようにも聞こえる。


「モォ~! ソンナムズカシイハナシシナイデヨ! ワカンナーイ」

「そうね。大人たちの言っていることなんて、情弱なあたしたちにはわからないわよね~」


 イノセントとデジルは疑問符を浮かび上がらせるとバニティが告げる。


「ならば、簡潔に言います。私は彼と共に嘆きの川を見つけ、始祖様をお呼びします」

「その後は?」

「各々、お好きなように。人間の魂を頂くでも、人間と共存するでもご自由に。勿論、始祖様の意見を仰ぐこともできます。好きなように生きて、素直に消えてください」


 温もりのない言葉に彼は辛くなる。それでも彼は真っすぐを前を向いた。

 これは必要なことなのだと自分に言い聞かせた。



「ノア~! アソボー」


 それからいうもの、嘆きの川を見つける前に彼自身が吸魂鬼、もとい吸血鬼として、簡単に言えば自覚を持つように言われた。人間を襲うのではなく、かつて吸魂鬼だった者たちは、消滅した後、巡り、再びこの世に戻って来る。彼もその現象が起こっているのならば、少なからず人間ではなし得ないことが出来るはずだとバニティは推測した。

 彼がゲートの開き方も知らないと訊けば驚いた声色をしていたのも記憶に新しい。


 そして、どういうわけか、彼はイノセントに好かれていた。吸魂鬼は人間が嫌いなのではないのかと混乱していると、ヒトが選り好みするように、吸魂鬼もまた物好きがいるのだとバニティは説明してくれた。

 特に精神が幼い個体ならば、人間と吸魂鬼の違いなど、生きる国が違う外国人と同じ感覚だと教えてくれた。


「アソボー!」

「え、えっと、イノセントの遊びは怪我するから、嫌だな。もっと安全な遊びにしない? かくれんぼとか、鬼ごっことか、ナイフを使わないやつ」


 イノセントは、顔は見えないが声色が豊かで不機嫌な声や愉快な声が明確にわかる。機嫌が悪くなるとすぐにナイフを出して片付けてしまおうとするのは、イノセントの悪癖だろう。けれど本人は、自分自身を愉しませようと必死だ。何もわからないからこそ、無邪気に知りたくなるし、訊きたくなる。わからないことはわからないし、分かる事は少なくとも困る事もない。


「ヤダヤダー! ソンナノ、ツマンナァイ!」


 ナイフをふわふわと浮き上がらせながら彼を脅している。


「いけませんよ。イノセント、手加減が出来ないでしょう?」

「ブゥ~」


 ふてくされるイノセントを前にバニティが彼を見て「さて、行きましょうか」と彼をどこかへ連れて行く。

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