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第103話 Who are me

「ね? これが谷嵜先生しか知らない私の通行料。暁みたいに信条を以ての後悔じゃない。シンプルで詰まらない。小娘の発狂だよ。自業自得な私の所為で十虎に迷惑をかけた。だから、頑張ってるんだけど……やっぱり、ダメだった」


 新形十虎の人生は過酷だった。新形の部屋は、将来何になってもいいようにと専門書で埋まり、勉強をするように小難しい辞書や問題集が積み重なっていた。その学力は、天性のものではなく努力の賜物で、物覚えがよくないと常々言っていたが、もしもそれが本当なら、新形は血が滲むほど努力してきたのだ。それを否定していた自分の愚かしさに自己嫌悪が強くなるばかりだ。


 花咲が新形へ成り代わった後、新形の両親は、違和感を覚えて気味悪がっていた。


「最近になってね。身体が思うように動かないんだ。精神と肉体は密接な関係にある。だから、この身体は私のじゃない、この精神は持ち主じゃないって互いに反発し合ってる。このまま私が消えたら、この身体は、廃人のように抜け殻になっちゃう。そうなる前に、通行料を取り戻す。少なくとも十虎の魂だけは取り戻さなきゃいけない」

「ダメですよ」

「……?」

「全部です。全部取り戻します」


 彼は真っすぐと新形を見る。


「最低限とか、少なくともとか、そんな基準値を下げないでください。僕は全部を取り戻すつもりで吸血鬼部にいるんです。それなのに、部長である貴方の目標が低いなんてダメだ。誰かが犠牲になるなんて絶対に嫌だ。新形さんだって、今まで頑張ってきたのに、それを無かったことにするなんて僕は絶対に認めない」

「ジョン」

「そりゃあ、僕は名前だけしか取られてないかもしれない。隠君や浅草先輩、綿毛さんと違って、目に見えたもの、信じてきたものじゃない。それでも、貴方だって、苦しんできたじゃないか。それを無かったことにするなんて、それこそ逃げと同じです。絶対に最後まで持って行きます。僕が、引っ張ってでも、また新形さんと花咲さんを合わせてみせます。それに十月は、三年生にとって一番の青春時期じゃないですか」

「え、十月?」

「修学旅行ですよ」

「あっ! そうだった」


 高校生の醍醐味を忘れていた新形は、彼を見る。


「私の方が大人なのにな」

「高校生は、まだ子どもだってお爺ちゃんが言ってました」

「そっか。それなら、そのお爺ちゃんの言葉に甘んじて子どもでいようかな」


 ありがとう。新形は彼に言った。

 気持ちが楽になった。今まで言えなかった。言う必要がなかった。

 彼が現れてから少しずつ変わっている気がした。そして、言う必要がないのについ言ってしまったのだ。彼の純粋さ。誠実さを知って告げた。


「あ、そうだ。ジョンに一つだけ修正」

「? はい」

「私、ちゃんと谷嵜先生のこと、好きだよ」

「え……それって」

「つまりそう言うこと」


 わしゃっと彼の頭を撫でつける。


 いつかひび割れた容器に戻れるように、いつか本当の姿で好きだと一度だけでも伝えられるように、そして、親友に謝るのだと新形と自称する少女は軽い気持ちで、旧校舎に入っていった。


 彼は安堵して一歩踏み込んだ。


『彼女の枷を外したのか』

「っ……!」


 周囲は霧に包まれた。戸惑う彼は白昼夢を使う。ゾーン内で何か仕掛けられているのかと警戒するが何も見えない。


『亡者、亡霊。今の俺の立ち位置はそれだ。生憎と実体を得ることはできなかった』

「だれ」


 その声は何度か聞いたことがある。会ったことがないはずなのに覚えている。


『俺は、ノア。慈愛のノア』

「ノア……! 五十澤乃蒼?」


 吸血鬼となった五十澤乃蒼なのかと彼は尋ねれば「否」と否定された。


『今の俺には、かつての記憶は残されていない。お前が知りたがっていることを教えることは叶わないかもしれないが、俺の知っていることを教えることは出来る』

「さっきの枷を外したって、どう言う意味?」

『あの娘は、囚われていた。いつまでも救われようとしていない。肉親を前にしても、真実を語れなかった。真実を語る前にあの娘の真実を知れば、あの娘は壊れていた。谷嵜黒美では、あの娘を救うことはできない』


 霧は濃くなる。目と鼻の先にあるはずの旧校舎も見えなくなり、暗い霧に覆われる。不気味さに彼は警戒を強める。


『怯えるな。俺はお前の敵じゃない』

「……。どうして僕に声をかけたんですか?」

『お前は俺だからだ』

「それ、どう言う意味ですか」

『俺は、死んだ。それこそ、五十澤乃蒼だった頃の俺は死んだ』


 それは驚くに値しなかった。驚く要素は、ノアが彼だという点だった。


『あの暁家の小僧が言っていただろ。お前は吸魂鬼だと』


 暁と初めて会った時、暁は空想で『吸魂鬼ならば包囲、そうでなければ保護』の結界空想を発動していた。そして、吸魂鬼と出た。


「そんなわけない」

『生まれ変わったんだよ。吸魂鬼は巡る。そして、俺はお前になろうとして、弾かれた。始祖に邪魔された。だから俺はずっとお前を見守る事しかできなかった。お前の周囲の人間を見ているしか出来なかった。それが裏切りの代償なんだろう。甘んじて受け入れはするが、同意するつもりはない』

「どうするつもりですか」

『嘆きの川。それは絶対に表世界に現れてはいけない。誰も幸福にならない。破滅と滅亡が待っている。だから、お前には嘆きの川を潰してほしい』


 バニティが嘆きの川には、吸魂鬼の始まり。始祖もいるのだと言っていた。

 そして、その川を築くことで人間と吸魂鬼の活動変動が起こる。それが吉とでるか、凶と出るか。藪蛇になるか。


「見てたなら、分かるよね? 僕は、他の吸魂鬼とも交流がある」

『ああ、見ていた。バニティ。虚飾の吸魂鬼だ。お前があった仮面をしている吸魂鬼は、それぞれ個を宿してる』


 昼間に襲ってきたグラータは、憤怒の吸魂鬼。花咲を殺そうとしていたジュードは、傲慢の吸魂鬼。悋気は、嫉妬。人間の感情を模した個体。


「ノアが、慈愛」

『そうだ。奴らは人間に与する事はない。己の使命を遂げているだけで、均衡を保ってる。お前にはその均衡を崩してほしい。吸血鬼の小僧と二人で』

「え……吸血鬼? それって」

「俺の事だろ」


 霧の中から新しい声が聞こえた。聞き覚えのある気だるげな声。仄暗い霧の中、振り返れば、面倒くさそうに頭を掻いている谷嵜先生がいた。

 その声は彼にしか聞こえないと思っていた。けれど、谷嵜先生がその一部の会話を聞いていたのだ。


「谷嵜先生、どうして」

「うちに帰るのに、わざわざ裏口から出ることもないだろ。明かりをつけると暁に文句を言われそうだからな、正面から堂々と関係者として出ただけなんだが?」


 捻くれた言葉に彼は「そ、そうですけど」と言葉に迷う。そうではなく、この霧の中でどうやって、彼はまたゾーンの中に捕らわれているのかと思っていたため、谷嵜先生が此処にいる事に驚いていた。


「谷嵜先生には、ノアの声が聞こえるんですか?」

「聞こえるな。聞こえなかったら黙って帰るつもりだった。こんな霧が濃いうちじゃ、帰り道もわかったもんじゃない」

『お前は俺を感じているけど、他の人は俺を感じることは出来ない。しかしお前が誰かと関わることで俺は確かに誰かに認識される』


 彼を通して見ていたように、彼と絆を深めた者ならば、その声を聞き取る事が出来る。繋がりが出来た。


「嘆きの川ね。吸魂鬼狩りが血眼になって探してるものだ」

『並みの吸魂鬼狩りじゃあ到底見つけられない。吸血鬼と吸魂鬼がいなければ、見つけられない。だが生憎と吸魂鬼は人間を手伝うことはしない。出し抜くことは出来る。この小僧が、バニティとそれをしようとしているが、バニティの目的は人間を嘆きの川に落とすことだ』


 落ちた後、人間がどうなるかなど分からない。だからこそ、知りたいのだ。命あるものが、命ないものの住処へと落ちたらどうなるのか。死ぬのか、何も起こらいのか。探求心がある。嘆きの川が大きくなればなるほど、人間が感情に捕らわれれば捕らわれるほどに嘆きの川は大きく増水する。

 いつか人間の目でも見えるようになってしまうだろう。それを阻止するのがノアの使命だという。


『吸血鬼の小僧。お前は失いすぎた』

「説教か」

『忠告だ。これ以上、他者の通行料を肩代わりすれば、取り戻すことができなくなるぞ。それどころか、お前は吸魂鬼になろうとしている』

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