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第101話 Who are me

「十虎君がそこまで執着する理由は、何なのか。黒美君を匿う、その自己犠牲精神はどこから来るのか。気になってしかたなかったよ。君たちは雲隠れが上手だからね。木を隠すなら森の中とはよく言ったものだよね。吸血鬼部って名前をしていれば、まさか本物の吸血鬼がいるとは思わない。思っても初めだけ……誰も気にしなかったのかな。それとも、君がそうやって周囲をかどわかしていたのかな。邪魔なものを一人ひとり消して行って、都合が良いように調整する。ぼくたち以上の悪党じゃないかな。そして、いつかぼくも消されてしまうのかな? 真実を知ってしまった一人として」


 自嘲気味に言えば、「殺さないよ」と谷嵜先生は呟いた。その言葉に眉がぴくりと痙攣する。


「お前を殺すと、お前の妹が煩いからね」

「ぼくの前で、まだ妹のことを騙るんだ。ここがゾーンなら空想が暴走して、刺し違えても殺してしまったところだよ」


 内心穏やかではない花咲は、谷嵜先生の口から自身の妹の話が出る事を嫌う。嫌いな相手に大切な子を語られる気持ちを相手は理解できないのだ。

 どれだけゾーン内を探し回っても、見つからないと理解している。妹は見つからなくとも妹と関わった吸魂鬼は見つけられるかもしれない。


「どこにいるんだい。ぼくの妹は、花咲零はどこにいるのか教えてくれないかな」

「今は会えない」

「生きているのかい?」

「あれを生きていると言えたらな」

「余り遠回しな言い方をしない方がいい。言っただろう。刺し違えても殺すとね」

「本当のことを言っても信じないだろ」

「本当のことを言われていないからね。信じようがない」


 堂々巡りである。谷嵜先生は自分自身よりも花咲の妹のことを伏せたがっている。兄、もしく姉が下の子を心配するのは当然とも言えたし、家族がいなくなって数年、音沙汰もない。家族も気にした様子がない。それが正常という方がどうかしているのだ。


「なら、そこにいる。新形十虎と自称してる女子生徒がお前の妹。花咲零だ」

「ぼくは君が嫌いだけど、君も大概ぼくのことが嫌いなようだね。そんな簡単に見抜けるような嘘をつくなんてどう言うつもりだい? いや、訊いたところで答える気なんてないんだろうね」


 うんざりだと花咲は踵を返した。その先にいる新形が、口を閉ざして道を開いた。


「十虎君、君は本当にこれでいいのかい?」

「……先生のやっていることが間違っていたら、私が先生を殺します。だけど、その判断はまだできない」

「遅すぎると返って君自身を傷つけてしまうよ」

「わかってます」

「そう。なら良いよ。それじゃあ、また会おう」


 互いに視線は交じり合うことはなかった。

 このまま見届けるはずだったが「玄関まで送ってやれ」と告げられ新形は花咲の背を追いかけた。


 そうして、花咲と新形は、部室を出て古びた校舎を歩く。

 日が暮れて頭上の照明が無ければ、廊下はまともに歩けないだろう。


「懐かしいな。数年前はぼくも此処に通っていたよ。当然、まだ吸血鬼部が無かった頃だけど」


 二人分の足音だけが響く。会話はほぼない。

 窓の外は暗く、反射して自分たちの顔が見える。後ろめたい気持ちがあるように新形は三歩後ろを歩いていた。


「あ、新形さんに、花咲さん。お二人とも、もう動いて大丈夫なんですか?」


 旧校舎を出るとドラックストアのビニール袋を片手にぶら下げた彼が歩いてくる。彼はグラータにもジュードにも対峙していない。少し狙われはしたが、千里眼で回避してみせた。

 旧校舎で身体を休ませている暁たちの介抱が出来るのは、彼だけだ。その為に、買い物に出ていたようだ。


「ああ、もう平気だよ。助けてくれてありがとう。……ジョンも無理しないようにね」

「僕はなにも……寧ろ僕がもう少し空想を使いこなせていれば」


 糸雲のことを思い出していると気づくと花咲は、彼の不安を払拭するために言葉を告げる。


「パペッティアの件は悲しいことだけど、吸魂鬼を相手にして一人だけが死んでしまうのは、運がよかった」


 その言葉に彼は袋を握る手が強くなった。


「……運がよかった。それ僕は余り好きじゃないです。一人で良かったとか、運の善し悪しで片付けるのは違う気がします。」

「そうだね。ぼくもそう思うよ。けれど、事実なんだよ。今のぼくたちじゃあ、仮面の吸魂鬼を倒すことは出来ない。追い詰めることは出来ても、それ以上はできないんだよ。それを改善するためには、ぼくたちが強くなるしかないんだよ」


 ぽんっと彼の肩に手を置いて学校を出る為に歩き出す。新形は花咲の後を追いかけるが「結構だよ、ここからは、一人で帰れるよ。ありがとう」と見送りを断られる。


「黒美君に会いに行くんだろう? ジョンと二人で戻るといい」

「……すいません」

「君が気にする事じゃない。助けてくれてありがとう、二人とも」


「おやすみ」と花咲は別れを告げて歩き出す。暫くその背を見届けて彼は新形を見る。


「あの、体調は?」

「大丈夫だよ。ゾーン内の身体欠損は珍しくはないからね。今年は特に、多かった」

「……ごめんなさい」

「どうして?」

「な、なんとなく。僕がいけないのかなって」

「そんなことないよ。私がまだ弱いから。ってマイナスなのやめよう。この話はなしなし!」


 新形は彼が持つビニール袋を奪うように持ってその中から『ヴェルギン珈琲』と書かれた珈琲を手に取り彼に尋ねることなく飲んだ。


「それ、谷嵜先生のなのに」

「最近、珈琲の飲み過ぎだから却下。健康の為に私が飲む!」

「あとで怒られても僕は知りませんよ」

「それも愛だよね」

「違います。教育だと思う」


 なんて話をしながら旧校舎に引き返した。その道中、彼は花咲と話していた新形を見て気になっていた事を口にする。


「新形さんは、さっきの花咲さんには敬語使うんですね」

「えー、いつも使ってると思うけど?」

「使ってます? 佐藤先生とか」

「あの人は、別に使わなくても平気だって、堅苦しいの嫌いそうだし、吸魂鬼狩りとして何度か会ってるし、感覚は職場の同僚って感じ」


 ヘラヘラと笑う新形は、どこか無理をしているように見えて彼はつい口にしてしまった。


「新形さんは、本当は谷嵜先生のこと好きじゃないですよね? 無理に好きでいようとしてますよね? それって、疲れませんか?」


 本当は言ってはいけないことだと自覚していた。言わなければ良かったとは、不思議と思わず後悔はない。寧ろ言わなければいけない気がしたのだ。

 彼が顔を上げると笑みの表情のまま硬直する新形がいた。まるで見透かされている事が予定外のように止まっている。


「おかしいなぁ~。ジョン、私は谷嵜先生をちゃんと好きだよ? ジョンだってそう言ってくれたのに、今更意見を変えるなんて裏切りじゃない?」

「すいません。でも……さっき花咲さんを見送った時の顔、寂しそうだったから、苦手な人じゃないにしても、見送りは良いって言われたら、見届けることなんてしない気がして……すぐに谷嵜先生のところに行ったりするんじゃないのかなって」


 花咲の背中を最後まで見続けていた。今にも手を伸ばしてしまいそうなほどに、それが許されないと拳を握っていた。


「それは、千里眼なのかな」

「え……」

「なんでもお見通しかな。この私を見透かすなんて百年早いぞ」


 新形は中身の無くなった缶を見つめる。

 旧校舎の脇に暁が設置したゴミ箱があったはずだ。そこまで持って行こうと新形は再び歩き出す。


「もしも人生をリセットできるとしたら君はどうする? そうだね、憧れの姿になれるとしたら」

「それは、どう言う」

「憧れで理想で、目指す姿で絶対に越えられない高い壁。そんな自分の憧れの姿になったら君はどうする?」


 憧憬の念を抱く相手になれるとしたら、なれたとしたら、彼はどうするのか新形は尋ねる。


「嬉しいと思います。うまくは言えないんです。僕、正義のヒーローとか好きで、たくさんの人を護りたいって思うから、どんな事でも出来る人になったら、僕は困ってる人を助けたい」


 そんなのは現実ではあり得ないと彼は理解している所詮は絵空事であり夢物語だ。けれど、思うのは自由だ。自分の行動一つで何か変わるとは思っていないが、それでも少しでもマイナスをプラスに持っていけるのなら、少しの助力も惜しまない。


「じゃあ、それが誰かの犠牲があっての変化でも?」

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