表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/142

第10話 Who are me

 ゾーンに戻って来ると新形が暁を診ていた。獣の姿は見当たらない。どこかに立ち去ったのだろうか。それとも新形が追い払ったのか。


「あ、あの。この人で会っているのか分からないんですが……。一応連れてきました」


 旧校舎に向かう際中、ずっと「ういうい」「ヴィ」「およっ?」と繰り返す。一言で言えば変人。この学校には本当に変わった人しかいないと彼は此処まで来るまでに疲れ果てていた。

 浅草は、部室に存在する青白い光を放つゲートを前に、一切戸惑いを見せることなく簡単に侵入した。


「思ったより速かったですね」

「ほんとほんと、賭けとけば良かったなぁ」


 のんきなことを言う新形は「お疲れ~」と彼に労いの言葉をかける。


「柳はいつものお願いね」

「御意っ!」


 ビシッと敬礼の真似をして持ってきていた鞄の中からペットボトルを出す。

 ペットボトルをクルっと回転させて振る。二度、三度と振ると徐々に水の色が変わっていく浅草の髪色と同じ若草色となる。蓋を外して、暁の腹部に少しずつ中身を流していく。制服が水を吸って、沁みを広げる。


「あの……彼女は」


 浅草の空想は水を変えることなのだろうかと彼は二人を見ながら新形に尋ねる。


浅草あさくさゆう。うちの高校の二年生。生徒会書記。吸血鬼部の部員でお気楽な子だよ。適当に言葉を選んで喋ってる。変わった子だけど、ムードメーカーでもある。慣れたら会話も余裕」

「だからって、初対面には分からないですよ」

「だよね~。私も思ったけど、意思は貫きたいんだって谷嵜先生も理解できないから、適当に受け流してるよ」


「流石先生!」と喜んでいる。本当に谷嵜先生のことしか興味が無いようで名前が脳内に浮上する度に喜びをあらわにしている。


「それで、今は何を?」

「柳の空想で怪我を治してる。彼女はうちの治癒担当。今回みたいに怪我をした人を治すのが彼女の仕事で調査に参加はあまりしない」

「それってすごいこと、ですよね?」

「すごいことだよ。吸魂鬼の傷ってなかなか消えないんだから。女の子は特に傷物になっちゃうのは勘弁って感じ」


 暫くして、ペットボトルの水を半分ほど減らすと水は全体に行き渡り暁の棘による怪我は全て消えて、制服に残る血だけが残った。


「完!」

「ありがとうございます。浅草さん」

「ういうい」


 暁の治療を終えると新形は「さ! 調査終わり、てっしゅー」と浅草の手を取ってゲートに飛び込んでいく。

 吸魂鬼の遭遇でこれ以上の調査は危険と判断した新形は、軽いノリで部室に戻ってしまう。


 彼はゲートに入ることに足踏みをしていた。その事に苛立ちを覚える暁は「早く入ってください」と背に声をかける。全員が部室に戻るのを確認しなければ、調査完了とはならない。もしも誰か一人でも取り残してしまえば、またゲートを開いて探しに行かなければならないと二度手間だ。

 何よりゲートを開いたのは暁であるため、閉じる役目も暁である。彼が最後にゲートを通過する意味などないのだから早く戻ってほしかった。


 彼はゲートに触れる事をしない。どうして動かないのか暁は怪訝な顔をしながらその視線を追いかけると、息絶えた男性に向けられていた。


「はぁ……。あの人はもう助かりません。諦めてください。それよりも今は、報告が最優先です。谷嵜先生に報告したら、遺体だけでも運び出してくれるはずです」


 未成年ではどう足掻いても成人男性をこちら側に連れて行くのに生じる多大な責任を背負いきれない。それも入学したばかりで、ゾーンの事も分かっていない彼では、なおのこと責任なんて取れないのだ。

 ならば、吸血鬼部の顧問である谷嵜先生に報告して、その遺体を確認して現実に連れて来る。それが出来れば遺族も報われるだろう。


「俺たちは、触れてはいけない。触れてしまえば、証拠が残る。殺した証拠として警察の世話になってしまう。そんなこと貴方だって望むところではないでしょう?」


 冤罪でも世間は、誰だろうと犯人に仕立て上げるのが好きだ。その為、ゾーンでの行動は慎重にしなければならない。


 彼はやっと気づいた。暁もその人を連れて帰りたいのだと、まだ息がある。助けられるかもしれない。その期待を何度もして、何度も失敗した。その都度、不甲斐なさに失意の底に落ちる。立ち上がらなければと躍起になる。だから、自身に言い聞かせるように放っておくのだろう。


「わかったら早くゲートを通ってください」と彼の背中を押してゲートを通過させる。



 つま先でトントンっと床を蹴る。転びそうになるのを必死に堪えて、部室に戻って来ると谷嵜先生がソファに座っていた。

 彼が部室の行き来をしている時は、一度も会わなかったが、いつ来たのだろうかと首を傾げているとガシャーンっと物が倒れる音が聞こえた。そちらを見ると簡易椅子を倒して谷嵜先生に向かって行こうとしている新形を必死で浅草が羽交い絞めして阻止している。困った顔をしてこちらに救済を求めているが、新形を止めることは不可能に近いだろうと内心合掌する。


「先生。お疲れ様です」

「ん。お疲れ。怪我したのか?」


 浅草がいることで誰かが怪我をしたと容易に把握できているようで、濡れているのが暁だけと分かれば、具合を確認するように尋ねる。


「傷は浅かったので大丈夫です。思っていたよりも速く彼が浅草さんを連れてきたので」

「そりゃあ。廊下を爆走してりゃあお前の予定時間よりも速く到着するだろうな」

「廊下を……爆走……?」


 信じられないと暁はバッと彼を見る。その勢いに押されて一歩後退りする。

 その表情は、浅草を呼びに行くように言ったときと同じ鬼の形相だ。


「まさか、走ったわけではありませんよね?」

「は、走り、ました」

「どこから、どこまで」

「部室から、本校舎の保健室まで……」


 途中で注意されて足を止めたが、すぐ曲がり角から駆け出していたことを正直に白状すると「なんでそんな事をしているんですか!!」と怒鳴られてしまう。その怒気に彼は肩をあげて怯えた素振りをする。


「ルールを破ってまで俺は浅草さんに空想を頼んだりしない!」

「そんな掟破りがお前を心配して走った。確かに褒められたことじゃないが、それによってお前は死ぬことはなかった」

「死ぬことは、と言いますが、今回は軽傷です。それに結果が良くてもプロセスが劣悪な状態では褒められても嬉しくはないです!」

「誰も、暁を褒めてないけどね~」


 谷嵜先生の言葉も意に介していない様子で「あぁルール違反が、決まりを守らなければならないのに」と頭を抱えて絶望するのを彼は困惑しながら「ごめんなさい。走って」と謝罪する。確かに廊下を走るのは危険だ。ぶつかって二次被害が生じていたかもしれない。それでも彼は無我夢中だった。自分の不甲斐なさで暁が怪我をしてしまった。何もできないからこそ、何かしたかった。


「……でも、一刻を争うかと思って」

「お前の判断は間違いじゃないよ。吸魂鬼と出くわしたことは運が悪かったとしか言いようがない。この時間帯は、出現しないと決めつけていた俺にも落ち度がある。怖い思いをさせて、すまなかった」

「だ、大丈夫です! 確かに怖くて話も通じなかった。死んでしまった人も近くにいて、僕も同じになるのかと思ってしまったけど、暁さんが僕を護ってくれたので」


 怖かったが不安になることはなかった。と言えば谷嵜先生は「そうか」とどこか満足げに呟いた。


「なら、事はこれで終わりだ。浅草を除いた調査に出た奴らは、報告書作成してくるように。新形、暁のどちらは、あとでそいつに書き方を教えてやれ。提出期限は、三日後だ」


 終わりを迎えた押し問答を続けていたって時間の無駄と判断した谷嵜先生は早々に切り上げて告げると暁は不平不満を宿す表情で「はい」と頷くと新形も簡単な返事をする。


 各々返事を聞けば谷嵜先生は立ち上がり、部室を出る為に扉に近づくと新形が付いて来ようするのを「浅草、押さえとけ」と言った後、彼を見て「ついて来い」と部室を出ていった。

 彼は谷嵜先生のあとに付いていき部室の扉を閉めると後から「なんでぇー!! 谷嵜先生!!」と嘆きが響いて来たが、谷嵜先生は一瞥もなく廊下を歩いていく。


 少しボロくなっている廊下。向かう先は屋上だった。


「お前ら学生は、屋上が好きなんだろ?」

「え、いや……まあ……」


 小学校、中学校ともに、落下事故防止で封鎖されている為、侵入したことがない。男子生徒は一様にして高いところが好きだと彼は思う。屋上で食べるご飯なども夢見たりするが、夢は夢でしかない。


「旧校舎だが、校長の強い意思で青春を謳歌する若者たちの為に、侵入は許されている。念のためと落下防止の補強はされてるから入るなら好きにしろ。ただし、落ちるなよ」


 屋上の施錠を解いて軋む扉を開いた。その先にはオレンジ色に光る空。

 春でも少しだけ肌寒く、制服の袖を擦ると「ん」と谷嵜先生はぶっきらぼうに何かを渡してきた。彼は咄嗟に手を出して受け取ると少しぬるくなったホットココアだ。

 本校舎の昇降口近くに設置されている自動販売機に売っていた気がする。


「あ、ありがとうございます!」

「初任祝い」

「初任……。僕、何も出来てないです」

「出来たよ。生きて戻って来ることが出来た」


 屋上にはベンチが置かれていた。谷嵜先生はベンチに座って自分用のブラック珈琲をポケットから取り出しプルタブを引っ掻いた。


「ゲートから浅草が出てきたとき、俺は血の気が引いた」

「え……」

「本来、浅草は吸血鬼部に顔を出すことはないはずだった。それなのにゲートから出てきた。怪我人が現れた以上、可能性は二つ。君か暁のどちらかだ。暁ならば、勝機はあった。だが、君が万が一吸魂鬼に襲撃を受けていたら、助かる見込みは今はない。君たちが戻ってきてくれたこと、本当に安心してる」


 暁が書く報告書で全貌は明らかになるだろう。どうして怪我をしたのか。どうして浅草が活動していうのか。彼は、今日見て感じたことを谷嵜先生に告げた。


「……バラのような頭をした、吸魂鬼に会いました。人と同じ言葉を使って、会話が成立しているはずなのに、どこかのらりくらりとしてて……取り止めがない。どうして皆さんが会話や共存を選ばないのか、分かった気がします」


 バラの吸魂鬼は、会話しているように見えて、実は一切話は通じていないのだ。

 全てをテレビを見ているような、エンターテインメントを楽しむ観客だ。


「でも、諦めたくない」

「……」

「今回はダメでも次がある。次がダメでもその次が。迷惑を承知で言います。僕、喧嘩だけはしたくない。皆さんのしていることを黙ってみていることしかできないけど、僕なりに努力していきたいから……谷嵜先生。こんな僕でも、この部活に役に立てますか?」


 今回のバラの吸魂鬼がダメでも他の吸魂鬼ならば、感性が異なり彼の意思を理解してくれる吸魂鬼がいるかもしれない。

 きっとこの言い分は、部活内では迷惑だろう。暁が吸魂鬼に向ける悪意は並大抵のものではなかった。嫌悪、憎悪、醜悪。

 彼が「名前」を通行料として奪われたように、暁も何か大切なものを奪われたのだろう。その憎しみは、彼では当然、計り知れない。


「どうだろうな。それは、お前の行動次第なんじゃないか?」

「そう、ですよね」


 尤もなことだ。彼の行動で吸血鬼部の今後が変わるかどうかは、行動次第としか言えない。未来は分からない。わかるのは、彼の意思で、彼の未来が少しだけ変わることだけである。


「吸魂鬼は、吸血鬼部のことを知ってました。それに暁さんのことも……」

「あいつは、その界隈では有名だからな」

「有名……それって家系が吸魂鬼を倒すことに特質しているからですか?」

「聞いたのか?」

「空想が結界で後方支援で優秀だっていう感じのことを」


 谷嵜先生は「言うわけねえか」と呟いた。まだ彼の知らないことがあるのだと知る。


「まあ、なんだ。この部活は興味本位で入れるほど優しいもんじゃない。命のやり取りをしてる。君のタイミングに合わせて活動出来ない。だから、もしも挫折する兆しがあるならすぐにでも君を幽霊部員として扱う」

「僕がどうしてもやりたいって言ったら……先生は、それでも僕を幽霊部員にしますか?」

「そうだな。死に急ぐ生徒は、教師としては見過ごせない。現代社会で死人を出せば多くが迷惑する。お前は、平和主義だと自称するが、お前が死ぬことで誰かが迷惑する事を忘れるな。死んでいい命なんてどこにもない。消えて良い存在もいないがな」


 彼はそこで疑問を感じた。


「それなら、先生はどうして生徒に調査をさせるんですか? 危険だとわかっているなら、やめさせるべきです。暁さんが言ってました。暁さんの家系、吸魂鬼を倒す組織があること、吸血鬼部が得た情報をカモノ校長からその組織に送っていることを……どうして、生徒にそんな危険なことをやらせるんですか? 死なせたくないなら、幽霊部員としてリスト保管して、通行料を回収出来たら呼び出すでもよかった」


 新形曰く組織は慈善家ではないからやらないと言われていたが直接自分たちを統括する人物に訊きたかった。まだ初日で知らないことが多いのは当然だが、知らないからこそ、彼は知りたかった。探求心は身を亡ぼすとはよく言ったものだ。

 その好奇心が、彼を吸血鬼部から離れさせようとしない。

 谷嵜先生の鋭い瞳が彼を見る。直球な質問だっただろうか。


「くははっ」

「え……」


(そこ笑うところじゃないですよ!?)


 彼は戸惑う。口元を片手で隠して、眉を潜め肩を震わせる谷嵜先生。


「お前ら、兄弟か?」

「え? お前、ら?」

「暁も俺に同じことを訊いて来た。まあ、お前と違って、ぼろ糞言われたけどな」


 谷嵜先生は珈琲を煽る。

 彼の手の中にあるホットココアは、既に冷たい。彼の掌は嫌な汗が掻いている。


「部活の部長と副部長。あの二人」

「? はい」

「この部活を始めることになったのは、ほぼアイツらが引き金でもある。俺は通行料を必ず取り戻すと約束しちまった。口約束だが、立場上約束を破ると後が面倒だからな」


 心底面倒くさいと口をへの字に曲げて髪を掻いた。

 約束を守ってくれているから、新形は谷嵜先生をあれほど好いているのだろうかと彼は異常なまでの執着を見せる新形を頭の隅で思い出す。絶対に通行料を取り返してくれるまで見張るという意味合いも含まれているのかもしれない。若気の至りで先生に恋をする生徒を演じているとも考えられる。

 よく考えればわかることではないか。生徒会長なのに教師に恋をしているなんて牽制でも何でもない。谷嵜先生への忠告なのかもしれない。いつでも破滅させられる。もしも約束を違えた日には社会的に抹消される。


 綺麗な花には棘がある。

 新形は、あの綺麗な容姿で谷嵜先生を脅迫しているのか。


「あ、あのもしかして先生って脅されてます?」

「あ? ああ、いや、そうじゃない」


 拍子抜けする声が漏れる。

 彼が考えていることを察したのか、谷嵜先生は首を横に振った。


「利害の一致だ。あいつらは通行料を取り返す。俺は、吸魂鬼にちょっとした借りがある。いわば、協力関係だ。それに新形に脅されていようが、別に構わない。誰かが教育委員会にでもチクれば、教師をやめるきっかけにもなって万々歳だ」

「教師になる気がなかった?」

「吸魂鬼関連の仕事をするつもりが、カモノ校長に取っ捕まって、教師として過ごしてるだけだ。教師をやめさせられても別に困らないよ」


 本職はあくまでも吸魂鬼関係であり、教師は副業だという。一応公務員である谷嵜先生が副業とは、許されないのではないだろうかと頭の片隅で思ったりしたが、調べたところで吸魂鬼の存在など出て来るわけもない。遊びの一環だとして相手にされないだろう。


「新形さんの通行料って……」

「それは俺の口から言えることじゃない。お前だって自分の名前が言えないことを他人の口から伝えられたくないだろ?」


 兎も角。と谷嵜先生は言葉を続けた。


「吸魂鬼と対峙する組織は確かに存在する。んでもって通行料を取り戻したいと思う人間はごまんといる。そんな中、何もしないで通行料を取り返そうとする奴らも多かれ少なかれ存在する。もしもこの部活がなければ、君たちがいつ通行料を取り戻すことが出来るかわからない。最悪の場合、取り戻せないまま生涯を終える可能性もある。かと言ってこの部活に入っているからと通行料が必ず戻って来る保証もない。ただ言えることは、何もしないで見てる癖に取り戻せなかったからと糾弾するくらいなら、自分で行動に移して最後までやりきることができれば、取り戻せなくとも納得の行く最後なんじゃないのか」


 人知れず行われていることだが、知られていないわけじゃない。知っているものにとってはひどく身近な問題であり、知らないものにとっては一生知らないまま生涯を終えることもある。彼はただ単に、運が悪かった。それだけのことなのだ。

 その悪運が誰かを不幸にするか、幸福にするかは彼の行動次第なのである。


「是が非でも取り戻したい連中が部活に集まる。生憎と暁の言う家系やら組織みたいに準備が整ってるわけじゃない。君の言う通り、危険レベルが無駄に高いうえに担当地域とかないからな。運が悪ければ、吸魂鬼に一網打尽にあって俺たちは、お陀仏だ。それだけのことをしなければ通行料を取り戻すなんて夢のまた夢。他人に頼っても何も得られない。取り戻したいなら自ら動かなければならない。もう奪われたくないだろ。君も」


 まだ名前以外で何を奪われたのか、わかっていない。もしも他に奪われているなら取り戻したい。


「これだけの事を言って君は、どうするか決められるか? 悪いが俺は器用じゃないからな。君だけじゃなく他の連中が無理だとわかれば、幽霊部員として任務に就かせたりしない」


 新形にも暁にも、同じ質問をして二人は二つ返事で「参加します」と答えたという。

 少しでも足が竦むようなら幽霊部員として普通の高校生活を送らせる。旧校舎に行っても何も教えられない。いち生徒として旧校舎に近づくことすら許されない。


「まあ今言っても無理だろう。決めるのは三日後だ。報告書を書きながら頭を整理したらいい」


 話は終わりだとベンチから立ち上がる。黒い影が彼の横を通り抜ける。屋上の出入り口の脇に置かれたゴミ箱に空の缶を放り込んで旧校舎内に戻っていく。


『新形さん! もっと詳細に書けないんですか!』

『歩数まで書けってこと? 歩数計買ってくれたら考えるよ』

『否ッ!』

『そうではなくですね!』


 耳を澄まさなくても部室から聞こえて来る三人の先輩たちの声。

 新形、暁、浅草。他にも部員がいるのだろうか、それとも活動しているのは三人だけで他は幽霊部員としてこの学校に身を置いているのか、学校とは無関係でリストに記載されているのか。


 オレンジ色だった空は、紫色をして、夜を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ