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パロットはお腹が空いています (3/3)

 酒場に戻ったシロッコに対する主人の反応は、露骨なまでの嫌そうな顔と、隠そうともしない舌打ちであった。

 しかし、シロッコはそれをものともしない。実際に、隣に居るのは裸体の上から外套を纏っただけのパロットだったからである。しかも、その外套はシロッコの持ち物であった。

 酒場の主人からすれば、そんな女を連れたシロッコはどう見えるだろうか。

 けれども、彼が悪態をついたのはそこまでで、カウンターにたどり着いたシロッコに部屋の鍵を渡し、飯は後で持っていくと告げたのだった。


 酒場の二階は旅人用の客室となっていた。

 女性を同じ部屋に連れ込むなんて、いつぶりだろうか。

 品行方正を良しとするシロッコにとっては、滅多にない経験であった。


 変な緊張感を感じながら、シロッコはパロットを部屋に招き入れる。

 そして、案の定一つしかないベッドに彼女を座らせた。


 パロットはとても静かで、素直であった。

 部屋に入るまで大人しくしていてくれと言ったら、小声で「大人しくする」を連呼していたぐらいである。


 この子はつらい経験をしてきたのだろうか。いや、恐らく生まれてからずっと他人と関りのない環境で育ち、奴隷のような生活をしてきたに違いないとシロッコは読む。

 そうでなければ、酒場がどういうところかも知らず、金の意味も分からない人間になるはずがないのだ。

 ここのルイン王国を含め、近隣諸国は奴隷制度を取っていなかった。しかし、それも表立っての話である。

 少しでも闇深い部分では奴隷を使うことは珍しくなく、また、辺境の田舎では、因習として奴隷が未だに使われていることもあったのだ。


 パロットはそんな身分から解放されたのか、それとも、放逐されるだけのことがあったのかと見定めかけたところで、部屋のドアがノックされる。


「飯を用意した。取りに来い」


 その声は酒場の主人のものであった。

 パロットに対して少しそこで待っているようにと言いつけたシロッコは部屋の外に出る。

 しっかりとドアを閉め、部屋から少し離れたところで、彼は飯を持って来た主人と顔を合わせた。


「で、どうだったんだ?」


 彼は確かに食事を持ってきていた。トレーに乗せられていたのは、大ぶりなパンが二つと具沢山のスープである。

 けれども、それがすぐシロッコに渡されることはない。彼が対価に求めるのは情報であった。


「何事も無かった」


 シロッコは正直に言った。けれどもそんなはずはない。あの状況でそんなことは起りえないのだ。

 だから、酒場の主人はシロッコの言葉を自分の想像できる範囲で解釈する。


「奴らに手を出したわけじゃないだろうな?」


 シロッコが賊どもを何事もなく処理した(・・・・・・・・・)

 それが酒場の主人が考えたことである。


 主人の考えを理解した上で、シロッコは首を横に振った。


「いや、言葉通りだ。本当に何事もなかったみたいなんだ。彼女には傷一つない。どうも本当に飯をあげて解放したらしい」


「……そんなはずがあるか」


「ああ、俺もそんなはずはないと思う。だが、彼女が嘘を言っているとも信じがたい」


 シロッコは、パロットが嘘を言っていないと口にした。

 しかし、主人が向けるのは、お前が嘘を言っているのだろうという疑心である。

 シロッコの言葉が本心である以上、どれだけ疑われようとも受け流すのは容易かった。

 疑いを受け流しきったところで、主人からようやく食べ物を乗せたトレーが渡された。


「食って、とっとと寝ろ。何かあれば早々にここを追い出すからな」


 口調の棘も消えず、疑いの目は全くもって晴れてはいなかった。

 それでも、シロッコは彼の親切心に感謝してありがとうと返したのだった。



「飯が来た。食えるか?」


 部屋に入るなり、シロッコはパロットにそう尋ねた。


「うん! 食べる!」


 あんなことがあったにもかかわらず、パロットの元気のよい返事にシロッコの表情は自然と緩む。


「じゃあ、テーブルを用意するから少し待ってろ」

「わかった」


 パロットはずっとベッドの上に腰掛けて座ったままであった。

 シロッコは部屋の隅にある小型の丸テーブルの上に食べ物を乗せたトレーを置き、そのままテーブルごとパロットの前に持ってくる。

 部屋の中に一つしかなかった椅子を自分用に持って来てから、思い出したかのようにシロッコは自らの荷物を漁った。

 

 取り出したのは、片手に収まるほどの大きさの金属製のメダリオンであった。やや古びた感はあるが、細やかな意匠が施されていて、そこそこに値打ちがある様子をみせる。

 そのメダリオンは、今回の旅の為に仕入れたものであった。

 好奇心の目を向けるパロットに、シロッコは両の手を出すように言い、そのメダリオンを彼女の手の上に載せた。


「ふむ」

「なんだこれ? 食べられるのか?」


 反応したのはほぼ同時。そして、もちろんながらそれは食べ物ではない。

 そのメダリオンは、実のところ、太陽神シャマシュによって聖別された、ある特定の魔物に対して強く反応する魔道具であった。


 シロッコは最初から、パロットのことを怪しいが危険のある類いの相手ではないと思っていた。そして、彼女がメダリオンに触れても何も起きないことによって、自らの判断が正しいと確信する。


「いや、これは食べられないよ。食べる前のおまじないみたいなものさ」

「おまじない? それも食べ物か?」


 本当になにも知らないパロットの質問に、シロッコは苦笑する。


「いいや、おまじないは……なんだろうな? いいことがあるように願うことかな」

「いいことか。いいことってなんだ?」

「いいこと、ああ、今ここで飯が食えることはいいことだ」

「なるほど。飯が食えるのはいいこと。なるほど。おじさん、すごいな!」


 パロットは全てが若かった。

 言動だけで見れば幼児のそれではあるが、しかし、無垢な様子を見せる彼女の言葉は、一つだけシロッコの癇に障る。


「おじさん、まぁ、君から見ればおじさんか。

 俺の名前はシロッコだ。おじさんではなくて、シロッコと呼んでくれ。そして、君はパロットでいいんだな?」


「シロッコ! パロット覚えた! そう、パロットはパロットだよ」


 彼女は本当に元気で素直であった。

 その素直さに当てられたシロッコは、肩の力を抜いてふぅと息を吐いた。

 おじさんと言われて、わずかにでもささくれた自らの気持ちを恥じたのだ。


 深く考えなくても、パロットの年頃から見ればシロッコはおじさんなのだ。

 先ほども、あれだけ殺気を感じていたのに何事もなかったのだ。

 今まで気付かなかっただけで、実は勘も鈍るほど老いていたのかもしれないと思った所で、シロッコは気をとりなおして彼女に言った。


「少しスープが冷えてしまったが、食べようか」


「うん!」


 その返事はやはり元気が良かった。

 彼女は食べ物を前にして手を出さずにずっと待っていたのだ。相当に食べたかったのだろう。


 素直で、行儀も良い子か。

 事情は深そうだなと思いつつ、シロッコはパロットに気を使わせないためにも率先して食事に取りかかったのだった。


 シロッコがまず最初に手を出したのは、握りこぶし二つ分ぐらいの大きさのパンからであった。

 やや固めだが詰まっていて良い具合だと咀嚼しつつ、続けてスープに手を伸ばす。

 匙を持ってスープを掬おうとしたところであった。


 シロッコは気付いたのだ。

 パロットがまだ動いていないことに。


「食べないのか?」


 あれだけメシメシ騒いでいた本人が、どうしたのだろうか。

 食べる手を緩めながら聞いた質問に、彼女はゆっくりと答える。


「ん、うん。どうやって食べればいいんだ?」


 シロッコの手が完全に止まった。

 ものを知らないのはわかっていたが、ここまで知らないとは想像すらできていなかったのだ。


「どうって、パンとスープだろう? 食べ方なんてどうでもいいさ。ああ、もしかして、貴族のテーブルマナーを気にしているのか?」


 みすぼらしい見た目とは逆に、パロットは高貴な血筋であった。シロッコの脳裏に浮かんだのは、そんなあり得るはずのない事情であった。

 しかし、パロットの反応は、その斜め下を突き抜ける。


「パンって、聞いたことはあるんだ。どっちがパンなんだ?」


 驚きのあまり、シロッコは持っていたパンを落としそうになった。

 この少女は、本当にどのような環境で育ってきたのだろうか。

 パンを知らない人間が、この世に存在するのだろうか。

 それは、まったくもって信じられない状況であった。


「パンは、こっちのかたまりの方だ。少しずつ口にいれて食べてみるといい」


 子供でさえ当たり前に知っていることを、シロッコは彼女に説明する。

 おずおずとパンを口にするパロットの姿は、彼女が自らの言葉を偽っていないことを暗に証明する。


「不思議な感じ。これが、パンなんだ。初めて食べた」


 パロットの感嘆の声が静かに響く。


「そっちの深皿に入っているのがスープだ。少しパンを浸してから食べてみるといい」


 パロットの感嘆は深く、シロッコの驚嘆もまた同じくであった。

 シロッコの中で疑問は膨らみ、止まることを知らなかった。

 けれども、彼はそのすべてを押さえ込み、まずはパロットに情報を与え、食べることに集中させたのだった。


パロットはね、面白いと思ったら、評価から《★★★★★》や〈いいね〉を入れてくれると嬉しいんだよ!


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