9.大切なリボン
あの日は姉さんに祐の友達がイジメられて、祐が逆襲して泣かせた話を自信満々にした。
「ねぇねぇ! 今日は友達をちょっかい出していた男子たちをボコボコにしてやったよ!」
「だから、そんなに服が汚いのね……」
教室で喧嘩して、相手の男子にのしかかって、頭を何回もグーパンチを食らわせた。
そのせいもあって服が少しばかり汚れていた。流石にお姉さんも苦笑いしていた。
すると祐は、少し悲しそうな顔に変わってお姉さんに相談した。
「ボコボコにしたのはいいけどね、何故か先生は私を悪者にしたんだ。何でだろう。いい事したはずなのに……先生間違っているよねお姉さん」
「その男の子は友達に何をしたの?」
「えっと、運動会のリレー練習で私の友達が少し走るのが遅かったから、男子達がからかったら、友達が泣いちゃってね。そしたら私カッとなってボコボコにしちゃった……」
その話を聞き、お姉さんは優しい顔をして祐の頭を軽く撫でた。祐はびっくりして、お姉さんの顔を見た。
「祐ちゃんのした事はとっても良い事だよ。でもね、その解決法はダメよ。話し合いで解決しないと。貴方の握った手は、人を傷つける為じゃないのよ」
そう言うとお姉さんは祐の手を両手で包み込むように握って、優しく語りかけてくれた。
「他の人と手を握って力を合わせるのよ。一人で手も繋がずに、突っ走って行くのは危険。周りの人を心配させてしまうわ。一人で考えず、困ったら誰かに相談してね。私以外にもね」
「うん!!」
「明日はその手を振るった男の子に謝って、そして先生に相談して、男の子と友達を仲直りさせようね」
「はい!!」
そして次の日に、祐は男の子に謝った。そして先生にも事情を詳しく話して、男の子たちと祐の友達は何とかお互いを許し合った。祐も一緒に謝り、リレー練習も上手くいき、見事に祐のクラスが一位になった。
*
お姉さんから教えてもらった事を忘れていた。あの事件が起きて、祐は中学生の時、あの人の事を忘れようもしていた。だが今、その事を思い出して、祐の中に大きな迷いとともに混乱が生じた。そして祐の言葉に反抗するように言う。
「……うるせぇ!!」
「いつもうるさいと言って、逃げようとする。貴方の悪い癖よ」
「……うるせぇ、うるせぇ!!あの人がいれば、いれば!!」
「そうやって自分から逃げてればいいわ。だからあの人がいなくなって、自分を抑える人がいなくなったのよ」
「それ以上言うなぁぁぁ!!」
手で空気を払いのけながら、叫びあげる。そして突如、拳を上げて廉に襲いかかった。
正面から廉に殴りかかる祐のパンチはいとも簡単に止められた。
廉は拳を掴み込んだまま、軽々と身体ごと上にあげられて後ろの机へと叩きつけた。
「い、痛ってぇぇぇな!」
「そんなワンパターンな攻め、もう見飽きたわ」
「るせぇ!!」
祐はぐちゃぐちゃになった机を跳ね飛ばして、立ち上がった。
そして廉は周りの生徒を確認して、全員に言い放った。
「みんな、この教室から少しの間出て行って。みんなの前で貴方を負かせてあげるわ」
「やってみろよ……」
逆上している祐はまるで闘牛のようだった。荒い息を上げ、待ちきれずに足踏みを何回もして、全員が出て行くのを待っていた。全員が出て行ったのを確認し、机にも被害が出ないように、机を前と後ろへと移動させた。そして、廉は廊下へと背中を向けて準備が整った。
「さぁ、来なさい。貴方の動きは全部知っている。一歩も動かずに勝てるわ」
「言ったな……後で言い訳しても知らねぇぞ!」
「そっちこそ」
すぐに立ち上がって猪突猛進に攻撃を仕掛けた。廉に何発も顔面にパンチを繰り出すが、廉は全て見切っており、的確に攻撃を手でキャッチした。なんと言っても、廉はその場から微動だにせずに攻撃を防御していたのだ。
そして一発のパンチを受け止めた後、引き抜こうとする祐の拳を掴み込んで、引き抜かせないようにして、祐の足を軽く払った。
「うわっ!」
祐は地面に倒れた。今の祐はパンチに全て力を入れて、足がガラ空きだった。そこを廉は見逃さずに攻撃して祐を倒したのだ。
「足がガラ空きよ」
祐が顔を上げると、廊下から覗いている生徒たちの顔が見えた。自分が情けなく足を払われた所を見られて、一気に恥ずかしくなり、頬を染めて、立ち上がって更に猛攻を繰り出した。
先ほどと変わらず、軽く攻撃を避けて、祐の感情は高ぶっていた。
「なんでだ……なんで当たんねぇんだよ!!」
そう言うと祐のパンチを受け止めて、廉が祐を睨みつけて言い放った。
「祐をずっと見ていたからよ」
「……意味分かんねえ事を言ってんじゃねぇよ!!」
止められた拳とは逆の空いた拳で、殴りかかった。だが、廉はその一発をも受け止めて、祐は両拳を引き抜く事が出来なくなった。それに拳を握りしめる廉の力は徐々に強まってきた。
「諦めたらどう? 拳が使えなくちゃ、手出し出来ないわね」
「くっ……」
廉の挑発に祐はイラッと来たのか、無理やり引き抜こうとするが、廉の方が一枚上手で、表情一つ変えずに祐の力を上回っていた。そんな祐が浮かんだ事、拳を手が使えない今、使えるのは一つ、足だった。膝を素早く突き出して、廉の腹に狙いを定めた。だが、廉はその上を行った。
祐が足を出して攻撃するのを予め理解していたかのように、廉も膝を突き出して、膝同士がぶつかり合った。
「何度も言わせないでよ。祐の動きは全部知っているって……」
祐の瞳孔はまだ細かった。足元に倒れている椅子を拾い、軽々と廉へと投げて来た。避けれるが、後ろには生徒たちがいる。このまま避けたら椅子はガラスを突き破り、また怪我人が出る。
廉は飛んでくる椅子を正面から受け止めた。そしてすぐに祐を睨みつけた。
「祐!」
椅子を持っている状態の廉を祐は椅子ごと飛び蹴りを食らわした。
この一撃に、廉は後ろに弾かれて、廊下窓の一歩手前まで引いた。
「祐、何かいつもと違う……」
「うおぉぉぉ!」
廉も今気づいた。祐の瞳孔が更に細くなり、周りが見えずやたら攻撃的になっている事を。
だが、そう考えている内に首を掴まれて、地面に叩きつけられた。首を絞められて声が出ない廉は必死に声を振り絞って祐に語りかけた。
「やめなさい……祐。力を抑えて……」
徐々に強まる首を絞める力。廉の中では不安が募って来た。自分が祐をこうやって育てたのか。それとも、やはりあの人の死が祐の性格を歪めたのか。廉の心には徐々に自分に対する不信感を抱き始めた。自分がもうすこし頑張れば、祐も良い子になったかもしれない。
そう考えている内に廉の目から徐々に光が失っていく。突如、祐が首を絞めている手を掴んだ。そして力ずくで無理やり首から手を離させた。
「!?」
あまりの力に祐も思わず廉の手を弾いた。立ち上がる廉を睨みつけた。だが、廉は無の感情を貫いていた。生気を感じさせないオーラは周りの生徒も先生も異様に感じていた。
真っ直ぐに向かって、祐の真正面に行き顔を包み込むように掴み、そのまま倒すように地面へとめり込ませた。この攻撃で祐の目は元に戻った。
廉は戻る事なく、倒れている祐に静かに言った.
「祐、貴方はもう私の妹じゃない!!邪魔なそん──」
祐の正気に戻った目を見て、一時貴方が揺らぐ廉。そして廉も元に顔に戻ったが、身体中から汗が流れていた。
「うっ!? 今のは、一体……」
「ちっ、邪魔って言いやがったな。このやろう」
驚きのあまり、唖然とする廉。
祐は頭を抱えて立ち上がり、自分のリボンを引っ張り上げて、廉に見せつけた。
「そこまで俺を嫌うなら、俺は廉姉の妹なんてやめてやる!!」
「……何をする気!? やめなさい!」
祐は力任せにリボンを地面に投げ、リボンは無惨にも、力なく落ちていった。
「そのリボンは」
そのリボンは昔、中学1年の入学式の朝に廉が祐にプレゼントした物である。