62.悲運の遭遇
「どうゆう事だよ!あの人の妹が恵魔だったなんて!?廉姉は知っていたのかよ!」
「私だって知らなかったわよ!」
「嘘だろ、おい」
二人は言葉を失った。目の前にいる恵魔は、あのお姉さんの妹?
にわかには信じされず、二人は呆然としていた。
そんな中、恵魔は静かに口を開いた。
「貴様と戦って身体に触れた時、少しだけ嫌な記憶が過った。姉貴が死んだあの日を、俺と永遠の別れを告げたあの日の事をな」
「……」
「記憶から見えた。お前だったんだな。姉貴を殺したのは」
その言葉に廉は頭が真っ白になり、あの日の記憶が蘇った。
自分を庇って轢かれたあの人の姿。必死に聞こえてくる救急隊員の声。
雨の中なのに、言葉ははっきりと聞こえていた。
「あの日は、姉貴は俺の為に夜遅い中、お菓子を買いに行ってくれた。雨も降っていたな。あの日は、すぐ帰ってくるから待っててって手を振って外へ出て行ったのが、最後の姉貴の姿だった」
「や、やめて……」
廉も同調して記憶の中にあるあの人が亡くなった時の光景がはっきりと見えていた。
自分のせいで亡くなった。自分の責任でこうなってしまった。
「いつも俺に笑顔で接してくれて自慢の姉だった。でも、次に会った時は笑顔じゃなくて、静かで無機質な姉だった」
「違う……」
廉の精神は恵魔の言葉に蝕まれていく。
また、闇に飲み込まれないように心を力強く耐えていく。
だが、あの人が目の前で亡くなったあの光景を思い出すと、身体の力が弱まっていく。
「悲運だっただなぁ。運命ってのは」
廉は忘れたかったあの記憶に惑わされている。
祐にもそれはハッキリと見えていた。
「……私は、私は……」
「廉姉!俺達は前に進んだはずだろ!もう過去に囚われてはダメなんだよ!」
祐の言葉は耳に届いておらず、ずっと恵魔の声があの人の声に重なって聞こえていた。
「呪いだよ。これは俺と姉さんからのお前への呪いだ」
そう言って恵魔は廉に手を差し伸ばした。
「さぁ、あの頃に戻ろうぜ。死んで絶望するのはお前の番だ」
廉には恵魔が昔から憧れていたあの人に見えた。
あの時の温もりと優しさ。
精神が歪み始めている廉には見分けがつかなかった。
廉はあの人との記憶が過り、自然と手が恵魔へと伸びて行った。
「そうだよ。もう一緒だ。姉貴の元に行って詫びるんだ」
手を掴もうとする廉。
だが、恵魔は握ろうとする手を引き、爪を立てて廉へと突こうとした。
その時──
「呪いなんてあの人が望んでいる訳がない!」
「んあ?」
祐が飛び上がって二人の間に手を突き出して突っ込んで来た。
そして二人の手の間に祐の手が挟まれた。
その時、三人の気が同時にぶつかり合い、皆の体内にビリビリと何かが駆け巡った。
「な、何だ!?」
「この感じは!」
その瞬間、三人は不思議な精神空間を漂いながら、同時にある光景を見た。
それは夕方の公園で一人泣いている幼き女の子と一人の女子高校生が話している光景が。
「あれは……俺?」
「昔の祐と同じ……いや、昔の祐だわ」
「俺の記憶なのか?皆が見ているのは」
それは幼き祐とあの人が初めて会ったあの日の記憶。
更に三人は違う方向から別の光景が見えた。
祐と同じ女の子があの人と楽しく話している光景であった。
「あれは……昔の廉姉か!?」
「私のようね……でも、何なのこの記憶の映像は!」
更にまた別の光景が流れた。
それはとある家の中で泣いている女の子を慰めているあの人がいた。
そして手を振りながら土砂降りの雨の中、外へと出て行った。
「すぐに帰ってくるからね恵魔」
その記憶に恵魔が静かに口を開いた。
「俺の記憶……姉貴との最後の別れの記憶が……」
「!?恵魔の記憶だと?」
家の中であの人と話していた可愛らしい女の子は、幼き恵魔。今とは全然違う姿に二人は驚いた。
三人は周りを見渡すと他にも様々な記憶の断片が写されていた。
幼き祐と廉が仲良く話している光景。
懐かしいという感情はある。でも、何故三人が同じ光景を見ているのだ。
そして何故、この記憶が今、我々に見せられているんだ。
「あの人と出会ってから祐は明るくなった。内気な性格な性格だったけど、徐々に自発的な子になって、周りには友達で溢れた。私もあの人と出会ったから、祐との接し方を教えてもらった」
「そうだったな。俺らはあの人のお陰で人生が変わった。出会わなかったら今の俺らはいなかったかもしれない」
二人が昔の事を思い出していると、今度は恵魔視点の光景が映し出された。
「お前らが光を浴びても、俺はそうはいかなかった」
家族と共に雨の中で大急ぎで病院に向かって集中治療室前で手を合わせて祈っていた。
『お姉ちゃん、大丈夫だよね』
『……大丈夫よ。うん……』
母は恵魔に目を合わせられずに答えた。
今思えば、助からないと両親は思っていたのかもしれない。でも、恵魔だけはずっと手を合わせて祈っていた。
また、また絶対に戻ってくると。
だけど──
医師が両親に頭を下げた。
その瞬間に母は崩れるように倒れてすぐさま父と医師達が支えた。
「あの時の記憶は薄い。自分でも何が起きたか理解できなかった。姉貴が死んだ。そんな感覚は毛頭なかった。分かったの葬式で姉貴の死体を間近で見た時だった」
葬式で恵魔は涙が出なかった。
むしろ枯れたと言った方がいいだろう。
頭の中では悲しんでいた。実感していなかった。
姉がもうこの世にいないという事を頭の中には理解している。でも、身体は理解していない。
だからこそ、悲しんでいるのに身体は反応しなかった。
「母は俺ら姉妹を大事に育てていた。特に姉貴は成績優秀で、何をしても完璧に出来る自慢の娘だっただろうな。そんな姉貴が死んで、母は壊れた」
「どうゆう事だ……」
「母はあの日以来、部屋に籠り姉貴の写真をずっと見つめていた。母の代わりに親父が俺を一人で育ててくれたが、家族間の溝はどんどん広がっていった」
あの日から母は変わった。
恵魔を放置して一人部屋に篭っていた。
父も仕事が忙しく、恵魔の相手をするのも限られた時間だけだった。
それでも父は恵魔に少しでも姉の死の悲しみを忘れさせようと遊びに連れて行き、共にいる時間をなるべく作ってくれていた。
「子供ながら親父の優しさが逆に辛かった。親父だって自分の時間が必要だろうに。俺なんかに構って良いのかと。そんな自分への怒りの感情が俺の中で、爆発的に増えて行き、その優しさが裏返ってしまった」
父の優しさに自分が情けなくなって行き、怒りの感情が芽生え、徐々に恵魔は父に反抗的になってしまった。
各地で問題を起こし、学校や警察にまで厄介になり、その度に父はずっと頭を下げて続けていた。
『父さんはお前に親としてきちんと出来ているとは思っていない。何が正しくて、何がお前に一番良いのかも分からない。でも、あの日から止まっていても、死んだアイツは戻ってこない』
『……その優しさがイラつくんだよ。忘れるなんて出来ないに決まっている。俺だけじゃない。この家が時が止まっているんだよ!』
自暴自棄になって行く恵魔は問題を起こすたびに転校を繰り返し、その中で祐と廉の二人を見かけたのだった。




