60.結束の姉妹
祐は更に攻勢を強めて一気に仕掛けた。
懐から10円玉を取り出して親指で恵魔に弾き飛ばした。
弾丸の如く放たれた10円玉は恵魔が二本指で挟んで受け取り、攻めに入る祐に逆に撃ち放った。
祐は走りながらつかみ取り、再び撃ち返した。
だが、恵魔も爪を振り上げて10円玉を真っ二つに斬り、片方を祐に投げ返して自らも走り始めた。
互いに半分になった10円玉を持ち、祐が先に親指で撃ち、恵魔は避けながら斜めの体勢で祐の首元に投げた。
祐の10円玉は壁に突き刺さり、恵魔のは電灯の柱に当たって祐の背中に飛んできた。
電灯は割れ、柱も凹んでいた。
目の前からは恵魔、背後から10円玉。
「はぁ!」
祐は後ろに飛び上がり、宙返りしながら真下を通過する10円玉を蹴り飛ばして恵魔に跳ね返した。
恵魔は避けて先ほど壁に刺さった10円玉に重なるようにめり込んだ。
「10円玉無駄になったじゃんかよ。後で返してくれよな」
「そもそも十円撃ってきた奴が言う事かね」
「ごもっとも!」
何度目の衝突だろうか、二人は互いの拳をぶつけ合い、激しい攻防を続けた。
互いに技の応酬を繰り出し、その都度身体に負担が募っていく。
「……一見互角に見えるけど、やはり祐は私と同じで開眼になって間もないから身体変化に追いつけていない。少しは体力が回復しても、変化に順応しなければ根本的には変わらない」
廉から見ても自分と同じで開眼して間もない状態では長く戦い続けるのは無理が生じる。
いずれ祐が体力負けするに違いない。
それに恵魔自身も祐の攻撃に着実に追いつき始めている。
「かなり不味いわ……このままだと祐が」
祐の放った一撃を恵魔は小脇に挟み込み、グイっと引き寄せて頭突きを食らわせた。
怯んだ祐の足をつま先で踏み込み、それでも祐は大振りの反撃をするも避けられて恵魔は爪を立てて、がら空きになった胴体に突き刺した。
だがその時──
「!?」
恵魔と祐の間を一球の野球ボールが目にも留まらぬ速さで通過し、恵魔の攻撃を寸前で食い止めた。
「なんだぁ?今のはぁ」
ボールは壁深くにめり込んでおり、二人は誰が投げたかは即座に理解した。
「廉姉!」
「今度は妹を助けに入ったかぁ?」
祐が一度恵魔から距離を取る。
そこに負傷している廉が横に立った。
「私も行くわ」
「二人でかよ?そんなの──」
「卑怯なんて言ってる場合じゃないわよ。命の問題よ」
「……そうかもだけど」
廉は祐に疑問に思った事を聞いた。
「さっき無限力って勢いついて言ってたけど、あれっとその場の嘘でしょ」
「ば、バレてた?」
「当たり前よ。祐と生まれてずっと一緒だったから、分かるわよ」
無限力と言ったものの、これ以上打つ手が無いための意地っ張りであった。
「でも、私以上に技を使いこなしていたのは感心したわ」
「廉姉のお陰だからよ」
「少しは利口になったのね。以前よりも」
「色々あったからな」
二人で話していると恵魔が二人の間に先ほど投げたボールを割り込むように投げ飛ばして、二人の注意を向けた。
「おおっとすまねぇ。俺も野球参加希望だが枠あるか?」
「俺らは仲間外れはしないから安心しなよ。お前は特別枠だからよぉ!」
「なら手合わせ願おうか?訓練って奴をなぁ!」
手招きして挑発してくる恵魔に二人は顔を見合わせて頷いた。
「今度こそ!」
「行くわよ!」
二人は同時に目を開いて、恵魔へと突撃を繰り出した。
自然と身体が動く。互いに体力が減っているのに何故だか痛みを忘れて身体が動いてくれる。
「これなら」
「勝て──」
二人の目の前から恵魔が消え、同時に振り返ると最初の一撃が祐の頬に蹴りが直撃し、廉が反撃しようとすまたも姿を消した。
「後ろ!?」
「目の前だよ!」
胴体に潜り込んでいた恵魔は腹部に一撃肘打ちを喰らわせて、二人の胴体に手を当てて気合砲で吹き飛ばした。
二人は無惨にもぶっ倒れて腹を押さえた。
「いたた!」
「っう……」
「二人揃ってもやはり強さは変わらんな……」
「開眼してもここまでの差があるなんて……」
開眼して二人ともパワーアップを果たしたが、それでも恵魔の方がやはり強さは一段上であった。
「そんな雑破な戦術が効くと思うか。二人相手でももはや相手にならんなぁ」
「へへ、そんなん言われると泣いちまうよ」
祐は頬を抑えながら立ち上がり、すぐに構えた。
「勝てる気があんまししないけど。やっぱし……行くしか!」
「祐!ダメったら!」
祐は一人突っ込み攻撃を仕掛け、廉も後を追ってタイミングのズレた攻撃を仕掛ける。
祐の最初の一撃を避けられ、祐の背後から現れた廉の攻撃をも廉の顔を蹴り上げた。
「くっ!祐!」
「おうさ!」
廉は怯まずに恵魔の足を掴み取り、動きを止めて祐が恵魔の背後から両手で身体をギュッと腰を掴み込んだ。
そして祐は身体を思いっきり後ろへと反り返らせ、恵魔の身体を地面に勢いよく叩きつけた。
「プロレスはよく見てたんでな!」
「……くっ、くっ。しょうもないねぇ、この程度だとは」
恵魔は身体を地面にぶつけておらず、両手を地につけた直撃を避けていた。
叩きつけられる直前に咄嗟に手を伸ばしてその場に止まっていたのだ。
「俺はお前らの戦いを前に少しずつ強くなっていくんだよ。コピーすればその力をより強く使いこなせる。お前らに超える事は出来ぬ!」
恵魔は落ち着いた様子で呼吸を整え始めて、地面を片手で殴り込んだ。
すると祐の真下のコンクリートが盛り上がり始め、それに気づいた祐は手を離して咄嗟に距離を取り、廉の元に戻った。
「くそ!もうさっきの技をコピーしやがって!」
「分かるでしょ、一人では勝てないって」
「……悔しいがそうかもだな」
すると廉が祐に手を差し伸ばした。
「手を出して」
「何を?」
「何でもいいから早くね」
言われるがままに祐は手を差し出した。
廉は祐の手をギュッと握りしめた。
祐は握られた手の先から電流が走るようなビリッとする感覚が脳まで伝わり、その瞬間様々な映像が脳内に走り込んだ。
「こ、これは……」
様々な武術や技を行っている廉の姿が映し出されており、どれも素晴らしいフォームで無駄のない動きばかりであった。
映像が終わると祐は一瞬吐き気を感じてその場に片膝をついた。
「うっ、これって一体……」
「私の戦いの技術を貴方の脳に送り込んだ」
「そんな事まで……」
「気の伝達って奴よ。他人に自分の記憶の一部を刷り込ますことが出来るのよ」
そんな技までと、ツッコもうとも思ったが、身体の中には知らないはずの技の動きが考えるだけで、手が無意識に動いてしまい、脳にそのビジョンが浮かんでくる。
「何だろう。体が今ので本当に理解しちまったのか?」
「えぇ、"気文想"。昔からある伝承の儀式の一つね」
気文想──
伝承。武術を習っている人なら知ってるはずだろう。
師範代が次の世代に技術を託す事。
歴史に存在する一部の武術が繋がれているのは気文想による伝承があるとされている。
見て学ぶでなく、伝えて学ぶ。
その言葉を提唱した中国の武術家"項蘭會"は1000年以上続く流派"可撓流"を老いた師範から受け継ぐ際に、自分にはまだ無理ですと答えたが、師範に手を差し伸ばすように言われて、手を差し伸ばした。
師範が蘭會の手を触れると、ビリッと来る感覚と共に師範の目となり、技を打つ光景が映し出された。
そして本人がその一つの技を撃つと、今までとは違いキレが段違いに上がり、まるで若き頃の師範そのものの動きになった。
それから師範の言葉を守り、鍛錬を続けて更に磨きのかかったこの武術を次の世代に渡していき、世代が変わることに流派は更に進化を遂げたとされている。
なお、現在では後継者がいなくなった事で、1985年の記録を最後に可撓流がどうなったのかは不明となっている。




