57.二人の開眼
近づく恵魔。
廉からははっきりと見える異質なオーラ。
底知れぬ体力に、無尽蔵なエネルギー。
この人間に勝てる者はいるのかと思うほどである。
「絶望している顔っぽいねぇ廉ちゃんよ。お化け屋敷よりも怖いかい?」
「怖くなんかないわよ」
廉は身体の痛みを堪えて、再び戦いに興じようとした。
その時、ジャンプして二人の間に祐が参戦して来た。
「今度は俺が相手だ!恵魔!」
「遅れて登校かい?てっきり登校拒否かと思ったぜ」
「小中学は皆勤賞だったんだがな。数日前に途切れてちまったよ」
平気そうに喋る祐だが、横腹を抑えており、息を小刻みに吐いている。
誰から見ても万全には到底見えない。
「祐!下がりなさい!今の貴方じゃ無理よ!」
「下がれは俺の禁句だぜ。前進あるのみだ!」
「開眼すらしていないのに」
「だからこそ、後ろに下がるわけにはいかんのだよ!」
そう言って祐は廉の言葉を流し、拳を握りしめて恵魔へと攻撃を仕掛ける。
一歩踏み出すと足が痛む。でも、祐には開眼させられる自信があった。
大振りで低速なパンチ。恵魔は馬鹿にする乾いた笑いを浮かべながら後ろへと下がって避けた。
「おいおい、とち狂ったか?さっきの自信でその程度か?」
「お前に言われたかねぇ!」
「そんなんじゃあ、俺と廉のいる所に到達できねえよ」
祐は裏拳を放つも、もはや相手ではないと恵魔は避けずに拳を頬に喰らった。
「避けるまでもない。そんなじゃあ、むしろ姉の足手纏いだろうが」
「ふざけるな!」
更に蹴りを加えるが、それも避けずに直接食い、むしろ足の痛みがズキっと襲い、逆にダメージを受けた。
「くっ……」
「さっさと下がりなよ!足手纏いが!」
恵魔が前蹴りを放つと祐はニヤリと笑い、放たれた足に手をつけて、宙へと舞った。
そして空中で両手を合わせて、瞬時に真下の恵魔へと手を突き付けてた。
瞬時に察知した恵魔は体を大きく捻って避けた。
地面は軽く凹み、廉の気合砲を撃ち放ったようだ。
「思ったよりは動けそうだな。だが、技は俺よりも不細工な仕上がりだが、少しはセンスがある」
「へっ、姉の真似っこは妹の特権よ!」
「ごもっとも」
そう言って恵魔は不気味な笑みを浮かべて近づき、祐の横腹目掛けて勢いよく蹴り、祐の身体は廉の真ん前まで飛ばされた。
「ぐあぁぁぁ!」
祐は悶絶して横腹を抑え、その場に蹲った。
包帯を巻いてもらった箇所が赤く染まっていき、抑えた手には血がべっとりと付着付着していた。
だが、祐は自分の頭を拳で殴り、痛みを堪えて立ち上がった。
その顔は痛みに耐えている作り笑顔である。
「祐!」
「いやまだだ!こんなもんじゃねぇぞ!もっとだ!」
再び攻め、パンチを繰り出すも恵魔は飛び上がって避け、背後から回し蹴りを横腹に食らわせた。
「くっ!ったくねぇよ!」
苦痛の表情を浮かべながらも反撃の蹴りを打つ。
蹴りは簡単に受け止められ、再び腹部引っかかれた。
それでも祐は反撃を続けた。
「ぐぅ!これしきがぁぁぁ!」
「よぉ耐えれるもんだなぁ!」
いくら攻撃を続けても恵魔にダメージは通らない。
それでも攻撃を止めず、反撃されてもその手足を止めることは無かった。
恵魔の攻撃を食らう度に意識が遠のきそうになる。目の前がクラクラとボヤけてきた。
「でもよぉ!今の俺には足りねえよ!こんなもんじゃなあ!」
「祐下がりなさい!これ以上は身体が──」
廉が前に出ようとすると、祐は声を荒げて止めた。
「廉姉!今だけは、今だけは俺にやらせてくれ!」
「でも……」
「何百回何千回!何万回何億回……そしてそれ以上殴られても!この手を緩める事はない!俺自身で到達してやるのさ!此の身一つ削ってでも!」
再び攻撃を仕掛けるも軽々と避けられて胴体に膝打ちを喰らわさせた。
「がはっ!だが!」
「しつこい奴め!」
何度殴られて、爪の切り傷が出来ても立ち上がって恵魔に立ち向かった。
「廉姉の足を引っ張って風評被害を負わせ続けた自分が嫌いだった!でも、こんな性格だから治ることなんてなかった!だから、自分が嫌いだった!そんな自分でも相手してくれる馬鹿はいるし、慕ってくれる友達も出来た!そいつらにはありがとうと言えたのに、廉姉にはありがとうの一つもリボンを結んでもらったあの日心底から言えてない!あの人にもだ!」
「あぁん?」
昔からずっとそうだった。
廉の後ろにいて小さかった過去の自分。廉姉、あの人がいたからこそ、今の自分が出来上がった。
でも、結局他人の力で成長したに過ぎなかった。
背を追い、その背中を真似ただけの絵空事。
まともに自分で選ぶ事が出来ない自分。それが今、自分の意思でこの場に降り立って、廉を助けに来た。
そんな時なのに、役に立てず、また足手纏いになると思うと段々苛立ってくる。
そうやってダメな自分だから、また問題を起こしてしまうんだ。
また廉姉の邪魔になって昔と変わらない自分のままになってしまう。
自分自身を責め続ける祐に恵魔が近づき、耳元で囁いた。
「一言だけ悪の先輩からのありがたいアドバイスをくれてやる。堕ちればもう怖いものなんてのは、無くなるもんさ。恐怖を飲み込めよ祐。誰もお前に感謝なんてしねぇんだからよ」
「祐!その言葉を耳にしてはダメ!!」
「お前は姉から不必要とされてるんだぜぇ。ここでは廉はのびのびと暮らし、仲間と共に一緒にいるのが幸せなんだよ。だからお前の事は忘れてもいいと思ったに違いないぜ」
恵魔の言葉に祐は何も反応せずに項垂れていた。
だが、その時祐は目にも止まらぬ速さで拳を振り上げて、恵魔を殴り飛ばした。
「ちっ、お前さんには悪魔の囁きはノーダメか」
「俺の悪口がいくらでも言えばいい。いっぱい言われたから慣れちまったよ。でもなぁ、廉姉の事を憶測だけでいい加減に言うのは許さん!」
祐の姿に廉には何かを感じていた。
この状況で、恵魔とは違う暖かなオーラが見えた。
「あのオーラはあの人のように優しく、暖かいオーラを感じる……まるで、あの人が目の前にいるような」
祐は自分への怒りに少しずつ目の色が変わり始めた。
拳を握りしめ、立ち上がり空に向かって大声を上げた。
「俺のバカヤローー!!」
叫びは空にこだまし、その場にいる全員の耳がキーンと響くほどの声。
その声と共に体の奥にある今まで歩んできた記憶とここまでの道のりが全て走馬灯の如く脳を駆け巡った。
廉との記憶、あの人との記憶、これまでの自分自身が見てきた光景。
あの人が亡くなったあの日からずっと、この世にいないと分かっていたけど信じたくなかった。
親離れできない子供のように。
だけど、もう違う。自分の言葉で自分の思いでこの逆境を超える!
その瞬間、廉と恵魔は何かを察知した。
「!?」
「この感覚、まさか……」
二人はそれを感じるのが祐からなのを。
感じる。祐から溢れる闘志を。
失いかけていた力が一気に回復した。
「目ん玉かっぽじって、万丈祐の目ん玉を見やがれ!」
顔を上げた祐の眼は開眼していた。
「貴様、開いたのか」
「あぁ、自分の弱さへの怒りが俺を呼んだ!のかもしれんな。本当の所は分からないがな」
祐はその場で何度もジャンプし、今の自分の状態を確かめた。
足も傷まない、ふんわりと前よりも高くジャンプが出来る。
「身体も痛みが引いたようだ。宇宙にいるくらい軽いかもだぜ」
「大丈夫なの、祐」
「あぁ、バリバリ大丈夫だ。廉姉も同じだと思うよ。今度は信頼出来る仲間がいるってのが、自分を支えている事を」
「えぇ、そうね」
祐は拳を鳴らしながら、恵魔に向けて拳を突きつけた。
「激戦はまだ終わらんぞ!恵魔!」




