52.絶対最強の高速バトル
蹴りは互いの頬をスレスレに放たれ、肌に足が掠り赤く線が入った。
足を引くと互いに無言で拳を放ち、拳をぶつかり合う衝撃音が獄門学園内に響き渡る。
恵魔が拳を引くと自分の手が痺れている事に気づき、不気味にニヤついた。
「さっきとは違う、正確な突きだぁ。力任せな拳よりも痛みを的確に見破った拳の方が良い」
「そうね」
爪を立てて、再び攻勢に出た恵魔。
廉は拳を突く動作をしようとした。だが、攻撃が届く寸前に手を開いて恵魔の指と指の間に自分の指を入れて、目に届く寸前で攻撃を食い止めた。
「⁉︎」
恵魔が廉の指から離そうとするが、廉は恵魔の身体を斜め下に引き寄せ、顎に膝蹴りを喰らわせた。
だが、恵魔は怯まずに至近距離で爪を振り上げて廉の頰を三本の赤い線が敷かれた。
「すまんなぁ!また綺麗な顔に傷つけちまったなぁ!おいおい!」
「少しだけ私も本気を出しても良いわよね」
落ち着いた風に言われる冷酷な声。
息を整えて、スッと二本の指を立て、恵魔へと向けた。
「なっ?」
「さぁ、来なさいよ」
「なら、遠慮なくぅ!」
恵魔が攻撃を仕掛けようと身体を動かした。その時、廉は素早く恵魔の額に指を当てた。
額に指を当てた瞬間、恵魔の全身が硬直した。
まるで時が止まったように。
「はっ?」
恵魔がハッと気づいた時には、拳を眼前に寸止めされていた。
咄嗟に後方へと下がり、廉に問う。
「今の一撃。何だ」
「貴方を余裕で倒せるって言う意思表示よ」
「妙や技を使いやがって……」
恵魔には何が起きたのか一瞬分からなかった。
額に指が触れた瞬間から、拳が眼前で止まった時まで記憶になかった。
だが、祐だけはその正体に気づいていた。
「昔、廉姉が持っていた本で読んだ事がある。近接攻撃での第一撃は戦闘においてのルートを開拓するスタート。確か、大観の一撃……」
江戸時代、とある藩にて平和な世に暇も持て余した城主が城下町を更に盛り上げようと考えて考案した力自慢大会。ルールは相撲と近い勝負方法で、武器は使用不可、手足を自由に使って敵を場外に押し出す。
ただ、殺人や金的、目潰しなどの卑劣な手は失格となる。
そこには若い者から元仕官していた者など様々な人々が集まり、順位別で食料品の景品を用意し、全員が楽しく和気藹々と賑わいを見せていた。
そこに出場したものこそが、後の明治に発行された江戸百人にてその名を轟かせた自称武人、大観御三郎であった。年齢は不明でその名と凛々しく違った目をした普通の市民とは雰囲気が違うとだけ記されている。
御三郎の戦術は至極簡単。迫った敵の額に二本指を当てて、敵に一瞬だけ判断の鈍りを起こして、張り手で場外へと押し出す戦法。
その戦法により、御三郎は敵に触れられる事なく優勝して会場を驚かせた。
指から放たれる気の伝導により、額に当てられた指先から相手の脳に振動を送り、敵の脳内に軽いショックを与えて一秒ほどの硬直を発生させる。
その隙を見て、敵を一撃で倒す張り手で撃破する戦法なのだ。
二撃目を放ちたいと言いたいがそれは無理である。脳の構造上、一度起きた衝撃を体内に無意識にインプットさせ、次は起こさせないと脳自身が身体に教え込ませる。
それにより、二撃目を額に当てたとしても脳が自己防衛を起こして、脳のショックを大幅に押さえ込んでしまうからである。
だが、これ以上の力を送ると脳内に深刻なダメージを与えてしまい、記憶喪失や脳の障害、脳裂傷を起こす可能性すらあるとされている。
だからこそ、試合では一度しか使用出来ず、もしも再び同じ相手に使うのならば、最低でも半年の時を待ち、脳が忘れた頃に使うのが良いとされている。
だが、これほどのインパクトを残した彼がここまで表舞台に出ないのは本人がこの試合のみを最後に表舞台から去ってしまった事にある。
優勝した御三郎を城主は気に入り、仕官の話を持ちかけると御三郎は首を横に振り、優勝賞品の米俵二つを担いで森の中へと消えていった。
その伝説が城主から藩主へと伝わり、そこから話を聞いた多くの武人たちが見よう見まねで独自の戦術を編み出していき、今日まで大観の一撃として知れ渡っている。
大観御三郎の名から取ったと言われている技名、それが大観の一撃なのだ。
「くそ、勉強好きは文字が好きだなぁ!俺は苦手だから、そんなのくだらねえ!」
「文字は知識よ。戦闘も同じく知識の勝負よ」
「そんな凄い技でも、弱点はある!」
そう言って恵魔は攻撃を仕掛けて来た。
つま先を前に突き出して、前蹴りを放って来た。
「足を伸ばせばよぉ!そんな指当たるわけないんだよなぁ!」
「克服は苦難の道なり。武は時を経て、克服の道標を開拓する事なり!それこそが武芸百幸の言里なり!」
「分かるかそんなの!」
廉は両腕を交差させ、恵魔の蹴りを両腕で挟み込んで食い止めた。
そしてギュッと力を込めて腕で圧力を掛け、上に押し上げた。
足が上がり、バランスを崩し掛け、胴体に大きく隙が出来た。その腹部に呼吸を整えて拳を素早く突いた。
「ぐぶっ!」
見えなく音も感じさせない速度の攻撃は恵魔の腹部に深くめり込んで数メートルもぶっ飛ばした。
「攻めと守りは表裏一体。攻撃から防御、防御から攻撃。それは別の動作で別の意味を持つけど、繋がっていくのよ」
「けけ、でもよぉ」
恵魔は嗚咽を吐きながら腹部を支えて立ち上がった。
「実力ならお前さんの方が早いが俺を止める為にって手を抜いてやがるだろぉ?」
「……そうだと言ったら?」
「本気出させる程暴れ回るまでよ!」
「何をする気?」
すると、恵魔は背後で起きている喧嘩騒ぎの中に飛び込んで、生徒と看守らを無差別に攻撃を始めた。
集団に紛れ込み、攻撃を繰り出し、負傷者を続出させた。
「やつを狙え!」
「分かっているが!」
監視塔から看守達が恵魔に麻酔弾で標準を合わせて撃つも、集団の中なのに素早い動きで捉えられずにいた。
「そんな所で芋るんじゃねぇよ!」
地面に落ちている麻酔弾を何個も拾い上げ、監視塔へと投げ飛ばした。
監視塔にいる数人の看守の腕に突き刺さり、数秒後には全員意識を失ってその場に倒れた。
「即効性の高い麻酔薬か。あんぶねぇ物使いやがって!」
恵魔は狂犬のようにより激しく暴れ回り、誰にも手がつけられず、止めれる気配は一向になかった。
「おらおらぁ!止めてみせいよ!被害増大のによぉ!」
更にもう一本麻酔弾を拾い上げて地上にいる看守の一人に投げ飛ばした。
「ひっ!」
だが、その麻酔弾は看守には当たらず、祐が寸前で掴み取っていた。
「おい、アンタら。これ以上被害を出したくなければ、撤退しろ。これよら、もっと戦い加熱するぜ」
「……」
「アンタらに恩を売る気なんてない。早くしろ!俺はアイツよりかはマシだと思うぜ」
この状況、恵魔はおろか喧嘩すら止められない程の大暴動。
「何故俺らが貴様の言うことを──」
「とにかく邪魔するなよ!邪魔したら今度はアタシがこの針をお前らのケツにぶっ刺すからな!」
そう言って麻酔弾を握り折った。
その形相に黙り込んだ看守達。
そして祐は喧嘩をしている面々に向けて、大声をあげた。
「お前らぁぁぁ! 今一瞬だけでも静まれ!!」
衝撃波すら感じる程の大声に全員が静まり返り、祐を一斉に見つめた。
だが、見たこともない顔に、獄門学園には似つかわしくない綺麗な顔に全員が再び声を上げた。
「お前部外者だろうが!口出しすんじゃねぇ!」
「そうだそうだ!アタシらはいつもの恨みを晴らしてやるんだよ!」
「邪魔なんだよ!帰りやがれ!」
「綺麗な顔陥没させたろか!」
生徒ら全員に罵倒され、次第に腹が立ち初めて、祐は地面を思いっきり殴りつけて全員に寒気を及ぼす程の表情で睨みつけた。
「穏健派な俺が最後の警告をするが、分かったか? 黙らんかったら優しくなった俺が優しくお仕置きしてやらぁ」
そう優しく言いながらも鬼のような顔をして睨みつけて、石を握りしめて粉々にした。
全員が思った。逆らったら本当に痛いお仕置きをされるのだろうと。
「は、はい……」
聖燐や望江もその声に身体を震わせていた。
「ありゃ激おこだな」
「姉妹揃っておっかねぇ……」
祐と廉は互いに背を引っ付け合い、互いに怪我の心配をしあった。
「祐、怪我は?」
「これくらい。別に大丈夫さね」
「その言葉を信じて、もう一度彼女と戦うわよ」
「おうさ!」
二人は群衆の中に隠れている恵魔へと挑発をかけた。
「さぁ!喧嘩も休戦を迎えたぞ!俺らの戦争に戻るぞ恵魔ぁ!」
「私達なら逃げも隠れもしないわよ!」
二人の声に何処からか恵魔の声が聞こえてきた。
「戦争は起こるべくして起こるんじゃないだよ。起こしたい奴が起こすんだよぉ!」
群衆の中から一人だけ高速で動いている音が聞こえてくる。
全員が立ち止まっている中で動いているのはただ一人。奴しかいない。
祐も廉も背を合わせつつ、恵魔の接近を警戒する。
「全く。これだから駄々っ子は」
「ああいうのは、本当に困るよな」
「祐に言われたく無いわよ」
「ごもっともだな」
そう言いながらも二人は笑い合い、冷静に状況を判断している。
その時、恵魔の足音が突然途切れて、二人は目を細くして、耳を凝らした。
奴が近づいてくる。音もなく。
その時、廉が真っ先に目をかっぱらいた。
人混みから一つのボタンが空高くに弾き飛ばされた。
廉はそのボタンをまだ追わなかった。明らかに陽動。
自分達の目を別に向けるための単純な作戦。
「何っ⁉︎」
「祐!」
振り向いた祐はニヤリと笑って恵魔の拳を掴み、顎にアッパーを食らわせて大きく怯ませた。
「ぐっ……」
「あの目……祐と同じ」
「さっきの廉姉と同じ目だ」
自分達が目の前にしたあの冷たく鋭い眼。
二人が互いに見てきた眼を恵魔もしていた。
「貴様らも分かるだろ。お前達の眼にも扉が付いているだろ」
「扉?」
「千万人に一人がなるという特異な病。個人差があると言われるがトリガーが外れると、時に我を忘れて暴れ、時には心のトラウマに別の自分に精神を乗っ取られる」
二人は自分達が我を忘れた瞬間を思い出した。
祐は感情の高ぶり、廉は過去のトラウマや不安から来る精神の不調。
「その制御が外れて、本来制御されていたパワーが一気に解放される。それを扉が開くと言われている」
「俺と廉姉はそれだと言うのか!」
「あぁ、廉の奴は完全に眼の神が宿している」
「眼の神⁉︎」
「又の名を羅眼と呼ぶ。そしてこの俺も同じタイプでね」
そう言って自分の目を指して細くなった眼球を見せつけた。




