40.戦慄のトランプ
その頃、廉達は──
スポーツをしていい汗を掻いた一同、シャワーも食事も終えて塔へと戻った。
一階で全員で座っていて、聖燐は呑気に両手を合わせて広げていた。
「ふぅ……あんな不味い飯でも、スポーツ後だと、そこそこ食える料理になるな!」
「数ヶ月もここに入れば、あんなの慣れるぜ。それに月一でカレーの日があるぞ。レトルトよりはるかに不味いが揚げパン並に嬉しいモノがある」
「揚げパンよりも、昔一度だけ出た焼きそばパンが好きだったな。普通の焼きそばより少し濃い目なのがプラス点だ」
出っ歯の自信満々に言い、聖燐も笑顔で言い返し。廉も正座をして少し微笑んでいた。
「アタシはレーズンパンが苦手だったな。甘酸っぱい感じが苦手だったな。廉はどうだ?」
「私は何でも食べていたわね。レーズンだろうとも焼きそばだろうともね。でも、ドレッシングのかかったみかんサラダは苦手だったかな?」
話していき、あまり感じたことない気分だった。
いつも周りの生徒らは自分の事を褒めていたり、本来こんな形で笑って、たわいも無い会話をした事が殆どなかった廉にはとても楽しかった。
何故だか自分のマイナスな事を言っても皆んな共感して笑ってくれる。
変な事を言ったら引かれるんじゃ無いかと思っていたあの学校と違って、目の前の彼女らは自分を特別な生徒ではなく、一人の仲間として話してくれる。
そんな皆んなと笑いながら話は弾んでいた。
すると、出っ歯が口を開けて、出っ歯が余計に目立つ中、燈の頭の上に指をさした。
「燈さん!! 頭の上!!」
「んだよ?ゴミか?」
頭の上に違和感を感じて、燈が目を上に向けると、そこにはひょっとこのお面を被った小柄な金髪の女性囚人が腕を組んで立っていた。
廉や聖燐、この塔の囚人もその姿に驚愕した。
「出た!? ひょっとこ野郎!!」
燈の頭の上に立っているひょっとこが両手を広げて。ゆっくりと飛び上がった。
回転しながら、ゆらりと紙飛行機のように空気抵抗を感じさせないように落ちていき、綺麗に着地した。
「お前が祐が言っていたひょっとこかい。実在していたとはな!」
ひょっとこは燈の問いに答えず、無言を貫き通した。
「答えないって訳か」
そしてひょっとこは手を棒の伸ばして、燈の周りをロボット歩きし始めた。
全員が静まり返り、ひょっとこの動向を注目した。
「……何するつもりだ……」
燈も自分の周りを歩くひょっとこを目で追った。何をするのかを全然読めない。
読めないだからこその不気味な恐怖を抱いた。
聖燐はひょっとこを見て、内心イラついていた。ゆっくりと歩き、何をするか分からずに、ただ燈の周りをグルグルと回っている。
攻撃する気なのか、ただふざけているのか、挑発をしているのか。
気持ち悪いが、誰も何もせずに静かに見ていて、我慢の限界を超えた。
「あーもー!! じれったい奴め! 何をするか、はっきりしやがれ!!」
握っていた野球ボールをひょっとこに投げつけた。 綺麗なフォームを描き、ひょっとこの顔面を捉えた。
「その化けの皮を剥がしやがれ!!不気味なんじゃ!」
ボールが眼前に迫ったひょっとこは、ロボットの動きを突如やめて、ボールを蹴り上げて一回転のバク転をした。
ボールは軌道をそらさずに真っ直ぐと上に上がっていった。
ボールは二十階もある天井まで届き、天井に軽くぶつかるとゆっくりと音もなく真っ逆さまに落ちてきた。そのまま突っ立っていると、その上からボールが頭に落ちてきた。
「何してやがるんだ……」
全員がこの後どうするか、動向を見守った。
頭に落ちてきたボールにひょっとこはヘディングのように頭を軽く上下に振りながら、頭の上でボールがバウンドしていた。
しかも一歩もその場から動かずに、体勢も崩さずにヘディングしていた。
「サッカー選手かよ……あいつ。お前はあたしらに曲芸を見せに来たのか? 曲芸ならサーカス団にでも入ってな」
その動きに呆れてた聖燐はひょっとこに軽い挑発した。
すると、頭を軽く傾かせて、ボール足元に落とした。
そして、ボールが地面に落ちようとした瞬間、突如右足を後ろに振り上げて、サッカーボールを蹴るように風を切るように野球ボールを蹴った。
だが、ボールは真っ直ぐとは飛ばずに大きく道を逸らした。
誰もが、思った。これは何かの作戦なのか、本当に外したのか、誰も分からなかった。
「どこに蹴ってんだよ?」
聖燐も他の囚人もそのボールの行方を追った。
ボールは壁にぶつかって跳ね返り、更に別の方向の壁にぶつかって更に跳ね返った。
全く予想が出来ず、ボールはスピードを落とすことなく、色んな場所でバウンドした。そして聖燐の背後の壁にぶつかると、そのまま真っ直ぐと聖燐の脳天に直撃して、その場に倒れこんだ。
「痛っ!!」
「大丈夫!?」
廉がすぐに聖燐の元へと行き、立ち上がらせた。聖燐がひょっとこを睨みつけると、聖燐を見ることもなくまたロボット歩きを始めていた。
廉は思った。ひょっとこはこのボールの跳ね返りを予測していたのではないかと。
「貴方にぶつかるように仕向けたって訳ね……」
「ちきしょう……こんにゃろ!!」
「待ちなさい!れ
自分がバカにされたと思い込み、逆上した聖燐は廉の静止を振り切って、無謀にもひょっとこへと拳を突き立てて突っ込んで行った。
攻撃を仕掛けたが、目の前から姿が消えた。
「後ろだ!!」
燈の声に背後を振り向くと、眼前に映ったのはひょっとこの顔とその細く足が横から迫っている光景だった。
あまりにも早い速度に避けれる訳でもなく、顔面に直撃して顔面を抑えて何歩か後退した。
燈ほどの威力はないが、速度は燈以上だった。
「痛え……何すんだよ!」
ひょっとこは更に追撃をし、顔面にジャブを食らわせた。
一発一発のダメージは小さいものの、的確に相手の顔面を狙い、確実にダメージを与えていった。
聖燐は攻撃を読んで、ひょっとこの細い手を掴み込んだ。そして、力一杯身体を振り回して反対側の壁へと投げ飛ばした。
無抵抗のまま飛ばされて、壁にぶつかりそうになると、空中で体勢を変えた。壁に足が向くようにして、壁に足を曲げて付くと、バネのように足を一気に伸ばして、聖燐へと飛んで行った。
聖燐は攻撃を避けて、聖燐のすぐ背後にある壁にぶつかりそうになると、高速で体勢を変えて、足を曲げて壁に着地して、再びバネように足を一気に伸ばした。
「早い!」
「全然追えない!」
聖燐が振向こうとすると、またまた体勢を変えて、聖燐へと足の伸ばして、聖燐の顔を蹴り飛ばした。
素早いスピードとひょっとこの体重が加わった攻撃は、先ほどの蹴りよりパワーが高く、重い一撃が聖燐にのし掛かり、壁まで転がって行き、壁に頭から激突した。
「クッソォ……痛ぇな!」
聖燐が頭を抑えている間も、またひょっとこは挑発するようにロボット歩きを始めた。
「ちぃ! また、あの歩き方始めやがった!!」
聖燐が立とうとすると、燈が手で止めて、前に出てきた。
「あたしがやろう。このひょっとこを」
「大丈夫なのか? あのひょっとこ、パワーはそこまでないが、素早さはあんた以上だぜ」
「その素早さをあたしの拳が相殺してやる。一撃でも当たる事が出来れば、アタシの勝ちだろう」
ひょっとこの前に立ち、ニヤリと笑って拳を鳴らす。そしてゆっくりと近づいて行き、威圧的な顔で話しかけた。
「今度はあたしだぜ。ひょっとこさんよ」
もちろん返答は返ってこない。だが、そんなもん分かっていた。
今はこの変わりもんに一撃加えて、その顔の化けの皮を剥がしてやると意気込んでいた。




