38.野球少女
三つの授業が無事に終わり、首輪も外されて聖燐は満面の笑みを浮かべながら食堂へと向かっていく。
「やっと、昼食だぜ。授業はやっぱりめんどくせぇな」
呑気な聖燐に釘を指すように芽依が言う。
「でも、ここを出るまでは日曜日以外は毎日あるよ」
「日曜日以外!? 土曜日は?」
「土曜日は一時間更生ビデオを見せられて、そこから昼食までは、獄門学園内の掃除をさせられるんだよ」
更生ビデオとは、学安によって制作された不良生徒が主人公の安っぽいドラマを見せられる。
家庭に問題がある不良生徒が獄門学園に入学して、そこで色々と困難が待ち構えて、それを乗り越えて、獄門学園の素晴らしさを教えるよく分からないストーリーを見せつけられる。
囚人らの間ではテレビの再現VTRの方がマシと言われるほどだ。
「面白くないストーリーだし、寝たら電撃食らうし、困ったもんだよ」
「はぁ……くだんねぇもん見せやがって」
そしてマズイ食事も終えて、十二時三十分から四時までは外での自由時間になる。
外と言っても、壁に囲まれた空間のみだが、バスケットコートやら、野球コートなど男女に別れて、広く色んなスポーツが出来るようになっている。
バスケットボールを楽しむ囚人もいれば、キャッチボールをする囚人もいる。スポーツはせずに壁やベンチに寄り添って談笑する者もいた。
更に塔の中にも屋内コートや図書館があり、雨が降った場合は、外は禁止されてどちらかで過ごす事となる。
聖燐はこの広いコートを眺め、晴天の空を見て準備運動を始めていた。
「結構広いんだなここ。やっぱり青い空の下で運動するのはいいな!!」
「お前らもなんかやるか?」
燈と出っ歯がグローブ何個かと、野球ボールを持ってきた。聖燐がすぐに目の色を変えて燈に寄った。
「おっ? キャッチボールか!! いいね!」
「野球にサッカーにバスケにバレーに、なんでもござれだ」
嬉しそうにグローブを装着する聖燐に出っ歯が聞く。
「お前、投げれるか?」
「あったりまえよ! 野球もキャッチボールも大得意だぜ!!」
「なら、燈さんのボール受けて見ろよ!とんでも早いぜ」
聖燐は思った。あんなゴリラが投げるボールをまともに受け止めたら身体の骨が粉々になるんじゃないかと。
そう思うと背筋が凍りつき、そっとグローブを外した。
「別の事しようか……」
すると、背後から芽依が耳元で小声で囁いた。
「聖燐お姉ちゃん、まさかゴリラのキャッチボールするの怖いの?」
「うっ……怖くはねぇよ……でも、うん……」
「キャッチするんだよ! 聖燐お姉ちゃん!!」
二人でわちゃちわゃやりとりが繰り広げられた。
燈が廉を見ると、コート内をいたるところ見渡していた。
「どうした?」
「……あっ、いや朝食の時に言った、ひょっとこを探しているんだけど」
「こんなところで被っていたらわかり易いだろうがな」
「えぇ」
「少しは頭を冷やそうぜ。今は気分転換がてらに野球をしようぜ」
そして無理やり、廉は燈とキャッチボールする事になった。
拳を何回かグローブに叩き込み、燈が廉にボールを投げて、ワンバンドしてキャッチした。
「さぁ、投げて来いよ!全力でも構わんぞ!」
ボールを渡して、手招きで投げて来いと言うが、廉は少し戸惑っていた。
中々投げてこない廉に燈は声をかけた。
「心配せずに思いっきり投げろ!絶対に受け止めてやるからよ!」
そんな廉は顔を赤らめて言った。
「……私、こうゆうのやった事ないんだ……」
「やった事ないのか? 野球……」
「……うん」
恥ずかしそうに頭を下げる廉。
ベンチに座っていた聖燐も二人の話に混ざってきた。
「やった事ないのか?」
「うん……スポーツは体育の授業以外じゃあんまりスポーツはしてないから」
「なら、教えてやろうか?」
「うぅ」
廉の中では祐が泥だらけで帰ってきた事が多く、怪我も多かった為、あまり快く思ってはいなかった。
だからこそ、野球自体あまり好きではなく、むしろ男だからこそやる物だと思い込んでいた。
だけど、ここにいる囚人達は怪我しても汚れても楽しそうにスポーツをしていた。
「野球。でも、女の子が……」
「野球くらい女子だろうともしてるだろ? 女子野球とかあるし」
そんな廉を見て燈は、グローブを聖燐に投げ渡しながら説明した。
「そうだぜ。野球なんてルールさえ覚えれば簡単だぜ。投げられたボール打って走る。それか打ったボールを追いかけてキャッチして、走っている奴が近い仲間に投げ渡してアウト。それだけだ。簡単だろ?」
「そうだけど……」
「やってないのに、嫌々言うのは駄々っ子の言う事だ。とりあえずやってみようぜ」
駄々っ子。その言葉から、急にやる気が湧いてきた。
自分は駄々っ子じゃない。そう思うと力が出てきた。見せてやる。自分の力を。
「やるわよ!やってみる」
意気込んでボールを投げようとするが、全然フォームがなってなく、投げたボールは斜め下に真っ直ぐと地面をバウンドして、端っこまで飛んで行った。
これには燈と聖燐は頭を抱えた。
「あらら」
「飛距離はあるんだけど、フォームがなってないなぁ」
これほど下手だとは、予想外だった。
予想以上の下手さに廉はまた顔を赤らめてしまい、顔をうつ伏せた。
「……教えて、下さい」
燈と聖燐、そして出っ歯は廉にボールの投げ方を教え始めた。
祐にも言ったが、女子が野球をやるのはおかしいと言った野球に、最初はあまり抵抗があったが、聖燐たちが投げ方をレクチャーして、丁寧で少しずつ理解していった。
数十分の練習の末に一回試すことにした。
「さぁ投げてみろ!」
燈がグローブをはめて、十メートルほど離れて、廉のボールを受け止めようと軽くしゃがみ込んで構えた。
「行くわよ」
「おう!」
廉は教えられた通りに投げた。綺麗なフォームで投げたボールは真っ直ぐと野球選手顔負けのスピードで飛び、燈のグローブに吸い込まれるように綺麗に入った。
燈はその衝撃を前に、思わず後ろに倒れそうになった。
「は、早いな……お前」
「そう……かしら?」
「女子野球にいたらすぐエースになりそうだな」
「お世辞はいいわよ」
周りの囚人達も速度とコントロール力に驚き、全員が注目してきた。
「ほんとだぜ。あたしは十年以上やっていたが、こんなに早いボールを投げられるなんて」
「そう、かしら?野球って案外楽しいわね……」
燈や聖燐は廉の上達っぷりに大喜びしていた。
廉も心から喜びを得た。前から言っていた野球が少しは楽しいと感じ、祐のスポーツが楽しいと言っていた事が少しは分かった。
汗を掻くっていい事だな。自分の頬に着いた埃がその証拠であった。
仲間と共に汗水流してするスポーツがとても楽しい。生まれてこの日、初めての感動であった。
「もう少し練習して、いつか試合やりましょうよ!」
「いいなそれ。獄門学園対抗野球大会も悪く無いな」
全員で話が盛り上がり、廉も微笑まながら話に混ざって行った。
*
「……」
だが遠くの方向から廉たちを見ている影がいた。
その目は黒く光がなかった。まるでブラックホールのように。




