36.不安な朝
日が昇り始めた朝六時ごろ。
昨日の夕方に鳴った時と同じサイレンが塔全体に鳴り響いた。
しっかりと寝付いていた聖燐もこの音の前には簡単に飛び起きた。
「うわわわっ!? 何だ何だ!?」
二度目だとは言え、全く慣れずに耳を強く押さえ込んだ。
「くっそ! 毎朝、毎朝こんなのを聞かされるのかよ!」
「……生きてく為には、慣れないとダメなのよ」
「ちっきしょう。耳も身体も痛いぜ全く」
廉は慣れて、すんなりと起きていた。
聖燐は身体の痛みであまり深く眠れなかったようだ。
音が鳴り止むと、今度は隊員の怒鳴り声が鳴り響いた。
「起きたか! さっさと通路に出ろ!」
ドアの鍵が自動的に開く音が聞こえた瞬間に二人は動き、通路に飛び出た。
「今日は間に合ったようだな」
夕食の時と同じ、列になって塔を出て行く。
廉が下の階を見下ろす。
そこには怪我をしながらも燈が普通に歩いているのを確認した。
聖燐も少し燈を覗き込んだ。
「あいつも相当なようだな。あんなにやられたのに……」
廉は再び聖燐が言っていたのを思い出した。思い出す為に、少しだけ申し訳ない気持ちに駆られた。
ちょっとばかり気まずくなった聖燐はすぐに謝った。
「……すまねぇ、思い出しくないか」
「いいのよ。本当の事だから。でも、そんなにあの人を懲らしめたの?」
「まぁな。初めて見たぜ。あんな動き」
「……」
自分でも不思議で仕方ない廉。
そして食堂へと移動して、今日も不味い料理を入れられた。
汚らしい水と、謎の料理たちを入れて席を探した。
廉は真っ直ぐと席を決めていたかのように、とある場所へと行った。
「どこへ行くんだ?」
「決まってるでしょ、あの燈って子のところよ」
「マジかよ!」
それを聞き、真っ先に行く手を阻み、止めに入った聖燐。
「今のあいつには近づかない方がいいぞ。また喧嘩になるかもしれないんだぞ!」
「でも、私はあの子に悪いことをした。我を忘れていたからって、やったのは私なんだから謝らないと……」
「あの子って……でも、謝ったところで何があるって言うんだ。許してくれるとも限らないし、また何か問題を増やすだけだ」
「その時は、また謝ればいいのよ。心にモヤモヤを留めておくくらいなら思いっきり言った方がスッキリするから」
一切意見を変える気のない廉に、聖燐はため息を吐いた。
「はぁ……好きにしろ。あたしは別の場所で食ってるからな」
「貴方も行くのよ。貴方はゴリラとか言ったでしょ?というよりも貴方が挑発するのが悪かったでしょうに」
聖燐はソワソワし始めじめた。
今の燈に近づきたくないし、またボコボコにされるかとおどおどしていた。
「そ、そうだが。あれはアイツがあたしを無視したから……」
「言い訳無用よ。お互いに許された方がいいでしょ。今度のためにもお互いのためにも」
「マジかよぉ」
嫌嫌言う聖燐をお盆を片手で持ち、もう片方の手で無理やり燈がいる場所へと向かった。
そこに芽依もひょっこりと現れて心配そうに混ざってきた。
「祐お姉ちゃん昨日は大丈夫だった?」
「えぇ貴方も私を運んでくれたのよね……ありがとう」
「いいの、いいの! 私はお姉ちゃんたちの仲間なの!」
「仲間……ね」
芽依もついて行って、嫌々言う聖燐を引っ張りながら燈が座っている席に行った。
「ほら、嫌がらないの。子供じゃないんだから」
「こんな時ばっか、大人扱いしやがってぇ!不等な扱いだ!!」
「その考えが子供なのよ」
燈が近づいてくる廉たちに気づく。
燈が何か言おうと口を開こうとすると、先に出っ歯が廉たちに指差しながら大声をあげた。
「昨日、よくもあたしを投げ飛ばしてくれなぁ! お陰で出っ歯が取れたじゃないか!」
廉と目が合うと、すぐに燈の背中に隠れた。
廉が燈の前に現れて、お互いに目と目を見合った。
周りの囚人たちは瞬く間に逃げて行き、聖燐と芽依以外席から離れていた。廉は何も言わずに睨み合うと、廉が頭を深々と下げた。
「ごめんなさい……私、どうやら我を失って貴方に怪我をさせたようで」
「は?」
いきなり謝れて、予想だに出来ずに何も反応を示さなかった燈。
頭を下げた廉は後の聖燐を引き連れて、燈の前に出した。
「貴方も謝りなさい」
「あ、あたしも!? いや、あたしは……」
「謝りなさい」
「うぅ……」
親と子のようなやりとりをして廉は聖燐を説得した。そんな時に芽依も聖燐に一言告げた。
「聖燐お姉ちゃん、謝らないと心に残るって聞いた事があるよ。それに言われた方は、一生忘れないかもしれないよ」
「……でもよ」
「言っちゃいなよ! お姉ちゃん!」
どこか乗らない気分があるものの、二人の説得の末、聖燐は思いっきり頭を下げた。
「……す、すまない。お前に悪口を言ってしまって。そのせいでこんな事に」
聖燐が下がると、廉も再び頭を下げた。
二人に頭を下げられて、流石の燈も口を開いた。
「頭を上げるんだ。あたしも負けた身だ。これ以上お前らにとやかく言うつもりはない」
「本当か?」
聖燐が少し驚きながら言う。
そして燈が、廉たちから目線を逸らして少しだけ頰を染めた。
「まぁ、しかし、あれだな。謝れるとは、あれだな……うん」
「ど、どうしたんだ?」
少しモジモジし始めた燈に二人は困惑した。
ガタイがよく、あんなに強気だった奴が急に乙女に感じになって、少しばかり気の引ける光景となった。
芽依が二人にコソッと呟いた。
「多分、悪口の事で普通に謝られたのが、嬉しかったんじゃない?」
「……なるほど、いつもは暴力で無理やり謝らせていたが、今回は普通に謝ったから、心の中で混乱を起こしたって訳か」
「やっぱり乙女なんだね」
そして三人は燈と正面に座りあって食事する事となった。
燈は二人に軽く頭を下げた。
「負けたあたしはお前らの下に着く事にする。聖燐にも申し訳ない事をした」
そう言われると聖燐は照れながら、両手を手を振って拒んだ。
「あ、あたしだって悪い事言ったんだから、おあいこだよ。そ、それにあたしなんて人を従わせる立場じゃねよ! 一匹狼派なんでね」
「私もよ。人を暴力で従わせるなんて野蛮な事はしたくないわ」
そう言われて燈は少し悩んだが、意見を変える気は無く、頑固な姿勢を示した。
「とにかく、今はお前たちに従う」
「従うって言われると……」
「いいや。それがアタシに出来る最大限の敬意だ!」
一歩も引く気のない姿勢に二人はしょうがなく頷いた。
「……分かったわよ。でも、よほどの理由がない限り暴力は禁止よ」
「分かった!おい、お前も何か言えよ」
まだ後ろに隠れている出っ歯を前に出した。二人の前に出たが足を震わせていた。
「あ、燈様が言うなら、お前らに従ってやらぁ! 万丈祐! お前はまだ許してないからな!」
「貴方にも謝らないとね……ごめんなさい」
再び廉が頭を下げた。
出っ歯は腕を組み、椅子に座って鼻息荒く言った。
「謝ってくれたなら、それでいい!」
そして全員食事を始め、廉が謎の食べ物を飲み込み、スプーンを置くと燈に一つ気がかりな事を訪ねた。
「さっそくだけど、貴方に一つ聞きたい事があるの」
「なんだ。ここの事ならある程度なら話せるが」
「私たちが寝泊まりしている檻って、隊員たち以外に入れるの?」
「無理に決まっている。あの隊員どもが持つIDカードでしか入れない。何かあったのか?」
廉は夜中にひょっとこのお面を被った囚人の事を話した。
燈は少しばかり考えていた。
周りにいる他の囚人も見渡したが、それらしき人物はいないし、同じ塔にひょっとこのお面を持っている人物も思い浮かばなかった。
「私が夢を見ていたのでなければ、彼女からは本当に檻の中に入って来たって事ね」
「うむ。知っている限りでは、知らないな。他の塔の奴かもしれない。この獄門学園には、十以上の塔がある。昼に外での自由時間がある。その時に、探すといい」
「自由時間?」
「学校でいう昼休みのようなもんだ。外でスポーツするのでもよし、教室や図書室での勉強や読書もヨシだ」
「結構充実しているのね……ここ」
「伊達に更生施設を名乗ってねぇからな」




