32.命の重さ
すると望江は、身体を震わせながら頭を深く下げた。
「あたしは、気づいて欲しかった。自分の命さえなくなれば、何か大切な事を思い出してくれると……あの時の出会いの事も思い出し、元に戻ってくれると……」
望江自身も麗花に何かを気づいて欲しかった。
初めて出会ったあの日に、助けてもらった麗花の背中はカッコよかった。その背中を追いかけてこの世界に殴りこんだ。
そんな麗花がだんだん遠くへと行き、自分が入ってはいけない世界へと行って何も言えなくなった。
そんな事を麗花には言えずにずっと遠くから見ていた。それを少しでも気づいて欲しかっただけだった。
二人の前に、部下たちと肩を組んだ状態の疲れ果てた麗花が運ばれてきた。
場は一気に冷え込み、空気がどよめきだした。
麗花の目をしっかりと見つめて、拳を強く握りしめて言い放った。
「麗花さん、また……昔みたいに一緒にお喋りしたり、笑ったり出来ないのでしょうか……」
望江の答えに麗花は静かに首を横に振り、静かに口を開いた。
「……あいつがいる限り、昔には戻れないさ……」
「あいつ……? 誰の事ですか?」
望江が質問をすると、麗花は一人で歩きだして激昂した。
「うちの右眼を奪った厚鬼恵魔を!!」
麗花の怒りに満ちた顔を見て、全員がその厚鬼恵魔と言う人物がどれほどの強さなのか考えるだけ恐怖に震えた。
だが、その名前に一人だけ反応していた、
「厚鬼恵魔……だと……知っているのか?」
それは祐であり、名前を聞くなり背筋が凍るように何かを記憶を思い出した。
急に神妙な面持ちに変わって、麗花に近づいた。
「あいつは二年前にうちの前に急に現れて、あたしの目を奪い取った」
眼帯を付けていたのはその戦いに負けたからであった。
その会話に望江も混ざってきた。
「あたしや他の先輩方も戦おうとしたが、麗花さんに止められた」
「あぁ……あいつの異常な強さだ。そして何より狂っている……戦う前から奴の周りから黒いオーラが立ち込めていた。悪魔が乗り移っているように。だから、望江たちをその場から引かせた。だが、結果はうちの右目を犠牲にして、奴は立ち去っていった」
「……祐、あんたも何か知っているのか」
望江が聞くと、祐も浮かない顔で答えた。
「俺の中学にいたんだ……」
全員が静まり返り、祐は静かに語り出した。
「恵魔は小学校の頃は病気で何年も入院や退院を繰り返して、中学校の時も不登校で、素性の謎だった。でも、中二の頃に奴は突如学校へと帰ってくるなり、備品を破壊し始め、教師にも攻撃をし始めた。すぐに先生は学安へと連絡したが、異常なまでの強さに学安が来るまで持ち堪えられなさそうな雰囲気だった。そこで廉姉が前に出て、説得を始めたが、廉姉にまで襲いかかった。俺が到着した頃には、何とか廉姉は体を押さえ込んで学安が到着するまで耐え切って、奴は獄門学園へと連れてかれた。でも、あの時の目は廉姉をずっと睨んでいていた……途轍もなく寒気がした」
その話に麗花は頭から血管を浮き出して、怒りがこもった拳を握りしめていた。
だが、表情は気力が抜けたように戻った。
「そうか。あいつは獄門学園に行ったのか。うちはあいつに復讐するために、自分の心を捨てて、自分を追い詰めるためにここの学園の校長を捕獲した。大切な仲間をも捨てた。何を捨てれば強くなると信じて」
麗花は自分が持っていた優しさの心を捨てた。
そして学園の校長を捕獲し、電話をさせずに自分を閉ざして、非常に徹する事にした。
だから、ここはこんなにも荒れていた。
だから荒れていても学安の連絡に連絡されなかった。
「だが、あれから何年も経って恵魔は獄門学園を出たとは言われている。もう日本の何処かで静かに過ごしているはずだ」
「……だといいが」
不安が残る中、麗花は望江の肩を優しく触れて頭を下げた。
「すまないな望江。こんな自分勝手な理由でチームを崩壊させたうちを」
「いえ……貴方の決断は間違ってはいません。麗花さんが一人で苦しんでいる時でも、先輩の皆さんは常に麗花さんの心配をしていたんです」
「え?」
すると、望江の部下たちが望江の後ろに回り込み、全員が膝を着き、頭を下げた。
「貴方は一人で孤独に戦っている時でも、ここにいる全員、先輩全員が麗花さんの帰りを待っています……みんな、麗花さんに助けられた者たちです。だから、麗花さんに戻って来てほしいんです」
「……あぁ、戻りたいさ。またみんなどんちゃん騒ぎをしたいな……」
二人の会話を聞き、祐が前に出て二人の手を引っ張り合い、二人の手をつなぎ合わせた。
「なら今、どんちゃん騒ぎをしようぜ。そんな復讐だけを考えて生きていたら、いつまで経っても変わらない。それなら、今何も考えずにお互いを見せ合おう。騒いで、みんな閉ざした心を開いて、少しでも楽になろうぜ!!」
お姉さんが亡くなって、暗かった自分に新しい光をくれた廉を思い出した。
いつまで経ってもくよくよしてる暇があるなら、新しい道を見つければいい。
「お互いにいがみ合っていたってどんだけ入りやすいゴールでも、通り過ぎるだけだ。言っただろ!! 自分の鎖から飛び出て、思いっきり言ってやれ!!」
手を繋ぐと望江の目から涙が出てきた。
「久しぶりです……麗花さんの手を握るのは。初めて麗花さんに会ったあの日と同じくらい手が暖かいです」
ほんのりと暖かい手、それが望江にとって一番の暖かさだった。
どんなに暖かいマフラーや服を着たって、この手に勝る者はなかった。
「望江……」
麗花自身も、望江の言葉が心の奥に閉ざされていた昔の記憶が蘇って来た。
あの日に出会った光景が、自分を見て目を輝かせていた望江の姿。
そんな望江と話している自分、望江の手を引っ張っていた自分が。
すると、麗花自身が望江の手を強く握りしめて、顔を再び下げた。
「うち……いや、私も思い出したよ。あの時感じた望江の手の暖かさを……」
顔を上げると、そこにはあの時初めて会った時の麗花の顔が目の前にあった。
涙ぐんでいるけど微笑んでいた。笑っていた。懐かしいと思うが、何よりもあの麗花の顔が戻った。何年も前に……
二人はお互いの手を握りあった。でも、祐も誰も何も言わなかった。それに、誰もその二人の世界に入ろうともしなかった。
今はそっと見守っていた。
「あのー!ワシを忘れてないか!!」
「ありゃ、教頭の事忘れてたぜ」




