31.命
戦いが終わり、静寂に包まれた下の階。屋上の望江には何が起こったのか分からなかった。
「祐、どうした! 静かだぞ! 勝ったのか!?」
「凄い音が聞こえてきたぞ!?」
二人が心配していると屋上のドアが開いた。
そこには麗花を背負っているボロボロの祐の姿があった。
望江と目があうと、ニッコリと微笑みながらピースをした。
「へへへ、勝ったぜ」
「麗花さん!? それに祐も!?」
「気絶しているだけだ。大怪我はしてない……はずだ」
望江はその事を知り、学校の下で待機している望江と麗花の部下に大声で叫んだ。
「祐が勝った! この勝負万丈祐が勝ったんだぁぁぁ!」
望江の大声が響く中、望江の部下たちは誰一人喜んではいなかった。
いや、喜びたいのだが、喜べる状況ではなかった。それは望江自身が一番知っていた。
負けた方の賭けられた人は学校から落とされる。
「望江さん!」
仲間達が寄ってきて望江の縄を解こうとすると、首を振り縄を解くのを拒否した。
「望江さん何でですか!? もういいじゃないですか……万丈祐が勝って、もうここも……」
「ダメだ。あたしは麗花の弟子だ。弟子は最後まで師匠の後ろについていくと決めている。麗花がどんなに変わろうとも、この心は変わらない。これもケジメの一つだ」
祐が勝利した事は心から喜んでいる。だが、これは決闘であり、その代償はケジメとして支払わないといけない。
それが望江が望んだ道であった。
そこに部下たちの間から祐が割り込んできた。
「自分で言った事を忘れたのか、縛られるなって事を……お前が一番それを知ってるはずだ」
望江は倒れている麗花を見て、涙を浮かべながら言った。
「……あたしは反面教師みたいなもんさ。変わっていく憧れの人をただ遠くから見て、それでも追い続けた者があたしだ。自分自身にも責任があるさ。止められなかった責任が」
多くの部下を自分から離れていっても、望江は一人麗花についていった。
そんな自分を見て、今いる仲間達も麗花を信じて、残ってくれた。
自分をまだ信じていると思って、でも、もう自分でも止める事が出来ないと分かった。
けど、それでも近くにいようと決心した。
「あたしの命が消えて、それで麗花さんが何かを分かってくれたら本望だよ!
望江は身体を揺らし始め、縄を噛みちぎろうとする。
教頭も声を荒げて食い止めようとする。
「何をしてるんだ君は!自ら命を絶っての意味になる!」
「あたしが自分の命を捨てるんなら、それはアタシの決意だ。それが意味とならなければ、私は無駄死にだろうね」
その言葉に祐は何かを察した。
「お前……本当に」
「あぁ、もしこれでも麗花さんが変わらなかったら……」
泣いていた。悲しみと悔しさが混ざった涙が、祐には分かった。
その時、気絶していた麗花が目を開けた。
目を開けて最初に映ったのは、飛び降りようとしている望江の姿だった。
「……も、望江!」
望江も麗花が起きたのを見て気づいた。
「麗花さん。私はあなたを恨んではいません……長い間ありがとうございました。先に行ってます」
「ま、待て!」
麗花が手を伸ばして叫んだが、その時にはもう遅かった。
望江は思いっきり縄を食いちぎり、屋上から身を投げた。ゆっくりと何粒もの涙と共に落ちていった。
その瞬間、望江は気づいた。
あの麗花の目は優しかった時の目だった。初めて自分に手を差し伸ばしてくれた。
やはり、この命を捧げて意味はあったんだな……
「あの、馬鹿野郎が!」
その瞬間、祐何も考えずにフェンスへと走り出した。
フェンスを飛び越えて、真っ直ぐと頭から下に飛び降りた。
下はコンクリートでもしこのまま地面に激突したら、間違いなく死ぬ。猛スピードで落ちる中、祐は落ちていく望江に追いついて抱きついた。
──俺自身にしか出来ない救出手段。一つだけある!──
昔廉姉が見せた、世界の不可思議な救出劇と言う本で見たことがある。
1974年、現地の新聞にてこう記されていた。
インドの修行僧ダーラ・マンナムは年一度、数ヶ月の山籠りをしていた。
その時、電気のひとつもない夜の山道、それも真横が崖となる道幅の狭い道を歩いていた。
その時、足を滑られて高さ数百メートルもの高さから落ちた。
普通なら声を上げて死を覚悟するだろう。だが、マンナムは違った。彼は修行僧。呼吸ひとつ見出す事なく、身体全体の気を手の先に送り、空気中の大気を我が物として、地面に当たる直前に手を大きく地面に振りかぶった。
その時、超常的な事件が起きた。地面に当たるはずの身体はトランポリンから飛んだように、地面に当たらずに跳ねて草むらに飛ばされたと言う。
それがかの有名な気のトランポリンなのだ。
祐は両手に力を込め、身体の全神経を両手に集中させた。
タイミングは一瞬のみ。ズレたら自分達は死ぬだろう。
空気の流れを読み解き、空間全てをコントロールする。身体に込められた気を一気に放出し、空間を掌握するんだ。
──今だっ!──
「……はぁぁぁ!!!」
地面に当たる直前に両手を扇のように大きく地面に向かって振り、地面にすれすれに空気と気の衝撃波をぶつけた。
地面すれすれに放たれた気の衝撃波が当たった瞬間、祐の身体全体に大きな衝撃が加わった。
だが、落ちる際に起きる風と気の衝撃波を地面にぶつけて、衝撃波が逆に地面から反射した。
その結果トランポリンを跳ねたかのように一度指先が地面に着いたものの、身体は宙へと飛ばし、近くの木に二人は放り投げられた。
「ぐはっ!」
「ゆ、祐!?」
軽傷で済んだ望江は立ち上がって、すぐに祐に駆け寄った。
「……大丈夫か祐!?」
「こっちのセリフだぜ……命を粗末にしやがって。何度も言わせんなよ。命を簡単に捨てようとするなって」
「あぁ……ありがとう。本当にごめんなさい」
上から見ていた教頭も驚きを隠させなかった。
「な、何という無茶な事を……」
すぐに望江の部下たちが駆けつけてくれた。
「大丈夫ですか望江さん!?」
手を差し伸ばす部下の手を振り払い、祐へと指をさした。
「あたしより、祐を! 麗花さんとの戦いと私を助ける為に体力を!」
「わかりました!」
部下数人が祐と肩を組んで立たせた。
望江は祐へと近づき、口を開いた。
「何故、あたしを……」
「お前に言われた通り、鎖を解き放っただけだ。それにお前の命が散って元の麗花が戻ったところで、何が残るんだよ……今の俺と同じ、また道を外すかもしれない。また一緒にやり直しましょうってはっきりと言うんだ。お互いに本音を言い合えば分かり合う事もあるかもしれないだろ……俺だって、本音が言えなかったばかりに姉貴と喧嘩してしまったからな……」
似た境遇の中で憧れた人を追い続けた者同士で、お互いに憧れから教わった事や見てきた事は全然違う。
もし道を外したら真剣に向き合う事で、何かを変えるきっかけを作れるかもしれない。
祐も同じで自分から道を外して、廉と仲を悪化してしまった。
それを身をもって知った。だから望江に今からでも道を戻してあげたかったのだ。




