3.学校までの道
「おい待てよ! 廉姉!」
駆け足で廉を追いかけた。道には多くの女子校の生徒が歩いているが、廉の居場所は簡単に分かった。少女漫画に出てきたキラキラとしたオーラが廉を包み、出勤中のサラリーマンや他校の男子生徒がその美貌に惹かれて、立ち止まって廉に見惚れていた。
「ホントムカつくぜ、人気者はよ……」
イラっとする祐は頭を抱えて廉の元へと駆け寄った。廉の隣に追いつくが、これと言って反応はなく、普通に前を向いて歩いていた。
「廉姉、先に行くなら言ってくれよ!」
「私は祐のリボンを結ぶとは言ったけど、待つとは言ってないわよ」
「……そうですか!ちっ!」
廉はムスッとして、二人はこれと言って喋る事もなく、淡々と歩いて行く。
そして歩いて数分後、歩道を歩いていると後ろからランドセルを背負った小学生の男の子が走ってきて二人の前に元気な笑みを浮かべて止まった。
「お? どうした?」
「ねぇねぇ祐お姉ちゃん! 近々、僕らの野球チームが試合することになったんだ!」
少年は祐と知り合いであり、よく放課後の暇な時に遊んでいる仲である。少年の言葉に祐は笑いながら少年と同じ目線になるようにしゃがみ、頭をわしゃわしゃと多少荒く撫でた。
「そりゃあ、良かったじゃねぇか!」
「それでね、祐お姉ちゃんに頼みがあるんだ! すんごく強い野球ボールの投げ方を教えて欲しいんだ。誰にも打たれないくらい強いね!」
少年の頼みに祐は頷き、自分の胸を強く叩いた。
「そうゆう事か……任せとけ! 俺がとっておきの投球を教えてやる! 名付けて『死の吠える魔球』!」
「死の吠える魔球……燃えるじゃなくて?」
「そんなもんどっちでもいいさ。まっ、近々お前らの練習の時に行ってやるから、待ってろよ」
「うん、ありがとう祐お姉ちゃん! じゃ、待ってるからね!」
少年は嬉しそうに手を振りながら、走り去って行った。祐も笑顔で少年が見えなくなるまで手を振った。少年が見えなくなると、廉はため息を吐いた。
「祐、貴方まだ小学生と遊んでいるの?」
「いいじゃねぇかよ。子供心を忘れないのはとってもいい事だぜ」
「だからって、すぐに野球やサッカーなどに行くのはやめてよね。女の子なんだから」
祐は少年野球以外にも、サッカーやバスケなどにも参加しており、少年との交流を深めているが、廉自身は高校生として今も小学生と関係を持つのはやめて欲しかったのだ。
「女の子だからって、やっちゃいけないって事はねぇだろ。女子野球や女子サッカーだってあるんだから別にいいだろ」
「そうゆう事じゃなくてね……」
そして歩いていると、杖をついたおじいちゃんが歩いていた。すると廉はさっきの声とは違う余所行きの声だけ挨拶をした。
「おはようございます」
それに対して祐は普段通りに軽く挨拶をする。
「おっす、爺ちゃん! おはよう!」
「相変わらず二人とも可愛らしいねぇ〜」
可愛いと言われて、自分の頭を撫でて照れる祐。
「いや〜それほどでも! 爺ちゃん長生きしてよね!」
「二人を見れば寿命もどんどん伸びていくよ」
「ありがとな。じゃあな爺ちゃん! また今度、柿ちょうだいよ!」
おじいちゃんに手を振りながら歩いていく祐。するとまた廉がため息を吐いた。
「柿貰っていたの祐?」
「あぁ、おじいちゃんがくれるって言うからさ。めっちゃ美味かったぜ!」
「もらうのはいいけど、こっちからも今度何かお礼をしなくちゃ……」
「俺も言ったが、大丈夫って言っていたけどな」
そう言うと蓮は真っ直ぐと顔を近づけて言う。
「それでもなの!」
「近い近いって……」
「おじいちゃんがいらないと言っても渡すのが基本なの。とにかく今度行く時は私も行くから祐も来なさいよ」
「はいはい……」
「『はい』は一度」
「はぁ〜い」
更に歩くと、横断歩道が見えてきた。すると、小学生の女の子が信号機のない横断歩道を右左確認せずに走って行った。
女の子が半分を渡った時、車線か、トラックが猛スピードで信号に差し掛かった。周りの通行人が大きく叫んだ。だが女の子はまだ気づいてはおらず、二人もすぐに気づき、蓮が叫んだ。
「危ねぇ!」
女の子が飛び出てきて、トラックの運転手はすぐにブレーキを踏んだ。蓮の声に女の子がトラックに気づき、横を振り向いた時には、トラックと女の子は目と鼻の先だった。
祐はもう無理だと、目をそらした。他の通行人も、この後の惨劇から目をそらした。だが一人だけ諦めてなかった。蓮がバッグを投げ捨てて、歩道から女の子へと飛び込んできた。女の子を自分の胸に強く抱きしめて、反対の歩道へと滑り込んで、トラックをスレスレで回避した。
蓮は横断歩道から飛び出て背中から食べに激突した。それに無数の擦り傷や、制服が少し汚れたが、気にする様子を見せずに女の子を離して、涙目の女の子の頭を撫でた。
「だ、大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます……でも、お姉さん怪我が……」
足に擦り傷が出来ていた。
だが、蓮はそんな事を気にせずに女の子の心配をしていた。
「私はいいから、貴方は大丈夫?」
「う、うん。大丈夫……」
すぐに祐が横断歩道を渡って、廉のバッグを持って駆け寄った。
「廉姉大丈夫か!?」
「私もこの子も大丈夫よ」
少し怪我しているが、廉の安否が分かりホッと一安心した祐。
「よかった……」
祐はしゃがみ込んで女の子の顔を見た。
「大丈夫そうだな……横断歩道は右左ちゃんと見て、車がいないを確認したら渡れよ」
「うん、分かったよ」
「今度は気を付けろよ!」
そう言って女の子は廉たちに深く何度も頭を下げて、走り去って行った。通行人は廉に大きな声援と拍手を送った。祐は廉に手を伸ばした。
「それにしても、よくあの状況で道路に飛び込んだな……トラックは逃げていったようだが」
祐の手をしっかりと握り、立ち上がって埃を振り払い、祐からバッグを渡してもらった。
「人の命を守る為よ」
「度胸があるな、廉姉は」
祐に目をしっかりと見て言われて、軽く頰を赤らめた廉。
「俺には出来なかったぜ。あんなの」
「貴方よりは勇気はある方ですから……それより、学校に遅れるわよ」
祐がスマホを確認すると、八時十七分を示していた。学校が始まるのは八時三十分からなので、ここから走らないと遅れてしまう距離だ。
「少し走るわよ」
「おう」
二人は小走りで、学校へ向かった。
晴天の中、今日もヘリの集団が何処かへと飛んで行っている。