27.憧れの人
場所が代わり、祐──
あれから時間か経ち、気づいたら日が昇り、朝になっていた。
「うわぁ……よく寝た」
太陽の眩しさに目が覚めて、背を伸ばして起きた祐。起きた瞬間は、ここどこだっけ?と思い見渡したが──
「教卓の上?」
起きたのは荒らされた教室の教卓の上だった。
周りを見渡すと、望江や他の部下たちがめちゃくちゃになってだらしなく寝ていた。
昨日の夜中、お菓子食った後にどんちゃん騒ぎを起こしていた事を思い出し、その際に教卓の上でぶっ倒れて寝てしまった事も思い出した。
そして今、麗花が来る事も思い出して、すぐにみんなを叩き起こした。
「今、午前十時だ! もうすぐで来るぞ!」
「まだ、早いよぉ」
起きる気配のない生徒ら。
そこでいい目覚ましになると、祐が耳元でささやいた。
「麗花ってのが、来るんだろ。寝てて良いのかよ」
「そ、そうだった!」
その言葉に全員が飛び起きて、一斉に支度をし始めた。
その間、祐は教頭を探し、屋上で柵を掴んで遠くを悲しそうな目で見つめていた。
「おはよう教頭。そんな寂しそうな目で何見てるんだ?」
「いや、久しぶりに学校の屋上に来たが、こんなにも眺めがいいなんて……」
「俺はよく登っていたけど、眺めはいいもんだ。何で解放しないんだろうな屋上って」
「お前のような奴がサボるからな」
「それもそうだな」
教頭は静かな外の空気を吸った。
久しくいい空気を吸い、満足そうな教頭を見て祐も真似して空気を吸ってやる気を出した。
すると、下の階から望江が顔を覗かせて叫んでいた。
「祐!麗花さんが近づいてきてる!」
「よっし!」
「お前がいなくちゃ、あたしが殺されるんだよ!早く」
「分かってるって!」
祐は屋上から出る前に教頭へと告げた。
「教頭は前に出るなよ。危ねえからな」
「喧嘩しないという選択肢はないのか」
「出来ればしたくねぇよ。俺だって。だが、もしもの場合は、その時だ」
そう言って屋上を後にした。
望江と祐が先頭に、部下たち全員が並んで麗花の到着を待った。
姿勢を崩さずに規律正しく、表情を固めて無言で待った。そんな軍隊顔負けの姿勢の良さに、祐は望江に小声で言いよった。
「ところで敵は何人だ?」
「……敵は一人だ」
「一人? 麗花一人だけなのか」
「あぁ……今の麗花さんについて行くことは無理だと言って殆どの同期は離れた。今いる直属の部下は実質あたしらだけだ」
その話を聞き、余計にどんな奴なのか気になり始めた祐。
更に何十分か待っていると、学校の坂の下から一台の激しいバイクのエンジン音が、この町全体に響き渡った。町に飛ぶカラスは何かを察して、山の向こうに逃げていった。
「この激しいバイクの音。麗花さんのだ。来る」
「あぁ、ゾクゾクするぜ」
その場にいる祐以外の全員が凍てつく空気に飲み込まれそうになり、更に表情が強張った。
だが祐も坂の下から感じる殺伐とした空気が伝わってきた。
エンジンは徐々に近づくに連れて、緊張も高まってきた。バイクは坂の上の校門に抜け、全員がいる玄関前に到着してエンジンを止めた。赤くキラキラと全体がコーティングされた特殊バイク。龍の絵が描かれているヘルメットと、サングラスを掛けた女性。
死の文字が背中に入ったスカジャンと足を大きく露出しているショートジーンズ。望江が話した通りの格好であり、凄まじい威圧感を出していた。
「き、来た……」
バイクから降りて歩き出し、望江の前に止まって、ガンと飛ばすように顔を覗いた。
サングラス越しながら、その眼光に望江の額からは汗が流れ始めた。
「望江……お前、負けたんだってな。それに意気投合したんだってな」
「は、はい……」
「その相手って、このとなりのガキか?」
「はい」
望江が答えると、次に祐へと睨みつけた。麗花の目に対抗するように祐も睨みつけた。
「お前が万丈祐か……」
「あぁ、そうだ」
祐は恐れる事なく麗花から目を離さずに答えた。
お互いに睨み合い、両者引くこともなく逆に顔を更に近づけて、周りからは火花が散っているように見えた。
一触即発の状態になっていた。
「望江に勝ったからには、うちの勝負にも乗ってもらうぜ」
サングラスを外すと右目に眼帯をつけていた。
麗花が問いかけると、祐は首を横に張った。
「俺はパスだ」
「何だと?」
「俺は元々この学園を制圧したい訳でもない。ただ自分が行こうとしてここに寄ったらこんな目に遭っているだけだ。はっきり言って無関係なんだよ」
祐が戦う事を拒否するが、麗花は望江を指差した。
「そんな関係ねえさ。嫌でも受けてもらうぜ。賭け勝負だ。負けたほうは屋上から落とされる。賭けるのは望江、お前だ!」
「あ、あたし……ですか」
「そうだ。お前を賭ける。文句はねぇよな」
麗花に言われ、祐は望江を見つめるもずっと下を俯いていた。
「望江!」
「……分かりました」
麗花が賭けに出したのは望江だった。
だが望江は嫌がる様子も見せず、不服な顔を見せるもの普通に頷いた。
祐はそんな望江に一言声を掛けた。
「お前はそれで満足か? 自分の恩人だろうが、簡単に命を賭けろと言われて本当にいいのか」
「あぁ、これも麗花さんのためだ。自分の命なんて軽いもんだ……」
望江の言葉に祐は何も言わずに、祐に背中を向けた。
その言葉からは悲しさを感じ、本当はやめて欲しい言いたげだった。
周りの仲間達も何かを言いたそうな顔だが、誰も麗花に口答えは出来なかった。
「それで良いんだ望江。あたしの言う事を聞いてれば良いんだよ」
「はい……」
本当は嫌だと言いたいが、自分を助けてくれて、自分を変えてくれた恩人の頼み。
死んでも断る事は出来ない。たとえ今の麗花が別人のように変わってもだ。
「お前が断れば望江は無駄死にしてしまうぜ」
自分が勝った場合は、望江が落とされてしまう。昨日会った奴とはいえ、一日共にした仲であり、憧れから不良になった同じ境遇の者同士。
「分かった、承諾する……」
「それでいい。なら、お前が負けたら、お前自身が落ちろ」
その時、屋上から一人の声が聞こえてきた。
「ならん!そんな野蛮な事は許さん!」
「あぁん?誰だ?」
「待っとれ!」
その声はもちろん、教頭であった。
「教頭!?」
「他校の教頭が何でこんなところにいるんだ?」
「色々とこっちにも事情があるんだよ」
そして数分後息切れしかけている教頭が降りてきて、二人の間に割って入ってきた。
「君が何歳かは分からないが、その歳でこんな事をして恥ずかしくないのか、警察にご厄介になると、将来に響くぞ!」
「あたしに文句があるのか?」
「最年長者としての意地がある。何をされても言われても引き下がらんぞ!」
「ほぉ、そこまでの男気があるのは褒めて遣わす。なら、お前は祐の生け贄となれ」
「え?」
教頭は屋上の紐にぐるぐる巻きにされて、柵の外側に貼り付けられていた。
もちろん命綱無しである。
「何でこんな事に!?」
「諦めなよ。こうなったら、どっちかが落ちてしまうんだから」
隣には同じく紐で括られた望江の姿があった。
望江は諦めた表情で屋上から地面を眺めていた。
そんな生徒を隣にして、教頭はどうにかして励まさないといけないと望江を元気つける。
「だ、大丈夫だ!こんな状況でも万丈祐がいるなら、何とかなる!」
「でも、相手は麗花さんだ。勝てるわけがないよ」




