24.聖燐vs燈2
聖燐は静かに待ち構える燈に対して、鉄パイプを片手に持ち替えた。
そのまま思いっきり横に投げ飛ばした。
「オラッ!!」
横に回転しながら燈へと飛んでいき、燈は肉厚な腕で軽々と弾き飛ばして、聖燐の真横を掠って勢いよく壁に刺さった。
もちろん鉄パイプは半分に折り曲がっていた。
「そんな小細工──」
一瞬だけ鉄パイプに気を取られた燈に、聖燐は燈の前に接近しており、膝を突き出して顔面に攻撃した。
膝は顔に深くめり込んで、顔が仰け反ったが、燈は微動にせずに立っていた。
「くっ、簡単には倒れないか!」
聖燐は足を離し、着地して一定の距離を再び保った。自分の足に大きくダメージを喰らい、コンクリートの壁を蹴ったようにヒリヒリと痛みを感じる。
だが、今の一撃はかなり深く入り込んだと自信が沸々と煮えたぎってきた。
「少しは効いたか!このゴリラ野郎!」
「ふふ……いい作戦で、いい攻撃だ」
顔を戻した燈は少し顔が赤くなっているだけで、本人はピンピンしていた。
美大のパンチを食らってもダメージは殆ど無かったから、多少は予想はしていたが、身をもって相当なタフさを実感した。
恐怖を前に思わず苦笑いをしてしまった。
「へへ、簡単には効かない……よな」
「ふっ、少しは武術に精通しているな」
「へっ、殆ど独学だけどな」
独学と言っても昔からマンガ・アニメ・映画などのアクションシーンや戦闘シーンから、見様見真似で練習してその気になっているだけだが、今だけはちょっと自慢気に言ってみた。
「あたしに攻撃を加えた事は褒めてやりたいところだが、まだ甘い!」
燈は両手を前に出して構え、足を一歩踏み込み、一気に向かってきた。
その速度は速い、速すぎてなんて言えば分からない。テレビで見た短距離走のプロ選手より速い気がする。
まだ、人間の限界を超えていない気が少しだけ安心したが、全然嬉しくはない。
速くても、迫り来る燈はまさに怒り狂った猛牛そのものだった。
聖燐との距離が一メートルを切った瞬間、腰を低くして視線から消えてしまった。『あの技が来るっ!?』と脳内が危険信号を発令して、身体が勝手に動いた。
「はぁ!!」
肉食動物のような声を上げて、聖燐の足元を振り払おうとした。だが聖燐の体は危険を察知して意識とは勝手にジャンプして攻撃を避けた。
でもそれは燈にとって好都合となった。
「ふ、がら空きだ!」
ジャンプした事により、動きは一気に制限された。 燈はその隙を逃す事なく、蹴りの態勢から拳を構えて、立ち上がるように殴りかかった。
空中で避ける事は出来ない。出来る事は守ることだけ。
腕を交差し、二回り以上も太い腕から繰り出された強烈なパンチを腕で受け止めた。
その反動は大きかった。防御は成功しダメージは軽減したものの、その衝撃で思いっきり吹き飛び、二階の手すりに強く叩きつけられた。
叩きつけられた聖燐はそのまま生気がなくなったように一階に落下していった。
その手すりは大きな凹んでおり入っており、この光景に周りの歓声が一度止んだ。
そして殆どの囚人は思った。死んだのか?それとも気絶しているのか?
燈が倒れている聖燐の元に歩くと、聖燐は蹴られて赤く腫れている手を震わせながら突き出して中指を立てた。
その顔は辛そうながらも笑っていた。
「へへ、大したことねぇな、ゴリラの攻撃なんて」
少し眉毛をピクピクと動いている燈。再び蹴りを入れようと片足を上げて、倒れている聖燐の顔面へと蹴りかかった。
「‼︎」
顔に当たる直前に、聖燐は顔を横に振り、足は地面に深くめり込んだ。
それを確認した聖燐は咄嗟に立ち上がって、あのダメージを受けた体力の中、俊敏に動いて拳を振り上げて燈の顎にアッパーを喰らわせた。
「ぐふっ!」
顎へのパンチによるダメージは絶大と聞いた事がある。漫画で見た事があった。顎にパンチを喰らわすと脳が激しく揺れて脳震盪を起こして、敵を一撃で倒せる。
脳震盪は脳への激しい衝撃により、意識を奪ったり、記憶や状況の把握を困難にさせるなど、障害を発生させる。
ボクシングなどの格闘技では、顎へと攻撃で相手をKOする事もしばしばある。
聖燐はこの状況下で、脳震盪を起こすメカニズムを思い出した。
燈は意識を失い倒れはしなかった。だが、口からの少量の血を吐いて動きは止まった。
「行けるッ!」
それを確認した聖燐は更に、顎、顎、顎、顎。何発も顎を蹴り、殴り、ぶっ倒れるまで攻撃を続けた。
足が地面にめり込んで、反撃が上手くできない燈。
それを分かってて殴り続ける。ぶっ倒れるまで、自分が一番ここで強い。
あの豚よりも、ゴリラよりも、廉よりも、祐よりも。
「オラッ!!」
激しい連打を加えて、ようやく燈は片膝をついた。
そこにダメ押しの一撃と膝蹴りを喰らわせ、更にめり込んでいないもう片方の足を振り払って、そのまま地面に刺さった足が自然と抜けて、地面に仰向けて倒れた。
だが、燈は立ち上がり、大きく拳を振り上げて攻撃を仕掛けてきた。
「そんな弱小パンチが当たるか!」
頭の混乱からはパンチの速度は遅く、聖燐はパンチを避けて飛び上がり、勢いよく踵落としを食らわせた。
今度は両膝を付いて、ぶっ倒れた。
正直身体は痛い。殴られて腕は痛いし、殴って拳は痛い。蹴って足も痛い。
だが、そんなのは関係ない。今目の前にいる奴はぶっ倒れた。
自分自身が今、最強の称号を手に入れたのだ。
「あんなパンチでやられる聖燐様じゃねぇよ! このゴリラが!」
着地した聖燐は勝利を確信し、拳を振り上げて大声で叫び始めた。
周りの囚人達もザワザワとし始めた。
「あの燈様が倒れる訳ない、こんな簡単に」
「あんなヒョロイ奴に負けるわけが……」
全員が声を上げて心配している中、聖燐だけは大喜びをしていた。
「ゴリラは負けた! 今日からここはあたしが番長だ!」
ずっと吠えている聖燐に芽衣は一人拍手を送っていた。
「結構やるんじゃん。煽てるもんだね」
廉にも聖燐の声が聞こえていた。
だが、その顔は依然として変わらず、悲しげな顔をしていた。
その心の中では、小学生の頃あの人に言われた言葉が、何処かしらに過っていた。
*
数年前の夕方の公園で、あの人と廉は二人で話していた。
「もしあなたの友達が、別の子にいじめられて辛かったって言ったらどうする?」
「先生に言うか、お母さんお父さんに言う……かな?」
廉の答えにあの人は優しく頷いた。
「正解よ。でも中には廉ちゃんとは違って、またその子にやり返す子もいるのよ」
「なんで?」
「嫌なことをされて、そのしてきた相手に仕返しをして、優越感、いや満足する。そしてまた、その子やられ返された者が、更にやり返すループが止まらなくなる」
「そんな事ダメだよ! みんな仲良くしなくちゃ!」
「そう簡単に出来たら、歴史はもっと変わっていたわね」
「れきし?」
あの人は分かりやすく廉に伝えくれた。
「あなたはまだ習ってないけど、昔の人々はこのやってやり返しての繰り返しで、憎しみを増やしながら生きてきたのよ」
「憎しみ……?」
無邪気な顔の廉を見て、少しばかり話題を変え始めた。
「廉ちゃんは祐ちゃんと仲は良いの?」
「うん! 私は祐の事大好き!」
「……そっか、仲良いんだ。でも、姉妹なら喧嘩とか争い事はいつかは起きるけど、自分の意思で動いちゃダメ。一人で抱え込むのなら、勇気を出して動いた方が、心が楽になるよ」
お姉さんは何処か悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を戻して、話を続けた。
「分かった? 姉妹は絶対に仲良くいなくちゃダメよ。絶対よ」
「はい!!」
あの時、あの人が私に言いたかった事が少しは何か分かった気がする。
争いは何も生まない、争いは新しい憎しみを作り、新たな火種を産む。戦争と同じだ。
だから、私はいつも祐との喧嘩を避けてきた。でも今日、初めて祐と本気の喧嘩をした。祐を投げ飛ばした時、少しだけ気分が良かった。
でも、未だに何で祐が怒っているのか、理解出来ない自分がいた。理解していた気でいたけど、聞くのが怖くて聞けなかった。戻れないのかな、
あの時の私と祐の仲は……本格的に崩れた。




