22.最悪な夕食
芽依は来るなり、廉の真横に座って何の躊躇なく食事を食い始めた。
「廉お姉ちゃんは食べないの?」
「むしろこっちが聞きたいわ。美味しいの? これ」
「ん? 慣れれば全然美味しいよ」
「へ……へぇそうなんだ」
一応周りの皆んなは普通に食べている。という事は食えないものではないが、腹を壊す可能性は十分にあるだろう。
だが、残すのも申し訳ないし、食わないとここでは生きていけないだろうと、廉も覚悟してスープを口に入れた。
その瞬間、廉の眉毛と髪の毛が跳ね上がり、今まで感じた事もない苦味も辛味が襲いかかった。
ゴーヤ何十個とハバネロ何十個かを一つに凝縮した苦味と辛味が一気に押し寄せ、それに加えて台所の三角コーナーの臭みが口の中に広がり、廉は悶絶した。
「な、なんなの……これ」
あまりの不味さに口にしただけで汗だくになる廉。凄まじい吐き気まで催し、マッハの速度で逆流して来たが、口を強引に抑えて食い止めた。
そして吐きたい気持ちを殺して涙ながらに腹の奥に押し戻した。
「はぁ……最悪な食事だわ」
激しい運動を、フルマラソンをしたんじゃないかって位に汗をかき、涙と汗がこぼれ落ちた。
聖燐はスープはまともに飲まないと踏んで、ロールパンに噛み付くが全く噛みちぎれなかった。
硬いゴムを噛んでるような硬さで、どんだけ引っ張っても噛みちぎれなかった。
「なんだよ、この硬さ!」
二人が食べるのに大苦戦する中、そんな事は御構い無しに黙々と食べ続ける芽依だが、突然スプーンの動きが止まった。
遠くの席の女囚人が机を持ち上げてひっくり返し、周りがザワザワと声が広がり始めた。
この事態に二人は不穏な雰囲気を感じた。
「何が起きた?」
「今から面白い事が起こるよ二人とも」
芽衣がスプーンで指した方向を見ると、さっきの太った女が息を荒げて机をひっくり返し、その前には燈が平然とした顔で座っていた。
「あいつは、あたしを突き飛ばした奴か」
「あれは私らと同じ練の世羅美大だね。注意した教師をボコボコにしたって聞いたよ」
芽衣の説明した燈と睨み合っている美大。彼女は自分の学校で暴力沙汰を起こして、元格闘技日本チャンピオンの体育教師を真正面から殴り倒し、膝関節骨折、頬骨骨折、上腕二頭筋腱断裂などの全治四ヶ月の重傷となり、問答無用で獄門学園に送り込まれた。
そこらの生徒らとは違い、その力士顔負けの巨体が特徴的だ。10歳の時には体重94キロ、身長は167センチ。
その年にて学校内では無敵の存在感を醸し出し、上級生並びに男子中学生相手にも一方的に打ち負かすほど存在感である。
「見た目通りの狂犬だな」
睨み合い、一触即発になる二人。だが周りの囚人達はその光景に大歓声を上げて、ボクシングの試合のような盛り上がりを見せた。
聖燐はこの異常な光景に、周りの隊員を止めに入るかと探した。
隅に複数の隊員がいたが動く気配はおろか、対応する気がなく、寧ろ金を渡しあって賭けをしている始末だった。
「あの隊員たちは何もしないのかよ。喧嘩しちまうかもだぜ」
「当たり前じゃん。あいつらは自分に従わない者や反抗する者だけに攻撃するけど、囚人同士には何も関与してくれないよ」
睨み合いは更に白熱し、美大は燈の胸ぐらを掴み上げた。すると燈の部下たち数名が、不意打ちの如く現れ、一斉に美大の腹を殴りかかった。だが美大は微動だにせず、攻撃は厚い脂肪に吸収されてダメージを受け流した。
喧嘩が始まり、聖燐は声を上げた。
「やりやがった!ても、ダメージを食らってないだと!?」
「あの脂肪は厚くて硬いからね。簡単に攻撃は喰らわないよ」
美大は攻撃してきた燈の部下たちを、左手で一気に振り払い、全員を弾き飛ばした。
依然として余裕のある表情の燈に顔を近づけて、ガンと飛ばしながら言い放った。
「おい、あの新人の相手をさせろよ」
「ふん、物の言い方があるだろ? くれよ、じゃないだろ。下さいだろ豚さんよ」
「ゴリラに言われる筋合いはねぇよ」
この言葉に燈もニヤリと口角を上げて立ち上がり、二人は一センチ内に顔を近づけてガンを飛ばしあった。
巨体二体が今まさにぶつかり合おうとしている。周りの囚人の歓声は更にヒートアップし始めた。
美大は落ちたステンレス製のトレーを拾い上げると、そのままフルスイングで燈の顔面に殴りつけた。鈍い音が鳴り響き、トレーは綺麗に折り曲がった。美大が手を離すとトレーは燈にぴったりと引っ付いており、燈が自らトレーを離して地面に落とした。
無傷で不気味な笑みを浮かべて美大を睨みつけた。
「その程度か? 豚さんよぉ」
「塔長だからって威張ってんじゃねぇぞ!!」
「来いッ!!」
燈に手招きされて煽られ、美大の怒りは頂点に立った。
今度は肉厚で太い腕を振り上げて、燈の顔面に遅く重い攻撃を仕掛けた。だが、燈は避ける事はせずにそのまま顔に深く直撃し、鈍い音が響いた。
微動だにしない燈。美大は自慢のパンチが上手く入り、ニヤリと笑いながらゆっくりと手を離して確認するが、やはりダメージは一切受けてなかった。
「何!?」
「あの攻撃を喰らってもなお、ダメージがないだと!?」
聖燐はその燈のタフさを見て、スプーンを落とし、手を激しく震わせていた。
やはり人間場慣れしている強靭な肉体に、驚きを隠せなかった。
このタフさには美大もビビって少し後ろへ後退すると、今度は燈が拳を鳴らしながらジワリジワリと近づき始めた。
「おいおい、さっきは近づいてガン飛ばしたのに逃げる気か? 今度はあたしの番だ」
美大へと近づく燈。美大の視線から突如消えた。右左と見渡すがどこにもいなかった。気配を真下に感じ、下を見た瞬間、異様な笑みを見せた燈が前屈みになっており、美大の丸太のような太い足の付け根を鋼のような太く硬い足で蹴り払った。
その大きな身体とは思えないほど素早い動き。攻撃した足の付け根から何かが折れる音が小さく聞こえた。
美大の足の付け根がくの字なって折り曲がっていた。重い巨体が崩れるようにその場に倒れた。まるで像が倒れたくらいの大きな衝撃が地面に走り、地面が軽く揺れた。
美大は自分の折れ曲がった足を抑えながら、目から涙を流しながら悲痛に叫んでいた。
「うわぁぁぁ!! あ、足が!!」
攻撃した燈は、自分の前に倒れて苦しみ悶えている美大を見て笑っていた。まるで相手の苦しむ姿を見て、快感を得ているようだった。
それに伴い、周りの囚人たちも一斉に歓声を上げ始め、うるさすぎて廉と聖燐は耳を塞いだ。
「ふっ、お前のその泣き叫んでいる顔に免じて許してやる。おいその隊員ども、こいつを医務室に連れて行け」
隊員に偉そうに指示すると、賭け金を渡し合っていた隊員が騒ぐ囚人たちを静まらせて、大勢の隊員が痛がっている美大に嫌々駆け寄り、数人がかりで運んでいった。
「さぁ、見世物は終わりだ! さっさと食え!」
隊員が怒鳴ると、囚人たちは大人しく食事を続け始めた。
燈は廉たちを一度睨みつけてから食堂を立ち去った。あんな光景を見せられて、聖燐は完全にスプーンの動きが止まっていた。
「あ、あんなのに、殴られたあたし……首が一回転しちまう……」




