10.襲来
お姉さんが亡くなって一年以上が経ち、祐は全く笑わず、廉や家族が色々と施したが、元気にならなかった。そして元気がない状態で中学校に入学する事となった。それを見兼ねて、元気を取り戻してもらおうと、祐が好きな色である赤色のリボンを買ったのだ。
入学式の朝だが、祐は浮かない顔をして、鏡の前に立っていた。元気が無く、楽しくなさそうな顔をして立っていた。そんな時に廉がリボンを隠し持って笑顔で祐の前に現れた。
「廉姉ちゃん……」
「入学式おめでとう! 私からのプレゼントよ」
「リボン?」
「えぇ、祐に似合うと思って買ったんだ。早速付けよう。私が結んであげるから」
そう言うと廉は祐の背後に立ち、迷いのない手つきで後ろに垂れている長い髪を束ねて、リボンで結び始めた。ポニーテールにして、リボンが簡単に解けないようにキツく結んだ。
「似合うと思うし、とっても可愛いわよ」
「ほ、本当?」
「ええ、とっても可愛いわよ!」
「えへへ」
ちょっとだけ祐の顔に笑顔が戻ったが、少しばかり恥ずかしそうにしていた。そんな祐の顔を見て、廉も自然と笑顔が出てきた。祐の笑顔を久し振りに見た。それは、この時の祐にとって、最高の入学式のプレゼントだった。
「よかった、気に入ってくれて」
「でも私、毎日は結べないよ……」
「いいのよ、私が毎日結んであげるから」
「ありがとう、廉姉ちゃん。私も何かお返しをしなくちゃ」
「そんなお返しなんていいわよ。今の祐の笑顔が一番のプレゼントなんだから」
それを言うと、祐から満面の笑みが一年ぶり見て、廉も嬉しかった。そして祐が廉の手を握りしめた。
「ありがとう、廉姉ちゃん! 大切に使わせてもらうよ!!」
「うん! 早く入学式に行きましょう!!」
こんな時に思い出してしまった昔の出来事。忘れたいのに、忘れられない記憶。
今の二人を見ても分かる通り、あの頃の姉妹の仲は見る影もなく、祐が荒れていき、廉は厳しくなり、二人の仲は完全に裂けてしまった。
一体何故なんだろう……二人も分からないのだ。
廉と祐が再び睨み合い、また喧嘩が始まりそうになると、倒れていた聖燐がムクッといきなり起き出した。
「あたたた……ん? 何だ?」
聖燐が起きると、教室には祐と廉しかいなかった。更に祐が髪を下ろして二人が同じ顔で全く見分けがつかなくなった。聖燐は二人の顔を見ながら困惑した。
「ど、どっちがどっちだ? どっちが祐だ?」
でも聖燐が起きても、二人は気づく様子もなく、睨み合いを続けていた。しかしこの空気は異様であった。
祐は体育館や廊下での喧嘩の時とは違う顔つきをしていた。聖燐は立ち上がって、二人に大声で叫んだ。
「おい!!」
叫んでも誰からも声が戻ってこなかった。
廉はリボンを悲しげな顔をしながら拾いあげた。もちろん廉もあの日にプレゼントした事を覚えており、祐のあの時の笑顔を忘れた事は一度もなかった。それだけに、今回の言葉は心に響いたのだ。
「祐……」
廉は拾いあげると目頭に涙を浮かべて、すぐに祐の元へと行った。そして顔に強くビンタを食らわせた。祐は数歩下がって、自分の赤くなった頰を抑えた。祐は廉を睨みつけた。
「何すんだよ……」
「私は自分勝手な祐が一番嫌なのよ……いい子だけど、カッとなると周りを見ずに、暴れまわって……」
「俺だって、うるさい廉姉──いや、お前が嫌なんだよ!」
その言葉に廉は動揺した。祐は御構い無しに吐露し続けた。
「髪を結んでくれたり、勉強を手伝ったりしてくれて、感謝しているけど、うるさいんだよ。ガミガミと人を見下すように、バカにしやがって……」
「それは祐を……立派な子に育てる為に」
「俺は自由に生きたいんだよ!自由に!!だからこそ、うるさく言うアンタが嫌なんだよ!あの人のように優しさに包み込んでくれれば、間違わなかったんだ!!」
二人の言い合いが激しさを増し、祐は手と手の間に一定の空間を作り出し、身体の力を込め始めた。
廉には見えた。不気味なオーラが祐を包み込んでいるように。
「あれは──」
筋肉自慢の体育教師、前田先生も近づく事が出来なかった。
「何が起きてるんだ?」
中々喧嘩の仲裁に入れない生徒の一人が前田先生に聞いた。
「先生、止めに行かないのですか……」
「俺の手には……ん?」
前田先生は何かプロペラが回る音が山の方から無数に聞こえてきた。その瞬間、嫌な予感がして冷や汗が流れてきた。
「み、みんな……ここから離れろ、離れろ!!」
前田が血管を浮き出てきて、怖い顔で廊下の生徒に大声で叫ぶと、生徒は怖がって一気に廊下から離れていった。そして前田先生も教室から離れていった。
「二人が怖くて逃げるなんて情けねぇ!女なら最後まで見届けるもんだ!」
聖燐はみんなが二人の喧嘩を怖がって逃げたのだと思い、恐れない姿勢を見せる為にも離れずに胡座をかいて見ていた。
そんな聖燐でも、無数のプロペラの音が徐々に近づいてくるのが流石に分かった。
「ヘリの音?」
「この音は……まさか」
廉もこの音に気づき、祐との睨み合いをやめて、すぐに祐へと言いかけた。
「祐!!」
その時、外の窓ガラスが巨大な風圧と共に一気に割れて、教室に何か空き缶状の物を何個か投げ込まれた。廉は転がってきた物を見ると、『学安』の文字が描かれていた。
その瞬間に、祐は元に戻り慌てふためいた。
「廉姉! これって、何だよ!?」
祐はこの現状が分からず、困惑していると缶から白い煙が両側の底から吹き出てきて、教室を包み込んだ。
「ぐっ……!!」
一メートル先も見えずに、廉からは祐が目の前にいるのだけは分かった。
学安だと知った途端に、困惑して右左と確認している祐の腹を殴り込んだ。不意打ちに近い攻撃に祐は何も感じるまもなく気絶した。ぐったりとした祐を掴み上げて、ゴミ箱へと投げつけられて、姿を隠した。
「な、な、な、何だ!?」
聖燐は一人慌てて木刀を拾って煙の中で全方面に振り回していた。廉は祐のリボンを頭に結び、聖燐がいる方向に手を探りながら行き、聖燐の元へといった。
「貴方も、すぐに逃げなさい!! 早く──」
聖燐の手を握ろうとした時、教室のドアを蹴破ってガスマスクをつけた兵士たちが入ってきて、二人を囲んだ。手には小銃を持っており、いつでも撃てるように構えていた。だが、聖燐は木刀を振り回していた。
「何だお前ら!!」
「相手は学安よ!」
「が、学安!?」
聖燐の手が止まった途端、兵士たちが小銃を構えて一気に近づいてきた。一人の武器を持っていない兵士がタブレットで二人のデータを確認していた。
「この二人です。万丈祐と紅羅輝聖燐で間違いありません!」
「よし、捕獲だ!!」
聖燐は近寄ってくる兵士に激しく抵抗したが、数の暴力に負けて力強く床に押し付けられ、手を背中に合わせて鉄状のリングを装着されて、磁石のように引っ付いた。
「クソッ! 何なんだよ、これ!!」
「うっ!な、何!?」
廉は抵抗する事もなく、リングを繋がれていた。だが、こちらを気にせず、捕まっている聖燐の方を見て、悔しそうに俯いた。
そしてゴミ箱を見て、まだ気絶しているのを確認すると、ホッとした。だが、徐々に意識が遠のいてきた。身体の力もどんどん失い、自力では立っていられなくなった。
「う……」
聖燐もリングで固定された後も、暴れまわっていたものの、意識を失って静かに目を瞑って、その場に倒れこんだ。廉も一緒に意識を失い、祐のいる方に手を伸ばそうとしたが、伸ばす事が出来ずに意識が完全失った。
「ゆ、祐……」
教室で廉たちが捕獲されている裏で、ニヤリと笑いながら学校を離れる中年男性がいた。
「ふふふ……ざまぁ見ろ。万丈祐め!!」