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1.プロローグ 

 十年近く前のあの日、私は──いや俺はあの人に出会った。小学一年生の頃、人見知りが激しかった私はあまり友達がいなかった。そんな俺は男子にちょっかいを出されて、その度に泣いていた。

 その日、俺は一人で公園の砂場で人形遊びをしていたら、学校の同じクラスの男子に見つかり、大事な女の子の人形を取り上げられた。


「わ、私の人形返してよ〜」

「返してやるもんか! 人形が友達なんてバカみてぇ!」

「ははは! 友達がいないなんて、かわいそうな奴!」


 男子達は俺を馬鹿にするように笑い、人形を荒く、乱雑に振り回していた。追いかけても男子の足の速さに追いつく事はできず、その場で泣いてしまった。


「や、やめてよぉ……ヒック……ヒック」


 俺が泣き出したのを見て、男子たちは動きが止まった。


「やべぇ泣き出したぞ!」

「逃げろ!」


 男子たちは大切な人形を砂山に投げ捨てて、一目散に逃げていった。一人でボロボロになった人形の前でずっと泣いていた。友達がいない事が一体何がダメなんだ。友達がいないのはダメなのか、友達がいないといじめられるのかずっと心に問い続けた。

 そんな時、優しい女性の声が俺に話しかけて来た。


「ヒック……ヒック……」

「ねぇ、大丈夫?」


 それは髪をリボンで一つ結びしていた黒髪の中学生のお姉さんだった。夕日に照らされており、お姉さんの顔は全く見えなかった。

 お姉さんは泣いている俺を連れて、ベンチに座ってくれた。そして優しく俺が泣き止むのを待ってくれて、その間もずっと背中を摩ってくれた。

 俺が泣き止んだ後に、話しかけてくれた。


「あなたのお名前は?」

「私は万丈祐……小学生」


 俺が名前を言うとお姉さんは、何回か頷いた。


「……祐ちゃんか。うん、うん……じゃあ祐ちゃんは何で泣いていたの?怪我したの?」

「違う。私……友達がいないの。たがらこのお人形と一緒に遊んでいたの。そしたら男子にいじめられたの……」

「いいお人形じゃない。そのお人形の名前はあるの?」


 お姉さんが聞くと俺は涙を拭き、人形の口に耳を当てて、声を変えてお姉さんに伝えた。


「『私はリリー』って言っているよ」

「リリーちゃんか……よろしくリリーちゃん」


 お姉さんも人形のリリーに向かって、丁寧にお辞儀すると俺がリリーを操って頭を下げた。すると、お姉さんはニッコリと口が笑っているのが分かった。


「祐ちゃんはリリーちゃんの事大好き?」

「もちろん! 私の大事な友達!」


 お姉さんだけが分かってくれていた。だから、初めて自分の事を分かってくれる人がいてくれた事に本当に嬉しかった。

 俺はいつのまにか笑顔でお姉さんと話していた。


「祐ちゃんみたいな優しい子なら、友達くらい簡単に作れると思うんだけどなぁ」

「でも何を言ってあげればいいのか分からないんだ」

「そんな風に深く考えなくていいのよ。普通に『おはよう』とか、『次の授業何?』とか気を抜いて軽く話しかければいいのよ」

「お姉ちゃんにも昨日同じ事言われたけど、人前に立つと緊張しちゃって……」


 そう言うとお姉さんは何か感じたのか少し考えて、再び聞いてきた。


「……お姉ちゃんがいるの?」

「うん」

「お姉ちゃん大好き?」

「うん! 私、お姉ちゃん大好き!」


 笑顔で言う俺の顔を見て、少しお姉さんは笑って、頭を優しく撫でてくれた。


「ふふ、良かった。姉妹の仲は大事にするのよ。今も十年後も何年経ってもずっと仲良くしなさいよ。本当に困った事は一番祐ちゃんをそばで見ているお姉ちゃんに聞くのよ」

「うん!」


 俺の返事を聞くとお姉さんは俺に向かって言ってくれた。


「勇気は何よりも強い。勇気がある人は

祐ちゃんも、もっと勇気を持って行くのよ。そうすれば怖い物なんてなくなるわ」

「ありがとうお姉ちゃん!」


 俺はお姉さんと話して心が軽くなった。毒が抜けるように、ゆっくりと気分が良くなって来た。そして公園の時計が六時になったのを見て、俺はベンチから降りてお姉さんに頭を下げた。


「お姉ちゃんありがとう! またここにいる?」

「毎日とは限らないけど、この時間にこの公園を通るからいつでも話しかけてね」

「うん! また一緒にお話をしようね!」

「えぇ、今日から私と祐ちゃんは友達よ!」


 そう言われて、俺はびっくりして思わず人形を落としてしまった。


「え? 私とお姉ちゃんが友達……?」

「私と友達はダメかしら?」

「いや、私なんかで……いいの?」


 するとお姉さんは落とした人形を拾い上げて、俺の手のひらに置くと、優しく笑顔で言ってくれた。


「うん、私は優しい祐ちゃんの事がとっても好きに入っちゃったな。私から友達をお願いしたいわ。いい?」

「う、うん! じゃあ今日から私たちはお友達!」


 そう言って俺はお姉さんと握手を交わした。すると公園の外から、いつも聞き慣れた声が聞こえて来た。


「祐! 祐!」

「あ、廉お姉ちゃんだ!」


 その声は俺の双子の姉『廉』だった。お互いに見た目はそっくりだが、性格が全然違っていた。廉は社交的で誰とでも仲良くするタイプである。当時の俺とは真逆の存在であった。


「あれが廉お姉ちゃん?」

「うん! じゃあお姉ちゃんバイバイ! またいつかお話ししよう!」


 俺が手を振りながら走って行くが、お姉さんはずっと手を振ってくれた。俺の姿が見えなくなるまでずっと──

 その後も俺は毎日のようにお姉さんと一緒に夕方お話をしていた。そのおかげもあって話すのが楽しくなって友達も自然と増えて、イジメは消えていった。お姉さんと話すのはとっても楽しい。

 今日あった事や、分からない算数の問題など、色々と聞いた。どんなことを言ってもお姉さんはニコニコと笑いながら話を聞いて、色々と言ってくれた。たくさん、たくさん……

 数年後お姉さんも女子高校に入学したのか、会う頻度は少なくなったが、それでもお姉さんとは交流は続いた。何歳になってお姉さんはお姉さんだった。太陽のように明るく、優しくて、常に笑顔を絶やさずにいた。俺とお姉さんはまるで本当の姉妹のように仲が良かった。だが小学六年生の頃──


 それは唐突だった。その日の夜の町には雨が降っていた。全ての音を掻き消すくらい強く、激しかった。だが、その雨に負けないくらい救急車のサイレンの音が嫌になるほど鳴り響いていた。

 俺はその時、リリーを片手にがむしゃらに走って、赤いランプが点滅している方角へと向かった。何か嫌な予感がして、心臓の鼓動が着実に早くなっていた。

 その場所に向かうと交差点の隅に救急車と事故を起こしたと思われる車が止まっていた。そこには野次馬が集まっており、どんな状況だが全く分からなかった。この時、小さな身体だった俺はその人だかりを押し通して、その外へと出た。すると端に小さな傘を指して、もう一つの傘を手に持っているずぶ濡れの廉姉がいた。その顔はどこか呆然としていた。


「廉お姉ちゃん!?」

「……れ、廉!?」


俺が呼びかけると廉姉は俺に気づいた。そして傘を投げ捨てて、俺に抱きついて来た。廉姉は泣いていた。今まで見たこともない顔で大泣きしていた。でも嬉しそうではなく、どこか悲しげな表情も含まれていた。


「よかった……廉、よかった……」

「廉お姉ちゃん……どうしたの?」


 私も廉姉に会えてとても嬉しかった。だが、その向こうで救急隊員が誰かを応急処置をしていたのが見えた。その人に見覚えがあった。見慣れた制服に、見慣れたリボン。そして無惨にも服はボロボロに汚れていて、額や口から血を流していた。その時に頭に過ぎった。あの人の影が、あの人の姿が浮かんできた。


「お……お、お姉ちゃん!?」

「ゆ、祐!」


 俺は分かった。お姉さんが事故を巻き込まれたんだと。廉姉から離れ、お姉さんの元へと走った。すると、途中で救急隊員の人に止められた。


「君は近づかないで! 彼女は今応急処置を施しているんだ!」

「お姉ちゃん! 返事してよ、お姉ちゃん!」


 いくら叫んでもお姉さんから声は帰ってこなかった。そして俺と廉姉はテープの外に追い出された。担架に乗せられて、お姉さんは救急車へと運ばれて、病院へと連れてかれた。俺はその場で泣いた。廉姉は俺をずっと慰めてくれた。何時間も、ずっと──


 数日後に、お姉さんが死んだ事がニュースで判明した。運転手の証言だと、いきなり飛び込んで来たと言っていた。あんなに明るいお姉さんがそんな事をする訳がない。そう言って俺は力のかぎり大きく泣いた。多分、今までで一番泣いただろう。泣き叫んだ。廉姉が一生懸命慰めてくれたが、俺はずっと泣き止むことなく泣いていた。いつも笑って話を聞いてくれて、辛い時は一緒に真剣に考えてくれた。どんな時も、お姉さん自身も辛い時もあったかもしれない。でも、俺の前ではいつもニコニコとしてくれた。その人の命が儚く散っていった。


 十年経った今もあの出来事を忘れられなかった。あの暖かく握ってくれた手がずっと残っている。暖かく、優しさに溢れた手だった。そんな人に俺はなりたいと常に憧れていた。あの人が俺に教えてくれた生き方を。

 

 でもそれは無理だった。

 ごめんね、お姉さん……約束を守れなくて

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