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残飯事件の発生から五日後の、ある日のこと。
後宮内での生活にも慣れてきた鈴鈴らの元へ、屋敷お付の爽水を通じ、とあるお誘いの文が届けられた。
送付人の名は紅貴妃。皇后不在のこの後宮内で、今最も権力の高い妃の名だ。
「わあ……!」
「これは……なんて華やかな空間でしょう」
文に記された場所へ赴いた鈴鈴と蘭蘭は、周囲とは一線を画す大きさの建物に目を剥いた。
通された広大な部屋は、対面する壁も頭上の天井の梁も、目を細めてしまうほどに遠い。
そして室内には、色とりどりに揃えられた美しい着物たちが、何列にも渡ってずらりと並んでた。
すでに他の女官たちも多く、用意された着物に各々瞳を輝かせている。
「どうやら、爽水の話していたとおりだったようね」
「はい。でもまさか、下級女官相手にこのような催しを企画されるだなんて」
爽水の話によれば、紅貴妃は時折このような着物の賜り市を開くことがあるのだという。
下位といえど、皇后の地位を争うという点では、他の妃嬪たちは全員敵ともとれる。
そんな相手にこのような施しをするのは、単に友好関係を築くためのものか、それとも何か裏の意味があるのか。
「ほらほら。扉の前で立ち止まりなさるな。あんた方は春婉儀とその侍女だね。こちらが引き換え札。気に入った着物は二着まで賜られるとのことだから、早い者勝ちだよ」
「あらあら、早い者勝ちですって。市井に戻ったみたいで、わくわくするわねえ」
「ふふふ、長年娘娘の衣装係を手がけてきた、裏方作業人の腕が鳴ります!」
「……鈴鈴。私はいいから、まずは自分自身の着物を探しなさいね?」
困ったように笑う蘭蘭の言葉を余所に、鈴鈴はさっそく蘭蘭に一等似合う着物探しの旅に出た。
案内人の宦官に簡単な説明を受けたあと、ひとまずぐるりと一通りの着物を眺めてみる。
よく目を通せば、各々の着物に施された細工には特徴があり、それごとに衣紋掛けに分けられていた。
「あ、娘娘見てください。こちらの着物は、以前北方の州で娘娘が目に留めていた衣に似て……」
「そこのあなた下がりなさい! 不敬よ!」
鋭い針の先のような指摘に、鈴鈴は伸ばしかけていた手をぴたりと止める。
横からさっと割って入った誰かの手が、取りかけていた着物の一着を素早く取り去っていった。
ぽかんとする鈴鈴を余所に、横取りした人物は嬉しそうに仲間たちの元へと戻っていく。
その顔に、鈴鈴は見覚えがあった。
「あなたは」
「お里が知れるわね。上位女官相手に、敬語の一つもまともに付けることができないだなんて」
「……大変失礼致しました」
ひとまず鈴鈴は、両腕を挙げ拱手の体勢を取った。
ひそひそ口々にこちらを嘲笑する三人は、どうやら先日の残飯事件で相見えた三人らしい。
せっかくの心穏やかな蘭蘭との語らいの時間に、妙な石が放られた気分だ。
「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。即刻、退散致します」
「まあ。卑しい郷の出の者は、逃げ足だけは天下一品というわけね」
「仕方なくてよ。何せ凶暴な獣以外棲みつかないと言われてきた、山奥の集落で育ってきたのだから」
故郷を馬鹿にされた。まあいい。
「このような娘が後宮入りなど。最低限の教養も持たさず集落を追い出すなんて、親の顔が見てみたいものね」
親も馬鹿にされた。うん。まあいい。
「入宮して早々に宦官らの聴取の世話になったというじゃない? これは上官でもある、春婉儀の監督不行き届きではなくて?」
「娘娘を貶めるおつもりか」
低く這い出るような声色になった。
今まできゃいきゃい悪口に花を咲かせていた三人は「ひっ」と一様に口を閉ざす。
「私への悪態を吐かれることは一向に結構。しかし娘娘への侮辱は一片たりとも看過できませぬ。ゆめゆめ、ご承知置きを」
「鈴鈴、落ち着いて。私は大丈夫だから。ね?」
後ろに控えていた蘭蘭が、柔らかな口調で仲裁に入る。
しかし鋭い視線を解こうとしない鈴鈴に、三人の侍女は居心地悪そうに視線を泳がせた。
「こ、これは正式な苦情よ! 何せあなたは今、こちらの赤色の着物を手に取ろうとしたのだから!」
「は?」
「赤の色は、朱波儀様が一番に優先して目を通されるべきもの! それはこの試着会に集った女官らには、皆周知の事実なのよ!」
「……」
はあ。なるほど。
確かに三人がいる室内の一角を見遣ると、赤い着物がごっそりと集められている。
赤く積まれた着物が炎のようで、一瞬火でも放たれたのかと驚くほどだ。
高らかと宣言した侍女の言葉に、辺りにいる他の女官たちは一様に困ったような表情を浮かべた。
どうやら、朱波儀の侍女らが独自開発した決まり事のひとつらしい。
「さあさ。こんな方は放っておいて、急いで着物を一列に整えましょう。朱波儀様のお目通しがされやすいように……」
「ほう。わらわがどうかしたのか?」
いかにも妖艶な声色が、大広間に静かに響く。
肩を震わせた侍女たちの視線を追うと、広間入り口付近に佇む人物がいた。
シャラリと音を奏でる金属製の髪飾りをふんだんにあしらった、豪奢な髪型。
目元と唇に乗せられた濃い色味は、まるで周囲を威嚇するようだ。
何より、その身にまとう紅蓮の炎を思わせる赤色が、渦中の朱波儀その人だと雄弁に告げていた。
「朱波儀様っ」
「朱波儀様、どうぞこちらへ」
「ご準備はすでに整えてございます……!」
案の定、侍女三人衆は慌てた様子で朱波儀の元へ駆け寄り件の着物を集めた箇所へ案内する。
しかしその間も、朱波儀の視線は、なぜか鈴鈴と蘭蘭の方へ向けられていた。
「そこの者は、先日入宮したばかりの春婉儀とその侍女か」
「お見知りおきいただき光栄にございます。朱波儀様」
素早く一歩前に歩み出た蘭蘭が、拱手し丁寧に頭を下げる。
鈴鈴も頭を下げると、朱波儀はくつくつと小さな笑みを零した。
「わらわ達は同じ六儀を賜った者同士。そうへりくだる必要もなかろうぞ」
「寛大なお言葉、心より感謝申し上げます」
「そなたも紅貴妃様よりお誘いを受けてここにいるのだろう。あの御方は後宮全体を見渡してくださる心優しき御方。その慈悲を有り難く授かるがよい」
確かに波儀と婉儀は六儀という同じ位にまとめられるが、実際は波儀の方が婉儀よりも格上だ。
蘭蘭の丁寧な礼節に、朱波儀はにっこりと笑みを向ける。
ひとまずは次第点、といったところだろう。
「さて。貴妃様から授かったお気持ち、わらわも選ばねばならぬ。可愛い侍女達よ、当然準備は済ませておろうな?」
「はい! 朱波儀様のお手を煩わせずとも、抜かりなく……!」
「なるほど。これがお主らの持てる力全てというわけだな」
次の瞬間、大広間にパン、と乾いた音が轟いた。
続いて響いた衣紋掛けを倒す大きな音に、周囲の妃嬪や女官達は一斉に振り返る。
「わらわは赤色の着物を全て集めておくよう命じたはず。向こうに見える着物はなんじゃ? どうにも赤色に見えるが、わらわの気のせいか?」
「た、た、大変申し訳ございません! 今すぐに……っ!」
「向こうにも、向こうにも、向こうにも赤の着物が見える! お主らはこんな簡単な小間使いもまともにできぬのか!? それだから入宮して日も浅い田舎者に舐められ、調書を取られるなどの辱めを受けるのだ!」
爆竹のような人だ、と鈴鈴は思った。
しかも、しれっと鈴鈴らへの中傷まで織り交ぜられている。
主の激高に恐れおののいた侍女達があちこち駆けずり回るなか、朱波儀の視線は鈴鈴を捉えた。
「春婉儀。そちらに控える者が、噂に聞くお付きの侍女かえ?」
「左様にございます。生まれ故郷からともに参りました、私の大切な妹です」
「朱波儀様、侍女の鈴鈴にございます。以後、お見知りおきを」
「必要ない。すでにそなたの話は耳に聞き及んでいる。我が侍女らと何やら派手にやり合ったそうな」
「朱波儀様にご迷惑をおかけするつもりは露ほどもございませんでした。ご不快なお気持ちにされたのであれば心からの謝罪を申し上げます」
鈴鈴はすかさず地に膝を突き、誠心誠意額を地に着ける。
潔いほどの土下座に、さすがの朱波儀も言葉を失ったようだった。
「先日の件につきましては私どもも宦官様からの調書を取られました。今後このようなことがないように厳重注意も。全ては私の未熟さ故に端を発したこと。これからは決して朱波儀様のご不快を煽ることはございません。どうぞお許しを」
「……まあいい。幼さ故の短絡的な行動はよくあること。潔い謝罪に免じて、先のことは水に流そう」
感情の沸点が掴めない相手だ。
これ以上火種を育ててしまえば、次は先ほどの張り手が、敬愛する蘭蘭の頬に飛んでこないとも限らない。
「そうじゃ鈴鈴よ。和睦の証に、ぜひお主が見立ててはくれぬか? 紅貴妃様から贈られる貴重な着物の内の一枚を」
「……私が、よろしいのでしょうか?」
「ぜひ頼もう。わらわに殊似合いと思われる、極上の一品を」
何やら妙なことになってしまった。
見ればさらに枚数を増やした赤の着物の山に、鈴鈴は目を瞬かせる。
後ろから何か助け船を出す様子だった蘭蘭に気付き、鈴鈴は素早く笑顔を向けた。
「では、僭越ながら朱波儀様のお着物をこの鈴鈴が選出させていただきます」
どうやらこれもまた、恒例の余興の一つらしい。
恐らくは日頃気に入らない者に自身の着物を選ばせ、難癖を付け、聴衆の面前で辱めるという流れなのだろう。
侍女三人衆や他の者たちの視線を肌で感じながら、鈴鈴は無言で着物をあれこれ吟味する。
そして全ての着物に目を通したあと、鈴鈴は一着の着物を手に取った。
「朱波儀様、大変お待たせ致しました」
慇懃無礼に朱波儀へ差し出したのは、着物の裾に刺繍が施された華やかな着物だった。
侍女に言って広げた造りに、朱波儀は顎をさする。
「なるほど。して、この着物を選んだ理由は?」
「朱波儀様に、一等お似合いの赤いお着物だからでございます」
端的な答えに、周囲からは小さな失笑が聞こえる。
しかし鈴鈴は気にも留めず言葉を続けた。
「朱波儀様は、赤という色に特別のお気持ちをお持ちのご様子。さすれど、この世には無限の赤がございます。|玫瑰花色、牡丹色、深紅色に茜色……多くの赤い花も、開花した場所や環境に応じて形も色も異なります」
侍女らが広げた着物を自然に受け取ると、鈴鈴はふわりと生地を波打たせ両手で抱えた。
「この赤は雛罌粟の花の色。濁りの少ない鮮やかな明るい赤です。ふわりとまあるい花弁の形が愛らしい、魅力的な花でございます」
「……」
「雛罌粟は『虞美人草』とも呼ばれると聞き及んでおります。類い稀なる美貌で有名だった時の寵妃が、皇帝の後を追う際に流した血から咲いた花という伝説もある……なんとも神秘的な花です」
「……知っておる。その伝説の出自は、わらわの生まれた国であったからな」
「左様にございましたか。それはまた、素敵な国からお生まれだったのですね」
事前に朱波儀の出身国は存じていたが、あえて素知らぬふりを通す。
「朱波儀様の陶器を思わせる柔らかな白い肌には、こちらの赤が一等よくお似合いです。まさに春に咲き誇る、雛罌粟のような魅力が惹き立ちます。よろしければ、ぜひ一度羽織られてみては?」
「……」
「こ、こらっ、あなた、朱波儀様に対して馴れ馴れしいですよ!」
「いや、よい。そこまで言うのならば、羽織ってみよう」
「はい!」
あちこちに用意されていた大鏡の一つの前に立った朱波儀に、雛罌粟色の着物を羽織らせる。
瞬間、色彩の薄い朱波儀の瞳がぱっと見開かれた。
「……本当だ。こちらの赤は随分と私の肌に馴染んで、美しく映る」
「想像以上ですね。朱波儀様の肌のお色がさらに明るくなって、艶やかさも増して映ります。裾にちりばめられた金糸の刺繍も華やかで、朱波儀様の凜と気高い雰囲気にぴったりかと」
「赤の色をまといさえすれば、それでいいと思っていた」
傍らで満足げに頷く鈴鈴に、朱波儀は初めて小さく微笑んだ。
「私には心に憧れの姫君の姿がある。その御方は常日頃赤い着物をお召しでな。気付けばわらわも、その背を追うように赤いものを身につけていた。それでも、その御方に少しも追いつけないでいる自分が歯がゆくてな」
「朱波儀様……」
「わらわが真に焦がれていたものは、この世で常に一等美しくあろうとするあの御方の、強い意志を秘めた姿勢だったのかもしれぬ」
「皆さん、今日は。ご機嫌はいかが」
大広間の扉が、左右に一挙に開け放たれた。
次いで届いた優美な声色に、中にいる者すべてがはっと目を見張る。
「っ……ご機嫌麗しゅう存じます。紅貴妃様……!」
最初に声を張ったのは朱波儀だった。
それを皮切りに、着物を選んでいた妃嬪や女官たちも笑顔で声の主に駆け寄り、礼節込めて挨拶をしていく。
後ろから蘭蘭がそっと耳打ちした。
「鈴鈴。私たちもご挨拶を。この催しを企画してくださった、紅貴妃様だわ」
「紅貴妃様……」
現在後宮でもっとも皇后の席に近いと目される、紅貴妃。
その圧倒されるほどの神々しさで一瞬呆けてしまった。
「お初にお目にかかります、紅貴妃様。過日後宮へ参りました、春婉儀と申します」
「はじめまして、春婉儀様。どうぞお顔を上げなさって」
蘭蘭の少し後ろで同様に頭を下げた鈴鈴もまた、ゆっくりと頭を上げる。
女子でも見惚れるほどの美貌と、艶めかしい眼差し。気品溢れる振る舞いは、まさに貴妃に相応しい。
身にまとうのは、美しい玫瑰花色の着物だ。
確かにここまでの御人であれば、朱波儀が焦がれ真似たがるのも頷けた。
「ここでの生活にはもう幾分か慣れましたか。色々と不都合もおありでしょう。何か困ったことがありましたら、遠慮なく相談されてね」
「はい。かのようなお気遣いいただき、心より感謝申し上げます」
「さあさ、皆の手を止めてしまったわ。皆どうぞ気に入った着物を屋敷にお持ち帰りくださいな」
笑顔でぱん、と手を打った紅貴妃に、妃嬪たちは再び着物選びに興じはじめた。
「それはそうと……、朱波儀様?」
「はい、紅貴妃様」
肩を小さく振るわせたあと、朱波儀はすかさず声を張る。
紅貴妃は真っ直ぐに朱波儀の元へ向かい、その姿をじいっと見定めていた。
「今纏っている着物、とてもよく似合っているわ。明るい肌色のあなたにぴったりの着物ね」
「! そ、それは、真にございますか……!」
「勿論です。私は優しい貴妃様だけれど、無用な世辞は言わないのよ?」
ふ、と笑みを滲ませながら告げる紅貴妃に、朱波儀は顔を真っ赤にして拱手する。
どうやら、絶対的人物からの太鼓判をいただけたようだ。
鈴鈴はほっと胸をなで下ろし、蘭蘭と顔を見合わせる。
これでゆっくりと蘭蘭の着物選びに専念できそうだ。蘭蘭の美しさが最高に際立つ着物を探し出すとしよう。
「朱波儀様。その、他の着物はお召しになられないのですか?」
「ああ、いい。今回はこの着物のみ屋敷へ持ち帰ろう」
「承知致しました。ではこちらはすぐにお戻し致します」
山のように集め出されていた赤い着物達を、侍女三人衆が手早く元の場所へ戻していく。
恐らく通常ならば、そのすべてに袖を通し吟味に吟味を重ねて選出していたのだろうが、今回はその手間がない。
心なしか喜ばしそうに辺りを駆けていく侍女三人衆を、鈴鈴は労りの気持ちで眺めていた。
「……え?」
初めは小さな違和感だった。
目の前を通り過ぎていった侍女の一人から、ほんの僅かに気になる気配が尾を引いた。
腕に積まれた、何層にも重なる着物の小山。その赤い着物の一つ。
一際豪奢な装飾が施された袖口付近が、不自然に、膨らんで、動いて――。
「危ない!」
「ひゃあ!?」
駆けだした鈴鈴は、侍女の腕に積まれた着物の小山を躊躇なく叩き落とした。
辺りにまき散らかされた赤色の着物の山に、件の侍女は訳がわからないといった表情を強張らせる。
「な、あ、あなた、一体何を……!」
「早く! こちらへ下がって!」
非難の声を遮り、鈴鈴は侍女を背に追いやった。
雪崩を起こして床に広がった赤い着物に、周りの女官達も騒然とする。
しかし次の瞬間、着物の中から現れた『あるもの』の姿に、悲鳴が上がった。
「きゃあっ! 虫! 虫よ!」
「虫だわ! 巨大な虫が、着物から!」
「気味が悪い! に、逃げるのよ……!」
虫じゃない。あれは蠍だ。
「鈴鈴、あの蠍は……!」
「ええ。ただの迷い蠍ではありませんね」
考えている暇はない。
鈴鈴はすかさず蠍が這っている着物を掴み、逃げる間を与えずに扉の外まで駆け出た。
あなたは故郷の森に帰りなさい。そんなことを諭しておいて、情けないけれど。
「――翡翠! ご飯の時間だよ!」
澄み切った大空に向かって、声を張り上げる。
瞬間、鈴鈴の頭上にばさりと大きな羽音が響いた。
巨大な両翼をはためかせた翡翠は、普段の愛らしい小鳥の姿ではない。
虹色の羽毛を輝かせた、鈴鈴の身長をも優に超える巨大鳥へと変化した姿だった。
「恐らく蠱毒が施されている! 翡翠! 浄化して!」
『はあい! ごはん! いただきます!』
肯定の答えを受け、鈴鈴は掴んでいた着物を力一杯に上空へ投げ飛ばした。
虹色の両翼を大きく羽ばたかせ、翡翠は一直線に急降下してくる。
勢いに負けて着物から宙に飛ばされた蠍を、翡翠はごくりと一呑みにした。
『んんんー! まだけいけんのあさい、しょしんしゃのほどこしたコドクね。ごちそうさま!』
「はー……ありがとう、翡翠」
ふわりと身を翻した翡翠は、みるみるうちに大きな翼を小さくしていく。
その姿はやがて鈴鈴の人差し指に乗る程度になり、ピヨピヨと愛らしくさえずった。
「ありがとう、翡翠。お陰で助か……、ッ!!」
すりすり頬ずりをしようとする鈴鈴の動きが止まった。
同様に頬を寄せようとしていた翡翠は、危うく鈴鈴の指から落ちそうになる。
「鈴鈴」
「…………は、い」
「指先に留まるその友人とともに来い。話がある」
見られた。もうお終いだ。
どうやら再び気紛れに後宮の様子を視察に来ていたらしい、麗しの女官。
その笑顔で下された命により、鈴鈴は着物選びから強制的に離脱することとなった。