記憶と望郷
思えば物心ついた時から周りのものは全て色褪せていて、どこか現実感に乏しく、夢を見ているような気分だった。
景色も人もその存在感はどこかしら希薄で、湧き上がる感情も淡々としたもの。
そんな毎日を送っていた俺。
そんな俺をスズユフミは何かと構ってきてたように思う。
彼女とは気が合ったので、女子とつるんでる変なやつ扱いされてても、俺はスズユフミと行動をともにした。
「目が覚めたかぁい?」
俺は担がれている、女に。
目の前に尻尾。
その向こうには地面。
景色がくるっと変わる。
地面にそっと降ろされた。
狼女がいた。
モフモフだ。
狼のコスプレをしたお姉さんにしか見えないが、ナハライズミと戦りあってた姿が本来のものなんだろう。
周りに同じような狼女が二人。
俺を感情のない瞳で見つめてる。
「落ち着いてるぅね。なぁら話は早いね」
「殺すつもりなら、あの場でそうしただろう?」
「お前様はねぇ大事なお客様だよぅ。イムラで一番偉い人のところへ連れて行くからぁ」
間延びした喋り方。
彼女らの種族、ケモノビトの特徴だな。
「俺の連れは無事なのか?」
「お前様を攫った後のことは知らないよぅ。お前様にしか用はないからぁ」
「俺はどうなるんだ?」
「さぁねぇ。お前様を連れてこいって命令だけぇ」
着いてからわかるだろうが、人の命が軽いから安心は出来ない。
狼女は俺の首へと腕を回し、鼻を近づけ何やらしきりに匂いを嗅いでいる。
「お前様は不思議だねぇ。全く怖がってない」
「驚いたけど怖くはないな。それにあんたらから殺気のようなものは感じないし」
すると何がおかしいのか狼女達は笑い出した。
「あたしらぁを見て怖がらないってのは面白いねぇ、お前様」
「ん?そりゃ狼なら怖いけど、あんたらは言葉が通じるじゃねぇか」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんだ」
どうせ逃げられやしない。
ナハライズミ達が俺を救出するために追ってきてるだろうが、この狼女達もそうはさせまいと必死だろう。
なら腹を括るしかない。
「喉が渇いたんだが」
狼女がおもむろに近くにあった太い蔦を爪で切って俺に差し出す。
すげぇ切れ味だ。
ナイフ並みだな。
ただの切り口からは透明な汁が滴ってる。
飲む。
ほんのり青臭いが水だ。
「急ぎたいけどぉ、お前様はあたしらぁより丈夫じゃないからぁ、ここで寝ていくよ」
空に浮かぶ月を見上げつつ、狼女に抱かれるようにして眠りにつくことにした。
毛皮付き抱き枕だな。
夢を見た。
いつも見る夢だ。
「※※※は俺のこと好きか?」
俺は目の前の女に訊いている。
単刀直入に。
早鳴りの心臓。
顔が熱くなるのがわかる。
「……うん」
その女は目を伏せてそう言った。
世界が一気に色付いて見える。
俺が妻にプロポーズした時の記憶だ。
だがその女の顔が思い出せない。
次の場面もいつも通り。
突然俺は独りになる。
妻がいない。
そして妻を探す。
あてどなく探しに行くのだ。
「どこに行ったんだ!どこにいるんだ!」
力の限り叫ぶ。
焦りと寂しさに。
それなのに顔がはっきり思い出せない。
目覚めると夜明けだった。
この夢を見た後はいつも憂鬱な気分になる。
「うなされてたねぇ。悪い夢を見たのかい?」
狼女が覗き込んでくる。
鼻と鼻が触れそうな距離。
パーソナルスペースが僅かなんだろう。
人口も少なく人は身を寄せ合って暮らしてるから、当然かもな。
「良い夢見ることはないんだ、昔からな」