もしかして?
ただ前世の記憶はひどく曖昧だ。
地方都市に住んでたのは覚えてる。
だがそこがどこなのかがわからない。
サラリーマンをしてたのは覚えてる。
だが具体的な部分はわからない。
家族がいたのは覚えてる。
妻と娘だ。
しかし顔も名前も思い出せない。
「ちょっと?話を聴いてるのか?」
ナハライズミが顔を近づけて言ってきた。
近い近い。
「すまない。考え事をね」
「何を?」
言っても差し支えないだろう。
「こことは違うところで生きていた記憶が……」
「そうか」
「これが……そうなのか?」
「そうだろうな。一番のムラに着いたらすぐに主は大巫女さまに仕えることになり、私はそのまま主のマモリメ(護衛)となる」
「私はクスメとして働けるの?」
スズユフミが少し不安げに訊ねると
「そうだと聞いている」
俺の専属医師みたいなもんか。
「俺ってそこまでの存在なんだな」
「大巫女さまに『天よりもたらされる知恵を持つ者』は、これ以上ない貴重な者だと教えられてるからな」
そしてナハライズミは少し表情を硬くして続ける。
「それゆえに主は他のクニから狙われることになる。だから私が守るのだ」
俺の目を真っ直ぐに見つめるナハライズミ。
狙われるって拉致されるのか?
それとも暗殺されるとか?
支配者層というものは常に情報を求めるもので、俺の頭の中を知りたがるのはわかる。
例えば石炭を見つけたとして、それの利用法がすぐにわかると、試行錯誤をすっ飛ばせる。
例えば衛生に関する概念−−それが専門的で高度なものでなくても−−があるだけで、疾病をある程度は防げる。
例えば少しだけ化学を知ってると、生活は大きく変わる。
つまり先人が苦労して得られた結果だけを先取りして色々と改善された結果、国力を上げることが出来るわけだ。
ま、俺は平凡なサラリーマンだったから、大したことは知らんけどな。
そう思いつつナハライズミを眺めてると、アスリートみたいな肢体にうっかり見とれてしまった。
「私などを抱かなくても主にはそれなりの女達があてがわれるから」
ギョッとする俺。
「何?俺口に出してたか?」
「キョメである私は大巫女さまによって主の意向をある程度感受出来る術を施されている」
「なんだと?!」
(頭の中が筒抜けってこと?)
(冗談じゃないぞ)
(プライバシー無しか?)
「そういうわけではない。主が私に欲情してるとか、先程の野営を望むとか、そういうのが伝わるわけだ」
「別に欲情して……ないぞ?」
そう言えば、スズと一緒に戻ったら既に彼女は野営の準備を済ませてた。
以心伝心みたいなものか?
おっと見ろ!スズユフミの目が怖いことになってる。
怖すぎる。
「それがあるから主を守ることができる。遠く離れていても、な」
いよいよ自分の身が心配になってきたぞ。
スズが俺に身を寄せてきた。
当たってる。当たってる。
「私も守るから」
前世での年齢ははっきり思い出せないが、少なくともおっさんだったのは間違いない。
スズフユミを『娘みたい』としか思えないからだ。
そう考えて気がついたことがある。
そもそも俺は前世で死んだのか?
その記憶すらもない。