変化した日常
前回の投稿から時間が空いてしまいすいません。
よろしくお願いします。
誘拐から2週間後。ソニアはやっと退院した。1週間以上入院していたが、怪我が残っていたとかではなく聖女による治療後の疲労感が中々取れなかったからだ。
いつも治療後は「よく寝てよく食えよ」と患者に声をかけているが、いざ体験してみたら想像より怠かった。今度から治療に来る時は食べ物を持参するように伝えるべきかもしれない。
そんな食っちゃ寝ソニアを心配して、クラウディオが退院の許可を出してくれなかった。とは言えクラウディオは事後処理でとても忙しく、入院中は一度しか会っていない。代わりとばかりに騎士が張り付いていた。
退院3日前には元気が余って来て、病室に突撃しては他の聖女の仕事を奪ってしまっていた。
退院日はクラウディオが迎えに来てくれた。ソニアの手荷物はない。病院服からいつもの聖女服に着替えて、先生や看護師達に笑顔で手を振り出て来た。
病院から街中までは馬車で移動して、そこから街歩きを楽しみながら帰る事にした。当然の様にクラウディオも一緒だ。
馬車から降りる時にエスコートされた手をそのまま握り込まれ引かれる。歩き出すと夏の風にスカートが膨らんだ。そんな感触すら久々だと嬉しくなる。
入院中、クラウディオは一切外の情報を教えてくれなかった。心安らかに療養して欲しいから、と言われたが、気になって気になって逆にやきもきしていた。
手を繋ぐ気恥ずかしさを誤魔化す様に、ソニアは気になってたあれこれを聞いた。
「じゃー、発見したのはブレナー先生だったんスね」
「あぁ、使用された薬も一回くらいじゃ後遺症は無いよ。リーナも病室の他の子供達も長く眠ってはいたが無事だ」
「良かった!」
いつも横を使わせてもらっていたカフェの前を通り過ぎると、ガラス越しに手を振るウェイトレスがいた。ソニアも笑顔で振り返す。
「それでアリシャはどうなったスか?もーいい加減教えてほしいっス」
「何で君はあの子供の話をずっとするんだ…。あの子供なら聖女の治療後オーガスへ行った」
「オーガスに?」
ソニアが入院している間、テノラス、オーガス、ペキュラは調査団と称してニーマシーへ軍団を投入した。砂漠に阻まれろくな国交を行って来なかったニーマシー王族は内政も酷かった。オアシスを保っているのは王族、水があることに感謝しろと国民を操作し重税を課していたのだ。
赤子以外、国内にいる王族、血縁者は全員処刑された。赤子も、今後利用されたり思想教育が上手く行かない場合には幽閉や処刑が言い渡されるだろう。
既に他国に嫁いでいる元ニーマシー王族に関してはそれぞれの国の采配に任せる運びとなった。
良かった事があったとすれば、12歳という幼なさでオーガスの子爵家に押し付けるように嫁がされていた、第一王女の存在だろうか。王の遊びで出来た婚前子だが聡明で、既に国を出て30年近く経過している。子供も成人していて、オーガスに嫁いできた他の姉妹の手助け等もしていた。
その彼女がアリシャの身元引受人として名乗りを上げてくれたのだ。そのお陰でアリシャはオーガスへ渡り貴族籍を得る事が出来た。
ソニアは繋いだ手を軽く引いてクラウディオを見上げた。
「本当?アリシャ幸せになれそうっスか?」
「さあ、それは本人の努力次第じゃないかな」
なんとなく冷たい気がする。ソニアは口をへの字に曲げた。
「もう!オーガス行く前に一回会ってお礼を言いたかったっス」
「お礼?」
「砂漠でアリシャがいて、心強かった。最後も、囮になろうとしてくれて…ありがとう、って言いたかったな」
「ふーん。その内会えるんじゃない?」
「…あのさ、聞く気ないんだったら聞かないでくれるスか?」
クラウディオは明後日の方向を見て気のない返事をする。視線を追っても憲兵が微動だにせず敬礼しているだけだ。若干イラッとした。
「聞きたくない」
「じゃあ離…」
ソニアが解こうとした手をクラウディオは持ち上げて、その手の甲に鼻先をすり寄せた。
「僕だってソニアに会うのは久しぶりなのに」
かまって欲しそうな、拗ねた表情にソニアの苛立ちは一瞬で霧散した。喋りかけた口が無意味にパクパクする。
『僕はソニアが好きだよ』
そしてこう言う時に限って、ああいう事を思い出してしまう。無意識に視線がクラウディオの口元に動くと、クラウディオはにこりと笑って、ソニアの指に軽くキスをした。
「ふふ、僕の事を考えてくれたみたいだから許してあげる」
満足そうに微笑まれたら、頭が爆発しそうだ。ソニアは空いた手で赤い顔を押さえた。
(好きだと言われた事には、何か、答えた方がいいの?)
深く考えると脳みそが不具合を起こすので、未だ結論に至らない。困った。頭ぐるぐるする。
「ソニア、ほら。君の好きなパン屋が新作出してるよ。ラビオリ揚げパンだって」
「えっ!?食べたい!」
手を引かれるままついていく。
結局パンに気を取られてソニアの中の答えは持ち越しとなった。
パン屋のガラスに張り付くソニアの後ろでクラウディオはため息をついた。
「は〜あ、どうせ直ぐ会えるのに…会わなくていいのに」
やっと自宅へと帰り着き、庭付きの少し大きめの一軒家を見上げてしみじみとしてしまった。もう帰れないかもしれないと思っていたので、喜びもひとしおだ。
「たっだいま〜!!」
ちょっと離れていただけなのにもう懐かしい、そう思って玄関扉を潜って固まった。記憶の中の我が家と壁紙の色が違う。白地に緑の蔦柄だったのだが、可愛らしいジュスティラ柄になっていた。いやジュスティラ好きだけども。
「家間違えた?」
「合ってるよ。前の内装は以前住んでた人のそのままだったから、替えようとは思ってたんだよね。丁度よく1週間以上家を空ける事になったから、ついでに替えといたよ。不具合ないかのチェックもしといたから安心して?」
「働き過ぎじゃね?」
ニーマシーの後処理もしてたんだよね?と思えば驚き過ぎて言葉も乱れる。
「手配だけだから。ほら、お風呂も新しくしといたよ」
リフォームした場所を機嫌よく案内してくれる。チラリと見上げても、顔色は悪くないみたいだが無理はしないで欲しい。
「ん?どうかした?」
「えと、お疲れ様っス」
「ソニアがキスしてくれたら元気になるよ」
「!!もう十分元気そうっスけど!!?」
「ふふふっ、ほら買って来たパン食べよう?」
「……食べる」
弄ばれてる感半端ない。
今までどうやって暮らしていたっけ?
短くなった距離に戸惑うばかりで、ソニアは頭を掻きむしりたくなった。
***
パンをひとつ食べてから、ソニアは早速お風呂へと入った。病院ではシャワーしかないので、楽しみにしていたようだ。今日は早めの入浴を済ませて部屋でゴロゴロするのだろう。
風呂音の響かなくなった自宅だが、クラウディオは反射的にキッチンに立った。気を紛らわせる為に始めた料理だが、もう癖になってしまっている。
それに自分が作った物を「美味しい!」と食べてくれるソニアを見ていると、妙に浮かれた気持ちになるので嫌いじゃない。
(ソニアの好きな野菜の煮込みにしよう)
パントリーから根菜や瓜、冷蔵箱からトマトとベーコンを出して久々に包丁を握る。リフォーム後部下に掃除と食材を頼んでおいたので問題なく使えた。
「今日はハンナじゃないのか」
「妻は所用でこの後来ます。クラウディオ様お一人のタイミングで報告だけ」
背後に現れた隠密の気配に、振り返らずに声をかけた。ハンナの夫、イーデンだ。茶髪に黒目、中肉中背と隠密向けの特徴の無い容姿をしている。
「ゴミの事か。減った?」
「それが、種類が変わりました」
イーデンの報告にクラウディオの眉間の皺が深くなる。
「どこのゴミ?」
「貴方ですよ。貴方目当てのゴミです。婚約した話は広がったようですが、公表していない事で憶測が飛び交ってます。皇命だから実は不仲、とか別れさせて自分の娘をって貴族ですかね」
成人前後は数え切れない程の縁談が舞い込んでいたが、誰とも婚約せず、尚且つ度々浮名が流れると「結婚する気がないんだ」と縁談話は数を減らした。
それが婚約したものだから「結婚する気はあるみたいだぞ」と横槍が山程投げられているようだった。
「…面倒くさ。放っといたら諦めるんじゃないのか?」
「いいんですか?ハニトラ仕掛けられた所をソニア様に目撃なんてされたら目も当てられませんよ」
「ゔっ…」
それは、嫌だ。
そんなの見られたら、頬のキスで目を回すソニアは逃げてしまうんじゃないだろうか。まだ好きだと言われた事もないし。
本当はゆっくり慣れて行って欲しかったけど。
「はぁ、わかった。そっちは兄上と相談するから。とりあえずビンセントに聖女の正装とドレスを3着ずつ発注しとくように伝えてくれ」
ビンセントはクラウディオの衣装管理をしている侍従だ。
「ソニア様にデザインの相談はなさらなくてよろしいので?」
「…もし婚約に興味なさそうにされたら……お前責任取れるか?」
「えー、ビンセントへの伝言了承いたしました。では失礼します」
暗に傷心クラウディオの口撃サンドバッグになれるのか?と問われイーデンは風の速さで去って行った。もうちょっとフォローの言葉があってもいいと思う。「ソニア様はきっと喜びます」的な。
***
ソニアはお風呂から上がり部屋着に着替えた。ソニアの服は2種類しかない。聖女服か半袖短パンの部屋着か。この2種類がそれぞれ5枚ずつある。
ニーマシーで聖女服を1枚ダメにしたが、最悪2枚あればいける。
(洗濯は明日でいっか〜)
濡れた髪をタオルで拭きながらダイニングへ入ると、いい匂いが漂っていた。さっきパン食べたけど、もうお腹が空きそうな匂いだ。
クラウディオが振り向き、オレンジジュースをテーブルに出してくれる。
この人本当、ダラダラするとかしないんだろうか。
「ありがとっス」
「どういたしまして」
そこへ来訪を知らせるベル音がして、ハンナが来た。
「ソニアさん、入院したと聞いて心配してたんですよ。これ良かったら退院のお祝いに」
ハンナが持って来た籠を受け取り、布巾を捲ると中はまだ温かいパンだった。丸くパリッとした食事パンだ。
「うわ、わわぁ!焼きたてだ!どしたんスかこれ!」
一個手にとって鼻をくっつけてくんかくんかする。
「今焼いて来ました」
「え?ハンナが焼いたんスか?」
「はい。お口に合うといいんですが」
「いただきまーふ!」
フライング気味にかぶりつくとパリもちっとした食感と香ばしい小麦の匂いが広がる。噛みごたえあるが、噛んでると段々甘くなってくる。ウマイ。
「ハンナ、パン焼けるなんて凄いっス!こういう毎日食べても飽きない味好きー!」
「ふふ、好みにあって良かったです。今日はパンを渡しに来ただけですので、明日からまたよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくっス!」
ハンナは直ぐに帰ってしまったが、ソニアはそのままダイニングでパンをもう一個手に取った。椅子に座ると、クラウディオがテーブルにパン用の取り皿と野菜煮の入ったボウルを出してくれた。
「召し上がれ」
「あ、ありがとっス」
にこっと笑ってくれたが、なんとなく元気がなさそうな気がする。スプーンで野菜煮を口に運びながらちらりと上目遣いで見ると、ばっちり目が合ってしまった。向かいに腰を下ろし、じっと見つめてくる。
「美味しい?」
「っ!?」
優しく目を細めて聞かれ、咄嗟に声が出ずに小刻みに頷く。
「好きな味?」
「え?うん。す、き…」
なんとか声を出したが、異常な羞恥心が湧き上がる。
目を合わせていられなくて、不自然に逸らしてしまった。
(なっなななんでぇっ!?恥ずかしい!!)
また顔が真っ赤になっているに違いない。美味しかったはずなのに途端に味がわかんなくなってくる。
そんな焦りまくってるソニアを見て、クラウディオは満足そうに微笑んでいた。
「て、ゆーことがあったんスけど!!」
「へええぇ〜〜」
パーテーションで区切られたカフェの隅で、ソニアはテーブルに突っ伏した。
今日はリーナと初のお茶会(庶民仕様)だ。
あれから1週間以上経つが、家に居るとクラウディオの優しい視線が止むことがなくてもだもだしてしまう。嫌なわけじゃ無い。決してない。だけどもう、どうしていいかわからなくなっていた所に、休日のリーナが遊びに誘ってくれてソニアは全力で飛び付いた。
アイスティーの氷をストローで突っつきながらリーナはソニアの話を聞いていた。始終口がニヤニヤしている。
「リーナはどう思う?どうしたらいいと思う??」
「うんうん。すっごい色々言いたいから順番に言うね」
「え、そんなにあるっス?」
リーナは聖女の仕事中は纏めている髪を、今日は下ろしている。上品なバレッタと清楚なワンピースを身につけていて、清潔感のある小金持ち家のお嬢さんといった体だ。
対してソニア。リーナはズビシ!と指をさす。
「まずその服よ!何で休みの日にまで聖女服な訳?」
「ん?外着これしか無いっス。駄目?」
「駄目ってか、恥ずかしいのよ!聖女だって身バレしてるとぶっちゃけトークし辛いじゃない?後日『聖女様がエロトークしてた』なんて噂になったら聖女間で誰が話したか暴かれちゃう!」
「そ、そんな話しないっス!」
「私がするのよ!」
「おぉぅ…」
リーナがペシンとテーブル叩く勢いに、ソニアは肩身を狭くする。
「んで?何、目が合うと恥ずかしいって?つーかさ、今更?一緒に住んでんだよね?やる事やってるんでしょ?」
「やること?そんなんあるっス?」
ソニアのすっとぼけた回答に、リーナは口の横に手を当てて小声で囁いた。
「夜ベッドでイチャイチャしてんでしょ?って事よ」
「しぃーー!?て、ない!ないない!!」
「うわ…。あの方思った以上にマジなのね。重っ。いやいや、まぁ軽薄かと思っていたからそこはイメージ上方修正ね」
リーナの呟く横で、ソニアはアイスティーをグラスから直飲みで煽った。咽せた。更に顔の赤さが増して、リーナはアイスティーのお代わりを注文する。
「それで?あのお方のお心は頂いたの?」
「??」
「…好きって言われたの?言われてんでしょ」
「うっウン」
「ソニアも応えたんでしょ?」
言葉を詰まらせてまごまごし出したソニアを凝視する。
「ウッソ、応えてないの?…じゃあ来月どうするの?」
「来月?何があるっス?」
「皇宮で夜会があるのよ。私の彼氏は伯爵家の次男なんだけど、招待状来てるから一緒に行こうって誘われてるの。あの方も参加するって聞いてるんだけど、ソニアはパートナーのお誘いあった?」
ソニアがぷるぷるっと顔を横に振るとリーナの眉間の皺が深くなった。
「殿下がいらっしゃるって言うからてっきりソニアも来るんだと思って…。お一人で参加される?って事はないわよね。どなたか誘うのかしら」
「…クラウディオさんってモテそうっスよね」
「モテるなんてそんなもんじゃ無いわよ。もー振っても振ってもキリが無いんじゃないかしら」
リーナはフルーツジュレのケーキにフォークを刺して口に運んだ。横目でソニアを見て、再び口がニヤつき始める。お代わりしたグラスを両手で包み、どことなくしょぼんとしているのだ。
「もー、そんな淋しそうな顔するならちゃんと捕まえておきなさいよ。いい?聖女は度胸、勢い、体当たり、砕け散っても泣いて忘れろ!よ」
リーナの激励に、蚊の鳴くような声で「ウン」と聞こえた。
カフェを出るとリーナはソニアを服屋へと連れて行った。庶民向けの既製服屋で、女性に人気のお店だ。
何着かワンピースを買って、1着は今着替えさせる。
「うーん、このレモンイエローのがいっか。ソニア明るい服似合うわねぇ。リボンはこっちの黄緑のストライプでどお?」
「任せるっス…。てか着替えてどこ行くっスか?」
「それは着いてからのお楽しみ〜。あ、ソニアお金足りる?」
「あんまり…」
「おけー!とりあえず私が立て替えて、あの方に請求しとく」
グッと親指を立てるリーナの笑顔はとても頼もしい。残りの買ったものと聖女服と請求書が自宅へと送られた。
そうして着いた先は。
「テノラス国立病院、スか」
「そそ。聖女服で行くと勤務中と間違われちゃうから。三階の小児病室行くわよ」
病院の中に立つ警備員に軽く挨拶しながら昇降箱で三階へと向かう。攫われた日と同じ、カラフルに飾られた病室の前に立った。
ショッキングな出来事を思い出してしまうんじゃ無いかと、ソニアは入院中ここへは来なかった。
「あたしが行って大丈夫なんスか?」
「大丈夫よ。ソニアが前に会った子達は皆元気になって退院したの。今いる子達は新しく来た患者よ」
それを聞いて少しホッとする。
「一カ月よりちょっと早いっスね」
「私だって成長するのよー!ちゃんとブレナー先生からも完治したって言われたわ。…ソニアのお陰ね」
「リーナが頑張ったからっス」
病室の扉を開けると、子供達の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。小さい子達が、少し大きい男の子に群がって抱っこをせがんでいる。せがまれた黒髪の男の子は、ドアが開く音で振り返った。
ソニアもそちらを見て目を見開いた。
「アリシャ?」
「ソニア!」
ぱっと顔を明るくしてアリシャはソニアに駆け寄った。前みたいに抱き止めようとして、逆に抱きつかれる。記憶では頭のてっぺんが鼻の下辺りだったのに、額同士がぶつかりそうになる。
「あれっ!?アリシャ背が伸びた!!?」
「うん!お腹が治ってご飯いっぱい食べられる様になったら急に背が伸びたんだ!ソニア会いたかった!!」
ぎゅうぎゅうに抱き締められて、ソニアもその背中を摩った。
「矢に射られた傷は大丈夫なの?」
「リーナが治してくれたんだよ」
リーナを見るとぱちりとウィンクされた。ずっとソニアが心配していたのを知って、連れて来てくれたのだ。
「アリシャはオーガスへ行ったって聞いたんだけど」
「そうだよ。オーガスからテノラスに留学に来た」
オーガス国籍を得たアリシャは、後見人から好きな道に進んでいいと言われてテノラスの国立学園へと留学しに来たという。普段は寮に住み学園へ通い、休みの日にはかつて自分がいた小児病室へとボランティアに来て、親と離れて不安がる子達の相談相手や遊び相手になるそうだ。
「ソニアみたいに…は無理だけど、ブレナー先生みたいになりたいんだ」
自分が患者として救われた事を返して行きたい、そう笑うアリシャは随分大人びていた。
子供達に手を引かれて輪に戻ったアリシャを見ていると、ブレナーが病室へとやって来た。
「おやソニアさん、リーナさん。来てましたか」
「お久しぶりっス」
「こんにちは〜」
直ぐにアリシャに会いに来たのだと察してくれて、笑顔を返してくれる。
「アリシャ元気そうっスね!」
「も〜、元気過ぎですよ。患者としていた頃は大人しく内向的な子だと思っていたのに、昨日は子供達と一緒にイタズラをしていて…こんなにヤンチャだなんて知りませんでした」
ブレナーはやれやれ、と肩を竦めながらも嬉しそうに語った。
「ソーニア!」
振り返るとアリシャが花を一輪持っていて、目を細めてソニアの耳の上に飾った。
「病院の庭に咲いてたヤツなんだけど。あげる。かわいい」
「ありがとっス」
「アリシャ…立派な男の子になって」
かつて看病していたからか、アリシャの成長にリーナがいたく感動していた。
夕方になり病院から出ると、車止めにやけに立派な馬車が停まっていた。
近づくと扉が開き、中からクラウディオが降りて来た。
「ソニア、迎えに来たよ」
「あ、じゃあ私はこれで〜。ソニア国立病院には週一くらいで来るつもりなんでしょ?またね」
「リーナ、今日はありがとっス」
「いーのよ」
小声で「頑張ってね」と言うとリーナは、車止めに並ぶ辻馬車に乗り込んだ。
ソニアもクラウディオに手を引かれて馬車に乗り込む。馬車が動き始めると、クラウディオが口を開いた。
「ワンピース可愛いね。よく似合ってるよ」
「あ、リーナが選んでくれたっス」
「今度は僕が選んでもいい?」
「う、うん」
照れて俯くと、クラウディオは耳元の花を取った。
「これもリーナ嬢が?」
「いや、それはアリシャが」
ソニアが答えるとクラウディオはにっこり笑って、車窓を開けて花を捨てた。
「なっ、何して…」
身を乗り出すが、馬車の揺れに足を取られてバランスを崩す。倒れ込んできたソニアをクラウディオは抱き留めた。
「怒った?でも嫌なんだ。僕以外の男からの贈り物は身につけないように」
「…アリシャは子供っスよ」
「そうかな」
耳元で喋る声が真剣で、どきりとする。
頭が、沸騰してなにも話せなくなる前に、何か言わないと。焦るほど馬鹿になる気がする。いや元々利口ではないけども。
クラウディオの腕に力が籠る。
アリシャに抱き締められた時と全然違う。ドキドキして苦しくなる。クラウディオが更に近づき、花を挿していた耳の上で、ちゅと音がした。
「っ!?」
反射的にびくりと強張る。
「髪飾りも、僕が選ぶ」
吐息交じりに囁かれる声が、熱い。
息。息を吸わないと。
肩に頬をくっつけた状態で深く息を吸うと、甘い香水の匂いがして、少しだけ落ち着く。
「ぱ」
「ぱ?」
勢いで、変な音が口から出た。
少し体を離したクラウディオがきょとんとした顔で見返してきた。これは何か言わないと余計に恥ずかしい。何か。
「ぱ、パートナー、夜会の。リーナからクラウディオさんが行くって聞いて。誰と、行くの…?」
言ってから頭が冷えた。こんな踏み込んだ事聞いても大丈夫なんだろうか。
「あー…うん。その」
言いにくそうに言葉を濁したクラウディオに、やっぱりという気持ちが湧き上がる。
「ソニア、一緒に行ってくれるかな?」
「………へっ!?あたし?」
「僕の婚約者としての参加になるし。やっぱり嫌だよね。他の貴族にも注目されるし、ソニアそういうの好きじゃ無いだろう?夜会に興味も無さそうだし。断られるとわかってるから、中々聞けなくて。いやソニアは是非がはっきりしてるから、聞かなくてもわかるんだけどさ」
聞いてもいない事をつらつらと話すクラウディオは珍しい。今度はソニアがきょとんとする番だった。
「えっと、行くっス」
「ほら『嫌っス』って……え?『行く』って言った?」
「言った」
ソニアは拳を握りしめた。リーナの『度胸、勢い、体当たり』の声に励まされて、止まらずに喋る。
「言った、から、他のご令嬢を誘わないで欲しい…っス。婚約も嫌じゃ無いっていうか…その」
「その?」
「だから」
「だから?」
恥ずかし過ぎて泣きたくなって来た。顔だってモンスター級に赤いに違いない。
「好きっス!クラウディオさんが!あたしは、っく!?」
言い切った瞬間、口元の自由が奪われた。
「!!!???」
視界がさらりとした銀髪で満たされる。
一度離れて、もう一度。ちゅっちゅ、と繰り返し終いにぺろりと舐められて、やっと解放された。
暗くなり始めた街路にぽつりぽつりと魔導燈が灯る。
影の濃くなった車内でクラウディオは妖艶に微笑んだ。
「ソニア、鼻血垂れてる」
「!?ひえぇえぇぇっ!?」
「ふはっ、ははは。よしよし、大丈夫大丈夫」
クラウディオは素早くハンカチを出して拭き取ってくれた。
世話をされながら、いっそこの前の様に気絶してしまいたい、そんな事を一番星に願った。
お砂糖を頬張って、口がじゃりじゃりする多幸感。書けて良かったです(´∀`*)
先週は天候のせいか頭痛が止まず、ちょっと間が空いてしまいすいませんでした。再訪感謝です。ありがとうございます!
皆様もどうぞ体調にはお気をつけ下さい。
ニーマシー編、ソニアの鼻血にて閉幕です(笑)
エーリズ編書き溜まりましたら、またどうぞよろしくお願いします( ˘人˘ )