攫われた聖女と怒りの皇弟
***から時間軸が少し戻り、ソニア攫われた直後のクラウディオ視点が始まります。
説明が多いので「クラウディオ根回ししてるな…」の認識で大丈夫です。
ガラリとドアが開きソニアはゆるりと振り返った。
「もう起きてんのか」
入ってきた人物は、褐色の肌に濃い黒の目、頭に布を巻いた青年で、病院にいた人だった。
「アリシャの、にいちゃん?」
「ああ。話は後だ。列車が到着したのでひとまず降りる『おい、連れてこい』」
とにもかくにも立たなければならない様だが、上手く力が入らず脚が震える。
アリシャの兄と名乗る人物は、ドアの向こう側で何事か命ずると先に行ってしまった。
(言葉がわかんないな…)
指示された男が入ってきてソニアを横抱きにして連れ出す。アリシャも同じ様にされて出てきた。
駅舎は随分小さく、降りる人も少ない。
この後どうするのかと様子を窺っていると、外には黄土色で背中に山のある生き物が待っていた。
「…ラクダ?」
「知ってるか。これで移動する。しかし薬の効き悪いな」
「…くすり?」
「体の感覚を鈍くして酩酊感を誘う物だよ。動きが悪いから効いてるんだろうが、その割に意識はあるし、面倒だな」
やれやれ、とため息をつかれてソニアは苛立った。
(ぁんだ、こいつ。薬で気絶させて勝手に連れてきて。やってる事人攫いなのに偉そうに…)
そこまで思ってハタッと思考が止まる。
『聖女攫いには注意が必要だけど』
聖女攫い。
「おい、もしかしてあたしはあんたに攫われたのか?」
「ははっ、今更?新しい聖女は頭が悪いと報告にあったけど。いいね、聡い女は嫌いだ」
「マジか…」
逃げ出そうにも体が上手く動かない。ラクダの背の山の天辺に付いた鞍に男が乗り、その脚の上に横抱きで乗せられる。ラクダが立ち上がると、思っていたよりずっと高い。男が無言でソニアに薄い布を一枚被せた。
「あ、どうも」
日差しが強いので有り難く、震える手で前を閉じる。
ラクダの上は遠くまで見渡せる。前方へ目を向けるが、黄土色の岩石とまばらに草の生えた大地が広がるばかりだった。
(体の感覚が戻っても、逃げるのは難しい…か?)
そのままラクダに揺られて、時折水を与えられる。日差しも強いが、たまに吹く風は遮るものが何もない為、油断するとラクダから落ちそうな強さだ。
お昼にはナッツとドライフルーツを片手に載る分渡された。止まる事はなく、全員背に揺られながら食べる。
ソニアもぎこちない手で落とさないよう、ゆっくり摘んで齧る。カリッとした歯応えや染みる甘酸っぱさはウマイ。
(ウマイはウマイし、食べ物分けて貰えんのは有り難いけど、パン食べたい。…あー、あたしすげぇ贅沢になったなぁ)
甘やかす人がいるから。そう思うと少し口の端が緩んだ。
前のラクダに乗せられたアリシャは朦朧としながらも水を口に入れられている様だった。治癒魔法後の疲れた体に、ソニアが嗅いだのと同じ薬が効き過ぎているのだろう。少し暑さが心配だ。
日が落ちる直前に、比較的草の多く生えた岩陰で野営をする事になった。薬が大分抜けたのか、ソニアもひとりで立てるようになった。
「逃げたら殺す」
「逃げれねーわ」
ぐるりと同じ風景が八方に広がり、どちらへ進んでいいのかすら分からない。しかも気温がどんどん下がってきて、肌寒い。逃げたいが、逃げたら確実に死ぬだろう。
「いい加減、何で攫ったか教えて欲しいんスけど?あとあんたの名前とか」
「ああ。俺はニーマシーの第3王子、ハルーンだ。お前には治して欲しいモノがある」
「あんたが王子だって!?それに、治して欲しい…モノ?」
「オアシスだ」
「おあしす」
オアシスって何だっけ?と一瞬考えた。病院でブレナーとアリシャから聞いたはず。確か砂漠にある水と緑が豊かな場所。
場所。
「いやいやいや!?あたし人しか治した事ないし!あ、あと馬。無理!!」
「大丈夫だ。心配するな。ニーマシーでの聖女は大地の魔力の流れを調整してオアシスの安定を図る仕事だ。直ぐ出来るさ」
「はあぁ!?それ能力違くない!?」
「大丈夫だ。お前はただ言われた事をやればいい」
ソニアは唖然とした。言葉が通じている気がしない。行って出来なかったら殺されるのだろうか?
煮炊きしていた男から椀一杯分のご飯を貰う。豆と干し肉のスープだ。食べ終えると小さなテントにアリシャと2人押し込まれた。アリシャとで良かった。
テントの布は厚く、焚き火の明かりが届かない中は真っ暗だ。だが人攫い達からも見えていない事に、ソニアは肩の力を抜いた。
敷布は毛皮の手触りがしてとても暖かい。凍死させる気は無いようだ。
ソニアは改めて自分の服をパタパタと触った。お金とかパンがポケットに入ってないかな、という思惑である。
パンは入ってなかったが、固く小さい感触がして、ソニアはそっと取り出した。
見えないので触って形を確かめる。両端が尖っていて、小さいギザギザの付いたカーブ。針の様な物が付いていて。
(葉っぱの形?の、ピアス?誰の……あ!)
聖女だ。病院に勤める聖女が全員着けていた物だ。
(リーナの?そうだ、自分の事ばかりだったけど、リーナとブレナー先生は無事だろうか)
ピアスをポケットに仕舞い直す。
寝ているであろうアリシャにも手探りで手を伸ばす。肩と思しき辺りから首を探り当て、指で触れた。
(体調は…大丈夫そうだな)
「…ソニア?」
声をかけられて、ソニアは指を離した。
「そうだよ、アリシャ。気分は悪くないスか?」
暗闇の中身じろぎする気配がする。
「ソニア…ごめんね。…ぐすっ、巻き込んでごめん」
「アリシャが謝る事じゃないっス。…なぁ、アリシャ。ニーマシーの事、アリシャの事、もっと教えてくれないか?」
「う、うん。あのね」
テントの外に声が漏れないよう、ふたり寄り添って横になり小さな声で話し合った。
「ニーマシーはオアシスの国って言ったよね。あのね、オアシスが砂漠に呑まれないように、聖女様が癒しの力を大地に流してるんだって。でも前の聖女様はお婆ちゃんで、去年死んじゃったんだ」
「他に聖女はいないスか?」
「うん。ニーマシーはエーリズと取引きしてないし、死んじゃった聖女様はニーマシーで生まれた100年ぶりの聖女様だったって」
「100年…」
100年にひとりだとしたら、それはソニアの知る常識と余りにもかけ離れていた。
「それで、新しい聖女様を見つけて来た人がニーマシーの次の王様になる事になって、争いが起きたんだ。…実は僕は12番目の王子で。だけど母上は妾でしかももう亡くなってて、後ろ盾も無いから。そういう兄弟は最初に処分しちゃおうって、7番目の兄上に刺されたんだ。そんな僕にハルーン兄上が『使える』って…」
そうしてテノラスに送り込まれたのだ。どの聖女を連れて行くのか、お見舞いがてら偵察していたのだろう。
「そうか。それはテノラスで誰にも言ってないんだな?」
「うん…。言ったら拷問されるって、兄上が…。今ならわかるよ。ちゃんと言えば保護してくれたんだよね?ブレナー先生はいつもとっても丁寧だったもん」
アリシャは利用されただけで、腹中の欠損まであったのだ。心も弱っていた事だろう。
「わかった。アリシャはもう寝るっス」
「うん。ニーマシーはね、オーガスの南端の駅から1日半だから明日には着くよ」
「そうスか。…あーパンが食べたいなぁ」
「僕は、僕はね、お肉の塊かじりたい」
「それも悪くない」
「…ソニア、怖いよね、お家に帰りたいよね。ごめんね…」
「ほらほら、大丈夫だから。おやすみ」
くっついて眠り、朝は日の出前に目が覚めた。
エーリズで暮らしていた時の様な、静かな目覚めだった。朝が来たらご飯を食べて、まず先王の治療に行って、と繰り返すだけの毎日。また朝が来たのかと諦観すら感じていたあの頃。
テントから出ると外気はキンと冷たく、身震いして借りている薄い布を体に巻きつける。遠い空はやっとオレンジに染まり出した。
ソニアが聖女として治療院に保護されたのは6歳の時だった。
当時ソニアがいた孤児グループのリーダーが煙突掃除中に落っこちて、強い癒しの力に目覚めたのがきっかけだった。
ソニアの体型から6歳と判断した治療院の人に手を引かれ、ソニアは物心ついてから六年間共にいた仲間と別れた。
自分より偉い人が言うのだからそうなのだ。自分は「6歳」で「聖女」なんだ。この頃は卑屈とかそういうのではなく、本当にそう思っていた。
連れて行かれながら、もうこの孤児グループに戻る事はないんだろうなと思った。配属された診療所から宮廷に上がる時も、エーリズを出た時も、戻る事なんて考えた事はない。
今の状況は本当だったら怯え、恐怖するのだろう。
だけど相手の目的がはっきりしている今、過剰に危害を加えられる心配もない。状況の変化に受け身になる事で生き延びてきたソニアに、今耐える事は難しくない。
だけど思い出してしまうのだ。
『おはようソニア。朝ごはん食べる?』
その声を。
(あーあ…いつもありがと、美味しいよって言っときゃ良かった)
そしたらきっと、あの美しい紫を細めて微笑んでくれるんだ。
(でもなんか、もしかして…って。探してくれたり、とか…。うう、居心地良かったからって。ダメだ、頼るのは良くない)
いつか自力で頑張って、またあの温かい家で寝坊をする事が出来たなら。その時はきっと伝えよう。
垂れた鼻をズル、と啜る。
「泣いているのかい?」
「や、寒いんで」
いつの間にか背後に現れた男を振り返る。ニヤニヤとした笑みを浮かべるのは、圧倒的優位に立つ者の支配欲が満たされているからか。整った顔立ちだと思うが、下品な印象が拭えない。
特に彼とは全然違う、と王族だからかつい比べてしまう。彼も確かに性格が良いとは言えないが、微笑みはいつも高貴な風格が眩しい程だ。
「つまらんなぁ。泣いて縋られるのも嫌いじゃないんだが」
「どうぞ、あんたの恋人にでもしてもらってくれ」
ハルーンはソニアの首に手を伸ばして、軽く掴む。息苦しさを押し隠して真っ直ぐに見返した。
「立場を自覚しろ。もう少し従順な方が好みだ」
「自覚してる。あんたはあたしが居ないと王様になれないんだろう?」
「チッ、アリシャだな。あのクズ余計な事を」
朝食の支度が出来たらしく、他の部下が呼びに来て、ハルーンは乱暴に手を離した。
「いいか。お前は生きて魔法さえ使えればいいんだ。変な気を起こせば代わりを探すだけだ」
ソニアは喉元をさすってから、アリシャを起こしに行った。
朝食後、荷物を纏めて出発した。
ラクダは全部で十頭いて、ソニア、アリシャ、ハルーンの他に男性が5人いた。男達は大きく曲がった剣を所持していて、世話役兼護衛だろうと予測した。ぱっと診た感じ、魔力はあんまり強く無い。魔法で攻撃されたとしても大した事は無さそうだ。
薬が抜けても、ソニアは結局ひとりでラクダに乗れず、昨日と同じ男性との2人乗りになった。アリシャはきちんとひとりで乗れていて、なんとなく裏切られた気分だ。
出発してしばらくすると、疎らに生えていた少しの草すら無くなり、ただの砂が広がるのみになった。風が吹くたびに砂の山は少しずつ高さを変えて、風景を変える。一体何を目標に進んでいるのか、ソニアには判断が難しい。
放り出されれば助からない事だけはわかった。
空は憎いくらい青く、昨日より暑い。
ソニアは俯き、慣れない環境に耐える事に集中した。途中、昨日と同じようにナッツとドライフルーツを渡された。多分お昼なのだろう。時間の感覚が掴めない。
一粒ずつ口に入れて噛み締める。
その時、男がひとり声を上げた。
何と言ったかはわからない。ただ、鋭く叫ぶ様な声は警告を思わせ、ソニアも弾かれた様に顔を上げた。
一行が足を止める。ヒュウ、と抜ける風に緊張が孕む。口の中に残ったナッツを噛む音さえ場違いなほど大きく聞こえた。
(なに?)
注意深く視線を巡らす。風に煽られた砂がサラサラとその山を低くする。その陰から、何かが飛び出した。
荷物を積んだラクダが一頭「ヴァアアァ」と鳴き声をあげ暴れ出した。その首に矢が刺さっている。
男達が短く声を掛け合い、ラクダから降りた。ソニアも腰を掴まれ引き摺り下ろされる。息が詰まるのも構わずに砂に押し付けられた。
次いで、残されたラクダの隊列の上に矢の雨が降り注いだ。
ズドドッと何本もの矢がラクダ達に刺さり、暴れ、一瞬で砂が舞い上がる。
「ソニア!」
砂煙の中、這うようにアリシャがソニアに近づいた。男にアリシャの方へ押し出され、ソニアも同じように屈み直す。
「アリシャ!なんスか、あの矢は」
「2番目の兄上の刺客だよ!絶対に頭を上げないで!」
「大丈夫なんスか!?」
アリシャは手にショールを持っていて、それをソニアに被せた。ソニアが使っていたショールはラクダから下された時に手放してしまったのだ。
「しっかり被って!戦えない僕達は砂に潜ってやり過ごすしかない。…ソニア、ラクダの積荷は残ってたら持っていっていいから。それとラクダは食べられる。ニーマシーは南中星へ向かって真っ直ぐ歩いて半日もかからない。忘れないで」
ソニアは目を見開いた。「もしも」の話をされている、と直ぐ理解する。覚悟を決めた顔を前に冷静さが戻ってくる。自分より小さなアリシャの手をぎゅっと握った。
「一緒に、行くっスよ」
「…うん、そうだね」
わあぁっと声が上がり戦いが始まった。砂煙は再び舞い上がり、ふたりは声とは反対の方に、身を低くして進む。
相手の人数はわからないが、こちらの護衛はたった5人。いやが応にも数分で決着はついてしまうだろう。
砂丘の影に隠れ、薄く砂を被る。アリシャと繋いだ手は汗でじっとりした。そこに砂が纏わりつくが、不快を感じる余裕すらない。風が吹き、被る砂量が増したり減ったりする中じっと息を潜める。
(静かになった…)
息苦しいせいか随分長く感じたが、ものの2、3分だろう。静寂にアリシャも気付いたのか、手を強く握り返してくる。
あの5人は死んでしまったのだろうか。人攫いとはいえ何かと世話になった人達だ。
鼓動が強く胸を打ち、渇いた喉が張り付く。
不安が高まる中、再びズドドッと音がした。
少し間を置いて、また同じ音がする。今度はもっと近くで。
(矢を撃っている…?)
三度目。同じ音が立った。
その瞬間、身体を揺らす衝撃がし、布を被った視界が白い閃光を放つように明滅した。
「っ、ぐ!?」
何が起きたかわからない。ただ、痛い。
叫び声を上げそうな口元を咄嗟に押さえる。だが抗えず身じろぎした。その動きすら更なる痛みを呼び起こし、涙が出る。なんとか自身の脚を見ると、太腿の裏側に矢が突き刺さっていた。
(手当たり次第ってわけか…)
抜こうかと矢を掴むも、矢尻の返しが肉に引っかかり激痛が走る。場所も悪く力が入れづらい。
ソニアが呻くその横で、アリシャは立ち上がり走り出した。
「!?アリ…」
「バイバイ、ソニア。ありがと」
走り去る背中に、飛来した矢が刺さりアリシャは砂丘を滑り落ちて行った。
その姿を呆然と見ていた。動けず、痛みも忘れる程の衝撃だった。そのソニアの上に影が覆い被さった。視線をずらすと、血のついた大きい剣が視界に入る。そのまま手、太い上腕、と引きつけられるように視線を上げて、最後にニヤリと笑ったその目と目が合った。
(あ、死んだ)
剣を握っていない方の手がソニアに伸びて来た瞬間。
走馬灯かと思った。
涙で濡れたその視界が、一瞬紫色で染まる。
ジュスティラが咲いている。
あそこに行けるなら、悪くない。
突如上空に現れた暗紫色の塊に、襲撃者達も動きを止めて空を見上げた。
***
―――ガシャンッ!!
クラウディオが無造作に投げつけたティーカップが壁に当たり砕け散った。
集会所にずらりと並ぶ詰襟を来た軍人達は敬礼をとったまま微動だにしなかった。ただ顔は緊張に強張りゴクリと喉が上下する。
「垂らした餌に獲物を喰いつかせることも出来ない無能共が」
クラウディオの悪態を前に誰もが何も言えなかった。
本日午後14時47分。ソニアが攫われた。
ブレナー医師が席を外した、ほんの15分間の出来事だった。
医師の報告を受け、直様追跡隊の編成を行おうとしたクラウディオだったが、思いもよらない角度から邪魔が入った。
それがこの第一師団に所属する第二十三中隊だった。
そもそもの話は1年も前に遡る。
ニーマシーの聖女の訃報が届いたのだ。
彼の国では聖女が1人しかおらず、しかもその運用法が他国と著しく違った。地中を走る魔力の通り道である龍脈を整え、国を維持するというものだ。龍脈が乱れると、国はたちまちに砂に埋もれ消えてしまうという。居なければならない存在であった。
その聖女の不在。
その後ニーマシーが新たな聖女の確保を目論むのは、当然先読み出来た。
聖女の訃報から半年後にはテノラスのみならず、同盟国のペキュラ、オーガスにもニーマシーの間者の目撃情報が上がった。
その対策として、テノラスはひとりの聖女をニーマシーに送り出す事にした。勿論無条件ではない。
かねてよりニーマシーは砂漠に囲まれた自国を征服する事はできないだろうと、他国へ横柄な態度を取る事があった。これを機にニーマシーを傘下に収めて抑え付けたい。その目論見の元立ち上げられた作戦が、敢えて聖女を攫わせ現行犯で捕まえ、有利な立場で事を進め、恩を売るというものであった。
その囮に選ばれたのはセイディア・グラスティ。騎士爵家の娘の女騎士だ。要人護衛中に魔獣に襲われ、傷ついた仲間を見て治癒魔法に目覚めていた。
戦え、経験値も高いセイディア本人の希望もあり、作戦成就の暁にはニーマシーへ渡る事になっている。
セイディアは作戦の為、騎士という経歴を書き換え、ここ3ヶ月は病院の勤務時間を攫いやすい夜勤のみにし、護衛も手薄にして過ごして来た。
今回「聖女が攫われた」との報告を受け、第二十三中隊は作戦が動き出したと勘違いした。
追跡の指揮権を譲らず捜査を進め、セイディアの所在確認、情報統制と指揮官が全貌を把握し「誤報」としたのはソニアが攫われてから2時間後の事だった。
騎士は完全に王家に所属しているが、軍部は軍大臣をトップとし指揮系統が王家と分かれている。かつて圧倒的な軍事力でもって帝国を築き上げたテノラスだが、大きな戦の無くなった現在、王家に莫大な武力所持は必要無いと貴族会議で可決され、30年程前に王家直属の機関ではなくなった。
だが今回はそれが完全に裏目に出た。そして指揮系統が分かれているからと言って、王家が軍人を罰せないわけではない。
クラウディオは二十三中隊隊長、リズバーン大尉を睨め付ける。その眼差しは今にも射殺してしまうほど鋭い。
青い顔した二等兵が用意した椅子に腰掛け、テーブルにどっかりと足を乗せた。残っていたソーサーが押し出されて床に落ちて割れた。
クラウディオは2時間無駄に過ごしていた訳ではない。自身が動かせる騎士と隠密を総動員させて情報収集に当たらせている。また側近達はいざという時に備えて、各方面への許可取りへと奔走して貰っている。
その側近のひとりが、第二十三中隊作戦本部集会所へと駆け込んできた。
「クラウディオ様!不正な移動魔法陣を発見いたしました!行き先はデザイゲートです!」
「ちっ…。さっさとすげ替えとくべきだった。魔法陣はまだ使えるのか?」
「壊されています。復旧するより直行した方が早く、既に向かわせております。あと2時間程お待ちください」
「一応追跡はさせるが、間違いなくニーマシーだろ。そっちの報告は通信でいい」
話していると外が騒がしくなり、集会所へと新しく人が現れる。
「失礼致します!」
クラウディオは目を細めてそちらを見た。第一師団元帥、ヴァングヒル侯爵だ。入室するなりクラウディオの前で跪き、首をたれた。
「この度は大変申し訳ございませんでした!!」
トップの謝罪に、冷や汗をかいていた二十三中隊は更に顔を青くして膝を突いた。
それらを横目に、ハンナがクラウディオの元に小走りにやってきた。そっと耳打ちする。
「捏造完了です。書類をどうぞ」
「よくやった」
クラウディオはハンナが持って来た書類をひらりとヴァングヒル元帥の前に差し出した。
「よく見ろ」
頭を上げたヴァングヒル元帥は書類を受け取り目を通すとブルブルと震え出した。
「20日前に…婚約…?」
その呟きにクラウディオは心底悪い笑顔を浮かべた。
「そうだ。攫われた上級聖女ソニアは、我が父前皇帝陛下救命の功績により、20日前に僕の婚約者となった。公式発表されていなかったとはいえ、僕が婚約者を救う為に動くのを妨害した第二十三中隊の罪深さが、わかるな?」
その瞬間、二十三中隊から顔色が消え失せた。全員が紙のように白い顔で、中隊長を凝視している。リズバーン大尉はヒュッと息を止め震え出した。
「そ、そんな……」
「今回のニーマシー相手の作戦の全指揮権を僕に移譲してもらう」
「はっ!御意に!」
再び頭を下げたヴァングヒル元帥を視認して、クラウディオはテーブルから脚を下ろし立ち上がった。
「では、第一師団から選りすぐりの一個分隊を貸してもらえるかな?そうだな、操船経験者がいい。それからデザイゲートへ軍隊を送り、不正証拠の確保と魔法陣の追跡もそちらでしてくれ。ああ、二十三中隊隊長は二等兵に降等だ」
「はっ!!」
「えっ!?…ああ、そんな…」
クラウディオが集会所から出ると、側近のひとりが駆け寄って来た。
「クラウディオ様!ヴィルジュ様へ連絡つきましました〜!」
「整備にどれくらいかかるって?」
「30時間だそうです!」
「長い。24時間以内だ」
「伝えてきまーす!」
馬車へ向かう途中、また別の側近から報告が上がる。
「皇帝陛下、オーガス国王の許可取り完了です!ペキュラにも話は通しておきました」
「ご苦労」
馬車乗り場に着く。御者台にはロハンが居た。
「やはりロハンが一番速いな」
「お褒めに与り光栄です。今回は近場ですが最速で参ります」
「頼むよ」
目的地は王家が所有する避暑地、北へ馬車で2時間程の湖がある離宮だ。側近と2人で馬車に乗り込む。
走り出した馬車の中で、各機関への報告書を作成する。屋根にトンッと軽い着地音がすると、窓からするりとメモが滑り込み、再びトンッと去っていく音がした。
「クラウディオ様!これを」
メモはリーナからの伝言だった。
「“聖女のピアスをソニアのポケットに捩じ込んだ”…。聖女リーナに特別給を弾まないとだな」
聖女のピアスは聖女攫い対策で、聖女が身に着けている発信機である。プライベートをずっと記録されるのは嫌だという彼女達の意見から、緊急時のみ受信機の使用が許可される。
クラウディオは追加でそちらの使用許可願書を作成した。
補給物資の確認と手配をしている間に、クラウディオは離宮へと到着した。だが、離宮に入らずに湖へと直行する。
「ランドリックはどうしてる?」
「ヴィルジュ様は先頭きって整備に励んでいる様です」
その様子を想像して、クラウディオは少し口元を緩めた。
ランドリック・ヴィルジュ。オーガス出身の彼は学生時代にテノラスへ留学して来た。クラウディオの同級生で、異次元過ぎる魔導具開発の発想を持っており、あの魔導列車の設計者だ。
クラウディオが魔導燈の全国普及に力を注いだのも、ランドリックの影響が大きい。
彼とクラウディオは学生時代に馬鹿な悪ノリの果てに、ひとつの乗り物を考案していた。
『空飛ぶ城で休暇を過ごしたい』
『なんだそれ、最高か。動力の魔石の属性とバランスと…動力源は列車とは別に新たに構築して…飛ぶだけじゃなく浮くように…』
それが形になったと最近連絡を貰ったのだ。
試運転の許可は、データ提供を条件に周辺国から既に返答を得た。根回し完了である。
クラウディオは湖の畔に降り立ち、眼前に聳える塊を見上げた。
既に日は落ち、辺りは夥しい数の魔導燈に照らされながら無数の作業員が行き交っている。
形は双胴船に似ていた。中央連結部分に平型の胴体部を挟んだ、横長の双胴船といえる。魔石を練り込んだ素材で作り上げた艇体は暗紫色で、魔導燈の灯を反射しては明るい紫に煌めいた。
クラウディオの側近は横で見上げながらポカンとしている。ロハンはこの悪ノリが理解出来るのか、キラキラした目で見上げた。
クラウディオも口端を持ち上げる。
「これが双胴船型魔導式滞空艇、アンシェル」
ありがとうございました。
きゅんが全然無くてすいません。飢えます。
ニーマシー編次話で最後です。どうぞよろしくお願い致します。